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2018年5月 3日 (木)

雨嵐の朝

 5月連休の初日の朝は、昨夜の雨嵐が続き、雨は上がったが風が強く残った。我が家のクレマチスは、2週間ほど楽しませてくれたが、すっかり散ってしまった。花の葉も残っていない。

 それにしても植物にとっては恵みの雨であったことだろう。新芽が、連日の夏日で青色吐息だったのだから。我が家のブドウの花もすぐに開花するだろう。それにしても年々、春の季節を感じる暇が無くなってしまう。温暖化の影響だと言うが。

その温暖化は今までの説は、フッ素ガスによるオゾン層の破壊でCO2の増加、と言われていたが、今ではオゾン層の破壊説は影を薄めた。工業化廃棄物と、森林伐採のCO2説は根強くよく残っている。ボケ爺、本当か?と思っている。ボケ爺説は、海底火山の活発化での海水温上昇説だ。何故なら、地球の表層体積は90%以上が海で、CO2貯蔵には十分だからだ。

<読書>

「植物は<未来>を知っている」ステファノ・マンクーゾ  NHK出版

生物には、動物と植物に分類される。定義としては、子孫を残し持続可能である。一般には、動物の研究が盛んで、人間の英知との比較を行い、それを人間に役立たせようと、日々研究される。一方、植物の方は、全般に食料の収穫の効率化を中心とした研究が多い。しかし、植物にも、動物と同じような能力を身に着けて、しかも、省エネである、と言う。最も大きな違いは、移動能力だ。動物は簡単に移動して、生計を立てる。植物は定点で、移動できない。が、しかし、種子を他者の力を利用して動く能力を身に着けて、勢力を広げる。運動能力が無いと、と言うが、植物は運動能力を持つ。花の開化、種子の飛散、虫の捕獲、など、よく知られている。脳が無いから、記憶力が無い、とか考えない、とか言うが、記憶能力があるから、四季折々の所作を忘れない。コミュニケーションも立派にやり遂げる。それも、ヒエラルヒーのある組織ではなく、全く、根の分布、葉の所在の主張など、民主的に。人口爆発により食糧不足は、「太陽エネルギーだけ」を活用した自然現象のサイクルを作ることにより、水不足を解消し栄養素は海水で、海の上で植物工場が作れる。などなど。もっと、植物の研究に注力すべきであると主張している。

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