2017年10月16日 (月)

驚き、いつまでも?

 今回の新しいコンサルティングで、またまた驚かされる事仕切りである。世の中には、頭脳明晰であり努力し続ける人がいる。

 一人は、45歳位であろう。切れる頭、いわゆるスマートで、シャープな頭脳の持ち主だ。誰かが、一言、二言言えば、言いたいことまとめる。会議中も、自ら議事録を取って、すぐにアップデートする。さらにそれを、レポートとして同時に仕上げられる。ボケ爺のつたない英語力を補って、出席の人々に翻訳(ボケ英語からスマートな英語へ)してくれる。出席の人々はそれに質問を加えるが、その質問を分かりやすくボケ爺に投げかけてくれる。

 議事録や、資料はクラウドにアップロードされ、みんなと共有出来るよう仕掛けてくれる。日本でも仕事の効率化を騒ぎ、残業を無くそう、など言っているが、この様な人は、結構早く帰ってしまう。家でも仕事をしているのであろう。完全な成果報酬である。日本にはこれほどの集中力で仕事をしている人は少ないであろう。以前にも、話をしたが、マレーシアの企業の顧問でも感じたが、マレーシアでも同様である。集中力が素晴らしい。

 もう一人は、夜中の2時~3時まで仕事をするようだ。大きなリックを背負っている。その中には2台のPC8冊のA4(レター)ノートが入っている、とても重い。さらに内ポケットにはメモ帳が入っており、気が付くことを書き留めるという。自分のしなければならない行動をA4一枚にまとめ、日々アップデートしている。鉛筆書きである。それを毎日眺めては、8冊のノートに、それぞれ、その研究、仕事の内容を書き込んでいて、その成果を確かめるようだ。50歳をやや超えている。このリーダーのグループの成果は、すばらしい。

 沢山の刺激を受けた。こんなに、仕事が出来る人に久しぶりに会えて、ボケ爺の頭脳は、少々若返った気がした、が努力が足りないことを、この歳で実感し、しきりに反省できたことは、成果である。遅咲き過ぎて、この先がないのが残念、と言い訳。

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2017年10月14日 (土)

またまたトラブルに。

シカゴ、オヘア空港は、大きな空港だが、最も時刻通りに運航されない空港で有名なのだそうだ。

今朝、4時半。正確にドライバーが来て無事ケンタッキーク空港に到着。予定通りに乗り込む。無事、定刻通りゲートを離れた、途端、アナウンスである、「シカゴオヘア空港地域が夕立(朝でも夕立?)で、しばらく待機せよ!」と、「約20分ほどであろう。」と。嫌な予感が当たった。

シカゴの上空に差し掛かった、までは良かったが、しばらく待機の旋回。雲の中旋回をするも、稲妻が光る。無事着地、だがゲートがいっぱいなので、10分ほど待機。やっと着地したのだが、キャリオンの荷物を預けている。なかなか出てこない。すると、「作業員がいないので、整うまで20分はまってくれ!」、今回は次のフライトまで、3時間半の余裕を組んでいたので、ゆとりがある。約1時間の遅れであった。

さてこれで冬場が気になる。雪の季節だ。最も雪に弱いのが、ここシカゴ、オヘア空港だ。このルート以外にない、何時まで続くのか、このトラブルが。

ラウンジで待っている間に、いつの間にか雷は収まったようだ。幾分、雲も薄くなってきたようだ。雨も小降りになってきた。定刻通りの出発を期待するが。

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長い会議が終わる。

 やっと、金曜日の会議が終わった。(月曜日から金曜日まで。木曜日の午後をのぞいて。)時差はすでに解消している。明日のフライトは、前回の失敗から、余裕のある旅程に組み変えた。その分、4時半にホテルを出発しなければならない。寝坊は許されない。

 一人夕食まで、時間があるので、散歩に出る。実はケンタッキー州は、ニューヨーク時間になっている。東の端の最も西側だから、朝明けは遅く(7時)、夕方は遅い(19時)。

 今頃になって、TVは西海岸のカルフォルニア山火事を、時間長く報道するようになった。その被害は甚大なものがある。(なぜか、ハリケーンの被害の方のニュースが大きいのだが?)

 懐かしい街名が飛び交う。ロスに近いところでは、アーバイン、何度か訪れた、新興の街であった。サンタバーバラ、やはり新興で、海岸に面した街。サンホゼ(サンノゼ)は、シリコンバレーの中心の街である。ヨセミテ国立公園も焼けている。サンフランシスコから北には、ナパバレー(カリフォルニアワインの中心街)。サンタローサ(スヌーピーの街)。今は、サンフランシスコ周辺の郊外が一斉に被害を受けているようだ。所謂ロッキー山脈の西側一帯である。恐ろしいことだ。山火事は毎年の行事だとしてもイササカは早すぎるし、大規模すぎる。

 TVはその時間よりも多くの時間を割いているのは、まずは、トランプの挙動である。イササカ食傷気味である。次が、有名は映画プロモーター(小生はこの世界は良く分からない)の有名な女優達へのパワハラ、セクハラのスキャンダルである。賑わうのは、いずこも同じことか?

 朝が早いので、早く寝ることしよう。

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2017年10月13日 (金)

生れて、初体験

 初体験とは、生まれてからの初めての経験の事を言う。今更強調するほどの事ではない。

 昨日は3時間の講演、今日は2時間の講演をこなした。これとて、初体験だ。当然、英語での事である。デタラメナ英語で、不思議に通じていたか、それとも何も理解できていなかったか?摩訶不思議。

 それを予想しいたのか、午後から、VIP扱いの競馬の見学に、特別席を予約してくれていた。訪問先のトップクラスが一同に会しての昼食を楽しみながら競馬を見学するとともに賭ける事もできる。特別席は3階にあり、正装していなければ入れない。

 到着し、テーブルに着席したときは12時(正午)5分前であった。突然、アメリカ国家の独唱が始まった。テーブルに座っていた人たちは一斉に起立。窓際に走って、パドック前で歌っている歌手に向かって、敬礼。ボケ爺も真似をする。

 食事はなかなか美味しい。我々は8人の集団。CTOMr.ビール野郎を自称する大酒飲みだ。あっと言う間に3倍は空けてしまう。

 賭け方を教えてもらう。いろんな賭け方があるが、ボケ爺にはすぐには覚えられない。府中競馬場に近いところに住んでいるのだが、日本でも、一度も行ったこともなければ、賭けたこともない。真面目と言うよりは、ケチと言うことだけだが。

6レースを掛けて、2勝4敗であった。所謂、トントンだ。CTOは、自身はすべて負けたが、奥様から依頼された一枚が、20ドルかけて80ドルをゲットした。その他の人はほぼ負けてしまったようだ。皆から、「競馬予想の顧問をしても、生きていけるよ!」と、はやし立てられた。

ケンタッキー、レキシントンの競馬レースは5月と10月の3週間(1週間は水、木、金、土曜)で開かれる。キーネランド(Keeneland)と言う。広いアメリカ大陸で唯一、ここ場所だけになったのは?何故、このレキシントン(Lexington)で、競走馬の育成されるのか、には、理由があるという、水のミネラルに、骨、取り分け「脛に良い成分」が含まれていたからだそうだ。初体験!満足!

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2017年10月11日 (水)

1日の会議で疲れる

 一日中の会議がやっと終わった。夕食まで、TVを見る。チャンネルをいじっていると、ここは、総計で42ある。アメリカの他のところよりは少ない、と思う。大昔のホテルでは有料チェンネルがあり、問題もあったのだが、この街は有料もないし、チェンネルも少ない、健全な街なのだろう。

 すると日本語版のTVチャンネルがある。どうも、NHKの海外版ではなさそうだが?独自編集か?

 一日中雨だの天候予想を裏切られて、昼間は晴れて良い天気であった。半日ずれたらしい。今晩から明日の朝まで大雨だそうだ。今日もホテルで一人夕食。のんびりで気を使わなく満足だ。

 今日の朝、気が付いたのだが、アメリカ国旗は半分までの掲揚である。それを聞くと、ラスベガスで起きた乱射の犠牲者を悼んでいる、とのことである。そう思い回りを見渡すと、なるほど、どこもそうなっている。一斉に行動できる自由国アメリカは素晴らしい。

 会議に出席する人が、デンバーのボルダーからやってきた。今週の日曜から降り続いているようだ。結構な積雪らしい。(カルフォルニア、ロスの近くで、大火事だそうだが?確かではない。TVのニュースの報道が早送りなのでよく理解できない。ボケ爺、それほどの英語力だ。残念、反省。)改めて、広いアメリカ大陸。

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2017年10月10日 (火)

Lexingtonに居る

一日の会議が終わり、ホテルに帰ってきた。時差で、1時間ほど居眠りをしてしまった。今から夕食の場所を探す。と言っても選択の余地はない。郊外の簡素な広い敷地にホテルがあるからだ。

今朝、会社の担当者から電話があった、「無事に来ているのか」と聞かれた。「時間通り、夜中の12時少し前にホテルに着いた」、と返事。すると「それは良かった」、との返事であった。なぜか?は分かっていた。

今朝の朝のTVで、天気予想での話では、昨日(日曜日)は朝からハリケーンの影響で、大雨になったそうだ。Lexingtonでは、大雨の記録になった、と言う。3.73インチだったそうだ。過去の記録は、3.15インチだった、と。被害はなかったとのことであった。もう少し東部では、浸水被害があった、と報道してる。

会議に集まった人々から、運を運んでくる人だ、と歓迎されたが?実感はない。今日も雨は時々降るだろう、の予想だったが、一雨もなかった。明日は寒冷前線の襲来で、雨の一日なるそうだ。水曜日の朝までぐずつくとのことだ。

幸運を運んでくることの意味が後でわかったのだが、競馬の祭典が木曜日から始まるようだ。

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2017年10月 9日 (月)

シカゴオヘア空港に居る

 オヘア空港は雲一つない晴天だ、と言うより秋晴れだ。気温は24℃、と高めである。思ったよりは低くない。十分に秋が楽しめるのだろう。時差の関係で、まだ日曜日である。その分混んでいる。3時について、次の乗り継ぎが、9時であるから、6時間も待たなければならない。激しく眠気が襲ってくる。

 ラウンジに居るのだが、時間つぶしに苦労する。窓から見える飛行場は、アメリカでも、1,2位を争う大きさを誇ちる飛行場だから、絶え間ない飛行機の出入りは激しい。しかし、そんなに多くの航空会社では無い。イギリスのヒースローなどは、尾翼の模様は驚くほどの種類が行きかう。

 頼まれていたエッセイの最後の仕上げをして、メールで送り届けた。やっと、悩みが一つ片付いた。

 夕刻になり、真っ赤な夕焼けと共に、各所に輝く照明灯の光が目立ち美しい。帰宅を急ぐ人の期待に添うように一層、飛行機の動きは激しくなってきた。あと2時間の辛抱だ。

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2017年10月 7日 (土)

自己都合ファースト

 安倍政権が解散を放った。そこに小池劇場が動いた。さらに民進党は前原代表の政党放棄で、希望の党が出来た。小池代表は傲慢で、独善的で、民進党の前原代表との約束を覆し、民進党の議員を選別するとした。

 その途端、自民党は喜んだ。麻生副総裁は、安倍総裁に、これ以上、「小池対抗の発言をするな!」「自滅するから」。との読みからだ。

そこに、立憲民主党を枝野氏が代表として立ち上げた。希望の党から切り捨てられた民進党員は喜んだが、厳しい戦いになるだろう。民進党の多くの大物は無所属での出馬となった。これとて厳しい。

 そこには、国民は居ない。すべては「自己都合ファースト」で動いている。これが、日本の政治なのだろう。放棄した政党も、新たにつくられた政党も、マニフェストは後から作るという。まずは、日本を未来の姿を描いて、訴えて、この指にとまれ、とは言わない。勝手な政治家である。

 夏目漱石は、自己本位ファーストを訴え続けた。漱石の言う「自己本位」とは、西洋の模倣を続ける日本は、流されてしまう。日本独自の思想をもって、「日本独自の形」を確立しないと、と苦闘した。個人においても同様である。それが「自己本位」と定義している。「私の個人主義」の中で繰り返し訴えている。他人を認め、「確固たる自分の思考法」を確立しよう、と訴えている。没後100年、漱石の言葉は今に生きている。

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2017年9月29日 (金)

珠海の最後の晩餐

 昨夜は、皆が集まってくれて、公には最後の晩餐が開かれた。賑やかな集まりとなって、楽しいひと時だった。

 企業は今日からか?国慶節(101日から)の八日間の連休となるらしい。家族の面倒を見ないといけないので、「嫌だ」と言いながらも、楽しい休暇の計画を話してくれた。独り者は、旅に出るらしいが、どこも混んでいるから、と。日本へ行きたいという人もいる。

 難しい話に、中国では出身地域によっての人物評価があるようだ。育ちの地域によって人間に特有の癖が出ると、いう。さて日本にはそのようなことがあるだろうか?多少はあるかもしれない。中国は国土が広いので、結構、個性の差はあるようだ。あまり郷土の話はしないようだ。フランス、ドイツ、アメリカを渡り歩いてきた高齢の女性は、「くだらない話には付いていけないない」、と言って不貞腐れる。それよりも中国の女性の地位が低さ、このジェンダーギャップについて、一言いいたいと、叫んでいた。

 今日は通関が混んでいるだろうから、と、ホテルを6時に出たが、休暇と言うこともるのか、すんなり通過、ホテルからマカオまで、30分で済んでしまった。タクシーも混んでいない。マカオ空港には、10分。2時間も早くなってしまった。

マカオの台風の爪痕を探したが、すっかり回復をしていて、見つからなかった。香港マカオ大橋の通関場所が人工島に建設されているが、その姿がかなりはっきりしてきた。されにその人口島は拡張されている。港湾工事は、中国は進んでいる。海底から泥や砂をかき集めて、すぐに島が作れる。さて12月開通は間に合うだろうか?

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2017年9月27日 (水)

今年、最後の珠海市

 珠海市に居る。今日の会議で契約解除の調印をした。決して関係が無くなった訳ではないが、今後は年に2回ぐらいだろうか?

 珠海市は、台風13号で大きなダメージを受けた。かなり修復されたけれど、ところどころまだである。その爪痕が、至る所に残っていて痛々しい。まずは、街の木々が、半数ほど被害を受けたようだ。今は立ち上げて、ツッカイボウで、何とか見られるようになっている。この台風の規模は70年来だという。風速60kmを記録した、とのこと。

 建設中のビルの上のクレーンが何か所か落ちている。床上浸水の場所は、店など、まだ復帰していない。フェリーボートの港は、未だに回復していない。それにしても、街は活気がある。多くの人が大きな声で話し合いながら、元気に走っている。

 CEOが昼食に招待してくれた。そのレストランは、150年ほど昔の家を改造したところであり、その内の倉庫であったところにある。さらに旧家の見学場所であったり、学校が中にあったり、お店もあり、家の周りは途方もなく大きい。これが典型的な富豪であり、一家族が一緒に暮らしていた、と言う。何故富豪になったかは、ハワイで砂糖キビを栽培して小金をためて、珠海に帰り、砂糖一代の大富豪となった、と言う。夫人はアメリカ人だったようだ。だがその一族は、今では離散してしまったようだ。

 また、昔の中国では、一族が同じ屋根の下で暮らし、それぞれの家族が同じ屋根の下で、且つ、相互援助で暮らしていた。今は、親も満足に子供を養えず、子供は年寄りを支援できなくなり、核家族が進んでいると嘆いていた。

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