2015年12月30日 (水)

2015年を記憶

政治篇

 安保法制を成立させた安倍内閣の専制政治に、日本の禍根を残す。世界は益々混迷を続ける時、アメリカに守られないと生きていけない日本が哀れである。

 集団自衛権行使も、混迷の中、アメリカに加担して、自衛隊も出動する機会は増えるだろう。これでは、日本はアメリカの属国になり下がったとの評価を受ける。

 安倍首相の、議会制民主主義の抜け道の「策士の支配」で、国民は可哀想だ。

 世界経済の低迷が進む。その中、政治に中心が移る。安倍首相の軍国政治で、深刻な犠牲者にならない様、国民は目覚めないといけない年となった。

経済篇

 どう見ても、アメリカ金満資本主義(マネタリアン)の独り勝ちが進行する基礎が出来あがった。それは、金融緩和の利上げで出口が示され、原油輸出が認められたからである。日本はグローバルをはき違えている。アメリカ資本主義に服従する事ではない。グローバルとは、世界の経済の特有性を、共存共栄できる「多様性を認める社会」の事を言う。安倍首相の経済政策の失敗で、経済の混沌は制御不能となっている。誰が日本を守るのか?

社会(現代)篇

 現代とは何か?歴史的認識の歴史的緒パラメータの相互関係に、歴史的諸形態の「競合」「対決」「抗争」「侵略」などが、地球規模で、同時に起きる。つまり現在を思惟や、認識する方法のパラメータを見失っている。地球規模の政治、経済、文化は、同時に起きる混沌や、無秩序によって、すぐにわが身にはね帰って来る。

 「競合、対抗、抗争」は「多様性的現象」である。その多様性が瞬間に地球規模に浸透するのが、「現代」ということになる。ISのテロもその一つだ。民族、格差の不安定性も然りである。混沌、無秩序は益々深化する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年1月26日 (土)

NHK特別ドラマ

 NHK特別ドラマ「メイド・イン・ジャパン」が始まった。どんな展開か、と心待ちであった。一回目は、日本の経営の弱点が良く描かれていた。「全ての決断を先延ばし」「先見性も課題あり」

 昨日だったか、日本電産社長、永森氏が、「2年早くやって来てしまった。」と、HDDを使うパソコンの勢いが無くなって来た事を話している。コト(モノでもない、ココロでもない)は流転する。留まってくれることはない。想定より早いのが常だ。

 知恵の時代に変わっている。この道一筋で留まってくれない。知恵を創造に変えるのは、「積分の時代ではない。」「微分の時代である。」とボケ爺はラプラス変換を好む。

「改善の時代ではない。」「破壊の時代である」さて日本は「改善の呪縛」から解放されるのだろうか?「破壊の自己研鑽」は、果たして出来るであろうか?ボケ爺の呪縛を忘却に葬れるか?その前に痴呆症になっているだろう。さて次回は?

雪残る門出でて見ゆ山茶花を

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年8月16日 (木)

反省が出来ぬ

 昨夜、NHKのTVで、「終戦」(the end of the war)(も少し早く終結出来なかったか?)が行われていた。今日の政府、大企業となんら変わらない、変わっていない、と思ったのはボケ爺だけではなかろう。

 一億総懺悔!と言い、未だ、第二次太平洋戦争の反省は行われていない。当然に福島原発の災害も、最後には政府、東電とも反省無くして誤魔化すのだろう。野田首相は、A級戦犯は反省も終え、功績を称えられ、靖国神社に祭られている事は、靖国問題は解決済みだ、との見解を示して、政府閣僚が参拝することに、何らの問題は無いと言う。とんでもない誤解であろう。裁判の見解とは異なる。マスコミもこれに異議を挟まない。これでは、韓国との竹島問題、中国との尖閣諸島問題に、立ち向かう事は出来ない。日本人は格も、反省が嫌いな国民なのだろうか?歴史の現実に立ち向かわない国民性なのか?

 終戦に向けての情報の共有が出来ていなかった。ソ連の動向は、イギリス大使から一刻一刻伝わっていた、と言う。ソ連の参戦が見えていた。ソ連大使からも米英と同盟を結ぶ、との情報も日本へは送られていたがトップグループには伝わっていたかどうかは疑わしい、伝わっていたが、責任逃れに、公開しなかった、と言うことだろう。福島原発の録画公開の、本社と現場のやり取り、とそっくりな無責任集団の発言と何ら変わりがない。

 官僚主義(減点主義、と縦割り制)、発言が表裏で違う、無為無策、無責任。これが日本国民の性質、性格なのだろうか?第二次大戦終戦から67年で解決できていない、と言うことは、福島原発被害は、先行き60年でも、被害者は不幸なことになるのだろう。核燃料の処置が出来なくて、国民の税金は無限に膨らむことだろう。

<読書>

「キノコの教え」小川眞 岩波新書

木々と共生して、分解して菌類はひっそりと森を守っている。菌は六億年前から住んでいると言う。ボケ爺がキノコに興味があるのは、人工栽培をしたいと言うことからである。シイタケ、マイタケ、他、人工栽培は、韓国が進んでいる。全世界で研究されている。ニュージランドで、黒トリュフが人工栽培に成功している。オーストリアでも成功したと言う。松茸は未だ成功していない。不思議だ。ボケ爺成功させたいが?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年2月20日 (月)

格差の時代

 ライブドアーの栄光と凋落が新聞紙上で賑わっている。これの元はなんと言っても、「自由な競争社会」が生んだ「焦り」の結果であろう。

 勝ち組、負け組と差別した呼び方で、二極化したがるのは日本人特有かも知れない。日本の経済は回復基調にあると言うが、全体に言えるような傾向ではない。競争社会で言う、勝ち組が飛ばしているからである。

 しかし、この競争社会を裂けて通れるかと言うと、そうは避けられない状況にある。世界全体が競争社会になってきているからである。世界に勝ち、生き残らなくてはならないからである。そんな自由な競争が社会を引き裂き、世界中で問題が噴出す時代となってきた。日本の産業分野で、隣の、韓国、中国が台頭著しいのも脅威でありが、すでに負けてしまった物も多い。トリノオリンピックの結果が今日の日本の世界での地位と比例していると言う事であろう。競争して勝たなければならない相手は、世界である。これがグローバルな時代と言う事である。

 日本では、2007年問題として、団塊世代の課題がある。700万人が「無職老人」化するといわれている。それに、「もの作り大国」が凋落するとも言われている。技能とか、調整役を支えてきた世代が退職するからである。アメリカはこの問題をいち早く調整してきた。日本は、再び「もの作り原点」と叫んでいる。本当に正しい再生の仕方なのだろうか?それを支える、一段上のデザインコンセプトとか、アーキテクチャーに先進的な強みが生まれないと、永遠に勝ち抜けない。

 企業の雇用問題も、世界で戦える企業になるために、平均賃金を抑えるための工夫が行われている。正社員を減らし、外注化が進む事は当然となる。こんなことは、結構人間は自身で調整する、心配は要らない。企業にとって深刻な問題は、学力の低下である。もの作りもダメ、知的能力もダメ、一体どうなるのだろうか。雇用政策が鎖国では日本の勝ち目はない。企業格差は、頭脳格差につながっている。

 ゆとり教育の弊害が、ここに来て一斉に問題を噴出してきている。全ての対応が後手に回っている。何時の間にこんな評論家だけの国民となってしまったのか?アメリカや、韓国や、中国のように、全てを飲み込んでの決断の速さはもう望めないのか?

<読書>

「10年後の日本」 日本の論点編集部 文春新書

あなたは生き残れるか?衝撃の大予測。この論説の不満は、日本社会内での展開である。過保護な甘えの論説は辞めて欲しい。世界がどう解決しているのかの比較が必要。不安をあおる論説のみである。日本の抱える問題点ではあるが、世界との戦いでもある。世界からの攻撃が含まれていない。日本が弱くなることを、世界は喜び、日本に戦いを仕掛けてくるであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (1)