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2019年4月30日 (火)

平成時代の成果(その3)

 パラダイム変革の周期は短くなっている。だが、長期なパラダイムの変化が残っている、否、復活するパラダイムも残っている。その分野は芸術・文化である。

 一方では、芸術のパラダイムの進歩は、経済と大いに関係もするであろう事は、西洋のルネッサンスや、日本の歴史を考察すれば良く分かる。安土桃山時代、江戸後期、など。経済の停滞期に独自の発展がある。芸術の発展には、時間的余裕と、富める人の芸術へのスポンサーが必要だからだ。

 近年の資本主義は、芸術を「金」に換算できて、優れた芸術と評価される。日本もその渦に巻き込まれて行く。万国博覧会(万博)への参加は、江戸時代から始まっている。日本の工芸品を展示された。「芸者」もすでにこの時に日本はプロモーションしている。明治維新になって、日本の輸出を支えたのは工芸品であった。

 平成時代は日本の芸術が世界で認められた。その成果は大きい。音楽面でも、演劇、文学、絵画、工芸、ファッション、建築、など、いとまがない。

 芸術と言えるかどうかは分からないにしても、漫画、アニメ、ゲームSW、鯉、金魚、盆栽、和食の魅力、など。さらに日本の古典的な、お祭り、和太鼓など和楽器、など。

 これらの日本の魅力の発信は、平成時代の大いなる成果だ。次世代にさらに発展させてもらいたい。そのために「令和」の時代の若者よ、芸術に目覚めよ。

<読書>

「キンモクセイ」今野敏 朝日新聞出版

この作品は平成最大のドン安倍首相の政策の批判であり、日本政府の失策の痛烈な批判である。この作品が良くも出版できた、とボケ爺は思う。キンモクセイとは「禁黙制=盗聴、傍受システム」の事。共謀罪法関連では正当化されるシステムである。

日本のアメリカの従属関係にも言及している。その関係とは国家安全保障の背景の「日米地位協定」「日米合同委員会」である。法案では、「特定秘密保護法」と「改正組織犯罪処罰法」のことである。これらの法案を使えば「特高」は正当出来るし、アメリカの軍隊は日本を支配することもできる。この作品で、これらは最悪だと非難する。

 

 

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2019年4月29日 (月)

平成時代の成果(その2)

 平成時代は、明治維新のパラダイム時代(欧米追従の富国強兵)の終焉を、日本では迎えていたのである、とボケ爺は思うのだが。

 世界では、大規模、垂直統合型企業のパラダイムが崩れ、小規模、水平展開型企業社会と、同時に通信(ネットワーク(Wi.Fi)へ)革命のパラダイム変革が進んでいたが、日本はそのパラダイム変化から一周遅れとなってしまった。

 次なる元号「令和」の時代は、世界から次の「パラダイム変化の津波」が押し寄せてきてくる。それは、「働き方を変えてしまうAI」の活用と、「記録方と金利システム変えるブロックチェーン」の台頭である。2025年がターニングポイントだ。

 日本はそのパラダイム変化に完全に乗り遅れている。つまり世界のパラダイム変化に対し、2周遅れとなっている。

しかし、幸い、日本の得意な「帰納法思考」で、成果が出てきている。医療や、製薬分野で著しい成果(特に、再生医療のiPS、肝細胞。遺伝子癌治療、など)である。人間は100歳まで生かされる研究が進んでいる。

 改めて、「生物とは何か?(What is life?)」に立ち返った議論が必要時代になる。これが、次の、次のパラダイム変化だ。その生命は、生物の合成と分解の維持である。その製造機にどう対処できるか。

その製造装置の開発が日本では得意分野となるはずだ。モノづくり日本の復興もありうる。命題を探す社会システムの構想力や発想力では世界に残念ながら及ばない。これには「演繹力」が必要だからだ。日本人はこれに弱い。

日本では、命題が明確で小さな構想が生かされる分野で力は発揮できる。ロボット(メカリンク機構)、IoTと連携(手近で小さなことの便利さ)構成力を見直すことが出来れば。そこに、IoTに「マイナー(小規模)なAIを注入することで実現できる。

又、金属、化学材料開発にも強い。これらの実用化は帰納法発想だからだ。世界の得意な分野を、不得意で追っかけるのではなく、日本の得意な分野を伸ばそう。日本の未来はある。

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2019年4月28日 (日)

平成時代の成果(その1)

 平成時代の世界では、個人、体制(企業、公共団体)、国家にも及び「欲望を満たす」ことが徳(得)として振り回されてしまった。日本では、サラリーマン体質はますます、無責任であろうとする。「とりあえずビール」から始まる無責任談義に、花を咲かせる。

昭和時代の高度経済成長などの成果の表とは裏腹に、バブルの老廃物の後始末に奔放していて十分な反省と、その実績は実らなかった。

 だが、成果はみられる。経済施策、エネルギー政策、労働人口減少対策、少子高齢化課題、多発する虐待課題、など、課題、問題点の議論は「煮詰めてきた」。十分でではないにしてもその努力には成果が見られる。

解や具体的な施策は出てきていない。少々の試みの努力の成果はあっただろう。楽観視すれば、試行錯誤の中で、なんとかなうのだろう。何故か、日本国の立ち位置、人間としてのイデオロギーを持ち合わせていない民族だからだ。

だが、絶対に問題視して、施策を考えなければならない課題がある。「少子高齢化(老人介護、虐待も含め)」と「子育て=教育」である。ここに、煮詰めてきた議論を具現化に関心を示して、解決に勧めてほしい。

 少子高齢化(老人介護、虐待)は万国共通の厄介な問題だ。日本の昔の「姨捨施策」は倫理問題で破綻している。当然に「隠居施策」も、日本ではもはや破綻している。

 日本は世界トップクラスの少子化だが、出産率(1.3)を上げることは、「隠居」できない

日本ではできないことだろう。社会や、経済の仕組みがこの傾向を変えることを妨げている。せめて、子育ての「教育」だけは変えないと、どうにもならなくなる。どう見ても日本はガラパゴスに安寿する。一方、世界ではAI時代や、パラダイム変化が迫っている。さて、次の一手は?

 

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2019年4月27日 (土)

平成は「日本一人負け」

 いよいよ、平成が終わる。元号に拘る訳ではないが、凡そ30年は反省にはちょうどいいのではないか、と思う。平成を一言で言えば、「日本一人負け」。勝ち負けを言うつもりはないが、世界の中の位置づけが好きな世間。「日本だけが沈没した」。

昭和を、企業戦士として駆け抜けたボケ爺としては、「桜散る 昭和の時代 懐かしく」という心境である。

 世界で躍進した昭和時代の誇り高きは弱電産業である。家電、半導体、パソコン、携帯(スマホ)、液晶パネル、情報、通信、など軽薄短小の代表格の弱電産業はすべてを、平成時代で失ってしまった。

 なぜだろう。反省無くして未来はない。が日本は、伝統的に反省はへたくそな民族である。隣国を笑ってはいられない。

 最大の原因は、「おごれるもの久からず」であり、大規模、垂直統合型企業に拘り過ぎた。そこに、大企業が好きな政府の支援に期待し、その支援の代替えに政府方針に従属(甘えた)してしまった、の一言であろう。

 大学の教育にも政府の失敗が潜んでいる。つまり、コンピューターサイエンス学をないがしろにした。「モノづくり」大合唱に異議を唱える者は居なかった。そのため、コンピューターサイエンスでは、日本の大学は世界100位の最下位に一校だけだ。中国系は、上位に50%もランキング入りしている。指導者がいなかったからだが、明治時代のように足りなきものは海外から教えを乞う、との態度は平成の政府にも、大学にもなかった。変な自尊心が邪魔をしてしまった。

 だから、世界の産業構造の変革に追従できなかった。つまり、小規模、水平分業型企業への改革、変身が出来なかった。

そこには、選択と集中戦略が取れなかった。GAFAが作れなかった。ユニコーンもダメで、ブロックチェーンや、AIも出遅れてしまった。

繰り返す。日本は、古い産業革命型モデルから脱出できていない。そのいい例が、平成時代の大企業の不正問題(会計不正、品質不正、など)の多発である。日産とか、東芝を代表とする大企業は、不正を繰り返すDNAがしみ込んでいる。

 

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2019年4月21日 (日)

下りる

 4月だが、五月晴れの日が昨日から続いている。我が家のつつじの真紅の花が眩い。満天星つつじもソコソコ咲いている。ハナミズキの時期でもある。春の、この華やかな四季は毎年訪れる。小鳥の春、いたるところで新生児の鳴き声が、動物の流転を告げる春。これが動物の世界だ。

 図書館の近くの中学校の校門近くの楠木は昨年末に、バッサリと剪定されて、高さは昔の半分、枝は、ほとんど切り取られてしまってこれで良いのか?と思っていたら、見事に新芽が芽生えてきている。痛みつけられてもまだ生きる勢力がある。これが植物だ。

 それに代わって、定年後の人間とは、1年ごとの四季で、何が変化するのか?目標を立て生き甲斐を感じることが大切と言うが、何事も今までの如く進まない。

 それを、人生を「下りる(降りる)」とか、「下る(山を下る)」とか言うらしい。そんな慰めの本が沢山出版される。又は、「老人パワー」なる老人の勇ましい生きざまを啓蒙する本も、結構多い。だが、ボケ爺は何れも賛同はできない。

 老人は体力も、頭脳も確実に衰えてきている。ただ、その差はある。無理して衰えに逆らわない方が好い。生物には寿命がある。その内、動物の方がそれをはっきりと意識させられる。だから、その証に子孫を残す本能が明確だ。植物は、そこが曖昧だ。その分、四季を華やかに飾ってくれているのだろう。

 老人の車の運転事故の悲惨さは目を覆う。事故を起こす老人は、典型的に「下りる」ことに逆らっている人だ。過去の栄光にしがみ付いている人であろう。先日の池袋の87歳の老人の事故も過去の栄光を引きずった人の典型的な事例であろう。

 老人よ、過去にしがみ付くな!頑固を捨てよ!老人の出る幕はない。若者に従え!

 

 

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2019年4月20日 (土)

通勤電車の顧客対応で遅延

 最近、朝の通勤電車の遅れが、特に目立つ。車両のドア点検、人身事故、一部の電車で混みあった、などで、定刻通り運行される日は少なくなっている。

 その中で、電車内で、結構、年寄りと若者の間での揉めごとが多い。つまり顧客対応での遅延だ。もちろん気分が悪くなったとかもあるのだが。

年寄りの乗客が目立つ。帰りの電車では少し早め(5~6時頃)だと、お年寄りのご婦人もかなり多い。つまり高齢化で、年寄りも働かなくては生きられない時代となっている。70歳まで定年を伸ばす時代だ。

問題は、男性の年寄りは頑固である。混んでいてもガンとして、立ち位置を譲らない。女性の年寄りは、我が物顔で、ぶつかりまわり場所を確保する。この先、年寄りが増えると混み合う場所はどうなるのだろうか?

 日本のGDPは下降しっぱなしである。GDP=生産性x労働人口。日本は生産性が悪い、と言われている。そして、少子化だから、ますます、GDPは下降する。このままだと日本の未来はない。

 だから労働人口減を救うために年寄りを働かせる。さらに、格安外国労働者に期待する。だが、60歳を過ぎての雇用の賃金は下がる。格安外国労働者は低賃金だ。つまり生産性は落ちる。これでは、日本経済は年寄り格安外国人に期待はできない。個人的には暇つぶしが出来ても社会、経済は良くならない。つまり幸福度が下がる。

 生産性で少し言及をしたい。観光立国の日本を目指すのは良いのだが、ファーストフォード店はワンコインで十分に満足できる。外国人も喜んで結構混んでいる。これが生産性を下げている。海外へ行けば、ワンコインでお昼が満足に食べられる先進国はない。倍は掛かる。生産性は2倍だ。つまり、物価が安すぎる。物価が高くても生活できるように賃金を上げなければならない。すると生産性は飛躍的に向上する、という単純な話なのだが?アベノミクスは逆行している。つまり、生産性を上げるために、先ず賃金を上げる、が先だが。

 

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2019年4月19日 (金)

科学技術の進歩には競争心?

 最近の科学技術の飛躍として、自動車エンジンを例にして、少し考察してみよう。マツダは、スカイアクティブXの希薄燃焼(リーンバーン)技術を提唱して低燃料と低排気ガスで飛躍的な技術に世界中が驚いている。

  続いて、日本の大学と自動車業界の研究機関、AICE(自動車用内燃機関技術研究組合)が共同研究プロジェクト“革新的燃焼技術”で開発したスーパーリーンバーン技術はさらにその上を行く。世界では当然、これらの技術はずば抜けて優れている。だが、自動車メーカーには、採用するには迷いがある。時代が、EV化しているからだ。

 逆に言えば、EV化に燃料エンジン技術者は刺激を受けて、その刺激がきっかけで技術が進歩したことになる。IT業界でも同じことが言える。ハードディスクは半導体メモリーとの競争だった。競争は、次の技術を生む。だから資本主義社会の自由競争は、社会の進歩(経済の発展)に最も優れたしシステムだ、と声を大きくする人もいるだろう。

 さて、マツダのスカイアクティブXの活躍に期待する。「優れた技術」が必ずしも世界を制覇するわけではない、事は過去にいとまがない。デファクトになるには、「タイミング」という要素も大きく関係してくる。

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2019年4月16日 (火)

ゲノム解析の進歩

 遺伝子解析から、いろんなことが分かって来て医学の進歩が進んでいる。人類の神の部分に一歩踏み込んだことになる。これからも何処まで解明されるのか?そして有用に活用されることが期待できる。

 一方、生まれた時から、胎児に何らかの異常があることも、従来の生まれてからではなく、分裂が始まった初期からわかるようになってきている。これは人類の倫理に関する大きな問題だが。さてどうなることやら。

 カブトムシのメスに角がないのはなぜか?と言うのどかな研究はそれなりに興味がわく。これとて、トランフォーマー遺伝子が、幼虫からさなぎの間に作用して角が生えないように制御されるそうな。

 クラゲはサンゴやイソギンチャクの仲間らしい。何故クラゲだけが泳ぐようになったのか?その遺伝子の違いは、ホンの97(2万個遺伝子中)の遺伝子しか違いが無いらしい。それも成長過程の一瞬で決まるという。クラゲ間の遺伝子の違いの方が大きいそうだ。

 単純な生物らしきモノでも、複雑な活動で、分離、分類される。人間とチンパンジー伝送だが、遺伝子の数だけではなく、トランスフォーマー遺伝子なるものが作用するとか?

 

 

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2019年4月13日 (土)

散歩日和

 朝から雲が見当たらないほど天気が良い。目覚めに不思議な鶯の鳴き声を聞いた。我が家に来てくれたのは良いのだが、「イーケッキョ、ケッキョ」と二回叫んで飛び去った。通常は、「ホーホケッキョ、ホケッキョ」である。先日、このブログでも披露したが、実篤公園で聞いた鶯の鳴き声とよく似ていた。

 幼いのかと思ったが、発達障害を持った鶯だろう。可哀そうに。どうして発音、音感を失ってしまったのだろうか?遺伝か?それとも、幼少時に、カラスかに脅され、虐められて逃げ惑ったためだろうか?いずれにしても鳴き声に変調をきたしている。多分、好い相手に巡り合わないだろう。不遇な一生となるだろう。

 我が家の庭に異変が起きている。大木で、美しい赤色の花を山ほど咲かせ、楽しませてくれていた山茶花が、新芽を出すことなく、枯れ始めている。又、玄関先の枝垂れモミジの新芽を出さない。過去には、娘の誕生記念に植えたマロニエが大木になったのだけれど、娘が我が家を出て行った途端、枯れてしまった。息子の誕生の記念に植えたヒイラギの木が、息子が我が家を出て寮に入った年に、やはり枯れてしまった。

 さて、今回は誰が倒れるのであろうか?我が家に残っているのは二人だけ。一度に倒れるのだろうか?しかし、八重のヤマブキが今年は例年以上に沢山に花を付けている。不思議な現象だ。今年は波乱に満ちた不吉な一年になりそうだ。不遇な一生の始まりか?

 

 

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2019年4月12日 (金)

ブラックホールを観察

 先日、ブラックホールが撮影で来たとのニュースを見る。実に美しい形をしている。想像以上にはっきりとしたブラックホールであった。漫画や、映画などの夢物語、専門家の想像図、などで、本当か?と疑っていたが。

 ホールは、太陽系宇宙がすっぽりと飲み込まれる位の大きさである。ブラックホールは磁気で吸い込まれているわけだが、このホールに引き込まれると、その先に何があるのだろう。永遠にトンネルが続いている訳はなかろう。中心は磁気が中和して無重力になるのだろうか?ゴミがたまって新たな宇宙系が造られるのだろうか?

 ブラックホールは滋波の世界、波動である。電波望遠鏡が威力を発揮したのだろう。それも、地球全体からの測定を合成したらしい、各国の協力と英知を傾けた結果である、との事。遠大な科学の世界も、科学という宇宙論理もすごい。

 疑問は続く。夢がある。宇宙は大きい、広い。そして驚きは冷めやまない。

 

 

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2019年4月 9日 (火)

4月の富士山

 今日も出張で静岡へ。久しぶりにひかり号に乗る。座席指定席は満席であった。15分ほど前に自由席に並ぶ。半数以上が外国人。品川駅からも外国人の乗り込みが多い。満席になる。新横浜からの人は、デッキで過ごすこととなる。何故こんなに混むのか?やはり4月は春、観光客が浮き立つのだろうか?それとも、外国人向けに、新幹線周遊券が安くなっている。この券は、確か、のぞみ号は乗れないのだ。

 武蔵小杉を通過、今更ではないが、新幹線の車窓から見ても、昔の面影はほとんど無い。迫力のなる高層マンションの粋な街に変身。ボケ爺の昔の会社の近くで、ここは、中小企業の工場の町であった。バブル時に、売って、中国へ移転していったのだろう。それらの企業は今も生き残っているだろうか?

 武蔵小杉を過ぎると富士の山が望める。平塚あたりからもよく見える。ボケ爺は、富士山を眺めたく、E席を確保した。品川駅から乗り込んだ親子がB,C席に陣とった。平塚からの富士山を紹介したが、もたもたしていたので、写真は撮れなかった。

 ボケ爺は、お節介にも、三島から静岡までが見ごたえがある。と伝えた。約20~30分待てばチャンスが訪れると。ブラジルから来日し、新大阪までだとか?お人好しのボケ爺は、三島駅から、席を変わってあげた。出張が多いと読書が進む。

<読書>

「奈緒と磐音 居眠り磐音」佐伯泰英 文春文庫

「居眠り磐音 江戸双紙」双葉文庫で、「陽炎の辻」の第一巻から51巻までのシリーズであった。その見直しと、書き直しで、新シリーズが文春文庫から創刊される前に、このシリーズのバックグランドの、幼少から、藩の派閥闘争の背景、などが展開されている。豊後の関前藩の中老の子供として生まれた磐音の波乱万丈の生きざまの始まりにふさわしい説明小説である。居眠り、とは、眠ったような剣の裁き、から生まれた、と分かった。とにかく面白い。役に立つのか、は読んでからのたのしみ。

 

 

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2019年4月 8日 (月)

北国の春

 今日は、北国、古川まで出張だ。東京発やまびこ47号、1036迄、時間がある。八重洲口の桜並木を散歩する。春雨の中、中々お目にかかれない風景だ。寒の戻りではあるが、満開のままだ。ほんの少し、この春雨で花弁は路上にへばりついている。哀れな美しさがある。

 宇都宮を出たことから、青空になり、西の山々には、雪を抱いた峰々が見える。田圃には、早くも水が張られ始めている。桜は満開。

 郡山から福島までは、磐梯山麗の雪山が間近に迫って何とも美しい。又、一本桜がところどころで頑張っている。けなげな美しさが、北国の春を楽しませる。

 福島を出て仙台までの車窓からは、一段と高い蔵王の峰々が雪に抱かれている。太陽の光を受けて、輝く。大昔、蔵王から裏磐梯まで、ドライブした秋口の紅葉を思い出す。それはそれで、素晴らしく美しかった。だが、遠く裾野から見る雪山は、青空に真っ白が映えて、別の華麗さに感動する。

 古川の駅から見える雪を抱いた北国の山々、だが山の名前は勉強不足で分からない、が美しさの感動には変わりはない。

<読書>

「幸福の「資本」論」橘玲 ダイヤモンド社

=あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」との副題がある。幸福とは、そもそも、個人の感じ方が違う。その価値観によって、資本(人的、金融、社会)の活用方法が違うという。例えば「プア充」とは、稼げる給与は少ないが、社会的つながり(つながる人が多い)を活用して、不足の金的資本を共有して、優雅な生活をしている。など、いろんな例があり、それなりの、言い分の理窟は分かったが。本当の自分探しが必要と、言うことだろう。

 

 

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2019年4月 7日 (日)

ペットボトルコーヒー

 コーヒー通を自称する事務所の同僚が、最近、突然にペットボトルコーヒーを飲むようになった。それまでは、朝はコンビニで、缶コーヒーを買い持参する。その他の同僚は、コンビニコーヒーを買い求めてくる。

 なぜ、ペットボトルコーヒーなのか?不思議に思っていた。だが、毎日毎日買い求めるし、多少、コーヒーの種類を変えているようだった。朝から、帰る時間まで、6時間ほどかけてチビリチビリ飲んでいる。一般にはコーヒーはそんなに時間をかけて飲むものではない、と思っている。

 と言うことで、聞いてみた。「なぜ、ペットボトルコーヒーに変えたのか?」これだとあまりコーヒーの味が強いと感じないし、チビリチビリ飲めるからだ。PCを中心で仕事をしていると、「時間つぶしに、ちょいと飲めるのがいい」。「刺激も少ない」。と言う。そんなものか?

 最近は、同じメーカーから紅茶のペットボトルが出来た。紅茶系は、昔からペットボトル紅茶(ティー)の激戦市場である。さてこの戦争はどうなるのだろうか?

 ボケ爺は、このイノベーションがどこから来たのか?どんな発想で見つけ出したのか?大変に興味がある。しばらく市場調査を見守りたい。

 ボケ爺は、コーヒーを飲む時は、「よし、これからやるぞ!」と意気込む時と、「やっと終わった、一息!」で、疲労回復に30分ほどかけて飲むことからは、変えられないだろう。だが弁証法的な止揚を捕まえられない、とイノベーションは生まれない、かな。

<読書>

「不便益のススメ」川上浩司 岩波ジュニア新書

デザインを考える時、凡人は便利になる、それが便益になると思い、考える。そうして今日の技術は発展してきたのではなかろうか?あまりにも便利になってしまったので、人間性が失われている、と反省するべきだ、と言う。ヘーゲル的弁証法で考えるならば、単純に過去の不便に戻ればいいのではなくて、過去の不便に一味加えて、人間性豊かな不便的価値が、つまり豊かさが味わえるようなデザインができることである、と説く。だがそれが難しい。

 

 

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2019年4月 6日 (土)

春満開

 今日は朝から穏やかで、温かい晴天である。青い空に、桜の満開は良く映えている。嬉しい一日であった。

 図書館の近くの小学校の裏庭の構内では、手入れされているとは思えないチューリップがチラホラ、赤、黄、白お花がところどころに咲いている。タンポポの黄色も一杯。その他は雑草の若芽である。そう言えば、タンポポの花は路傍に隅に咲くのが哀れを誘い、良く似合うのだが。

 実篤公園では、やっぱり桜の大木の満開が目に付く。いろんな広葉樹の芽も噴出している。とりわけ、モミジの若芽は可愛い。すると、ホケッキョ、ホケッキョ、と鶯が泣き始める。通常のホーホケッキョではない。ホーホが抜けてしまっている。珍しい。子供か、障害鶯か?まだ、健全な鶯の鳴き声を、今年は聞いていない。そういえば、我が家のモミジも若芽が吹き出している。

 午後は、野川の桜を見物に散歩に出る。川辺の蒸せるような若葉の香りが、花粉症の鼻でも匂う。水が緩んだ静かな川面に、大きな鯉が戯れている。カワセミの出現を狙ってカメラマンが高級なカメラを構えている。がまだ出現には早そうか?

 この調子で穏やかな日々が続きますように。

<読書>

「その話は今日はやめておきましょう」井上荒野 毎日新聞社

主人公は72歳のおじいさん、69歳のおばあさんで子供は、長男、長女の二人である。ボケ爺に近い年代の夫婦の間の意思疎通、共有化に、結婚後何十年になっても、拘りがあり、上手く行かない。その合間に若者との差異を挿入して、理解しあえない事、気持ちが通じ合うことの難しさ、を描いている。夫婦とは何だろう、と考えさせられる。

 

 

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2019年4月 4日 (木)

新元号「令和」

 

 ボケ爺は、風邪と花粉症と、仕事の負荷(年寄りには重い仕事)で、声が出なくなってしまった。熱は、一日、37.5℃となったがその他の日は平熱の36.5℃である。が、かったるい。

 その間、41日に新元号が発表されて国民は大騒ぎだが。「令和」で良かったのか?最もボケ爺の仕事では西暦を使うのでそんなに影響はないが?

 ボケ爺が聞いた瞬間、違和感を抱いたのは、「令」は「命令」、「指令」、「律令」など、上からの命令をすすがなく行う、と感じる「言葉」を使っていいのか?であった。案の定、英国をはじめとして、日本通の海外からも、英訳をすれば「命令系」の日本人の常識の翻訳であり、違和感を訴えている。

今までの日本の教育の解釈では「人に命令して仲良くさせる」となる、と思う。あるいは、ある学者は「命令に従って和めということ」と、とれる。つまり安倍政権の現状を意味することとなっている。

さらに、「巧言令色鮮し仁」という故事。口先がうまく、顔色がやわらげて、人を喜ばせ、媚びへつらうことは、仁の心に欠けているという意味にもなる。祝える元号ではない。声が出ないので、大きな声で訴えることができないが、まったく悩ましく、苦しめる元号になってしまった。

政府は、あわてて、「令」には、「良い、好い、美しい」などもあると慌てているが?

<読書>

「男たちのワイングラス」今野敏 実業の日本社

短編集である。お酒、カクテルの名前ごとに、話が出来上がっている。警察小説では心ときめくスリリングな展開で有名な作家である。短編もそれなりに、スリリングな筋書きである。が、今一歩物足りない。なぜか先が読めてしまうからだ。だが、気楽に読めて、ストレス解消には好い。

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