2017年4月22日 (土)

暗い一日

 朝から曇っている。一日続く。夕方からは本格的な雨となった。暗い一日だった。雨の好きなボケ爺は、それだけではない。提出した資料にクレームが出た。これを修正するには、能力不足である。ある人からもクレームが来た。これは、一先ず、説得で落ち着いた。

 大学時代に、愛読した野間宏。その中の「暗い絵」を思い出す。何かにつけて、問題を抱えて、暗い毎日を過ごし、何一つ解決しない暗い物語だったことを思い出す。今になって、思い出すとは、それに似ているからだ。良い年にはなりそうにはない。

 今日は、「こと座」流星群が押し寄せている、と言う。午後9時頃がピークらしい。しかし、このままだと雲は取れることはないだろう。

 満天星(どうだん)と書き、ドウダンツツジの事だ。我が庭にも2本のドウダンツツジがある。可愛い白い花が咲き始めた。4軒隣は、垣根全体が満天星ツツジである。最も美しい時期を迎えている。

 だが、今日は、暗い絵の一日であった。

<読書>

「風のかたみ」葉室麟 朝日新聞社

女の戦い、と言える、かな?さすがに葉室節だ。上位討ちされた一家の女性どもは何故か、一か所に集められて、生かされている。そこに、女医が送り込まれて、「生かせよ」命じられる。一種のスパイ。そこで繰り広げられる女の執念と、嫉妬と、妬みの戦い。その推理は面白い。最後に、追加された告白の手紙の部分は余分だっただろう。

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2017年4月16日 (日)

一気に夏?

 近年、温暖化なのか、どうだか分からないが、春や秋が短くなってきている。植物の生態に変化が出るであろう。すると、動物も変わって来る。

 我が家では、過ってはシャギの花で、埋め尽くされていたが、5年前ごろから、雑草に負けて、今は一本もなくなってしまった。ボケの木も2本植えていたが、いつの間にか、ボケたのか、花を付けることを忘れ、3年ほど前に枯れてしまった。ツタに負けたのだ。

 土曜、日曜日は天気が悪くなる、との予測だったので、無理をして、金曜日に、サクラの鑑賞を終えたのだが、今日は葉桜を愛でることになった。八重桜は、1週間後が、満開になるのだろう。今は夏日となっている。朝から散歩、昼寝、そして、散歩、と体調改善に努めたが?

 すでに、3日前は、蕾であった真紅のシャクナゲが満開になっている。音大生のアパートの一角に咲くシャクナゲは、バイオリン、クラリネット、等の音色と併せ、夏日を忘れ優雅な気持ちになる。

 仙川安藤忠雄デザイン通りがある。そこの街路樹は、花水木である。まだ、早いが、一部、白色の花水木は、咲き急いでいる。そこにある美術館に入る。工芸品の展示場所も、ついでに巡回する。又、夏日を忘れる。

 子供たちは元気だ。Tシャツ一枚、と短パンで、大きな歓喜の声を発して遊びほけている。5月のこどもの日を先取りしている。平和な一日であった。

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2017年4月14日 (金)

今日で終わり?都心の花見

 今日は朝から晴天だ。五月晴れとまでは行かないが。赤坂見附で打ち合わせ。遅めの昼食を取り、ホテルニューオータニの庭園を借りで散歩した。庭園は、桜は僅か1本の枝垂れ桜。満開であった。旧赤プリの御堀端は染井吉野、それは散り急いでいた。この両ホテルを挟んだ街路樹は,八重桜で、我が家と同じ、咲き始めと言うところ。これからが楽しみだ。

 そのお濠で、ボートが3隻、吊りを楽しんでいる人が居る。湖面のサクラをかき分けて、釣り場を変えている。

 ホテルオークラの正面玄関から、赤坂御苑の方に回ってみる。菜の花の香りでむせ返る。久しぶりの香りに酔ってしまう。タンポポ(当然、西洋タンポポ)も、咲き誇っている。まだ会議が続く。明日からは、曇り、時々小雨、とのこと。

 帰りに、外堀の土手に回ってみた。所謂、上智大学の横の土手である。ここは、染井吉野であり、散り際の花吹雪が、何とも情緒をくすぐってくれる。

 今日は金曜日。その花吹雪で、疲れが癒される。赤坂見附駅からJR四谷駅まで、老いを感じるボケ時に、情緒の復活を、一時期であろうとありがたく味わう。

<読書>

「漱石追想」十川信介編 岩波文庫

漱石は、一体何人の人と付き合っていたのか?実に多彩な多くの日おっと付き合っていたことになる。漱石のゴシップはここから読み取れる。ここには、49人のから漱石の素顔が暴かれていく。

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2017年4月 8日 (土)

我が家にサクラ開花宣言

 我が家のサクラは八重桜である。小雨に濡れながら、5輪の開花が見られた。我が家のサクラ開花宣言である。昨年より1週間は早いか?我が家のモミジの木にも可愛い新芽が噴き出してきた。

 午後から雨も上がったので、散歩に出る。実篤公園のサクラの大木は満開。小学校の校庭のサクラも満開。仙川駅前のサクラも満開。NTT中央学園の校庭のサクラも満開。桐朋学園のサクラは、サクラ吹雪、とまでではないが散り始めている。

 昨日、東京駅で打ち合わせ、八重洲口の近辺は桜が多い。八重洲口のさくら通りのサクラも満開。そこで昼食。サクラ、サクラ、で、心が浮き立つ。サクラは日本人の心の故郷だ。

 その後、静岡の自動車関連の企業と打ち合わせで、静岡へ。だが、サクラに出会うことはなかった。大嵐だと聞いて来たのだが、1号国道線の東の方角に、雲の切れ間から、ほんの少し富士の山が覗き、感激。富士山も日本人の心の故郷だ。

 静岡は、サクラエビの旬、シラスも旬、打ち合わせが上手くいったので、新幹線を待つ間、それらを賞味した。当然、春なにがしの日本酒と。春を堪能した。

<読書>

「さん奪 奥右筆秘帳」上田秀人 講談社文庫

徳川三家の派閥争いに、伊賀、甲賀忍者の絡みと、剣客の下士の活動が、複雑に組み込まれた、時代小説である。派閥が複雑な絡みで、ボケ爺の頭の悪さでは、読むに疲れる。が結果は愉快。

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2017年4月 2日 (日)

不完全な花見

 午前中はまだ底冷えがしていた。我が家にもようやく、春の訪れが感じられる。西の借景の広い空き地には、黄色い鉄砲水仙が満開を迎え、雑草の深緑に映えている。椿は散り始めているが、まだ多くの花を残している。八重の曼陀羅色の椿は、やっと一輪咲いた。

椿の花は、花の根元のガクを下にして(雌蕊、雄蕊を上に)、まだ瑞々しい時に、落下する。まだ美しい色彩なのに?仏教の世界になるのだが。

午後に入り、薄雲からの陽差しが増してきて暖かくなって来た。すわ、花見だと、散歩に出かけた。例のNTT学園の光栄を目指した。2~3分咲き程度か?がっかりだ。さらに足を延ばして、成城学園近辺の野川の土手に期待した。そこも同様であったが、一部5分咲きは見られた。国分寺崖線の高台は、都心とは温度差がある。

 人手は多いのだが、誰も花見をしている雰囲気はない。20人ほどカメラを抱えたお年寄りの集団が二手に分かれて、カワセミを追っかけている。花より団子とはこのことを言う。

 仙川の街では、昨日が、第17回、夜桜コンサートであったが、順延して今日になった。毎年同じように、4月の最初の土曜日である。桐朋学園のチェロカルテットの、「さくら」(武満徹)は、聞き応えがあった。今年のサクラは、まだ2分咲きである。コンサートの美しい音色に桜の花の反応は今一、今年は寂しい。不完全な花見となってしまった。残念。

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2017年3月31日 (金)

三月は去る

 昨日、夜遅くのメールで、中国の企業のCEOから、引き続きコンサルティングをお願いします、と。嬉しい知らせである。1年、また楽しく仕事で、過ごせる。

 今日の朝からは、花冷えで、桜の開花は伸びそうだ。井之頭線の沿線は、紫陽花の木々の新芽が綺麗になった。それ以上に菜の花の黄色で、満開だ。それが主だが、白い花や、紫の小花が、その陰でひっそり咲き誇っている。黄色の沿線は迫力があり、すっかり春だ。

駒場東大前で降りる。桜は2~3分咲きだ。教養学部の北側に、先端科学技術研究所がある。そこで研究会だ。創造性に富む研究発表で、日本の未来が、楽しく嬉しい。

 その後、新横浜へ急ぐ。不思議に、東横線は混んでいた。何故か?菊名駅乗り換えで、新横浜駅の新幹線への乗り場も、外人の集団も含めて、混んでいた。年度末だからだろうか?

 新横浜は、花万博で、賑わっているのだろうか?歩道橋は花一杯のプランタンで、美しい。 だが、雨に変わって来た。風も強まる。気温も上がらない。

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2017年3月29日 (水)

アメリカの壁

 トランプのメキシコの壁、アメリカファースト、等、アメリカ単独だけでも生きて行けるかの発言に、「何処かで聞いたことがある」と、頭の中でモヤモヤしていたのだが、先週の土曜明けの夢の中で、「何処で読んだことがあるはずだ」、と、微かな記憶が読みかえった。何かを思い出したらしい。

 午後に、本棚をごそごそ探していたら、小松左京の「アメリカの壁」文芸春秋、1989年第3版が出てきた。文庫本である。紙面は黄色くなっている。初版は、1982年(昭和536月刊)となっていた。すぐに読み直した。

 このころは、日本はアメリカを猛追していた時である。この時、既に小松左京は、アメリカは一国で生きていく、と言う大統領が出てきて、西海岸に、巨大な壁を作り、あらゆる物(飛行機、潜水艦、核爆撃も防御が出来る)通過出来ない壁を作る。さらに、海外通信も遮断して、他国との外交も遮断する、と言う短い、単純な物語である。

 読書の記憶はない、が、記憶の何処かに残っていたのだろう。今日のトランプ思想の先取りである。が、トランプ大統領よりも、もっと過激で、徹底している。

 改めて、小松左京のSF力は素晴らしく先見性があったことになる。どうしたらこんな発想ができるのだろうか?改めて、洞察力の育成はどうすれば良いのか、考えさせられた。

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2017年3月26日 (日)

忖度(忖度)とは

 この「忖度」が話題になっている。今で言えば「K=空気を読めよ!」となるのだろうか?多分、英語で翻訳は出来ない?安倍首相の兇暴的な発言から、忖度すればするほど、安倍政権が国民から忖度されて、崩壊しそうな予想が出来る。

 森友問題は、益々寒くなる。提示されなければならない議事録は、無いと言う。捏造されたメールや、私人付官僚のFAXは疑義を呼ぶ。権力者の闇は寒い。そう言えば、今日は一日雨。しかも気温は7℃程度。一日、エアコンをつけっぱなし。年寄りには、気温の急な上げ下げに耐えるのは苦労する。

 雨はそんなに嫌いではないのだが、ここまで冷たいのは嫌になる。草花も「気分は冬」に戻っているであろう。さて、今週は、どんな天気になるか、卒業式は終わったであろうか?女学生の和服は、未だに必需品の様である。レンタルオフィスが、和装ビルにある。朝早く和装女学生が着付けから、多くの人が駆け出していく。

 残りの一週間が有意義でありますように祈りたい。一日、家にいると、良書にあたる。今日の読書は、目から鱗まで、ではないが、日頃の考えの整理に役立った。

<読書>

「知的創造の作法」阿刀田高 新潮新書

短編の大家であり900篇以上だと言う。その発想力にあやかりたいと。「執拗に努力を継続する事」が基本である。だが、①ダイジェスト化する事、②モチーフ化する事、③混沌の中に居る事、④読書をする事、⑤オフを創る事、をプラスすると良い、と言う。

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気分はCherry Blossoms!!!

「気分は春」、である。東京の開花は、気象庁の予想を裏切り、21日となった。今日の陽射し差しは少々きつい。が、まだ北風が冷たい。桜の満開まで時間が掛かりそうだ。後一週間?

実篤公園の辛夷の大木が2本、満開だ。八重椿は遅咲きで、今も美しく咲き誇っている。実篤会館の垣根の隙間で、越冬させたユリの蕾は、茶色く変色して、やはり越冬は無理があった。葉っぱは未だに瑞々しいが。隣の茎が枯れたユリの幹は新しい新芽が出てきていた。

若葉小学校の庭に、先週は咲いていなかった梅の花が満開だ。その隣のソメイヨシノは、まだつぼみが固い。隣の中学校の校門近くのサクラが7分咲きで見事。しかし、ソメイヨシノの花とよく似ているが、多分違うのだろう。

桐朋学園の校門に咲いているカンキサクラが満開だ。だがこの花の色は濃いい紫で、少々血を吸ったような、ボケ爺には決して心地よい色ではない。

昨日、中目黒駅の目黒川沿いに出かけた。すでに提灯が両岸に仕立てられていて、点灯している。すっかり、夜桜花見の気分である。が、開花は見当たらない。

我が家と違って、近所の家々には、スイトピーなどの春の花の鉢植えが見事で、春を愛でている。借景で春の気分を楽しんでいる。

<読書>

「秘事」河野多恵子 新潮社

中の良い夫婦とはかくも素敵な素晴らしい日々が過ごせるのだ。どんな生活かを、学生時代の恋愛から、死に至るまで、延々とつづれられている。少々羨ましもあり、飽きてきたころに、夫婦の不信感が露呈して緊張する場面も出てくる。良き夫婦のモデルでの物語だ。

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2017年3月20日 (月)

いま なぜ木か?

 飛行機から降りた途端、花粉症が甦る。嫌になる。クシャミから始まり、鼻汁がでる。涙もついでに出てくる。一夜明けると、今度は頭が重くなる。厄介なアレルギーが在るものだ。

 今日は祝日。だが、午前には、色んなことで、契約の話の相談に乗るために都心に出かけた。電車は、空いている。3回の乗り換えの電車も座ることが出来た。だが、東京駅は、混雑の極みである。多分、3連休で東京見物なのだろう。通勤時の混雑以上だ。海外からの旅行客も多い。

 京橋で開かれている毎日新聞協賛のセミナーに出る。「いま なぜ木か?」がテーマだ。建築家の隈研吾、宮大工の小川三夫の講演を聞くのが主な目的だ。いずれの講演も興味のある内容であって、木材の活用に知見が深い。

隈研吾氏は、木材を多用したデザインは、世界中での活躍であり、近年、日本以上にヨーロッパ、特にフランス、中国からの依頼が追いようだ。国立競技場の完成を楽しみしたい。やはり建築のデザインは楽しい。建築家になりたかったが。

 小川氏の話は実践的で、1000年もたせられる木の活か仕方がある、とその工夫がリアルに語られた。経験者の知見の話は心に滲みる。ただの大工ではない。それにしても、日本の建築のノウハウは、奥が深い。

 セミナーの会場は京橋で開かれた。久しぶりに京橋をうろついたが、すっかり変わってしまっている。高層ビル群に変身している。京橋は陸の孤島で、地下鉄を乗りついて出かけたものだったが、今日、東京駅から歩いても15分は掛からない。過去の認識が間違いであったのだろう。これは認知症とは違う、と言い聞かせる。

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