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2018年5月27日 (日)

AI用半導体の競争

 日本からプロセッサーの半導体産業が消えてから随分と時が経つ。過去の栄光はどこへやら。日本の得意なモノづくりでは、スーパーコンピューターの開発は続けられている。特に、省エネタイプのスーパーコンピューターは、世界をリードしていたが、補助金不正で、その開発も止まってしまった。

 携帯で負けたのは、スマホ用半導体の開発が、日本では出来なかったからだ。TIから始まった画像処理に特化したプロセッサーのGPUである。が今では、「エヌビディア(NVIDIA)」が急伸している。(サムソンはアーム社のチップがあった)

 一方、インテルはプロセッサーの王者である、「ムーアの法則」が限界を迎える時期に、次の一手は、AI用プロセッサー半導体である。AI用プロセッサーでは「ディープラーニング」のソフトに特化されなければならない。

 インテルは、「ニューラル・ネットワーク・プロセッサー(NNP)」に注力している。インテルは、従来のCPUの変形型、プログラム型FPGA(アルテラ社)なども並行して開発を急いでいる。さらに、ドローン用の低電流の半導体を活用するモービルアイ(Mobileye)も買収している。

 NVIDIAGPUで、半導体産業の逆転を図ろうとする中で、インテルは従来のCPUを補完するASICで、守りを固めよとしている。

 GoogleTPUと言う半導体で、迎え撃つ構えである。さらに中国も半導体メーカー(ビットメイン)も参入してくる。

 さて、日本はディープラーニングで出遅れ5周遅れ。その競争の中に、日本の名は出てこない。寂しい。

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2018年5月26日 (土)

「長いものには巻かれよ」とパワハラ

 今の日本の世は、隠蔽がまかり通る。そして、隠蔽体質は日本の根源に関係するのだろうか?昔から「長いものには巻かれよ」の熟語(慣用語)がある。不祥事は、この慣用熟語に従ったので、「目くじらを立てる」ことは無い、と。つまり簡単に言えば、「パワハラ」には耐えなさい、が日本の日常的慣用である、と言えるのか?

 一連の大企業の不祥事(決算改ざん、データー改ざん、など)も、トップの過度なパワハラである。不祥とは隠蔽の事であり、「長いもの」に、部下は忖度をしなければ会社人生は続けられない。

 今日の安倍政権は安倍首相の一極集中により、立派に一極のパワハラが通用している。人事でパワハラをする。自衛隊日報も、森友・加計の財務省も、全ては安倍首相と首相秘書団からのパワハラで、部局は生きるために隠蔽に走る。だが、隠蔽は官僚が悪くて、政府は悪くない、との二重構造で誤魔化し、幕引きを図ろうとしている。

 スポーツにおいても、同じことだが。監督コーチの「長いもの」のパワハラに選手は「巻かれ」なければならない。試合に出られないからだ。レスリングの伊調選手問題も中途半端なままだ。その「長いもの」は、事実を隠蔽したままで健在である。

日大アメフト部も学長、広報から、監督、コーチの「長いもの」の保全のために隠蔽がまかり通っている。それにしても、学府の日大トップの人格はどこに存在するのだろうか?違反プレーの選手(20歳)の学生は明らかに「パワハラ」を受けていた。記者会見は実に見事だった。理路整然とした抜けの無い、しかも滑らかな説明は素晴らしい。企業人のプレゼンよりも上手かった。それに比べ、年長の監督の説明、コーチに至っては、何が言いたいのか、しどろもどろで内容の理解が難しく、おどおどした狼の遠吠えの様で醜い。学長もしかりだが。パワハラからの忖度が故である。

学校のイジメ問題も、常に隠蔽が働く。校長と言う「長いもの」にパワハラの構図があり、下々の教員はそれに従ったまでだ。

然も隠蔽の中には、忘れがちだが「責任感を放棄」した人物像が存在する。ある人はパワハラの中にも正義心(感)あるはずだと言う。さて、日本の「長いものには負かれよ」には、正義感(責任感)無視されて、正論か?

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2018年5月23日 (水)

隠蔽オンパレード

 政府、大企業、から、スポーツの世界まで、隠蔽、隠蔽の大合唱。隠蔽してしまえば、何とかなるのが今の日本の現状、と。今では隠蔽しないことが非常識、となっている。

 隠蔽とはウソを隠す。正論を隠す。正義を隠す。ウソがまかり通る世の中から、未来はあるのだろうか?

 日大アメフト部の不正プレーについては、やった本人が克明に説明した。ここには真実が語られているだろう。(自分の不甲斐なさを反省して)が大学は未だに隠蔽する。何故だろう?理事と言う特権が隠ぺいを支持する。

 それよりも、もっと外部が動かなくてはならないのではないか?内田監督に忖度か?関東学生アメフト協会、関西学生アメフト協会、さらには、全日本アメフト協会が、今回の違法な違反プレーに、即刻に厳重注意と、日大アメフト部に対して処分を下さなければならないはずだが、沈黙を保っている。さらに、アメフト審判団の、一回の違反で退場させられなかった審判の間違えに反省と、今後の審判の対応についてコメントすべきであるが、沈黙。何故か?

 さらに、あえて言うなら、日大生は何をしているのか?デモの一つも出せないのか?教授会は何をしているのか?理事長は何故公に出てこないのか?総長(学長)何故、一言もコメントしないのか?大学は教育の場でもある。不正することを止めることも教育だろう。全てが目をつぶる。

 政府と同じだ。安倍種々の一極集中の権力が、隠蔽を生む。野党は上滑りな追及ばかりで、根本(根源の課題)の問題を追及できない。自衛隊の日報隠しから、森加計議事録の隠蔽、今日では、首相の日程隠しまで正々堂々と隠蔽する。それで、まともな政治が出来るわけがない。議員に気概も無い。

 大企業の不正隠蔽事件もしかり。日本の経済の低迷は、この体質から始まって、これが続く限りは、世界での競争に勝てない。日本経済は永遠に沈没する。

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2018年5月22日 (火)

連日の目覚まし

 連日、ウグイスの鳴き声に、目が覚める。何故か?わが家の近くで、泣き叫ぶからだ。

 昔は、西方に、大木を何本と竹藪を抱えていた家があり、有難くも、ウグイスが春にはやってきていた。(ブログにも何度かウグイスの思い出を寄稿していた)が、23年にその2本ほど大木を残して、全て伐採されて、その跡地に、アパートや、一軒家が6~7軒が開拓されてしまっった。その為、ウグイスはやってこなくなっていました。だが、実篤公園など、国分寺崖線の深い森には常駐していたのだが。

 この春は、この実篤公園や、若葉町図書館の近くの森には、飛来して、美しい鳴き声を鼓舞していた。最近、むかしの森で、時々、鳴き声が聞こえてはいたが。今年は少々変わっているな、と、ボーと思っていたが。

 昨日、今日と、わが家の庭を泣き叫びながら、実篤公園の方に大声で泣き叫びながら、通過する。その鳴き声の凄まじさに、思わず目が覚める。ほぼ同じ、朝の5時をちょっと過ぎたころだ。何か幸せを感じる。

 そう言えば、今年は、スズメの鳴き声もよく聞かれる。不思議なことだが。そう言えば、椋鳥の鳴き声は聞こえない。椋鳥の縄張りが変わって来たのか?駅までの道の途中に空き家があるのだが、その瓦屋根の中から、スズメの子供たちの若い鳴き声が賑やかである。確かに周りの様子は変わってきている。うれしい現象だ。

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2018年5月20日 (日)

天才はいる。

 将棋界に彗星のように現れた「藤井聡太」である。高校に入学した途端に、プロ7段だ。強さの秘密は、将棋を良く知らないボケ爺には分からない。評価できない。

 しかし、彼の話する言葉には、難しい言葉がすらりと飛び出す。この語彙力は、斎藤孝明大教授が、常日頃、主張されている様に「思考の原点」である、と。この能力がなくして、物事の判断や、理解は難しい、「論理の組み立て」も難しい、と。

 歳から、語彙力からして藤井聡太の記憶力は並ではない。どれほどの定石を覚えているんだろうか?先ずは定石を覚えられなければ話にならない。当然、将棋ソフトゲームでの訓練もするようだが、彼は自ら、将棋の問題集(演習)を作っている。

 それに、一戦一戦の戦いの時間の長さは信じられないほど長い。12時間ほども集中力が続く。それだけ長く続けられることに脅威を感じる。ボケ爺など、1時間がせいぜい良い所だが。

 よく言う「好きこそものの上手なれ」つまり興味、それに情熱、気概、集中力、などは当然である。どうすれば、この様な人物が育成できるのだろうか?方法があるのだろうか?もし無ければ、藤井聡太は天才だ。ボケ爺の人生経験からして、スポーツの短距離走の能力と同じで、特に、記憶力は育成で来るものではない。ボケ爺の記憶力は全く能力不足だ。つらい人生を歩んできた。

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2018年5月19日 (土)

危機管理とスポーツマンシップ

 日大と関学のトップクラスのアメリカンフットボールの試合で起きた。ボケ爺は、このアメリカンフットボール観戦が大好きだ。アメリカでのTV観戦で、眠らない夜を過ごす。バトルと知的戦略がアメリカらしい。

事件は、関学の攻撃で、クオーターバック(QB)の選手がパスを投げたが、失敗。選手は、天を見上げた瞬間、日大のディフェンス(DF)の選手が関学のQBの選手の背後から、強烈なタックルした。 QBの選手は、もんどりうって倒れ、全治3週間のケガを負った。その後も、日大のDFのその選手はラフプレーを連発。最後は、関学の選手に殴りかかり、退場処分となった。

危機管理から言えば、①審判員の権威意識が薄い。TV画像からすれば、第一回目の危険な違反で即刻退場だったはず。②この問題が発生した段階で、アメフト協会は、即刻、日大(日大アメフト部ではなく)に警告すべきだった。②審判団が、審判結果に反省の表明をすべきだった。④日大の内田監督は、すぐにケガをした選手に、関学アメフト部に、謝罪をすべきだった。(だが、容認するようなコメントをしている)。

スポーツマンシップからは、今回の違反行為は、明らかに日大アメフト部の蛮行であり、言い訳の余地は無い。スポーツへの背信行為だ。さらに、対戦相手にリスペクトがなく、悲しすぎる。

アメリカでも、10年ほど前に悪質な違反行為で議論を醸し出した。違反行為は巧妙だったが。協会、審判団、各部が集まり大掛かりな改善策を施し、今では健全なスポーツと生まれ変わった。アメフトは、「力」だけのスポーツではない。組織的であり、戦略と言うか作戦が重要で功を奏する。

だが、日大のアメフトは、「厳格」つまり、「力」だけを鼓舞する監督の指導は間違えている。「知的な戦略面が全く欠けてる」。日大は、優秀な相手チームの選手にケガをさせ、戦力ダウンを狙い、相対的に「勝ち」を誇ろうとの蛮行である。

日大のアメフト部は、自ら1年間の出場停止を申し入れ、場合には解散しても良い。日大の総長は何を考えているのだろうか?内田監督は理事で人事担当だと言うが。

この日大の危機管理は、権力の持つ組織の腐敗で、今日の長期政権の腐敗、企業の改ざん、不正問題と端は同じだ。残念な日本!

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2018年5月18日 (金)

モルモットか?

 ボケ爺は、6~7年ほど前に、脳出血をした。その時の後遺症は、右半身、特に下半身のリアクション(作動した時のフィードバック)に、多少の違和感が残った。

 脳外科医のお世話になった、3年間はそのままの状態が維持されてそんなに不便は感じなかった。血圧は、130~140と少し高めのままだった。脳外科医は、3年の経過で、異常なことが発生しなかったので、高血圧治療に切り替えましょう、高血圧内科に変わりましょう。

 その高血圧治療では、血圧を下げる努力を強いる。薬をキツメにするのだろう。それでも、最初の6か月は、少し下がったが、大幅な改善には繋がらない。さらに薬を変えた。34年前の今頃であった。さらにキツイ薬を処方されたのだ。すると、急にフィードバックが多くなり、しびれが伴った。すぐに薬は元に戻したが、その後遺症は治らなかった。

 その後、高血圧の原因は、Caの血液への流れ込みが多い。と、血圧が高くなるから、いろんなことを試みたが、効果は無い。先日の診断で、Caを下げる良い薬が出来た、と処方された。一粒500円もする。効果があったのか、血圧は10ほど下がってきた。すると、又、フィードバックがキツクなり、歩きづらくなってきた。クワバラクワバラ。

 まだ病院に行っていない。まるでモルモットのようだ。困ったことになりそう。さて。Caは上限が10に対し、5%ほど高いだけで、6年ほど変わっていない、と思っても言えない。気の弱いボケ爺である。

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2018年5月13日 (日)

インターネットの人体、脳

 人間は脳が体のバランスをコントロールしていると、考えられていた。が、体の至る所の部位からのシグナルが双方の情報交換によって、体調を調整していることが分かってきた。極端なところでは、脂肪細胞からも何らかの情報を発信しているらしい。脳が全ての指示をしている訳では無い。

 植物においても、同様の現象があるらしい。根っこの活動は、葉っぱからの指令が出ている。また逆も活動の元である。

 人間の脳も、脳の中で、いろんな活動部分とのネットワークを形成して、双方の情報交換が、能力を育てる重要なキーだと言う。起きていて、刺激がある時だけ働いている訳ではない。何も考えていない、ボーとしていても、盛んに情報交換をして働いている。ボーとしているときは、特に創造性を生み出す時に特に重要かつ必要な情報交換をしているらしい、と言う。

 記憶力は、睡眠との関係が深いと言われている。睡眠中に、記憶の長期保存をしている、と言うことだが。だから良く寝ること、長い睡眠、且つ深い睡眠が良い、と言う。

 すると、ボーとして、惰眠をむさぼっているのが最適な能力を生み出すのだろうか?ボケ爺は、幼少のころから、それを得意としていたが。だが、馬鹿は変わらず年老いも馬鹿のままだ。

<読書>

「学ぶ脳」虫明元 岩波書店(化学ライブラリー)

脳はネットワークを組んで活動している。相互に情報交換をしながら能力を育成している。だから、ボーとしていても活発に活動する。学び続けるためには、ボーとしている時間も大切だ、と言う。

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2018年5月12日 (土)

上野駅のハト

 先日、某会社の上野の営業所での会議で、久しぶりにJR上野駅に降り立った。少し早かったが、カフェに入るほどの時間でもなく、プラットフォームの東京駅方面の先端に沢山のベンチが用意されている。そこに座って、ボーと周りを見渡していた所、ハト2羽、しゃがんで、ジーとしている。大きな放送の声も、行きかう電車の音にも反応しない。

 一般には、ハトは、駅舎の梁に休息場所を確保して、糞の落下で困らせているはずだ。又、忙しく首を振ってウロウロと走り回って餌を探すのが習性だと思っていた。が、彼らは違う。その内、ボケ爺の座っている椅子の後ろから、米粒が飛んできた。すると、今まで眠っていたのかと思っていたハトが、何時の習性のごとく、首を振り振り、餌を突っつき始めた。

 なんだ、眠っていたのかと、思ったが、何だか様子がおかしい。姿勢が傾いているし、歩き方が素直ではない。忙しく動かしている足をよく見ると、指が一本、無かったり、曲がってしまっていたりしている。もう1羽加わったが、それも同じだが、軽傷らしい。すると又1羽やって来たが、それは健全な様子だ。すると以前からの住人の不健全者は、健全者を追いかけて追い出している。

 それにしても、動物の世界、何処も同じようだ。だが、このプラットフォームでのハトの生態と知っている人が、餌をやりに来るとは驚きだ。誰だろうと、ベンチから立ち上がったが、姿は既に無かった。遅れそうと、会議場まで走ってしまった。ボケ爺にとってセレンディピティな出来事だった。

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2018年5月 6日 (日)

5月の連休最終日

 朝から、鶯が近くで、鳴き叫ぶ。その鳴き声が余りに近いので、目が覚めた。5月の連休の最終日だ。窓からの朝日はまばゆい。だが、寝不足が続いた。

 寝不足の理由は、世界団体卓球大会を観戦するからだ。一昨日は、北朝鮮と韓国の合同チームとの戦い、それに引き続き、男子の準々決勝だった。女子は、簡単に勝ってしまった。本当に強くなったと感心した。男子は張本の調子が悪かった。と言うよりは、相手が僅かに一枚上だった。終わってみれば12時を過ぎていた。

 昨日は、女子の、中国との決勝戦だった、昨日の戦いぶりを見ていたので、優勝の可能性は高いと思っていた。第一試合は伊藤選手のフルセットの死闘で、1勝を勝ち取った。目頭が熱くなる。これなら勝てる、ボケ爺はTVを見るのに力が入った。だが次の、平野選手、石川選手も簡単に負けてしまった。と言うよりは、打っても打っても中国選手は打ち返してくる。すごいラリーの連続だった。中国が一枚上手だった。日本の三選手も、ここまでやるか、と思えるほどの素晴らしい試合であった。日本の女子もここまで強くなったのかと驚いた、が中国は強かった。残念だ!まだまだ若い、チャンスはある。頑張れ!!!

<読書>

「英龍伝」佐々木譲 毎日新聞社

ボケ爺の佐々木譲作の読書は、道庁警察官の事件簿が中心だった。それの展開の面白さに、いつも感銘を受けていた。だが、本作品は、幕末のペルー来訪の時期の日の本の動向が中心となっている歴史本。黒船来航と、この幕末は、混乱を引き起こし、一気呵成に、徳川幕府の崩壊と向かっていたが、多くの若者(下士)を中心として、勉学に燃える者が多かったようだ。さらに、黒船から、日の本の未来を予言できる知見ある人も出てきている。幕末から明治は、外圧によるものが大きいが、必然性もあったのだろう。何事も、知力と外聞を広めることの大切さが強調されている。

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2018年5月 4日 (金)

積乱雲が浮かぶ

 今日は、昨日の強風が落ち着いて、風はどちらかと言えば北風なのだろう。爽やかな一日となった。しかし、空の雲は積乱雲がところどころに浮かんで、夏空の様相だ。天気予想では、上空は暖気と寒気の入り乱れで不安定だ、と言う。

 つつじの花が終わり、さつきに季節である。シャクナゲもつぼみが膨らんできている。実篤公園は子供の声で、にぎやかだ。それにも負けずに、鶯の鳴き声も一層大きく、我を主張してくる。池の鯉も時々元気に跳ねる。池の中ほどの岩に、カメが甲羅干しを始めている。

 野川の散歩は、爽やかな天気で清々しい。子供たちの川遊びの最適な場所である。テントを張って、連休を楽しんでいる。ボケ爺はその光景を眺めて、癒されている。

 図書館のすぐそばの竹林では、竹の伐採にいそしんでいる人が汗を拭っている。

 実篤公園のベンチを確保して、木漏れ日の中で読書に耽る。そよ風に竹の笹の触れ合う音が心地よく響く。2時間ほどで読み終えた。こんな日ばかりだと良いのだが。

<読書>

「爽年」石田衣良 集英社

「娼年」が映画化されて、石田衣良の作品が急に注目を浴びている。女性の性の欲望と、そのバリエーションの広さに注力した作品だ。本著は娼年シリーズ3部作の最後の作品である。ボケ爺には、これらの作品に、小説としての意義を見出せるほど、文学才能は無い。単に、エロ小説?否、小説ではなくエロ談話集のように思えるが。若者には参考になるのかも。衰えたボケ爺が、今更、性の展開を知って役には立たない事だけは明らかだ。

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2018年5月 3日 (木)

雨嵐の朝

 5月連休の初日の朝は、昨夜の雨嵐が続き、雨は上がったが風が強く残った。我が家のクレマチスは、2週間ほど楽しませてくれたが、すっかり散ってしまった。花の葉も残っていない。

 それにしても植物にとっては恵みの雨であったことだろう。新芽が、連日の夏日で青色吐息だったのだから。我が家のブドウの花もすぐに開花するだろう。それにしても年々、春の季節を感じる暇が無くなってしまう。温暖化の影響だと言うが。

その温暖化は今までの説は、フッ素ガスによるオゾン層の破壊でCO2の増加、と言われていたが、今ではオゾン層の破壊説は影を薄めた。工業化廃棄物と、森林伐採のCO2説は根強くよく残っている。ボケ爺、本当か?と思っている。ボケ爺説は、海底火山の活発化での海水温上昇説だ。何故なら、地球の表層体積は90%以上が海で、CO2貯蔵には十分だからだ。

<読書>

「植物は<未来>を知っている」ステファノ・マンクーゾ  NHK出版

生物には、動物と植物に分類される。定義としては、子孫を残し持続可能である。一般には、動物の研究が盛んで、人間の英知との比較を行い、それを人間に役立たせようと、日々研究される。一方、植物の方は、全般に食料の収穫の効率化を中心とした研究が多い。しかし、植物にも、動物と同じような能力を身に着けて、しかも、省エネである、と言う。最も大きな違いは、移動能力だ。動物は簡単に移動して、生計を立てる。植物は定点で、移動できない。が、しかし、種子を他者の力を利用して動く能力を身に着けて、勢力を広げる。運動能力が無いと、と言うが、植物は運動能力を持つ。花の開化、種子の飛散、虫の捕獲、など、よく知られている。脳が無いから、記憶力が無い、とか考えない、とか言うが、記憶能力があるから、四季折々の所作を忘れない。コミュニケーションも立派にやり遂げる。それも、ヒエラルヒーのある組織ではなく、全く、根の分布、葉の所在の主張など、民主的に。人口爆発により食糧不足は、「太陽エネルギーだけ」を活用した自然現象のサイクルを作ることにより、水不足を解消し栄養素は海水で、海の上で植物工場が作れる。などなど。もっと、植物の研究に注力すべきであると主張している。

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