2018年9月21日 (金)

長雨に憂鬱

 今日は、新横浜の事務所にいる。朝の京王電鉄の電車は大幅に遅れた。込み合ったからだとの理由である。それは雨のせいか?東横線も、自由が丘で、安全確認で送れる。昨夜から、雨。未だに終わらない。これだけ長いと、雨の好きなボケ爺も憂鬱である。

 仕事も、なかなか解決の糸口が見つからない。これも憂鬱である。夏バテの疲れも、まだ抜けなくて体調も良くはない。これも憂鬱である。歯がぐらつく、これも憂鬱である。

 憂鬱の5乗くらい、ここに来て起きている。こんな時、どうすればいいのでしょうか?

<読書>

「高田明と読む世阿弥」高田明  日経BP

=昨日の自分を超えていく=との副題がある。高田明といえば、家電の通信販売を一代で築き上げた有名な経営者である。世阿弥の能は600年前からの続く日本の伝統芸能である。明治時代以降、発見された秘伝の「風姿花伝」「花鏡」には経営に関して参考になる言葉が散りばめられている。商品(花)の魅力の生み出し方、事業(能楽)の継承について。高田氏は、経験を元に解説している。「ごもっとも、なるほど」と、よく理解できた。

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2018年9月17日 (月)

PCが復帰

 PCが治ったと連絡、早々に取りに出かける。一通りのチェックをする。まずは使えそうだったので、検収を承認した。

 それから、丸半日、PCと向き合う。いろんな機能を立ち上げる。セットアップする。メモリーを移し終えたのが、4時ごろだった。悪戦苦闘。

 そして、それぞれの機能を、一つ、一つ検証し行った。それが終わって、それまで溜まっていた、コンサル関係のメールの対応を終わらせた。明日から、PCと向かい合う生活が始まることを、喜びだ。

 前のPCのドキュメントのメモリーは、不具合を起こしたマラッカの会社で、バックアップしていた。よくあの時、たまたま、正常な時期があったことだ。もしそれが無かったら、今頃、涙に濡れていたことだろう。

 長かった寂しい長い2週間であった。さて、これから安定して使えるPCを祈り願う。丁寧に、大事に使うことにする。

 これからはもう少し気の利いたBlogを書きたい。勉強と、完成を鍛えたい。

<読書>

「歪んだ波状」塩田武士 講談社

騙されるな、真実を疑え、と帯にある。情報の中には、悪意に満ちたモノがある。それが真実か疑え、という。今日のジャーナリスト(新聞、雑誌、TVWeb、など)の各記事には、誤報がある。虚報であり、捏造の情報が、渦巻いている。そんな情報の捏造が作られた5編についての物語である。情報は、第4の権力だ。インターネットは、第5の権力になってきた。社会派作家が放つ話題作だ。

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2018年9月16日 (日)

PCの無い日々

 朝から、ツクツクボウシのセミの鳴き声が強い。少し気温が高いのか?家のPCを開く、が、そこには反応しないといけないメールは来ていない。寂しくもある。

 PCの修理がまだ終わらない。2週間が過ぎる。その間、朝、夕だけ、メールを眺める。ほぼ一日のメール量は100件ほどだ。だが、アクションを必要とするメールは少ない。朝、夕で済む量だ。以前は、毎時間毎分、メールの受信欄に反応しているように思っていた。一日がメールのやり取りで終えている現状だった。それで仕事をしていると満足していた。

 PCの無い、今は、一日をどう過ごせばいいのか?考えてしまう。つまり、何も考えていないのだ。情報を受けてからアクションを起こしているだけで、「いつも受け身なのだ」。自ら考えて、先に先に行動を起こしていなかったのだ。大いなる反省だ。

 スマホでも同じなのだろう。どうでもいい情報中毒になり、取り返しのつかない、この情報依存性は、本当に害である。スマホ依存性の若者は、これからどんなクリエーティブな世界が作れるのだろうか?イノベーティブな日本の変革は、大丈夫か?

 先行して、考えて、アクションを起こしていなかった今までを大いに反省する。ボケ爺は受け身の仕事から、先行する積極的にイノベーションを起こそうと、時間の使い方を見直すことにした。反省、反省、反省しきり。

<読書>

「男坂」志水辰夫 文芸春秋

男盛りを過ぎて、下り坂を降りている。男は過去にはいろんな経験をしている。その思い出を思い出しながら、現状を受け入れることで、下り坂を楽しんでいるのか?否、人格に苦渋を受け入れている。ほろ苦い、ウエットなの人生をつづった短編集である。ボケ爺にも身に染みる話がある。

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2018年9月15日 (土)

まだPCは治らない

 まだPCは治ってこない。先日確認したら、液晶ディスプレイも不具合だから、交換すると。なぜ一点、一点、次から次にしかわからないのか?これなら新品を返してもらったほうが安く上がるはずだ。しかし、保証の契約上はそれが出来ないそうだ。契約とは厄介なことだ。それでも最終的には、治ればいいが。

 不具合の説明は、技術屋のボケ爺にとって、全く納得がいかない。大昔(30年以上前)の、ボケ爺の設計した装置でも同じような不良が発生した。それと、不具合の現象がよく似ている。治ってきたとしてもクワバラ、クワバラ。

<読書>

「考える人たち」山口瞳 作品社

バブル時代の古い本だ。古本屋で、100円で手に入れた。山口瞳は、美文で有名だから、読んでみたくなった。なるほど美しい、良文だ。なんだか、「吾輩は猫である」を思い出すような構成だ。「吾輩は偏軒だ」とすべきか?苦沙味先生に代わり、偏軒小説家が、いろんな人と付き合って考える物語だ。愉快、ほろ苦い、人付き合いはいい。

PCがなければ、多くの人との面と向かっての生活ができたのだろう。

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2018年9月 9日 (日)

PCが不具合

 マラッカから帰国後、PCは立ち上がらなくなった。PCも疲れたのであろうか?マラッカでも一度、Windowsが立ち上がらず、何度かの試行している間に治った。慌てて、メモリーをHDDにコピーをしておいた。

 月曜日(3日)に販売店の保証に頼って、PCを預けた。2週間はかかると言う。PCがなければ仕事ができない。6日にSSDの不具合だと、の電話連絡。「交換していいか?」と。原因はわからない、とも言う。

 納得できないので、販売店の修理受付に出向いて、クレームする。しかし、事務的な返事しかない。この保証は販売店の責任だから販売店から不具合の内容を説明してほしいと依頼する。修理子会社へ電話で繋ぐから、直接話し合ってほしい、と。話し合ったが、どんな検査をして、どんな判定をしたかは、検査員を直接電話に出させない。事務の方が返事するだけであり、全く納得いかない。

 諦めた。SSDの交換で治ることを祈るだけだ。元の勤務会社のPCだっただけに、ボケ爺は残念に思う。1年ちょっとで壊れるなんて。日本のPCは、日本IBMNECSonyToshiba、富士通、と全て撤退してしまっている。残るは、Panasonicだけ?残念な日本の電機産業界。

 そんなことが続き、仕事も出来なくて、イライラしているせいか、血圧が10ほど高い日が続いている。

 今は家にあるデスクトップのPCを立ち上げ直して、少し動かしている。このBlogも、やっと、使えるようになった。

<読書>

「カットバック」今野敏 毎日新聞社

=警視庁FC2シリーズ=ユーモアを交えた文書に、緊迫感が欠如して、警察捜査の小説の迫力がなくなってしまい、残念だ。ストーリーはそれなりに凝ってはいるが、妬みが同期の犯罪に、今野独特の緊張感がなくなってしまっている。

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2018年9月 1日 (土)

まだまだ猛暑

 昨日、715分ごろに、成田空港に着地。15分ほどゲートまでゆっくりと徐行。成田空港は、滑走路からゲートまで遠い。いまだに後進国の空港だ。そんな思いを感じていたら、ゲートが空いていないのでしばらく待機すると言う。外は雨が降っている。20分ほど待たされて、やっとゲート入り。

マラッカは連夜、雷や雨が襲来する。日中はその分、晴れる。31日はマレーシアの独立記念日の休暇。帰国日の前の夕食は、海岸沿いのレストランで、屋根が無い、開放的な海鮮料理レストラン。エビに、カニに、貝に、魚に、それと忘れないのが野菜。実に美味しい。多くが集まってくれる。必ず、ボケ爺の年齢が話題になる。会社の幹部から若者は、我が娘や息子と、同年代。ボケ爺と同じ年齢の両親を持ってる。

 マレーシアでは、夫婦で働く。宴会にご夫人も付き合う。子供は24人は抱えているが、両親が見てくれる、と言う。昔の日本の大家族と一緒だ。

 さて日本の高齢化社会は限りなく難しい社会となってきている、と考えさせられる。

<読書>

「ジェロントロジー宣言」寺島実郎 NHK新書

=「知の再武装」で100歳人生を生き抜く=との副題がある。定年後から100歳までの3540年の高齢化社会の生き方を問う。知の再武装の基本は歴史を分析することだ、特に第一次太平洋戦争前の5年の日本の歴史に、これからの深い意味が含まれている、と言う。生命科学はこれから人間の在り方を根本から変えてしまう。病気になってからの再生医学もさることながら、健康で居るための科学に注力。高齢者の社会参画に、食糧課題、観光立国、NPONGOへの挑戦が中心になる。さらには、高齢者の投資への挑戦も期待すべきだ。

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2018年8月28日 (火)

急用でマラッカ

 昨日、成田空港の第2ターミナルチェックインカウンターロビーに朝早く到着。すると、長蛇の列で、行先を邪成している。カウンターRへ急ぐ。だが、その列は、そのマレーシア航空のエコノミーの列であった。1020分発である。約1時間30分並んで、チェックインが完了したのが、105分であった。まだ50人は並んでいる。荷物チェック、通関が終わった時には、1015分、一番端のゲート66へ急ぐ。やっと登場が始まったようだった。分かったことは、A380-800で二階建てのエアバスのジャンボ機だった。エコノミー席は一席も空いていない。40分遅れの出発となった。

 マレーシア空港の通関は何時も混んでいて時間が掛かる。だが、幸運にも、通関はスムースに終わった。何が幸いか分からない。

 今朝は、6時頃から、雷に雨(朝だから、夕立とは言えない)が激しく降る事態に遭遇した。雷は、インターネットTVを止めてしまう。それほど激しい。本社の人がホテルにピックアップに来てくれた。8時にはほぼ雨も雷も終わっていきた。本社の人曰く、「昨朝は、もっと激しく、車のタイヤが漬かってしまうほどであった。」と。それを聞くと、ラッキーだった、と言える。

 マレーシアでも異常気候であるらしい。先週は、高温(35)が続いたようだが、今週は、30℃程度で、涼しくなったと言う。これもラッキーだ。

 しかし、ラッキーなことは長く続かない。PCが立ち上がらない。Windowsの初期化に失敗した、とPCは言う。何度試みても駄目だ。一日中使えない。5時に会議が終わり、何度か試みた。この試みが駄目なら諦めようと試みた所、少し、動き始また、最も古い誤動作の日時は85日である。その時のリカバリーを試みた所、なんと、正常に立ち上がった。ラッキーだった。今日一日は長かった。

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2018年8月26日 (日)

戻り猛暑

 漸く、猛暑も終わりかと思いきや、相次ぐ台風の襲来で、すっかり猛暑が舞い戻ってしまった。取り分け昨日(土曜)、今日と、格別の暑さだ。

 今、ジャカルタでアジア競技が開催されており、男子のマラソンでの高温での戦い方が、2010年の東京オリンピックに参考になると言う。今日の女子マラソンでも、盛んにそれを訴えていた。

 ボケ爺は、中国の珠海や、マレーシアのマラッカの夏を知っているが、東京の今日の猛暑とは、少々違った暑さだ。

 気温は大体30℃近辺で、35℃にはほとんどならない。それに、直射日光が全く違う。日本の直射日光は、肌を刺すようにキツイ。道路のアスファルトが溶けるほどだ。だが、南の諸国の太陽は、薄いオブラートに包まれているようで、刺すような直射日光ではない。

 ボケ爺のリビングは、2階にあり、その太陽の光をモロに受ける。室内はクーラーを止めると38℃近くにもなる。これでもか?と汗が全身から滴り落ちる。何枚タオルがあっても間に合わない。体内の毒物が出てくれることを望むのだが。

 ベランダのブドウは、今年は豊作ではない。ブドウの木が、歳を取って来たからだろうか。しかし、一房の密度は例年になく、高い。どうした変化だろうか?それに例年は、椋鳥に食べられてしまう。近所の雑木林が伐採されて、今年は椋鳥が居なくなって食べられることが無く、実際に、ボケ爺の口に入る量は、例年よりも多い。然も、高温で、甘味が増している。嬉しいことだ。

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2018年8月17日 (金)

昭和アンソロジー

昭和時代の高度経済成長を駆け抜けてきたボケ爺には、昭和アンソロジーに浸ることもある。

今日は大宮で会議を午前に設定した。新宿から埼京線で大宮に向かう車窓の中から、富士山がくっきりと見える。北風の寒気の風が吹いているのだろう。青空には秋の筋雲が走っている。富士山を見て日本人を感じるのは、残念ながら昭和アンソロジーであろうか。

 スポーツの世界で、パワハラが問題になっている。内田日大アメフト前監督や、山根アマボク前会長、などのTVでの釈明会談やインタビューを聞いていると、懐かしい「昭和節」が出てくる。本人たちは、何がいけないのか、多分解っていないのであろう。監督と言う上司の言うことは何でも聞かなければならない昭和のアンソロジーであるからだ。

 ボケ爺も、会社で、今で言う上司のパワハラを受けて成長してきたし、部下にもそれを当たり前のように押し付けてきた昭和と言う時代があった。

 漱石も、この問題を小説にして訴えてきた。明治維新と言う大きな社会システムの変化。欧州を物真似して、がむしゃらに変革する時代に、江戸の因習を引きずるギャップに人々は悩んできた。100年たった今も変わりがない。

 昭和は、敗戦からの立ち直りの為に、今度は米国の物まねに走り、「追いつけ、追い越せ」の元に、労働を強制されてきた。スポーツも同じであった。平成になって、低成長時代、これで良いのか?ゆとりある、効率を求める働き方、などとのギャップに、今人々は悩みを抱えている。

 現天皇の最後の戦災終戦記念日の講演が行われた。昭和の清算を謳い上げている。これも天皇の昭和アンソロジーではないのか?とボケ家爺は思う。

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2018年8月12日 (日)

お盆休み

 先週は、いろいろ忙しく、金曜、土曜は、台風一過の真夏日が、この年寄りのボケ爺に、嫌と言うほど痛めつける。

 夏バテ、と言う贅沢な疲労を感じたので、昨夕は、しゃぶしゃぶ食べ放題で、「これでもか!」と暴食をして、何とか体力回復を願った。だが、朝から疲れは治っていない。

 幼少のころから、夏は、ハチミツジュースを飲み続けた。それが夏バテ解消の元であると信じていた。田舎時代は、親父がミツバチを飼っていたので、ハチミツには不自由は無かった。それを思い出して、先日から、ハチミツジュースを飲み始めた。遅きに失したか?

 今日は曇り空、だが気温は高い。どこにも出かけることなく、TV漬けで過ごしてる。ソフトボールは、カナダに勝って、今夜アメリカと決勝戦だそうだ。星稜と済美の高校野球は、劇的はドラマが3回ほど現れて延長戦。最後は、済美の満塁ホームランで、ドラマが決着。

セミの鳴き声は、朝から一日中休み無しで、疲れを知らない。夕刻になっても泣き続けている。

リビングの室内の気温は33℃を越している。汗がしたたり落ちる。それを耐えてこそ夏バテは解消すると、信じて過ごしている。だが、PCはオーバーヒートで誤動作、PCも夏バテだ。仕事はするな、と言うことだろう。残念。

<読書>

「隠蔽捜査7棲月」今野敏 新潮社

今までの暴力の露呈とは違い、SNSにひそむ人間関係から、影の支配者が存在して、如何様にも人を操ることが出来る。SNS上でカリスマに成りすませ、殺人までやってのける。現実に起こった暴力殺人の捜査の難しさ、とその解決に向けて熱のある捜査を展開している。

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