2019年12月22日 (日)

桜散る2019

 2019年はあと1週間で終える。特に今年の反省をすべき点は「政治」であろう。アベノミクスの失敗を反省しないまま、来年の予算が経済成長のために100兆円を超えることである。何故か、経済成長に何が必要か、が全く明らかにされていない。だが「アベノミクスの完結」のために、との話だ。消費税は厚生年金関連に使う為が、すぐに崩れてしまった。

 さらには、安倍政権が長期化して「緩々」になってしまっている。12月に入ってからも、「桜を見る会」は来年中止したので、調査の必要ない。しかも、公文書は全て廃棄した、と開き直る。政府関連の男女が、「公費で不倫京都旅行」。これも、私費だと聞いているから問題なし、調査の必要もない、と。「かんぽ生命不正勧誘」は、官庁の天下り体質と秘密漏洩の体質が露呈。ジャーナリストや、国民を馬鹿にした発言の天下り官僚は、腐っている。

 又、IR誘致では、贈収賄の疑いがあるのだが、これとて政府承知で隠れ蓑の構造らしいが。

 安倍政権も官僚も仲良く、一緒に国民を馬鹿にしている。それを許している国民もこれで良いのだろうか?諦めか、無責任か?残念な日本人。

<読書>

「仕事は「徒然草」でうまくいく」沢渡あまね・吉田裕子 技術評論社

兼好の徒然草は気になる本である。長明の方丈記、平安物語、も然り。だが、徒然草は読んでいても、飽きてしまうことが多い。この本が指摘するように、すべてを読もうとしない事、が鉄則だ、は正しい。何故ならば、兼好の「ブログ」、或いはSNS上の日記暴露本であるからだ。だから筋書きがある訳ではない。気まぐれに、気が付くところから書かれている。と言う。兼好のモヤモヤ解消の呟きだ。

 

 

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2019年12月 9日 (月)

国会の閉幕に思う

 安倍首相の「桜をみる会」の疑惑は、結局何も解明されずに、来年に持ち越した。モリカケ疑惑と同じ時間切れで幕切れを狙っている、卑怯な戦法だ。

 「桜を見る会」は2つの問題点がある。一つは、国民の税金で1万5千人の招待者は、功績があった人の招待者人数の3倍程度は政府、議員関連。これは、「有権者の買収」である。名簿は税金を使用したから、公文書である。廃棄してはならない。

 官僚も隠蔽するのは、なでだろうか?未だに忖度するのか?これは官僚の人事が、政府が握るように安倍首相が決めてからだ。

 2つ目は、「桜を見る会の前夜祭」である。「桜を見る会」との前置詞が付いていることは、政治の利用である。これは選挙法の違法に値する。費用の支払いがどうと言う事とは別に選挙法の違法である。さらに、ホテルニューオータニと明らかに格安の交渉をしていた。これは贈収賄に相当する。

 最も重大なことは、森本・加計問題の時の様に、公文書を黒塗り、改ざん、隠蔽、廃棄は人主主義(国民主権)の法の下ではあってはならないことである。

ジャーナリストの追及も、全く脳天気、危機感が無い。こんな日本に誰がした。

<読書>

「春朗 合わせ鏡」高橋克彦 文芸春秋

春朗とは、葛飾北斎の若かりし頃の呼び名である。未だ、娘のお栄が幼児時代のフィクションである。蔦屋から、少し絵や版画絵の仕事をもらえるようになった時代でもある。市井の捕物帳在り、悩み解決事件なり、人情沙汰あり、の短編集である。相棒は蘭陽と言って、女役の役者崩れの優男である。このコンビのやり取りも滑稽を醸し出している。滑稽で愉快!

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2019年11月24日 (日)

純粋機械化経済学

 AIが進歩して社会の抵抗が少なくなり、AIが受け入れられる時期は2030年と言われている。その時を、「純粋機械化経済」と呼ぶ人がいる。「純粋」とは、社会上の関係を除き経済の実を論じることであり、「機械」とは、AIのことと受け止められる。単純に言えば、社会でAIを当たり前と思い、人々がAIを人間の代行者と受け入れられる時の経済学と思えばいいのだろうか。

 過去には産業革命において覇権争いが繰り広げられてきた。第三次産業革命のIT時代は、まさにアメリカが覇権を握っている。さて、第四次産業革命は、AIを中心としたすべての産業部門にAIが忍び込む。その覇権争いが、米中で起きている。

 さて、その覇権を握るのは、中国だろうか?はたまた、アメリカが引き続き覇権を続けられるのだろうか?この鍵は、「知的集約力」で決まる。AIの活用の範囲をどこまで広げられるか?にかかっていると言う。結果はAIにどれだけの資源を投入できるか、で決まる。

 中国の共産主義が可能か?自由資本主義社会が勝つか?である。一方、開発者の知的労働者がどこまでアナーキーになれるか?とも言われる。アナーキーとは、「自我を否定する力」のことである。例えば、「ダリダ的思想」か、「カルホルニア・イデオロギー」か、に集約できる。

 自説だが、日本はAIの根幹には問題外だ。だが日本はモノつくりとどこまでタッグが組めるか得意の「応用・利用」がカギだろう。

<参考>「純粋機械化経済」井上智洋 日本経済新聞社

 

 

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2019年11月18日 (月)

日本は資源国?

 日本は、意外に資源国だ、と思う。多量の資源があり、それを長く使える訳ではないが、要所要所で時代に必要な資源に在り付ける。もっとも古い時代では、「銅」「鉄」「金」と、日本の社会変革には、輸入しないでも賄うことが出来た。「金」に至っては原料ではないが、加工品にして輸出して、資金を稼いでいたとかの説がある。

 産業革命時代では、「石炭」がそうだし、それに、意外や「石油」も秋田で採掘されていた時代があったとか(ブラタモリ、秋田篇)。その内、世界の安い「資源」に負けてしまったが。日本は大陸から7000千年前ごろから分離されはじめ、今日の形になりながら、東からのプレートの圧力を受けて隆起してさらに火山活動が作用されて、資源が適当に賄えられた、のだろうか?

 日本は海洋国である。複雑な地形変化を受けたので、隆起しきれなかった海底にも多分、いろんな資源が埋もれている可能性は高い。その一つが、小笠原諸島、南鳥島の近くの海底である。不足を心配されているレアメタル(レアアース)の宝庫ではないか?と言われてきた。

 と言う事で、アメリカから10億円もの無人海底資源探索機(AUV)を購入して探索をするらしい。成功してほしい。埋蔵量が分かれば次世代の開発は明るい未来となる。過去を振り返り、きっと多量に見つかるだろう。楽しみだ。

<読書>

「夜の桃」石田衣良 新潮社

イササカ、がっかりした。谷崎潤一郎の審美化された神秘な男の性欲、でも無い。渡辺淳一の間接的なほとばしる男の性欲と女の機微、とも違う。この作品はかなり露骨な直接的な表現で満たされている。男女の性欲にのみ絡みを描いて人間性は無視、さらには、男の一方的で我儘な表現に過ぎない。岸恵子の「わりなき恋」とも違う。そこで、ミステリアスな結末で誤魔化そうと、が少々物足りない。

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2019年11月10日 (日)

中国製造2025は本当か?

 朝から晴れ渡り秋晴れになった。我が家の山茶花は蕾が膨らんできた。もう少し、と言うところか。散歩に出かけると実篤公園の早咲きの山茶花は既に咲き始めている。近くの四季咲き桜も、花を付けている。隣の家の庭にある萩の花も咲いている。

 散歩しながら、中国の2025年の製造業はどうなるのだろうかと考える。韓国は日本の輸出規制から製造に必要な基礎材料で困っている、と聞く。韓国の欠点は基礎技術の構築に遅れている、と韓国で働いている頃に思っていた。商品化を急ぐあまり、基礎材料、部品は日本からの調達で済ませていた。基礎技術は一日にしてならず、である。(日本はこの利点を今後も続けられるように基礎技術を行くすべきである。

 だが、中国はその韓国の問題点を十分に分析して警戒をしている。中国製造2025年は、そこ点を考慮して、国内調達ができる様に基礎研究技術開発に政府は資本援助している。人材の育成にも十分理解して援助(海亀の活用)している。ここが、韓国とは大いなる違いである。(日本も心して掛からなければならない)

 アメリカはその実態が良く分かるから、トランプは貿易摩擦を起こしても、その知財件の調達の仕方の解決なくして、妥協はしないだろう。基礎研究、基礎材料、基礎技術の育成に、日本も負けてはおれない。

 AI、5Gを含む次世代通信、自動車重点10品目、など、明らかにしている。具体的にはイノベーション指導型開発、デジタルハイテク製造装置、半導体とその基礎材料、その製造設備、エコ基礎技術とその基礎材料など、明確なターゲットを示している。

 中国のもう一つの特徴は、「やってみて駄目なら、やり直せばいい」と、先ず実行して見せるところだ。どこかの国の様に、効果や成果の議論ばかりして、一歩踏みだせないのとは大いなる違いがある。さて日本は?

 

 

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2019年11月 4日 (月)

「身の丈に合わせて」

 萩生田文科相の「身の丈に合わせて」の発言で疑問を醸し出した大学入試の英語検定で、遂に、現行の考案されていた英検テストは延期されてしまった。

 ボケ爺だから、子供たちは大学入試にはあまりにも歳を取りすぎているし、孫たちはまだ早い。だから、感心が無かったが、世間で言う「不平等」「不公平」の冴えたる案件だった、と知った。検定料が、5千円なにがしから25千円何の幅が在るらしい。明らかにこれは「不平等」だ。

 しかも、受験場所が地方ではかなり限定されて、交通費、場合によれば宿泊も必要とか?さらに、何社かの選択制があって、検定基準も各社まちまちで各社に任されている、とか。これは明らかに「不公平」だ。検定に採用してもらうために、検定の採点甘くなることも十分に考えられる。高等学校からは猛烈な反対だったが、文科省は強引に決定していた。これとて政府の傲慢だ。

 ましておや、萩生田文科相が「身の丈に合わせて」とは、人を見下した暴言としか言えない。明大の斎藤孝教授も国語の意味からして「身の丈」発言に、「上から目線である」の意味があると痛烈に批判している。

 萩生田文科相は、身の保全のために、中止を打ち出し、論点を変えた。この主犯は菅官房長官であり、安倍首相であることは明確だ。貧富の格差を助長する発言だ。

<読書>

「闇の歯車」 藤沢周平 講談社文庫

川端の赤ちょうちんで、黙々と盃を傾ける人の今置かれてる状況は様々だ。不公平、不平等の不条理。そんな人々に、「押し込み」の手伝いを誘う。人の弱みを狙って。650両の盗みは成功するが、分配される前に人の弱みから死んで、歯車が狂ってしまう。人生の因果とは不思議なものだ。人生の鬱屈、その表現は実に上手い。

 

 

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2019年10月 5日 (土)

気まぐれな天気が続く

 台風17号一過、各地に災害をもたらし、台風15号で気概のあった千葉にも容赦なく大雨が襲う。だが、今日は異状な真夏に戻る。前回のブログにも書き及んだのだが、この異常気候は異常だ。年寄りのボケ爺には特に堪える。

  国連の気候行動サミットに出席した小泉進次郎環境相から飛び出した「気象変動問題に取り組むことはセクシー」という発言。「世界で最も恥ずかしい」発言であったのではないだろうか。

 グレタ・エルンマン・トゥーンベリさん(スウェーデンの環境活動家、16歳)の呼びかけで、デモが全世界で展開されている中での、日本の環境大臣発言だ。京都議定書から始まる環境改善に同感を呼ぶ若者が広げる環境改善活動の目の前で。

 ゴア元副大統領の「不都合の真実」の環境破壊の現実に眼をそむけてはならない、の訴えは、現実味が益々増している。その真実の訴えは今も続いている。

 繰り返す、今年の天気は、いよいよ本格的な異常気象への始まりであろうか?

<読書>

「抽斗のなかの海」朝吹真理子 中央公論社

若い芥川賞作家のエッセイ集である。言葉の広がり、言葉への造詣、文章のながれ、など、何をとっても超一流で、ボケ爺には、全く就いていけない別世界の人。感受性が半端でない。文学少女と一言では語れない。繊細で、機微に溢れた心の持ち主。読書量も、幼少のころから半端ではない。作家との交流範囲も並みではない、そのほかの分野(例えば、将棋の世界)の交流。会合、飲み会、旅行など、時間を超越している。エッセイはそんな中から生まれている。語彙や展開についていけなく消化不良。世にこんなサラブレッドも居る。DNAの悪戯か?

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2019年9月12日 (木)

内閣改造に思う

 日本の未来は大丈夫なのか?内閣改造に思うことを書き連ねる。

安倍首相は「安定と挑戦の内閣」と宣うが、「安定」とは、何に対して、なぜ安定が、今必要か?など一向に伝わらない。ゲスな見方では、安倍首相の4選に向けての布石としての安定化であろうか?

  • 安定人事;まず無策(デガラシ人材)である。無策だった人たちを側近として残した。特に、次期首相挑戦者の岸田つぶしのため二階堂幹事長の留任。
  • 隠蔽人事:過去の不安定な隠ぺいを確実にするため、文部科学相の萩生田氏、地方創成相の北村氏、などが代表格。

「挑戦」とは、何に対して日本は挑戦して行くのか?経済成長?アベノミクスは失速したことは明白。それとも、アメリカの属国の強化?外交無策の証。

小泉新次郎を使った安倍内閣の人気取りが、それとも一種の挑戦なのだろうか?

7年目の安倍内閣に、良いか悪いかは別として、今までの「スローガン政治」も限界か?つまり、「スローガンに限界」で、カスも絞りでない。

1億総活躍相、女性活躍担当相、働き方改革担当相、人づくり革命担当相、全世代型社会保障改革担当相などなど、看板倒れとなってしまっていた。

今回、目立つのが入閣のフライング報告が相次ぐ。選対委員長の下村氏、防衛大臣なった河野太郎氏、経済産業相の菅原一秀氏、など、など。

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2019年9月 7日 (土)

モノづくり日本?

 日刊工業新聞のモノづくり日本会議の第一回モノづくり徹底強化検討会のフォーラムに出席した。

 基調講演の東大経済研究科の藤本隆宏教授が基調講演だった。藤本教授は、バブル崩壊後も、日本はモノづくりで、復活するべしの提唱者の先頭を走ってきた人である。「モノづくりの定義」が曖昧だ、と批判する人を煙に撒いてきたことでも有名な人である。

 藤本節は、この講演でも健在だった。平成時代、日本はモノづくりの製造業では経済的に維持できていた(日本のGNPの23~25%の100兆円から120兆円、これはドイツと日本だけだった、と)のだから、モノづくり節で正しかった、だが、半導体・弱電は失速してしてしまった、と、その理由の分析もなく、素材や、部品、すり合わせの自動車で頑張っている、と、それらは「改善」であり「TQC」であり、「トヨタ看板システム」だった、と相変わらずの藤本節のモノづくりは正論とよどみがない。本当か?

 「カイゼン」「TQC」「擦り合わせ」は既に破綻してる、と世界中で分析されている。日本はそこから脱出できなければ、新興国にモノづくりは移行してしまう危機感が蔓延しているのだが。今は、モノの見方の構造変革の方法論が求められている。

 だが、相変わらず、製造業の定義が曖昧だ。世界の定義とは会ってない。アメリカのGAFA、中国のBATも製造業で、上位に位置する、と言う。最下位に日本モノづくりがあり、これからは、ミドルの、GEや、IBM、シーメンスのような、上位と下位を結ぶインタプリタ―的製造業を日本は補強しなければならないと言う。

 世界では、この分野は専門知的「サービス業」と定義され、とGAFA/BATは市場開拓型「サービス業」と定義されているのだが? 藤本説が称賛されるなら平成時代の日本の構造改革は、やはり遅れている、と感じた。さて令和はどうする。

 

 

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2019年9月 1日 (日)

令和はどうなる

 気が早いのかもしれないが、令和時代の日本経済の予測はどうなるのだろうか?

 米中貿易摩擦、日韓の関係悪化に突入。円高が進んでいる。イラク問題核課題、イギリスのEU離脱は本当だろう。ロシアとアメリカは中距離弾道ミサイルで紛争。G7の共同声明は出せなく、異常なほどに混沌としている。特に経済の先行きの見通しは読めない、と多くの善人は開き直っている。

 日本の経済は、「平成の失敗であった」或いは「アベノミクスは失敗」とも、自由人の多くの人は認識できている、が反省は無い。老人の社会保障の年金は、2000万円の不足、と厚生省はいうが、安倍政権は隠す。誰もが、年金は破綻すると自覚してる。日本の将来のシナリオは誰もが描けない。政治は政権闘争に終始している。

 一方、企業はどうか?本当に投資に回せる資金は無いのだろうか?特に人と、商品へ。平成時代は経費節減に躍起になって実行してきた。ださらに、やや円安に助けられた製造業の利益はどこに隠したのだろうか。

 東京の街を眺めるに、ボケ爺は疑問に感じる。これだけの高層ビルラッシュはなぜできるのだろう。誰がこの投資の費用を負担しているのだろうか?渋谷も、丸の内、日本橋界隈、品川、港区、新宿、この高層ビルは未だに増え続けている。そんな高価なビルに入居できる企業は?なぜ入居できるのか?

 賃金経費を抑えた分、家賃経費に振り替えているからだろう。企業は人に投資することなく、物に投資してしまって浪費している。良いビルの入っていると、いい仕事が舞い込むとの錯覚だろうか?

 しかも、東京一極集中。家賃経費、と銀行からの借金の返済で火の車だ。特に、東京の都市デヴェロッパーの不動産屋は自転車操業でなければやっていけない。止まれば転ぶ。東京一極集中は「東京憧れバブル」なのだ

 繰り返すが、人への投資が無くして、日本の復興はあり得ない。

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