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2019年11月24日 (日)

純粋機械化経済学

 AIが進歩して社会の抵抗が少なくなり、AIが受け入れられる時期は2030年と言われている。その時を、「純粋機械化経済」と呼ぶ人がいる。「純粋」とは、社会上の関係を除き経済の実を論じることであり、「機械」とは、AIのことと受け止められる。単純に言えば、社会でAIを当たり前と思い、人々がAIを人間の代行者と受け入れられる時の経済学と思えばいいのだろうか。

 過去には産業革命において覇権争いが繰り広げられてきた。第三次産業革命のIT時代は、まさにアメリカが覇権を握っている。さて、第四次産業革命は、AIを中心としたすべての産業部門にAIが忍び込む。その覇権争いが、米中で起きている。

 さて、その覇権を握るのは、中国だろうか?はたまた、アメリカが引き続き覇権を続けられるのだろうか?この鍵は、「知的集約力」で決まる。AIの活用の範囲をどこまで広げられるか?にかかっていると言う。結果はAIにどれだけの資源を投入できるか、で決まる。

 中国の共産主義が可能か?自由資本主義社会が勝つか?である。一方、開発者の知的労働者がどこまでアナーキーになれるか?とも言われる。アナーキーとは、「自我を否定する力」のことである。例えば、「ダリダ的思想」か、「カルホルニア・イデオロギー」か、に集約できる。

 自説だが、日本はAIの根幹には問題外だ。だが日本はモノつくりとどこまでタッグが組めるか得意の「応用・利用」がカギだろう。

<参考>「純粋機械化経済」井上智洋 日本経済新聞社

 

 

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