2010年1月16日 (土)

神戸空港

 朝早く、羽田空港に到着、神戸行きのスカイマークエアーラインにチェックインを終えて、フライト時間を待っている間、カウンターを見学して、事態を見守った。JALのカウンターは閑散としている。ご承知のように、JALは会社再生法により再建されるようだ。株価も7円と言う。

 神戸あたりは新幹線を利用していた。主には、運賃による。しかし、驚いたことに新幹線よりも安い、しかも早いのだ。考えを変えなくてはならない。JALや、ANAがそんな運営が、何故出来ないのか?カウンターで働く人も、ゲートでも、同じ人である。海外では当たり前なのだが、JALや、ANAは違う。キャビンアテンダントのユニホームも、カウンターなどと、同じであり、原価低減に努めていることが分かる。機種も統一されているようだ。

 神戸空港は始めての経験である。寂しい空港である。本当に、大阪近くに3空港も必要なのだろうか、と疑ってしまう。JALや、ANAの経営を圧迫している理由に、47箇所もの日本の空港の投資の返済を担わされているからだろう。JALも行政の貧困が生んだ犠牲者である。行政の貧困は、日本国、つまり日本人論で言う、日本辺境論で解き明かされている。

 ポートアイランドも人が少ない、港湾は静である。神戸の住人が言うには、15年前の阪神淡路地震のためだという。地震による港湾のダメージは大きかったという。釜山に取られてしまったのである。未だに港湾産業が回復出来ない経済状況は、これも行政が悪いのだ。戦略がないからだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月31日 (木)

大晦日に思う、日本は島国か?

 何度も繰り返して、申し訳ないのだが、このままの日本で良いのだろうか?ジャパンアズナンバーワンといわれた時代を知るボケ爺には、その頃の日本人の生き生きした顔、自信を取り戻したい。大晦日の今考えている。

 日本は、島国根性の偏屈な国民なのだろうか?織田信長は武将として、日本国統一を試みていたのだろうか?中国と対等な「皇帝国家」を作り上げようとしていたのではないだろうか?ボケ爺は、織田信長の壮大な「夢」が好きである。

 「日本辺境論」内田樹 新潮新書がベストセラーらしい。「日本人とは何ものか? 鍵は「辺境」にあり!」と言う。辺境とは、中心から最も離れた周辺地域、と言うことである。中央が、中心が存在していなければ、「辺境」と言わない。日本人は所詮、辺境人と潜在的に思っていたらしい。(これが、世に言う島国根性に繋がるのか?)

「日本人は辺境人」とは多くの人が語っていたようだ。1)丸山眞男の「辺境人の性格論」、2)沢庵禅師の「辺境人の時間論」3)養老孟司の「辺境人の言語論」他、日本人論を「俯瞰した」分かりやすい著書となっている。

 辺境日本人の宿命は、1)キョロキョロ、2)他人との比較で云々、3)空気で理解、4)被害者意識、5)物まね得意、などであろうか?著者は、日本は絶対に、中心思想は作りえないと、結論する。こうなったらとことん辺境人で行こう、とも提案している。

 ボケ爺も思う、これだけ長く日本国を形成してきているのだから何か良い物を持っていると思う。決して「強国(普通の国)」になろうとせず、継続して生き続けられる国として存在できる「何か」を見つけよう。日本気質の一つ、「出るくいは打つ、撃たれる」を大切に、世界の変調に併せて、「敵」を作らず、と言うところだろうか?産業界も、独自技術と言わず、「物まね」を復活させ、「辺境の改善」をする事がいいのかもしれない。

しかしながら、平成鎖国はもう限界だ。グローバルと言う黒船に目を覚まそう。辺境は辺境らしく、世界をキョロキョロ見渡すことが肝要だ。そこが先ず第一歩だ。

 これが2009年の結論だ。2010年の大きな課題が見つかったような気がする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年12月30日 (水)

今、大物リーダが居ないのか?

 民主党政権に交代して、政策は後退したのか?連日、メディアは鳩山内閣を叩いている。多くは揚げ足取り、と思えるのだが。そのためか、支持率は下がる。アメリカも同じである、オバマ大統領の生き詰まり政策に、嫌気をさしたのか、支持率の低下がある。ボケ爺の思うには、いずれも大きく変わった。以前より、課題がオープンで、いろんな意見を議論している事がわかっただけ、民主化が進んだ事と言えるのではないでしょうか。多くの考えを議論している姿が、指導力がない、ということではないと思う。国民は大きな度量を持とう。

 「人間の器量」福田和也 新潮新書 には、新進評論家の福田氏の論説を期待した。日本人の器は人物評価の器に比例する(度量)、と言う。「何故、今日、かくも日本人は小粒になったのか?」の、一つの応えである。貧困と餓死の不安が無くなったし、戦死の不安が無くなった。国民全体に「小さな不安」しかなくなった事に関係する、と言う。海外企業での経験からボケ爺も思う、「日本は平和ボケ」している。経済危機においても、日本の産業界は又甦る、と、本当に思っている。決して、甦らない、と断定する。

 日本の産業を弱くしたのは、以前にも言ったように、1)トヨタの「KAIZEN」思想、2)TQCに始まる「田口メソッド」、である。この「呪縛」から脱しない事には、決して、復活はありえない。ジリ貧のままである。そのことに気がついている人はゴク限られているし、傾聴されない。いずれも、自動車産業であり、半導体産業である。今こそ、武谷三男の三段階論法を勉強しなおさなければならない。

 これから期待される福田氏の終章「今の時代、なぜ器量が必要か」は、結論が無く、ひどい。これでは、大物器量は現れない。所詮、著者も小粒と言うことだ。(何度かお目にかかっている福田和也先生に、今回の失望は流すとして、今後に期待する)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年10月25日 (日)

無印ニッポン

 8月の消費者物価指数が2.4%下がり、デフレの傾向がうかがえる、と言う。弁当の安売りが200円、ユニクロだけが一人勝ち、安いから仕方がない。兎に角ブランドが売れないと言う事らしい。それを「消費不況」と言う。

 変わる幸福論。商品を買い続けることが幸福であったが、「自分を極める」「社会に貢献」「人間関係の中の物語」と変化していると言う。大衆消費時代の終焉、と言う人も居る。

 シンプル族の出現、若者は自動車を欲しがらない。年々、若者の自動車の購買数は減っているようだ。何故若者は自動車に興味を示さないのか、単に、携帯電話の普及と関係しているのか?そうではなく、シンプル族は、持つ事に興味がなくなったのだろう。ブランドを溜めて、ステータスを誇る事に興味がなくなったのだろう。「持つ事」の消費よりも「使う」消費に興味が向いているようだ。

 地域の文化の差も無くなり、睡眠時間を減らして働かざるをえなくなり、公共投資よりも、生活再現の社会を目指す民主党の出現があり。日本が文化喪失状況にあることは疑う余地がない。明らかに活力は失せてしまっている。「無印ニッポン」という文明の転換期だろうか?

<読書>

「血族」山口瞳 文春文庫

山口瞳の母を中心とした血族の暴露本である。私小説である。家族の秘密をここまで暴露していいのだろうか?小説家として何所までフィクションか、ノンフィクションなのか?きわどい小説と言うことになる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

再びの資源小国の戦略

 日本は、本当に資源小国である。20世紀はエネルギー資源(石炭、石油、ガス)で小国として苦しんで、21世紀はグリーン化資源で小国であり苦しむであろう。  半導体技術は何所まで発展するのだろうか?加工できる線幅で見てみると、22ミクロンか、16ミクロンか、そこらあたりだろうといわれている。そのあとは3D化、と言われる。それならまだ10年は研究開発が続けられるだろう。しかし、製造設備費用は、今までの10倍以上と言われている。製造設備産業は日本より海外が強くなっている、と言われている。資本力で強い韓国、台湾に負けた中で何所まで善戦できるだろうか、疑問が残る。  自動車も電気自動車と騒がれているが、石油の価格如何である。50ドルが維持されると、一度に実用化が後退するだろう。しかし、長期的にはEV化する。その時の資源確保が課題である。電池の材料は「リチウム」と「ランタン」が欠かせないだろう。モーターでは、「ネオジム」が欠かせない。部品である、電池、モーターで日本は世界を制覇できるだろうか?コスト低減の資本力で課題が残る。  リチウムはボリビアのウユニ塩湖に世界の埋蔵量の半分が偏在している。中国、アメリカなど政府間交渉が進んでいる。ネオジム、ランタンなどのレアアース(希土類)は中国が強い。6割の埋蔵量があるという。特に中国は、21世紀の資源と製品を持つ大国となると、各国との貿易摩擦は微妙になる。コスト面で中国がガゼン有利になる。  そんな中、日本の産業戦略の舵取りは難しくなる。誰が考えていくのであろうか?もっと総合的な研究をするところが無ければならないと考えるが。 <読書> 「向日葵の咲かない夏」道尾秀介 新潮文庫 不思議な推理小説である。影の声が動物(昆虫)になっており、本人なのか、その生き返りとしての動物なのか、分からないまま最終章で急速な展開が見られる。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2009年9月19日 (土)

グローバル氏の行動

 グローバル化を小泉・竹中内閣は、暴力的に行ってきたが、その結果、「格差」が増えたと、国民は騒いでいる。グローバル化を急いだ国は、格差が激化している。経済の回復もうまく行っていない。それは当然かもしれない。旧来の経済構造のままの上に、金という「ふりかけ」だけでは、白いご飯は基本的に変わってはいない。

 格差を是正したければ、グローバル化を遅らせるしかない。これで日本は存在できるだろうか?政権交代で、与党となった民主党は、内需拡大を詠っている。これで本当に経済回復が可能だろうか?今のままであれば、生産は益々、海外に行ってしまい、雇用安定は図れない、内需もなくなる。

 天然資源の乏しい日本の内需の拡大の手法は、ただ一つ、金融立国を目指す方法しかない。出来るのか?どうしても、凶暴なグローバル化に立ち向かわざるを得ない、凶暴なグローバル氏に勝たなければならない。

 国の政策は、国内で、生産、製造できるような国作りが必要だ。そのためには、規制緩和は基より、税制の緩和、労働規制に緩和、移転税制の見直しなど、新しい内閣に要望したい。

 経済界は、それの待っているばかりではなく、新しい、産業創出、イノベーションに取り組んで、新しい経済施策を自ら打って出ないといけない。未来を語らなければならない。グローバルで勝てるような商品を生み出さなければならないし、経済構造、経営構造、手法も開発していかなければならない。経営者もサボっている。皆様はどう思われますか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年9月18日 (金)

米百俵の精神を願う。

 政権交代が実現した。歴代の首相は何をして来たのだろうか?小渕内閣は、10兆円の対策を打ったが、失われた10年と、借金の世界一位となった。しかし、日本経済は、旧態依然とした既得権に縛られていた。そこに、小泉内閣が、「自民党をぶっ壊す」、と、日本経済のグローバル化の施策を行ってきた。麻生内閣では、14兆円プラス5兆円ほどのバラまきを始めていた。ばら撒きでなく、米百俵(山本有三ではないが)の精神に基づいた政策に期待する。

 根本的に、教育への公的支出を増やす必要がある。日本の初中教育支出はGNP比、2.1%、OECD諸国の中で下から3番目。フィンランドは4%。高等教育では、日本はGDP比0.5%、OECD平均は、1.1%、であるらしい。日本が以下に少ないか、よく分かる。

 野党自民党は。今回の教育費増額に対し、与党民主党に、バラまきだといっている根拠がない。どうしても、公務員の削減、無駄な公共投資、無駄な官僚の霞ヶ関の地方支局、関連機関の削減に、それに天下り人件費など削減すれは、財源の確保は可能である。

 ボケ爺は、政権交代に大いに期待をしている。

<読書>

「新解さんの謎」赤瀬川原平 文春文庫

新明解国語辞典の単語を引きながら、意味の内容を吟味している。内容はすごく濃くて、辞書とはこんなに面白いのかと、感心する。当然著者卓越した、日本語力によるのだが。辞書は、一緒の随筆である。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2009年9月 9日 (水)

失われてしまう20年

失われた10年といわれて久しいが、回復したと、調子に乗っていたら今回の経済危機である。日本のバブル崩壊から10年は長かった。やっと成長期に入ったといって、トヨタ様に踊らされて安心して何もしてこなかった。アメリカの需要に酔っていたことになった。今回の経済危機で、日本が最も悪い経済指数を示したことではっきりした。

 改めて回復していたというGDPを調べると、実質成長率が平均して約1%強と言うことである。1%との中身をよく見てみないと分からないにしても、心細い成長率であった。改めて、強欲なアメリカ借金消費の恩恵であったことが分かる。

 その間、本当に日本の将来についての長期戦略を検討、議論していたのだろうか、今回の経済危機においても、内需拡大?中国に頼るべきだとか、政策議論はされているが、本当の意味での過去の検証がなされているとは思えない。経済成長路線を優先するのか?福祉国家を優先するのか?中間解は無いであろう。

 曖昧な日本人の特徴である理論(ロジック)嫌いからだろう。つまり、目的と手段とを一緒にしてしまう論理であるし、戦略と政策を一緒にしてしまう論理力しか持ち合わせていないからだろう。小泉時代から、麻生時代まで「政策論」しか検討してこなかった。何故か、の目的論(戦略論)が無かったからだろう。愚痴は止そう。これ以上、無力な国になりたくはない。民主党に期待したい。若手には論客がそろっている。年寄り連中が、派閥闘争、足の引っ張り合いをしないことを願う。ジャーナリストにも言いたい。揚げ足取りや、喧嘩をあおるような記事は避けてほしい。論理力では、小室直樹の諸著書を読み直すべきだ。

<読書>

「恋ほおずき」諸田玲子 中公文庫

難しいことを考えた後の読書では、愉快な本がいい。諸田の作にしては、素直なストーリーである。多くはなぞめいた複雑な物語が多いが、本著はストレートです。気が紛れます。創造性と文のうまさは、冴えている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月12日 (水)

夢のある政治を

 衆議院選挙で、騒々しい。地方分権、中央主権、小さな政府、大きな政府、官僚指導から政府主導へ、年金だ、子育て支援だ、高齢者医療制度が、テロ対策で自衛隊と憲法課題、などなど、蜂の巣を突っついたような騒ぎであり、マニフェストに評価点数がついたりして、自民連合だ、政権交代で民主連合だ。財源が不明確だ、否、明確だ?などなど。

 いずれの政党も個別の議論では似たようなものだ。どうもこのような個別な議論でいいのだろうか?最も重要な議論は、継続しているはずであり、前回の国民が指示した「小泉政策」の総括、反省を明確にすべきではないか。その上で、今回の経済危機に対して、小泉政策の延長線上での政策か、否定して新たに構築しなければならないか?が議論されてやっと国民は分かりやすくなるのではないだろうか?

 さらに、モットしっかり議論する必要があるのは、福祉国家優先政策を目指すのか?経済優先政策を選択するのか?である。今のところ、曖昧ではあるが、両陣営とも福祉国家優先のように思える。(自民党は経済回復有線と入っているが具体策がない。)そうすると、まずは財源を明確にしなければならない。自民のように増税か、増税ができるのか?民主のように、歳出を抑える、抑えられるのか?と議論の的が絞れてくる。

 豊かさは、やはり、金儲けであると言うなら、経済優先の議論を中心とすべきである。どこに重点配布すれば、これだけ経済は成長する、など。両党とも今のように不明確な政策では議論もできない。その他の個別議論は、まず、国民が選択しなければならないマクロ経済の方向を提示してほしい。どの産業分野の生産量をいくら増やせば、何人の雇用が生まれるなどすぐに計算できる。そこに、夢がある政策が見えてくるはずだ。今の分かりにくい個別で短期政策では若者に「未来に夢を持て」と言っても誰も持つことができない。今日の食采の若者は、政治の欠陥から生まれている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月 2日 (日)

タイチャン

 タイチャンとは、台湾・中国を統合した呼び名で、なるほどと思う。21世紀は、どうやら、台湾の技術力、中国の製造力と消費量で、大きな経済成長が期待できる、と言うことは間違いなさそうである。ここ韓国の経済界でも、いきなり、「タイチャン」に持っていかれることの恐怖に怯えている。そうはさせまいと、連日、唾を振り掛けるほどの議論が続いていると言う。さて日本は、そのような危機感を抱いているように思えない。

 オバマ大統領の率いる一群が日本、韓国を通り越して、中国に向かった。「米中戦略・経済対策」と言うことで、双方、言いたいことを言い合って、オバマ大統領は、高らかに宣言した、「米中で21位世紀をつくる」。これかの21世紀の世界を米中2国がリードしていく姿勢を強調した。国際秩序が大きく変わる印象を持ったのは、この鈍いボケ爺だけではないだろう。

 まだまだ、米日の二国協定の絆は強く、日本は大切な協調国と持ち上げられて、安心しきっている「ぬるま湯」国民は、今に打ちのめされるだろう。造船、建築、弱電、半導体、化学分野で日本のリードしている「モノづくり」は90年代から比べて、数少なく、韓国に持って行かれている現状を知っているのだろうか?次は航空機産業だと騒いでいる。環境問題も、オバマ大統領は、日本、韓国の頭越しに「米中はエネルギー経済の転換に協力して取り組もう」と、日本の技術など必要ない、と言わんばかりである。

 中国のドル保有額は、2009年には日本をしのぐ額になってしまった。アメリカも中国にドル操作されてしまうところまで来て苦しそうである。日本、韓国からは、安全保障で、たらふく援助させる作戦で、経済問題は中国と割り切り始めている。

なぜか、日本から次の産業革命なる技術で頼れる政策が、飛び出さないからだ。今や日本は再び「物まね技術国」に成り下がってしまった。そんな中、「産業革新機構」が発足した。「高齢化社会」「シルバー・ニューディール」と意気込みだけが先行する。相変わらずの「モノづくり」発想だ。総選挙を前にした与野党のマニフェストは、国民にへつらう様に、福祉バラマキ政策である。「希望の日本」を提唱できないのだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (1)

より以前の記事一覧