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2018年6月 1日 (金)

「秋霜烈日」(しゅうそうれつじつ)

 正義感について何とも納得のいかない判定が出てしまった。このような世で良いのだろうか?150年前の漱石も悩んでいた。その姿が目に浮かぶ。

森友問題での財務省の決裁文書の改ざん問題で大阪地検特捜部は当時の佐川元理財局長ら全員を不起訴処分としてしまった。地検は決裁文書から削除されたのは全文ではなく一部分で、「契約金額」など本質は失われていない。よって本筋では変わらず、虚偽公文書作成には、あたらないと判断したのだ、と記者会見までして見解を述べた。

 だが、遠山の金さんのような世間の「素朴な正義感」から見れば、虚偽答弁や、改ざんで国民を欺こうとした「本件の特殊性」や安倍首相夫人への言及の削除など、政府の介在があったろうとの「本件の本質」に国民が注目している。何故か、もともと「行政の公正の証」としての公文書だからだ。法律の判断は、「正義感の本質」ではないところで判断されることがある。これは、国民として納得しがたい。

だが、この様なことがあるのだ、と元検事総長、伊藤栄樹(いとう・しげき)が、著書「秋霜烈日(しゅうそうれつじつ)」の中で、「検察の限界」と題して、二つの話題を例にして、その限界を解析している。

 「秋霜烈日」は検察官の胸のバッジの異称であるらしい。「秋の霜、夏の灼(しゃく)熱(ねつ)の太陽のように刑罰・権威の厳しく厳(おごそ)かな、さまをいう」らしい。

<読書>

「維新の影」姜尚中 集英社

近代日本150年、思索の旅、との副題である。明治維新から今日まで、政府の不詳だけではなく、工業の近代化の中での不祥事の企業の行動、などでの国民の担う役割など思索しなければならない課題が浮き彫りにされている。至る所で、漱石の嘆きも添えられている。

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