我がボケ爺は発達障害児だった?
昨夜のNHKの「新プロジェクトX 挑戦者たち」の放映で、「「無罪へ 声なき声を聞け」滋賀・看護助手 知られざる15年」。病院で働く看護助手が殺人容疑で逮捕。否認するも、懲役12年の判決が確定。獄中から「私はやっていない」との手紙を両親に送り続けた。その声に立ち上がった新米弁護士と地元の新聞記者。新たな調査で驚きの事実を発見、7度も繰り返された有罪判決の誤りを明らかにし、冤罪だったことを証明した。
その発見のポイントとは、被告が発達障害児であった、と心理病医師が加わり、「事を争う時に嘘をつく性格があった=発達障害」。それをベースに、手紙の解読と、検事の判決内容を照らし合わせると、心理誘導が明確となり、結果、冤罪であった、と判断され、無罪を勝ち取った、とのストーリ。
ちょっと待てよ、このボケ爺は幼少のころから「事なかれ主義」「嘘も方便」で抗わないことに勤めてきた。今もそれは変わらない。さて、この「ボケ爺は発達障碍児だたのか?」と、寝つきが悪く、今日一日、考え込んでしまった。今の学校教育では、少々変わった性格を持っていると、発達障害、と医師に照会する。結果「それが良いのか、悪いのか?」 これから「ボケ爺は悩み続ける」ことになるだろう。
<読書>『もの想う時、ものを書く』山田詠美 中央公論新社 2025
主題が気に入った。内容は多岐にわたっている。ある意味まとまりがない。生い立ち。2度の結婚、それらが「美しい無駄」と自画自賛。ボケ爺も我が人生は「大いなる無駄」と思う。だが、「無駄が文化」を作る。「文学をやる」ために「無駄に敬意」、と説く。
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