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2017年12月16日 (土)

来るべきバカのために

 このタイトルに魅せられて、思わず、図書館に本を予約した。大変な人が予約していた。6か月待ちの人気の本である。しかし、「勉強の哲学」の意味が分からない。哲学者の本だから分からないのか?副題の「来るべきバカのために」も、意味不明。哲学は難しい、と哲学と言う名に魅せられていた。

予約を待つ間、馬鹿が付くボケ爺も悩み続けた。勉強をするために持たなければならない心構え(心の存在に関する哲学)? How to、勉強を極める、探求するためなのか(哲学とは言わないが)? What、何を勉強(勉強)するのに哲学が必要なのか?と解釈するのか?

こんな意味不明のタイトルで、ごまかされ、読もうとするボケ爺が言語障害なのか? この意味不明が現代の流行の哲学なのか?

<読書>

「勉強の哲学」千葉雅也 文芸春秋

副タイトルに、来るべきバカのために、となっている。大いに期待して読んだが、がっかりした。タイトルからして、「勉強するには哲学がいる」と読めるが、何処にも哲学らしき内容が無い。が、「勉強するためにはノウハウがいる」、となる。所謂、ノウハウ本である。ノウハウ=哲学? 「現状に流されることなく」、「自己破壊の覚悟で、勉強を続けろ、研究を深く掘り下げろ」との平凡なことを、哲学と称して、哲学をゴマ化すためか、カタカナの、それこそ流行語を使って、もっともらしく述べているだけだ。こんなことは「漱石の個人主義」を読めば、もっと説得力のある言葉で読み取れる。著書の言う通り、副タイトル(言語の意味の挑戦)が、顧客受けしただけだ。この本を読んでどれだけの人が理解できるだろうか?多くは言語の遊び、アイロニーとユーモア、そのものだ。要は、幅広く、深く、読書することだ、といているに過ぎない。「哲学」の意味も地に落ちた。騙されたボケ爺が悪い。

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