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2019年11月30日 (土)

11月末日

 明日から師走。その前の日、雲一つない青空の、晴れ渡ったいい天気。だが、寒い。日中でも10℃に達しない。昼まえから風が少し出ていた。さて、木枯らし1号か?だがそれまでの風速は無さそうだ。

 玄関周辺を剪定したが、老いた体を叱咤激励しながら頑張ったが、手抜きが多くなってしまう。来春でいいや、と。間違えて切り落としてしまった木もある。ノコギリを使う肩は筋肉痛。燃える袋に木くずを片付けなければ終わらない。それが辛い。腰を曲げるからだ。

 だが、2階にあるリビングは日光が注ぎ、20℃近くで暖かい。これを小春日和と言う。うたた寝するには最高。難しい本を取り出して、読んだ振りをしていると気持ちいい眠気が襲う。しかし、ウツラウツラして見る夢は、ボケ爺がよだれを垂れる浮世絵版画と物語。特に美人画には深い物語を創造する。好いね!

<読書>

「江戸おんな絵姿十二景」藤沢周平 文芸春秋

版画の女絵姿を見てその版画に絵に描かれた物語を想像して、短編小説を添えた。12篇の短編小説である。一枚の絵画を眺めて、物語を想像することは、絵画の錯書の意図を知ることと、創造性を養うことに、大いに役立つ。藤沢の想像力は桁外れの読みの深さを発揮している。大変に、役に立つ作品となっている。

 

 

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2019年11月28日 (木)

SNSで二極化?

 最近のニュースで、SNSを通じて、女児や女子中学生を誘惑、監禁する事件が重なっている。又、イジメも、昔は力(暴力)のイジメが中心だったが、今は口、SNSでの無視、悪口、ヘイト的な書き込みでイジメが行われるらしい。

SNSのスマホは必需品となる、いい意味でコミュニケーションの場であり、誘惑、イジメの巣となるだろう。ボケ爺でもチャットは仕事で使っているが、なるほど便利である。

 その二分化、と言うか、利用する側と押し付けられる側のコミュニケーションでの仲間共同体として格差が広まって、どんどん、二極化は進むだろう。益々生きにくい世の中になっていく。

 「檸檬の棘」黒木渚作(講談社)を読むと、「14歳私は父を殺すことに決めた」と。強烈な体験が続く。歌手なのに喉頭ジストニア、喉の筋肉の病気。発生障害で声が出なくなる。絶望から死にたい、を彷徨う。父と確執を相まみれて、苦悩を経験する。

 そう言えば、漱石も、芥川も、太宰だって、家族、人間関係に苦悩の一生だったのだが。もしその時代にSNSがあれば、どうなっていただろうか? 井上ひさしの自叙伝を読むと、イジメの中に在っても、自分の道を開いてきた人である。逃げる人との違いは紙一重なのか?朝ドラのスカーレットの川原家の主人公、喜美子の三姉妹も理解の無い父親との確執、と苦悩は、井上やすし、とある意味よく似ている。

<読書>

「四十一番の少年」井上ひさし 文春文庫

作者の自叙伝の「青葉繁れる」よりも先に書かれた作品の様だが?父を亡くし、2兄弟の兄であった作家は、児童養護施設に預けられ、同室の先輩のいじめに遭う。そして、幼児誘拐事件にまで手を染める。年の離れた弟は母が借金したことで人質となり、借金先の家事手伝いをさせられて、学校にも行けない。兄は自分の夢を捨て、養護施設から借金をして、弟を養護施設に引き取る。だが、辛い境遇の中でも夢を諦めず、残酷な現実を生き続ける。戦後の日本はこんな子供で溢れていたのだ。

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2019年11月27日 (水)

高級豚しゃぶ鍋

 昨夜は、接待を受ける羽目になり、虎ノ門の京都本店の高級豚しゃぶ鍋専門店に連れていかれた。接待を受けるなんて、10年ぶりだろうか?

 牛しゃぶしゃぶは現役のサラリーマン時代の外人接待では定番であった。招待する方であったのだが。しゃぶしゃぶが牛からスタートした事は、多分確かだろう。その後数年たってから、豚しゃぶしゃぶも流行りだした。安い店に入ると腹いっぱいにはなるが、油の灰汁取りに忙しく、疲れることが多かった記憶があった。

 ボケ爺の近くにしゃぶ葉があり、食べ放題だと言う事で、数年前に出かけたが、腹は膨らむが、なんせ食べることと灰汁取りに忙しかった記憶があり、味はどうだったか忘れた。。

 だが、昨日のお店は、そうではない。ポン酢ベースの汁だしの味が、うまみを引立てたことは言うまでもないが、薬味に白ネギを沢山刻んであり豚薄切りを一瞬の湯通し後、その白ネギをたっぷりと絡まして食べると、これが何と言うか、脂身を感じさせないさっぱりとした味に収まる。ねぎを何杯のお代わりをして食べ揚げた後の満足感は久しぶりだった。

 やはり高級な店は、それだけのことはある。今更ながら満足な食事に在り付けた幸福感を味わった。年取って健康に生きて、食べられることに感謝。

 

 

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2019年11月24日 (日)

純粋機械化経済学

 AIが進歩して社会の抵抗が少なくなり、AIが受け入れられる時期は2030年と言われている。その時を、「純粋機械化経済」と呼ぶ人がいる。「純粋」とは、社会上の関係を除き経済の実を論じることであり、「機械」とは、AIのことと受け止められる。単純に言えば、社会でAIを当たり前と思い、人々がAIを人間の代行者と受け入れられる時の経済学と思えばいいのだろうか。

 過去には産業革命において覇権争いが繰り広げられてきた。第三次産業革命のIT時代は、まさにアメリカが覇権を握っている。さて、第四次産業革命は、AIを中心としたすべての産業部門にAIが忍び込む。その覇権争いが、米中で起きている。

 さて、その覇権を握るのは、中国だろうか?はたまた、アメリカが引き続き覇権を続けられるのだろうか?この鍵は、「知的集約力」で決まる。AIの活用の範囲をどこまで広げられるか?にかかっていると言う。結果はAIにどれだけの資源を投入できるか、で決まる。

 中国の共産主義が可能か?自由資本主義社会が勝つか?である。一方、開発者の知的労働者がどこまでアナーキーになれるか?とも言われる。アナーキーとは、「自我を否定する力」のことである。例えば、「ダリダ的思想」か、「カルホルニア・イデオロギー」か、に集約できる。

 自説だが、日本はAIの根幹には問題外だ。だが日本はモノつくりとどこまでタッグが組めるか得意の「応用・利用」がカギだろう。

<参考>「純粋機械化経済」井上智洋 日本経済新聞社

 

 

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2019年11月23日 (土)

山茶花梅雨

 一日中雨が降り続いた。雨の中散歩に出たが、靴はグッショリ濡れてしまった。覚悟の上だったが、それにしても濡れ方が激しい。

野川は雨に霞んでいる。それでも、川ののり面を、草刈している人々がいる。すでにシラサギが飛来してきている。寒さが歓迎したのだろうか?相変わらず、ジーとして、川面を睨んでいる。ズーと微動だにせず我慢強い。

紅葉した葉っぱが道路にへばり付いている。ぬれ落ち葉のボケ爺は、その哀れさが良く理解できる。年老いて邪魔者にされることは悲しい。不合理の一つだが。

東京の効用が美しいのは、イチョウの黄色一色に紅葉した時だが、近年、紅葉を終える前に凍えて、紅葉が不十分状態で、木にしがみ付いている姿も、又哀れなり。会社に追い出されてもいつまでの引きずっているボケ爺の姿だ。

だが、葉っぱ一つ、一つが芸術作品もある。柿の葉っぱだ。多色刷りの琳派の錦絵を見ているようだ。琳派も、狩野派もその美しさを柿の葉からヒントを得ていたのではないだろうか?それほどに美しい。柿の葉の一枚の葉のなかの多色は、多分、葉の肉厚が厚いことが一つの要因だろう。さらには、菌か、ウィルスに侵されているのかもしれない。

植物はとにかく、不思議だ。

<読書>

「眩(くらら)」朝井まかて 新潮社

北斎の娘、お栄の物語である。TVにもされた逸品である。北斎の生活も良く分かる。色彩の基の顔料はお栄が作る。お栄は父を助けながら、自らも晩年にはかなりの作品を残している。ほとんどが肉筆画である。北斎には不出来な孫がいて、借金を重ねては補填をしていたので、貧乏暮らしからは逃れられなかった。それをお栄は父をサポートし続けた。けなげな親子愛に涙を誘う。名品である。

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2019年11月21日 (木)

植物は動けないが、

 JST(日本科学技術機構)を聴講するために市谷へ。市谷から、飯田橋までの外堀の道はまだ効用とはなっていないが、先週と比べ、ツタ類がきれいな色付きを始めた。晴れている時は気持ちのいい散歩道だ。そのツタは散歩できないが、弦を伸ばして領域争いをしている。桜の木や松の木も自ら移動できない。枝を伸ばして陣地争いをしている。我が家の雑草は、年々雑草の勢力が変わる。移動できないのにかかわらず。実に不思議な植物(雑草)達である。

 植物は前代でウィルスにかかると、次の年は、早くから花を咲かせて、自分の遺伝を残そうとするらしい。寒さ、暑さの変動にも敏感に子孫を残すために代謝産物を調整して遺伝子を変更するらしい、と言う。例えば、早く花を咲かせたいなら、寒冷をさせると花は早く咲くとか、種が早く実るとか、逆もありうる、光を使っても良いらしい。動物なら、移動できるから、遺伝子まで変えることなく、場所を変える。

 遺伝子を変えるには、RNAによる書き換えを行っている。そのRNAの書き換えには、高メチル化誘導を行う、か、逆に脱メチル化を活用して書き換えを自在に操り、遺伝子を変更する、と言う。代謝系の操作で、いかようにも変更ができるらしいのだが。

 何とも分かったようでわからない。DNAを直接いじる遺伝子組み換えとは違い、生物が一般に行っている遺伝子維持を加速させるのが、メチル化の誘導、抑制の操作で行える。

 科学は、植物の心も操れるようになるかもしれない。

 

 

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2019年11月20日 (水)

ユニクロのレジの自動化

 先日、夏物のクリーニングを出しに仙川駅のいつもの店に行ったついでに、ユニクロで流行を見学にするつもりで、出かけた。基本的には飛びつくような品物やバーゲンはなかった。だが、厚物のシャツを買ってしまった。いつものレジに行ったが、店員は居ない。やっと探してレジをお願いしたら、「勝手に自分でしてください」であった。

 なるほど、20年前アメリアでのスーパーにやっと追いついたかと、思いながら会計を済ませた。アメリカでは、たとえ$1でもクレジットで、自分で会計が済ませられていて、驚いたが。

 すると、今日の日経新聞で、ユニクロの自動決済機が特許侵害で訴えられると言う。なんと日本は遅れていることか。

 YahooLINEが合併にして、GAFABATHに対抗すると言う。株価では想像もつかないほど差がある。LINEは韓国、日本の地域から広げられていない。これでは、購買人口に制限があり、勝ち得ない。Yahooだって同じだ。ソフトバンクも限界かな?

 AIや5Gなどへの投資は並みではない。研究開発費が膨大に必要で、合併して頑張るのだろうが、先陣の足元にも及び出ない。今日のイノベーションには膨大な資源(ヒト、モノ、カネ)が掛かる。アメリアでは、イノベーション力は、資源力に比例するとの研究があるようだ。日本のイノベーションの劣化は、この資源力の低下に比例している?

 

 

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2019年11月18日 (月)

日本は資源国?

 日本は、意外に資源国だ、と思う。多量の資源があり、それを長く使える訳ではないが、要所要所で時代に必要な資源に在り付ける。もっとも古い時代では、「銅」「鉄」「金」と、日本の社会変革には、輸入しないでも賄うことが出来た。「金」に至っては原料ではないが、加工品にして輸出して、資金を稼いでいたとかの説がある。

 産業革命時代では、「石炭」がそうだし、それに、意外や「石油」も秋田で採掘されていた時代があったとか(ブラタモリ、秋田篇)。その内、世界の安い「資源」に負けてしまったが。日本は大陸から7000千年前ごろから分離されはじめ、今日の形になりながら、東からのプレートの圧力を受けて隆起してさらに火山活動が作用されて、資源が適当に賄えられた、のだろうか?

 日本は海洋国である。複雑な地形変化を受けたので、隆起しきれなかった海底にも多分、いろんな資源が埋もれている可能性は高い。その一つが、小笠原諸島、南鳥島の近くの海底である。不足を心配されているレアメタル(レアアース)の宝庫ではないか?と言われてきた。

 と言う事で、アメリカから10億円もの無人海底資源探索機(AUV)を購入して探索をするらしい。成功してほしい。埋蔵量が分かれば次世代の開発は明るい未来となる。過去を振り返り、きっと多量に見つかるだろう。楽しみだ。

<読書>

「夜の桃」石田衣良 新潮社

イササカ、がっかりした。谷崎潤一郎の審美化された神秘な男の性欲、でも無い。渡辺淳一の間接的なほとばしる男の性欲と女の機微、とも違う。この作品はかなり露骨な直接的な表現で満たされている。男女の性欲にのみ絡みを描いて人間性は無視、さらには、男の一方的で我儘な表現に過ぎない。岸恵子の「わりなき恋」とも違う。そこで、ミステリアスな結末で誤魔化そうと、が少々物足りない。

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2019年11月16日 (土)

素敵な小春日和

 台風15号、19号と、秋に入ってからの災害で憂鬱な日々が続いている。天候も安定しなかった。昨日は北海道での猛吹雪。秋がすっ飛んで、すっかり冬便りが届くようになった。そんな中、東京は素敵な小春日和である。我が家の山茶花は、まだ、咲くには日にちが必要。

 だが、我が家の西のブロック塀にまつわり付いたツタの葉が黄色に紅葉し始めた。そう言えば、昨日の会議での新横浜駅近辺のケヤキは先端が結構に紅葉していた。新宿西の公園のケヤキは、まだまだで、東京の方が、温度差が少ないのだろうか?

 街はすっかりクリスマスのイルミネーションが飾りつけられている。未だ、皆の心は景気が良さそうではない雰囲気だ。消費税の増加、災害の後遺症、世間は一向に盛り上がっていないようだが。凶悪犯罪も徐々に増えてきた。さて、令和元年の暮れは無事に過ぎるのだろうか?

 天皇陛下のパレードの前夜祭の万歳三唱は「異常」であった。3回で終わるのかと思いきや16回も続いた。軍国主義の狂気をも感じさせられた。いったい誰が考え、何を意図したのだろうか?日本は、集団狂気の世界へと引き込まれそうだ。

 国会は、安倍総理の「桜を見る会」は、ボケ爺も思っていたが、「首相ヨイショの会」を公費で行うのはおかしいと。だが、さらには選挙の後援会で前夜祭を開き、5,000円で、すべてを賄う、とか。常識的にありえないでしょう。選挙法の違反は明らかだ。さて野党は何処まで尻尾を捕まえ、追及できるか?

 小春日和の中、リビングで、気持ちよくウトウトしながら、こんな夢を見た。

<読書>

「寂しい写楽」宇江佐真理 小学館

実に面白い、時代考査とそれを利用した創作は実に巧みである。発想が素晴らしい。愉快!写楽は無視されて現役時代は日の目を見なかった、それが「寂しい」での表現だった。同時代には、幾五郎(十辺舎一九)、春郎(葛飾北斎)、喜多川歌麿、倉蔵(滝沢(曲亭)馬琴)、伝蔵(山東京伝)、直次郎(太田南畝(蜀山人))らの駆け引きと、彼らに、斎藤十六郎兵衛(東洲齋写楽)の版画が無視される。

 

 

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2019年11月10日 (日)

中国製造2025は本当か?

 朝から晴れ渡り秋晴れになった。我が家の山茶花は蕾が膨らんできた。もう少し、と言うところか。散歩に出かけると実篤公園の早咲きの山茶花は既に咲き始めている。近くの四季咲き桜も、花を付けている。隣の家の庭にある萩の花も咲いている。

 散歩しながら、中国の2025年の製造業はどうなるのだろうかと考える。韓国は日本の輸出規制から製造に必要な基礎材料で困っている、と聞く。韓国の欠点は基礎技術の構築に遅れている、と韓国で働いている頃に思っていた。商品化を急ぐあまり、基礎材料、部品は日本からの調達で済ませていた。基礎技術は一日にしてならず、である。(日本はこの利点を今後も続けられるように基礎技術を行くすべきである。

 だが、中国はその韓国の問題点を十分に分析して警戒をしている。中国製造2025年は、そこ点を考慮して、国内調達ができる様に基礎研究技術開発に政府は資本援助している。人材の育成にも十分理解して援助(海亀の活用)している。ここが、韓国とは大いなる違いである。(日本も心して掛からなければならない)

 アメリカはその実態が良く分かるから、トランプは貿易摩擦を起こしても、その知財件の調達の仕方の解決なくして、妥協はしないだろう。基礎研究、基礎材料、基礎技術の育成に、日本も負けてはおれない。

 AI、5Gを含む次世代通信、自動車重点10品目、など、明らかにしている。具体的にはイノベーション指導型開発、デジタルハイテク製造装置、半導体とその基礎材料、その製造設備、エコ基礎技術とその基礎材料など、明確なターゲットを示している。

 中国のもう一つの特徴は、「やってみて駄目なら、やり直せばいい」と、先ず実行して見せるところだ。どこかの国の様に、効果や成果の議論ばかりして、一歩踏みだせないのとは大いなる違いがある。さて日本は?

 

 

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2019年11月 9日 (土)

AIの正体

 AIは社会の格差を拡大させる、と主張するのは、数学者のキャシー・オニール。著者に「あなたを支配し、社会を破壊する、AI・ビッグデータの罠」がある。

 日本では、就職情報サイトのリクナビが、内定を取り消す可能性の割合の情報を企業に売っていたことで問題になった。何故、企業は自社の就職情報(出身大学、貧しさ、家族状況、など)をリクナビに漏らしたのか?辞退率が高い人は採用をしたくないからだ。

 サービスの現場では、利用率で点数付けをしてランク分けをする、など。クレジットカードの利用についても個人情報がAIに提供されて、格差を生み出すことになる、と警告をしている。これらはデータを利用する「AIの罠」であると言う。我々の価値(善人悪人?信用度、真面目不真面目、など)が点数化されて、ばらまかれる。

 成功に導く事、判別に有利に導く事、などのデータを、検索するのがAIである。どのように判別するかはAIの関数で作れる。だから結構初期のデータと関数で決められてしまうことになってしまう。知る程怖い社会になる。AIに道徳教育が必要だが、それも作為かな?今の人間が策士している社会と変わらない。AIだけに格差は無限大化されてしまうのか?

<読書>

「雪明かり」藤沢周平 講談社文庫

貧しくとも夢を見て健気に生き抜く女。武士酒井の終焉を迎える頃の騒めき事情。善人も、悪人も優しさだけが取り柄の人間性。そこに一筋の雪明りが注す生きることの意味を巧みに描く結末。好いね!周平の短編。

 

 

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2019年11月 4日 (月)

「身の丈に合わせて」

 萩生田文科相の「身の丈に合わせて」の発言で疑問を醸し出した大学入試の英語検定で、遂に、現行の考案されていた英検テストは延期されてしまった。

 ボケ爺だから、子供たちは大学入試にはあまりにも歳を取りすぎているし、孫たちはまだ早い。だから、感心が無かったが、世間で言う「不平等」「不公平」の冴えたる案件だった、と知った。検定料が、5千円なにがしから25千円何の幅が在るらしい。明らかにこれは「不平等」だ。

 しかも、受験場所が地方ではかなり限定されて、交通費、場合によれば宿泊も必要とか?さらに、何社かの選択制があって、検定基準も各社まちまちで各社に任されている、とか。これは明らかに「不公平」だ。検定に採用してもらうために、検定の採点甘くなることも十分に考えられる。高等学校からは猛烈な反対だったが、文科省は強引に決定していた。これとて政府の傲慢だ。

 ましておや、萩生田文科相が「身の丈に合わせて」とは、人を見下した暴言としか言えない。明大の斎藤孝教授も国語の意味からして「身の丈」発言に、「上から目線である」の意味があると痛烈に批判している。

 萩生田文科相は、身の保全のために、中止を打ち出し、論点を変えた。この主犯は菅官房長官であり、安倍首相であることは明確だ。貧富の格差を助長する発言だ。

<読書>

「闇の歯車」 藤沢周平 講談社文庫

川端の赤ちょうちんで、黙々と盃を傾ける人の今置かれてる状況は様々だ。不公平、不平等の不条理。そんな人々に、「押し込み」の手伝いを誘う。人の弱みを狙って。650両の盗みは成功するが、分配される前に人の弱みから死んで、歯車が狂ってしまう。人生の因果とは不思議なものだ。人生の鬱屈、その表現は実に上手い。

 

 

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2019年11月 2日 (土)

なんとなく憂鬱な?

 28日に大阪の企業を訪問して、一献傾けたのは良かったが、いろいろ刺激的な話を頂き、こちらが用意した課題の話は未消化に終わってしまった。浅学に残念!

 30日は日本が世界から置き去りにされてしまった3D-printingのフォーラムに出席して、モノの価値が予想以上に進化してきている事に、刺激を受けた。これからのモノはアートからの発想が無ければ、一歩も進まないからだ。アートの時代は、いよいよ本格的だ、日本の5周遅れのAIが加わり製造業のルネッサンスのパラダイムの時代は本格的だ。この変化にどうすれば乗れるのだろうか?

 31日はJST主催の東京理科大の研究発表会があった。午前中しか出なかったが、「光の性質」を活用した還元、触媒加速、熱顕微鏡の改良、表面改質を使った光変調など、かなり画期的な技術の説明が続いた。残念ながら付いていけない。

 これからの人生に何を求めて、何をやるか?のWhatに悩む1週間であった。憂鬱。

<読書>

「ノースライト」横山秀夫 新潮社

6年と言う長年の沈黙を破っての自信作だろう。まさに素晴らしい作品だ。建築士の建築まつわる話が中心ではあるが、建築はアートである。さらには、創造性の塊だ。設計したY邸は北からの光を全室に届かせた傑作である。Y邸を依頼した家族が消えてしまった。そのキーワードがドイツの建築家、工芸家のタルトであった。そこからミステリーが始まる。そこに、フランスで過ごした絵描きの記念館のコンペを巡り、奇怪な事件が起こり、中心人物が自殺を起こすと、いろんな事件や人間関係のミステリーが一気に絡み展開に息が詰まる急展開。人の心のヒダを描ければこの作家。又、ミステリーの創造性は深い。人生は「自分の心を埋める作業のことだ」「埋めても埋めても未だ足りない」「ひたすら埋めるが終わらない作業」が人生だ。が心に残った。

 

 

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