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2018年1月10日 (水)

春風一番

 久しぶりの雨に恵まれた翌日は桜が咲くほどの暖かい日となった。ボケ爺も、久しぶりに歩いていて、汗がにじみ出た。その為か、近所の庭の蝋梅の黄色の花が満開になって、春の始まりを宣言しているように思える。蝋梅の黄色は陽光に映えて何とも美しい。

一方、イチョウの街路樹の落ち葉は、2割ほどの木が、残念ながら落ち葉になり切れず枝にしがみ付いて無残な姿となっている。まるで、ボケ爺のようだ。思わず苦笑いを滲ませる。

少しずつ、正常なペースを取り戻しつつあるが、まだ完璧でない。これも歳のせいか?そんな中、思わず苦笑いした本の読書にペースを乱された。

<読書>

「勉強の哲学」千葉雅也 文芸春秋

副タイトルに、「来るべきバカのために」、となっている。バカなボケ爺は、同情して、早々に、図書館に申し込んだ。6か月以上も待たされた人気の本である。大いに期待して読んだが、残念なことに、がっかりである。

タイトルからして、「勉強するには哲学がいる」と読めるが、何処にも哲学らしき内容は出てこない。が、「勉強するためにはノウハウがいる」、となる。所謂、ノウハウ本である。「現状に流されることなく」、「自己破壊の覚悟で、勉強を続けろ、研究を深く掘り下げろ」との平凡なことを、哲学と称して、ノウハウをゴマ化すために、ノウハウを、それこそ哲学と称して、もっともらしく述べているだけだ。

こんなことは「漱石の個人主義」を読めば、もっと説得力のある言葉で読み取れる。

著者の言う通り、副タイトル(言語の意味の挑戦)が、顧客受けしただけだ。だが、この「来るべきバカのために」の意味もよく理解できない。この本を読んで、どれだけの人が「勉強の哲学」を理解できるだろうか?多くは言語の遊び、アイロニーとユーモア、そのものだ。騙されたバカなボケ爺が悪い。無駄な時間を費やした。

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