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2019年5月31日 (金)

五月も終わる

 昨日の晴天が嘘の様に、今日は曇り今にも雨が降りそうだ。朝方は、少し陽は降り注いでいた。昨日の朝は、鶯や、その他の小鳥たちが鳴き声で目が覚めた。

 昨日は製品の不良解析で意見をまとめていた。顧客にいろんなクレームされ、報告書の内容で意見を言われた。今更ではないが、当方4人で、その内容の真意を解析したが、4人が4人とも違う解釈である。これを一つにまとめることに一日中掛かってしまった。

 今日は、10年前の脳卒中の後遺症が現れたのかと気になり、病院に出かけて行った。脳外科医に「久しぶりですね」と。6年前まで見ていただいていた。結果は、何も変化はない。「9年前と、何ら変わりはない」、との事であった。

 高血圧の薬が変わる度に少々しびれが増えていると思ったからである。特にここ6か月は少々激しい変化と思える。高血圧の老女医は、「薬の性でも、脳の変化でもない」、と断言していたのだが。

 脳外科医は、脊椎の変形か、脛骨の変形か、つまり神経系を通している骨の変形で、神経系を圧迫している。つまり整形外科の治療が必要だと言う。高血圧の老女医と同じ意見だ。安心するとともに、「本当か?」と疑う気持ちも残るのだが。

脳外科医曰く、「内臓やその他の肉体は、長寿命化が進んでいるが、そのガタイを支える骨格構造は進歩が遅い、そのためのギャップが問題だ」と言う。何事も諦めが肝心だ。

<読書>

「冬の花びら」伊集院静 文芸春秋

誰の人生にも、陽の当たる瞬間がある。天職を目指す人あり、恋に悩む人あり、人の粋に身をゆだねる人あり、人生様々。悩みながら生きる道を探すとふと陽が当たる時がある。人生捨てたものでもない。を考える時の読書に。

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2019年5月26日 (日)

アジサイが萎れる

 今日も、湿度が高く蒸し暑い真夏日となる。アジサイは朝からすっかり萎れている。きのどくな哀れな姿と化している。なんだか、日中貿易摩擦の熱い戦いの熱風に巻き込まれた日本の経済の先行きの様だ。いつまでも、その熱風避ける様に米にすり寄っていて良いのだろうか、中国の現状を知るに疑問を感じる。

 リビングで汗をかきながら、パナソニックの事業別状況の資料の解析書を読んでいた。最も成功している弱電メーカーである。が、いずれの事業分野でも売り上げは伸び悩み、利益率は下降線をたどっている。特に、昔の言う弱電事業、自動車電機部品、電池、ソーラー発電、半導体関連、など。日本の産業の弱さのすべてを絵に描いたように展開している。

 日本で残れる電機産業は、重電、ロボットを中心とした設備機械、などのものつくりにAI(機械学習程度の知能)の付加価値程度か? 材料は、ボーイングが、787の時のように日本の材料に期待してくれなければ、737Maxのように数%の期待に留まれば、沈没か?

 さて、令和になっても、M&Aは史上最高を更新しているらしい。過って、サムスンを笑ったし、中国を馬鹿にしてきた日本は、安易なM&Aを批判してきた。ここに来て、M&Aしか、事業を伸ばす方策がない、と過去の批判の反省を忘れて、M&Aに走っている。これで日本の復興は起こせるのだろうか?

 皐月の猛暑と似た青菜に塩のような気がするのはボケ爺だけだろうか?

 

 

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2019年5月25日 (土)

真夏日だが?

 昨日は、静岡の顧客に「製品不良の原因と、対処」の説明に出かけた。東京の暑さからして、さぞかし静岡は暑いだろうと覚悟していった。当然背広姿だ。ボケ爺、怠け者だから夏向きに入れ替えていなかった。

 前回より一便送らせて11時の「ひかり」に急いで乗車したのだが、東京駅から、ほぼ満員、前回同様、6割以上が外人だ。それも大きな荷物を抱えて乗ってくる。その理由は、前にも述べたのだが、外人向けに割引料金が組まれているのが「ひかり号」である。

 つまり、ひかり号がここまで満員なのは、外人目当ての割引乗車券で、大ヒット、と言うことになる。JR東海の新幹線東海道線はドル箱で笑いが止まらないだろう。

 行きの車窓からは夏雲少し覆っていたが、富士山が見えた。頂上付近はかなり雪解けが進み、黒みを帯びた夏の富士山へと、衣替えしてきている。ボケ爺よりも、こまめな心掛けだ。やはり春は急速に過ぎて夏のシーズンが長引く傾向にあるのだろう。

 顧客の場所は、牧之原一帯の丘陵地の茶畑の中の一軒家ならずも、一工場がぽつんと。だが堂々とそびえ建つ。東京よりも涼しい。3℃は低いかもしれない。しかもそよ風が心地良い。顧客先に方から「背広は脱いでください、話が重くなります」との申し出だ。だが、こっぴどく叱られて、シャツ、背広はびっしょりと、大汗をかく。真夏日だ。

<読書>

「無趣味のすすめ」村上龍 幻冬舎文庫

を楽しむため、定年退職後の生き甲斐、など、趣味を進める本は沢山ある。著者は、趣味はむしろ無理して作る必要はないのではないか?と説く。ボケ爺の趣味は、何ですか?と、よく聞かれる。定年退職後を生き抜くには、何か趣味がないと、もったいない、とか。あるいは、生きるに退屈ではないか?と。しかし、ボケ爺も、無趣味に同感するのだが?趣味のない者の口惜しさか?

 

 

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2019年5月19日 (日)

再び箱根が揺れる

 今年は年明けから、いろいろなアクシデントが顧問先企業で起きて、仕事に忙しい日々を送ってきた、10連休の間も少々の仕事。今月中には、そのざわつきが終わりそうになって来た。癌の疑いも晴れたことだし、疲れが溜まってきたので、温泉にでも行こうかな、と考えていた。

 それも箱根が好きだから、箱根のどこにしようかな、と新宿の小田急乗り場でカタログを入手した。が、昨日、大涌谷が揺れている、危険警告2に引き上げられた、とのニュースが流れてきた。この時期の箱根は新緑の林の木洩れ陽の下で、うとうとしながら、気ままな読書、そして気が向けば温泉で、ふやけたい。そんな夢が吹っ飛んだ。

 伊豆の温泉街は嫌だ。湯河原に変えようかと思うが、敢えて知らない温泉地に行こうとは思えなくなってしまった。面倒になって来た。ボケ爺は年寄りだ、年寄りは冒険を嫌う。これではだめだと思う、冒険心がなくなると死が早まると思うのだが。

<読書>

「幻の声」宇江佐真理 文春文庫

=髪結い伊三次捕物余話シリーズ。江戸庶民、市井の日常の出来事を人情あり、嫉妬あり、僻みあり、妬みあり、人生七色を、江戸言葉で歯切れよくさばく。気楽な、息抜きとして、とっても癒される短編集だ。

 

 

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2019年5月18日 (土)

皐月咲く朝

 薄曇りで、薄日が注ぐ朝である。昨日は満月に近い月が雲一つない夜空で冴えていたが、この季節、こんな翌日は曇ることが多い。

 玄関先の皐月が、つつじの時期を終えて咲き始めた。クレマチスの澄んだ碧色が満開だったが、いつの間にか、全部散ってしまい、それに代わって、雑草の中に一輪の昼顔が薄いピンク色をして、そっと、ひっそりと咲き始めている。春と飛び越して夏の季節と移ってしまったのか?

 それと叙景に、国分寺崖線の中腹にある武者小路実篤公園の森から、元気のいい鶯の鳴き声が早朝に響き渡る。薄曇りの朝に鶯の鳴き声は冴える。

 人間ドックの結果が送られてきた。元々は、血液のある数値が下がったから、罹り付けの老女医が、「胃腸系の癌の疑いあり」、とのことで受けされられたからである。結果は、癌の疑いは何処にも表れなかった。だが、内臓の超音波診断では、腎臓系に何かあり、はっきりしないが経過観察(1年)が必要との但し書きがあった。石も見られるらしい、が1年の経過観察で良いらしい。高齢なのだから何か悪くなるのは自然の成り行きだ。緊急性が無いのでひと先ず安心か。

<読書>

「平成の通信簿」吉野太喜  文春新書

=106のデータで見る30年、との副題である。まずは膨大なデータがこの値段で買えるのは、大変にお得である。①日本のGDPの伸びが最低、②教育費への出費が最低、③小遣い、仕送りが激減、④日本人の移動量は最低の伸び、⑤海外留学が激減、⑥貧困率が米国並み、⑦日本人の身長は伸びが止まり、世界の平均。などなど。

 

 

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2019年5月12日 (日)

珠海再び(その3)

 日本で言う梅雨に入った珠海の木々は小雨で洗われ、濡れた美しい緑色で街は落ち着いていた。深圳市のような、ハイテクの街として激しい変化をもたらした高層ビル街ではない。

 初日の夕食のための場所は、ホテルの近くに、庶民の大衆食堂が沢山あるし、道を隔てて、高級モールが位置している。だが、雨だったので、ホテルのレストランで済ませることにした。2年前とオーナーが変わっている。一人では注文するものが限られる。チャーハンを注文した。

 3人前もの量であり、半分を残した。だが味は、中国の中でもかなりの美味であった。中国も味に対してうるさくなって来たのだろう。

 昼食は会社の食堂の個室で食べる。以前と比べれば、かなり味が良くなっている。腹いっぱいの昼食である。企業内の食堂ですら味が良くなっている。企業の業績に関係しているのか?

 1日目の夜は開業1週間目の会社の近くのレストランで夕食だ。中国では、川魚が半分ほど?だがこのレストランは海鮮と言うだけあって、海魚である。北京ダックから、海鮮煮込み料理迄実に美味しい。経済成長に合わせて味が良くなってきているのだろうか?

 2日目は、社長の接待だ。高級レストランでの夕食。ここも海鮮料理で有名なところらしい。いきなり、刺身が出てきた。中国の刺身は遠慮したかったが、社長が「食べろ、食べろ」、と勧める。仕方なく手を出したが、意外に美味しい。韓国の日式の刺身の仕立てよりも、はるかに日本的な繊細な作りであった。勿論、味は素晴らしいく美味である。日々、確実に中国の味は進化している。

<読書>

「私が作家になった理由」阿刀田高 日本経済新聞社

日経の「私の履歴書」プラスアルファの単行本である。経済人の「私の履歴書」ではなくて、型破りな筋書きとなっていて、それなりに新鮮だった。読書の大切さと、一工夫するためのヒントが隠されていた。気が付いたことは何事も書き留めておかなくてはならない、と言う。書き留めた量の1割が使えればいい方だという。

 

 

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2019年5月 9日 (木)

珠海再び(その2)

 ヘビーな会議が一日中続き、夕食になった。レストランに向かう時にはすっかり暗くなっていた。すでに完成したタケノコ群のマンションの窓からの明かりは少ない。ここ中国も、共働きが多く、よく働くので帰宅が遅いのだろうか、日本と変わりのない生活であろうと想像していた。

 そんなことを話題にしてみると、空き家が多いことと、投資で購入したが入居していない人たちが多い。つまり、経済の伸びが鈍ったことによる、と。上海ほどではない、と笑っていた。

 それにしても、中国はレストランが多い。次から次と入れ替わるし、新しいレストランもできる。ここ珠海では、新しいレストランは、海鮮料理屋が多い。最近では、中国風の刺身の料理を出すところが増えた。勧められたが、断った。市街地では、日本料理店の看板をよく見かける。この珠海も結構、日本企業が進出してきているのだ。

 ここ珠海での車の色は白色が多い。6割以上か?南に位置しているから、直射日光を避けるためではないだろうか?白色の車は塗料が特殊と言うことで、値段が高くなる、と言う。これも土地柄か?だが、日本で買うのとそんなには変わりない。

 2年前では、レストランの決済はクレジットカードであった。今では、個人でも、社用もスマホ決済で良いらしい。ボケ爺は初日の夕食をクレジットカードで決済をお願いしたが、クレジットカードが中国銀行でないから駄目だ、と言う。QRコードでしてほしいと持ってくるが、ローミングもしていないスマホではできない。結果はホテルに付けてもらうことで、難を逃れた。中国で買い物するには、現金を持っていても困ることになるかもしれない。とにかく中国は変化が激しい。

 そう言えば、乗り捨て自転車は、2年前ではこの小さな珠海の街でも5社ほど参入していたが、すっかり姿が消えている。

 

 

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珠海再び

 5日、羽田空港から香港に向かう。静かなフライトだった。香港は小雨である。3時間待ち合わせて、フェリーで珠海へ。大橋が出来てバスでの移動も可能になったと聞いていたが、空港で調べたが、良く分からない。フェリーは少々揺れたが、予定通りの到着。フェリーが良いのは、中国の入国が混んでいないし、簡単だ。7時近くで暗い。やはり小雨の空模様。

 6日は、やはり小雨。中国の南は、この季節は雨季で梅雨入りしていることを思い出した。気温は23℃近傍で真夏を前に適温であり、過ごしやすい。

 久しぶりの珠海である、多分2年ほどご無沙汰していた。車の中から、なんか変わった様子はないかと覗いていたが、今のところ大きく変わってはいない。5年ほど前から、パイナップル畑を切り崩し、タケノコのように建設されていたマンション群は、収まっていた。その周辺の商店街が整備されていて、落ち着いた街並みになってきているようだった。

 つまり、高度成長の自制が起きている様子だ。だが、いい車が多い。 車は多くなっている。そのために渋滞が以前より激しい。郊外へ向かう車が多い。郊外に工場が増えているのだろうか?

 珠海市は、軽工業が多い。その分トラック、トレーラーなどは少ない。重工業は隣の町の中山市が担っている。隣はカジノで有名なマカオである。そのホテルの一群が見える。

<読書>

「とちおとめのババロア」小谷野敦 青土社

小谷野氏は、文芸評論家として、ボケ爺は認識していたのだが、結構たくさんの小説を書いているようだ。評論としては、結構重く、暗いものが多く見かけられた。一方、小説は軽妙な速度の速い物語で、短編が良い。好きになりそう。

 

 

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2019年5月 3日 (金)

あわや車事故!

 

 

 連休に入って、今日を含めて、3回の車障害で大怪我をしていたかも分からない。

 一回目は、京王線のつつじが丘駅の東の踏切で遭遇した。ワンボックスの白色の車が、東を向いて踏切を右折するためにウィンカーを出していた。踏切が下りて、車は右折しながら前進して下りた踏切の前で止まった。だから、ボケ爺は、まっすぐの道を家に帰るために、その車の後ろを通って、真ん中に来た時、車が急に、バックしてきた。ボケ爺は慌てて飛び越えて命拾い。運転手は笑っていた。

 次の日、同じ踏切で起きた。電車通過の合図、踏切のバーが、60度ほど降りてきた。直線する車は、停止線で止まりかけた。が、急にアクセルと踏んだであろう、猛突進して、バーと当たるギリギリで通過していった。ボケ爺は、車が停止線で止まるものと思い、1/3迄進んだところで、急発進だ。思わず立ち退いた。で、命拾い。

 3回目は、住宅街からの細い道路は品川通りにT字路へ通じる。ボケ爺は、品川通りの歩道を歩いていた。すると、その細い道路から車が出てきた。歩道前でいったん止まったが、凸鏡を見ていると思った。が、その車の前の傍まで、ボケ爺が歩いた時、車は急に発信、ボケ爺思わず後ろに立ち退く。運転手はボケ爺に気が付かなかったかのように、運転して品川通りに出て行った。ボケ爺は少々足を打ってしまってしばらくは動けなかった。凸鏡を車の位置から眺めてみたが、歩行者はよく見えるのだが、なぜ、ボケ爺を認識できなかったのか?クワバラ、クワバラ、2度あることは3度ある。

<読者>

「眠る鯉」伊集院静 文芸春秋

短編集である。誰の人生にも切ない時がある。切ない時は、近しい人の死、身分違いの恋、過去の出来事、など、胸に秘めて生きていく。人の救いを求め続けることもある。何とも悲しい物語だ。その悲しみが胸に染みる物語。

 

 

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2019年5月 2日 (木)

人間ドッグ

 かかりつけの医者が、人間ドッグを受けろ!と騒ぐ。12年ほど人間ドッグは受けていない。長生きをしたいと思っていないので、「イヤだ」というと、「そんな患者は来るな!」と老女医師はブツクサ言う。

 ボケ爺は、脳出血を10年前に発症して、今日まで、順調に生活が出来ている。それもこれも、高血圧の手当てをしているからだ。薬は3か月事に、医者の診断を受けてから受け取る仕組みになっている。3月初めの血液検査で、急に変化した値がでた。その老女医師は、胃腸癌、腸癌の疑いがある、と脅かす。よって、人間ドッグとなってしまった。

 朝早く家を出る。美しくさわやかな藍色のクレマチスがお見送りをしてくれる。初めての胃カメラである。「何が起きても責任は取らない」、の誓約書を了承しなければ見てくれない。一種の暴力だが。結果は、「癌ではない、綺麗ですよ!」と検査員が言う。ボケ爺は「当然だ!」と言い返した。だが、「少々、胃は荒れています。ピロリ菌が住んでいるかもしれない」、と脅す。

超音波診断は、結構時間をかけて、同じ場所の写真を撮っている。聞いてみると、「いろいろありますね!」「一寸ずつですが」とこれも脅す。

最後の検診では、まだデータが整っていないですが、「今のところ、何も見つかりません」。と言う。「見つかりません、は無いでしょう」と小言を言う。「何も異常はありません」ではないですか?と言うと、「同じことです」と、軽くいなされる。

先ずは、安心。だが、最終報告は3週間ほどかかるらしい。

 

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2019年5月 1日 (水)

令和元年

 朝方、小鳥の鳴き声で目が覚める。曇っている。そんな5月を小鳥たちは好む。玄関先のクレマチスの花が不思議にも、一斉に開花、咲き誇っている。清楚な藍色で、心が洗われる。気分のいい朝を迎えた。

 すると、武者小路実篤公園の方から、鶯の鳴き声が聞こえる。この鶯はこの前の鶯と違い、まともな鳴き声である。いつもとは違い、一か所で激しく鳴き叫ぶ、令和の新元号がとてもうれしいのか?それとも不安なのか?このボケ爺には想像もつかない。

 令和の命名に違和感が、「政治色」があると、30日の朝日新聞が政府に楯突いている。「安倍首相の政治的意図」があると。さらに、天皇や皇太子への「事前説明は、違憲である」と憲法学者が騒いでいる。安倍首相は「日本会議(極右派)」に気を使っていると、言う。だが、これとて、安倍首相の我の、むき出しの権力で、抑え込まれるとともに無視されるであろう。権力の恐ろしさを感じるとともに、「令和」の不吉な時代を暗示している。何もかもが負の資産の積み重ねが起きている。

 NHKをはじめ、TVでは、令和の賛美で、裏に隠れた不安を払しょくする報道が目立つ。これは平成時代に無思想化、大衆迎合化したジャーナリズム精神の欠乏現象が後押ししている。令和に引きずる日本の弱点が回復しそうにない不安は、ここにもある。

 

 

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