2018年12月15日 (土)

カラスが騒ぐ

 先日と先先日の朝、天気は良かった。少々早めの会議で、家を出たのだが、カラスが騒いでいる。何故だろう?多分、生ごみの回収日で、どこかで、不十分な梱包だったのではなかったかと思うのだが。地域の関係で、木曜日と、金曜日であり、その境界辺りだ。

 最近は、カラスが騒ぐことは無かったのだが、両日は激しい騒ぎであった。すると、電線にムクドリの大群が止まって、寒さのためか?カラスの騒ぎのためか、体を膨らまして、鳴くこともなく大人しくしている。チョットやソットの半端な数ではない。

 その少し隣に、スズメが電線、同じように大人しくたむろしているが、ムクドリの数の3割ぐらいしかいない。同じように、鳴くことは無い。不思議にムクドリはスズメをいじめていない。

 寒空の、この光景を急がなければならにボケ爺は、しばらく立ち止まって眺めていた。鳴くこと地頭には勝てないか?

 立ち止まったこんなところに、普段は気が付か無かったか、木瓜の木があり、深紅の花のつぼみが一杯付けている。寒さの最中でも春を感じるのか?そうだ、だからボケと言うのだろう。このボケ爺もボケて、狂って、弱り、死んでいくのだろうと、寂しく想像する。決してカラスの様にはなりたくはないのだが。

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2018年12月 3日 (月)

いつの間にか師走

 昨日は庭の剪定をした。だが、山モミジは紅葉が始まったばかり、剪定はかわいそうで、止めにした。梅の木も未だ紅葉していない。だが、小さな蕾を付けている。すでに春に供えている。そんな環境から、今年も師走に入ったとは思っていなかった。

 11月は、血圧が、激しく乱高下していた。さて、師走はどうなるだろうか?

 今年の山茶花は花を一杯つけて、美しい。だが、我が家は山茶花すべて、赤色で八重である。親父が、接ぎ木したクローンだから仕方がない。それでも、一杯咲けば、それなりに美しい。

 世田谷通りのつつじヶ丘駅の南の街路樹につつじが植えられている。その一部で、つつじが秋に紅色の花が咲く。今年も咲いている。季節外れだが。この一帯の土地が良くないのだろう、他の木々も育たない。やせ細っている。多分、栄養が無い、枯れた土地に植えられた過酷な場所のつつじは少々狂ってしまっているのだろう。

 毎年、その姿を見て、ボケ爺と同じ、だと同情する。だがボケ爺には狂い咲きは無い。

<読書>

「女はバカ、男はもっとバカ」藤田紘一郎 三五館

男は、完全に女の戦略に支配されているという。近年は、男の精子が枯れてきているともいう。その原因は、女の戦略と環境ホルモンである、とか?それをリカバーするには、男は徹底したバカにならなければならない、と言う。「想像力は知識より大切」「想像力のないバカはただのバカ」。「大バカになる」には、「五感を働けせ」「遊び心を持て」「今を生きろ」「すべてはうつろう」「狂いたまえ」、つまり、「Stay hungry, Stay foolish」 でジョブス万歳!!

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2018年12月 1日 (土)

先んずれば即ち勝つ

 何事も、「先んずれば人を制す」(「史記」頂羽本記から)他人よりも先に事を行えば、有利に進められる。又、「先んずれば即ち勝つ」ともいわれている。 今日、バトミントの試合をTVで見ていた。勝利を収めるには、早くにシャトルを捕まえることだと、分かってきた。スポーツ界でもだ。当然か?

 卓球の世界で、日本の選手が、世界を脅威に貶めている。その理由は、決して、後に下がることなく、台のすぐそばで、バンドの早い段階で捕まえることに作戦の重点を置いてきたからだ、と解説される。張本、伊藤、平野、など若手の台頭の基本だ。

 バトミントンも今は、日本が世界を引っ張っている。同様のことが言えるらしい。先日の、相撲での貴景勝の優勝でも実証されている。

 当然、ビジネス界でも「先んずれば即ち勝つ」は、基本中の基本である。さて老いてダメなボケ爺はどんな戦略がある?

<読書>

「十二単衣を着た悪魔」内館牧子 幻冬舎 

源氏物語がよく理解できた気になる不思議な作品だ。副題に「源氏物語異聞」となっている。作者が、現在の時代の青年に仕立て、その青年はできの悪い長男であり、秀才の弟がいる。弟を光源氏(二宮)に対比させる。朱雀帝(一宮)は兄に見立てる。一宮の母は「弘黴殿女御」である。この人物は源氏物語ではあまり表に出てこないが、「コードの中心」に据えて、モテない才女であり、意地悪な女、一宮を何とか「帝」に仕立てたい策士の母、として描く。女たらしの光源氏はラテン系で、肉食系、いくつになっても、無茶苦茶に女好きでだらしない。それが表にしたのが源氏物語。裏では、光源氏を「帝」させない戦略がいたるところに展開される。光源氏は「知的コンプレックス」を持っている、ので自分の子「夕霧」には、「学問こそ、生き抜く基礎」と教育する。又この時代の女の生き抜く基礎は「胆力」と「決断力」だ、とする。これがあれば、男にすがる生き方をしなくてもよい、と。サラリーマンにも、人生生き抜く助言が各所に散りばめられている。女と男の駆け引き、歌文学の遊戯な物語だけではない。源氏物語は派閥争いの世界での生き方の物語でもある。面白い!

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2018年11月27日 (火)

乗り物の安全(ストレス社会化)

 先日の新幹線も、一部で、点検で遅れたようだ。最近の都内の電車(JRも私鉄も)は良く遅れる。混雑が集中した、はまだ良いのだが、車両点検、ドア点検、緊急停止ボタンが押された、などの遅れ。安全が優先であるから、仕方ないが、特にセンサー系の信頼性の欠如ではないのか?と心配する。「IOTに時代」はこの信頼性問題で大混乱するだろう。

 空の旅(出張で)は、安全性最優先であってほしいものだ。だが、ここには、人災が絡んでいる。「酔っ払いパイロット」だ。JALにも、ANAにも、起きている。さて海外のエアラインでは?あまりニュースになったことがないのでは?

 となると、日本独特か、通勤電車内での通勤者の居眠りは、世界ふしぎ発見の第一番に相当する。車の居眠り運転は昔からある。

 日本のバスの運転手の心不全関連の事故が、最近増えているようだ。事故につながらなくても、運転手のその手のアクシデントは、年に140件ほどあるとか?長距離バスに多いらしいが。先日は路線バスで、死亡者迄出ている。

 睡眠時無呼吸症候群が有名だが、心臓病ではどうしようもない。パイロットの方ではこのような病気の問題は表には出ていない。バス独特か、長距離トラックもあまり聞かない。どうしてなのか?単に報道がないだけかな?

 これは日本のストレス化社会現象か?兎に角、乗客の安全が最優先で、お願いしたいものだ。

<読書>

「想い人」諸田玲子 文芸春秋

一井の時代小説の一人者の作風は心が和む。複雑な人間関係の中から一類の義理、人情が、にじみ出てくる。その上、文章が美しい。「あくじゃれ瓢六」シリーズである。天保九年の大火に恋女房が行方知れず、その内、武士の娘に恋をして、悩む。「人を想う」ことの哀しみと歓びを綴る。

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2018年11月24日 (土)

大混雑の東京駅

 

 23日は勤労感謝の日、ボケ爺には遠い思い出の日になってしまったのか?だが、3連休になって、孫の七五三に出かけることにした。何といっても、爺になってからは孫の成長が楽しみである。何故だろうか?自分の遺伝子がどこまで影響しているのか、の探索で、無責任な傍観者だからだろう。

 

 ところで、23日、8時15分に、自宅から東京駅に着く。切符売り場は長蛇の列。すべての自動販売機は3~4人待ち。」やっと買い求めると、8時40分。改札口は混雑で、入場に押し合いが続く、アナウンスで中央口は避けて南口に回れ、とウルサイ!ボケ爺は南口に居るのだ、と言いたい。これでも中央口より空いているなら、中央口は大変な混雑なのだろう。こんな事態は初めてだ。

 

 果たして日本は、不況なのか?それともあきらめの享楽者が増えて、暇さえあれば遊び優先なのか?多分、後者なのだろう。今日の日本の経済状態に、諦めがはびこっているのだろう。だから、せめて遊ぶに徹した人生を楽しみたい、となっているのだろう。

 

 当然、指定券は売り切れ、自由席でホームに上がる。3分おきに出発する東海道新幹線は、3車両過ぎても席が確保できない。あきらめて立ち席を選ぶ。だが、車両内はいっぱい、デッキも足の踏み場もない。新幹線使って今日まで、立ったことがなかった。これも初めての経験だ。ボケ爺の年齢で、キツイ!!!日本はどうなっているのだ。

 

<読書>

 

「縦横無尽の文章レッスン」村田喜代子 朝日新聞社

 

図書館で、何となく手に取ってみた。いわゆるノウハウ書ではなく、面白そうだったので借りた。大学での「文章講座」の講義録であり、文章の作成には、まず、考えることが必要と、当たり前から始まる。考える、の命題が心地良い。そして、テーマを決める、決め方が肝心と。その後は、徹底してテーマに関することを調査する事、となってくる。

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2018年11月18日 (日)

いつの間にか山茶花

 我が家の玄関横の山茶花が、5輪ほど咲いていた。つぼみもいいせいに沢山付けていた。急に咲いた訳ではない。気が付かなかっただけだ。と言うことは、心に余裕がないことになる。近くの家の四季咲き桜は、満開だが。  なるほど、10月の海外出張から帰ってから、他の件で忙しく、且つ、歳の所為なのか、長く時差が取れなかった。血圧は、いまだに高め安定になってしまっている。危険水準である。目覚めも悪い。頭は一日ボーとしている。やる気も薄れる。  12月までに、報告書をまとめなければならないが、焦ってきている。先日の原稿を投稿では、修正要請が2か所あった。これとて初歩的間違いだった。  どうしたことだろうか、このまま、急坂を下って行くのだろうか。どの程度ブレーキを駆けられるのだろうか?  そんなことから、11月のブログは、なかなか書けない。気力にかけているのだ。初めての経験だ。これから頑張ろうと思う。思うのではなく実行に移して頑張る、と宣言する。だが今日はこの程度でおわります。済みません。 <読書> 「檀」沢木耕太郎 新潮文庫 不思議な感覚を受ける作品だ。著者はノンフィクション作家である。だが檀ヨソ子(夫人)の私小説風だ。実に、リアリスティックな夫人の感情が表現されている。心理的にも本人の感情表現だと思う。だがところどころ、三人称が加わる。さらに手紙などには二人称が出てくる。読者はカタルシス(魂の浄化)に触れること間違いない。

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2018年11月17日 (土)

久しぶりの東海道新幹線

 久しぶりに東海道新幹線に乗る。多分、8か月ぶりだろうか?多い時には、一週間に3回は乗っていた時がある。その頃はその頃で、いろんなことに出くわした。大雨で遅延、風で遅延、などで、東京駅からの終電に間に合わなくなり、東京駅で、新幹線の車両で宿代わりしたことは、5回では済まなかった。

 久しぶりだったにもかかわらず、気候が良かったこともあり、雪をかぶり始めた富士山がすそ野まで、雲一つ掛かっていない美しい姿を見せてくれた。冬ではよく出会うことはある。この時期では珍しいと、思う。

 何か良いことがあるのだろうか?何事も偶然には、不思議さいっぱいである。それにしても自由席だったが、自由席だからか、満席であった。指定席は7割位か?どうやら京都に行く人が多い様だ。新幹線の掲示板では、愛知県の観光を宣伝していた。名古屋を過ぎれば、京都を宣伝するのだろうか?車内で宣伝しても、各自は目的をもって乗車しているはずだろうと、思うのだが?これとて、不思議な事と思う。

<読書>

「峠しぐれ」葉室麟 双葉文庫

一つのテーマを大事に展開する一途な武士道を描くことを標榜している時代作家の、全く違う面が現れている作品だ。それはエンターテイメント風である。実に多彩な仕掛けがある。しかし、根底は、政権ごとの不条理に立ち向かい、人としての義に忠実であれ、はこの作品の中でも随所に散りばめられている。

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2018年11月11日 (日)

11月11日

 実篤公園のベンチで読書。小春日和、とはこんな日なのだろうか?小鳥達が冬支度のために、にぎやかに鳴き続けている。餌の木の実を啄ばんでいる。優しい声、時には喧嘩をするのだろうか?どこかの神さんの様だ。

 ところで、今日は、縁起がいい日だ。1111日と、十一、十一、と重なる。しかも日曜日。日曜日は関係ないが。仙川の街の喫茶店で、コーヒーとケーキのセットで、一服、引き続きの読書。喫茶店の前を、キッズの音楽教室に通っている集団が通る。キッズも忙しい。桐朋学園で教室が開かれているのだ。

 パリで、1111日は、第一次世界戦争終結記念日。戦争後100年の記念する大会だそうだ。「ノーモア戦争」がテーマだ。トランプ大統領とマクロン大統領が会談。その映像を見ると、トランプ大統領に笑顔はない。「アメリカファースト」に苦言を言われたのだろうか。

 フランスでは、共和党にミニトランプが当選して危機感を感じているからだ。ヨーロッパにもミニトランプ思想(自国優先国家主義)の台頭が目立つ。フランスもドイツも同じだ。難民の課題が大きい。

 中国では、1111日は、「独身の日」であるらしい。通信販売の大御所のアリババが、特売の買い物を提供して、昼夜1日で、2000億円もの売上が成立したのだから、数の方程式は恐ろしい。

 日本では、鮭の日(十一が重なる)、豚まんの日(豚の鼻)、キリタンポの日、など、いろんな記念日になっているようだ。

 ところで、ボケ爺には記念日はない。残念!

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2018年10月27日 (土)

この時期に花火見学

 調布市は、例年、8月の末が花火大会なのだが、どういう訳か、今年は、今日10月27日になった。

 京王調布駅の南、多摩川河原地域で行われる。そこまで行くほどのもの好きではないので、無視をしていた。だが、クリーニングを引き取りに、仙川のクリーニング屋さんに、出かけた。5時であった。今日は午後から、好い天気となり、気温も上がっている。坂を上って仙川の商店街に、汗をにじませながら、到着。このクリーニング屋は流行っていて、混んでいる。その時に考えが浮かんだ。そうだ、帰り道、夕焼けの富士山を見ていこう、と。

 富士山がよく見えるルートは、北から南まで広がっている平野の西の街を見下ろせる場所がある。八王子の街まで、仙川より標高が下である。

 なるほど、太陽の沈んだ後の赤く焼けた空に富士山の黒い影が見える。雲が見当たらない。その丘には、いつもの見かけない人の集まりで、にぎわっている。子供も多い。なぜだ?と思いきや、ある人が「後一分で始まるよ」と言う。そうだ、花火だ!と思い出した。

 すると、スルスルと一本の火の玉が昇る。パッと開く。始まったのだ。爆発の音は、12秒ほど遅れる。4Kmほど西にくっきりと見える。美しい。そこから約40分、野次馬と一緒に感動する。子供たちのハシャギ声にも感動する。いい大人、爺なのだが?

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2018年10月25日 (木)

満月に思う

 昨日は、やっと晴天となり、満月を拝んだ。がニュースでは、今日が満月だそうだ。それにしても寒くなってくる時の満月は、何と美しいのか?心が洗える。

 帰国後、曇り空は一週間以上続いて、太陽の光を仰ぐことが出来なかったせいか?時差ボケが続いて、眠れない夜が続いた。時差の解消には、太陽の光が必要だ、と改めて思う。否、歳の所為でもあるのだが。これから、やっと本格的に仕事ができるようになりそうだが?

 その元気は、昨日、久しぶりによく眠れたからで。深い睡眠に、今日はこのようにブログを書く気が起こったのだが。明日も、そうありたい。

 帰国後、眠れない夜を過ごすのだが、朝方4時ごろから起きてしまう。だが、30分もすれば小鳥がにぎやかに騒ぐ。今年はムクドリがめっきり少なくなったと喜んでいたのだが、今頃の朝方騒ぐのは、ムクドリである。するといつの間にか、スズメをはじめ、他の小鳥がいなくなってしまう。この世界の生存競争も激しい。

 前回の出張でもガックリと落胆するのだが、「英語が通じない」である。ここ一か月、マレーシアの企業の製品不良で、日本の顧客から叱られている。その原因や検証で、マレーシアと連絡しあっているのだが、ここでも英語が通じない日々が続いている。

 意思疎通がむつかしい。写真や、絵や、図解でやり取りをするように変更して、やっと通じたように思える。コミュニケーションは難しい、と、ここ2週間は胃が痛くなった。

<読書>

「なぜ科学はストーリーを必要としているのか」ランディー・オルソン 慶應義塾大学

科学論説は分かりにくい。しかし、決まりのテンプレートに沿えば、分かりやすくなる、と言う。それは、ハリウッド流の物語性だという。それらが、IMRADの展開であり、接続語の使い方次第だ、と言う。ABTである、と。「そして(And)、然し(But)、したがって(Therefore)」だという。早速、使ってみたい。

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