« 2017年8月 | トップページ

2017年9月23日 (土)

お彼岸の祝日

 今日は彼岸の休日である。土曜と重なって損をした気分の人も多いであろう。今年こそ、田舎に帰って、両親と、代々に感謝?恨み?を述べてみたいと、墓参りを計画してたが、都合がつかなかった。

 寒さ暑さも彼岸まで、とはよく言ったものだ。今日は、東京では最高気温が22℃と、昨日よりも5℃ほど下がって、厚手の長袖が必要だ。が、ボケ爺はこの季節に合う服装は持ち合わせていない。長年、新調した服はない。哀れな老人だ。ボケると、誰もがお相手しない。

 漱石の「彼岸過迄」を呼び起こされるのが常である。ある新聞に漱石のコラムを寄稿していて、全作品を読み返している。が、残念ながら彼岸過迄には、本作品読み返しは間に合わなかった。「門」を読み終えたところである。宗助は妻のお米に「うん、しかしまたじき冬になるよ」、よ、「彼岸過迄」の波乱を予告している。一件問題が片付けば、また、問題が発生するという意味だろうが、その通りである。人生片付く時がないほど時に振り回されている。止まることがない。それ故、漱石の作品は、何時でも読み応えがある。

 安倍首相の政略、策略に腹を立てても始まらない。残念な人を首相に選んでしまった。「彼岸過迄」と思っていたが、彼岸過ぎで、憲法違反的解散となる。残念な時代を生かされてる。

<読書>

「また、桜の国で」須賀しのぶよ 祥伝社

桜の国、とは、ポーランドである。第一太平洋戦争時からの関わりであるようだ。ロシアに抑留されたポーランド人を日本に連れ戻し、世話をしたことから、友好国となって、第二太平洋戦争の道で、ヨーロッパ、ロシアの情報を手に入れるのに、ポーランド大使館が貴重な役割を果たした。それだけではなく、ポーランド人への助力に、日本人書記生は手を貸していた。ポーランドと、日本の関係がよく理解できた。すばらしい作品である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年9月18日 (月)

秋風が

 台風一過の朝、日差しが目映い。散歩に出る。時折熱風が吹く。セミが競って泣き叫ぶ。それでも、雨上がりの朝は美しいい色が目に飛び込む。茶色のダリア、茎や葉っぱまで真紅のケイトウは、倒れないで頑張っているた。ヒノキの葉の色が深緑だ。

 実篤公園では、枯れ枝が適当に転がっている。都合のいい剪定の手間がなくなった。先端の小枝は、本意でなく、ちぎられて、可愛そうにも踏みつけられる。森のテラスの坂道では、まだ小さなドングリが、無残にも散りばめられている。道には美しい配色だが、あまりの小ささに、青緑色に心が痛む。

 歩道にも枯れ枝が散らかっている。歩くには少々邪魔になる。近所に人が出てきてかたづけている。

 被害の無い東京の一部でも、台風一過の跡が目立つのだが、本格的な災害の地域はいかばかりだろう。日本は台風には慣れているといえども、今回の気ままな台風には、恐れ入った。ボケ爺の郷里が直撃を受けた。

 台風は自立走行ができない。高気圧と偏西風の気ままな行為に、遊ばれる。台風の進路には文句は言えない。それにしても日本列島の縦断はないでしょう。今回は、中国大陸の高気圧と、太平洋の高血圧の掛け合いだったと言う。

 夕方の散歩では、秋風の昼間と比べれば、少しヒンヤリとして、頬を撫でる。風が乾燥もしていて心地よい。秋虫も元気に、一斉に鳴き始めた。複雑な季節だ。

<読書>

「よこまち余話」木内昇 中央公論新社

路地は、秘密を抱いた人々の集まり。この世の境が溶け合う場所でもある。少しずつ姿を変える世の中、ふと出会う誰かの面影から想像が生まれる。先人の記憶や、経験がにじみ出る一言。路地には季節が巡る。そのたびに平凡な営みの中に、新しい出会いもあり、そこに歴史が残る。その歴史に、侏儒の言葉や教えが生まれる。著者の感性に、知性がちりばめられている。うっとりとするひと時であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年9月16日 (土)

残暑と秋風景の複雑さ

 帰国から1週間がたった。時差ボケは、少々、治った気がするが、本調子とは言えず尾を引く。歳には勝てず、と言うことか?

 台風前の静けさで、土曜日の朝を迎えた。ここのところ、2駅先(約、3.5Km、徒歩で30分)のカフェで、午前中を過ごすことを習慣としている。格別良いカフェではない。散歩でのエキササイズのためだ。変わりゆく景色をも楽しみにしている。

 品川通り(甲州街道のバイパスが目的の道路)の街路樹は百日紅が基本、となっている。長い夏を彩り豊かに楽しませてくれる。今も尚、咲き誇っている。交差点などの花壇には、百日草も、まだ健在だ。百日間咲き続けることでそれぞれは、人々を魅了している。

 近くの公園では、ヒマワリは水不足の時に立ち枯れてしまった。その後に、ダリア、ケイトウが植えられたのだろう、立派な花をつけ、秋だ、と叫んでいる。同じく夏枯れ寸前の朝顔は、今では旺盛に公園の垣根にツルを伸ばし、青、紫、ピンクなどの大輪の花を、今が残暑の盛りだと、咲き誇っている。台風は秋の季語。これから襲来する台風を、哀れにも知らないで。

 ボケ爺の近く、散歩の行き帰りに通る神代団地の至る所に、群生する曼殊沙華(彼岸花)の真紅の花が、彼岸の日の秋の到来を祝しているかのようである。

 普段の水嵩を、まだ保っている野川の川面には、ゴイサギ(シロサギか?)が、孤独に立ちすくみ、気長な時間を過ごしている。季節とは関係なく。

<読書>

「めぐみ園の夏」高杉良 新潮社

ボケ爺の好きな、企業経営、経済小説の著名な著者です。今回はそれらと少し異質なタイトルに早々興味を抱きました。内容は、家庭問題と子供の教育、成長との、見守りの小説となっていました。どのような背景の小説であろうと、主人公の賛美を貫く姿は変わりがなかった。暖かい人の温もりを感じる物語に仕上がっていました。しかし、子供たちの会話は「高杉流の会話法」であり大人っぽ過ぎ、年齢と、「しゃべり言葉」が、ちぐはぐ(合っていない)かな?と思いましたが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年9月 9日 (土)

ボケ爺、走る

 ボケ爺、久しぶりに、汗をたっぷりかくほどの全力疾走で走る。なぜか、乗り換えの時間がなくなった。その理由はLexington(レキシントン)からシカゴへの飛行機が遅れてしまったからだ。

 ホテルの請求でもめる。会社の支払いであったはずだったが、ボケ爺のクレジットで生産が行われている。調べるように再三依頼する。やっと調査してくれた。結果、会社支払いで決着が付いた。レキシントンでは、当初の1時間も早い余裕の到着。ボケ爺の計算ミスで、タクシーを1時間も早く呼んでしまった。

 予定通り、飛行機は到着。良かった、と胸を撫でおろす。しかし時間が来ても登場の案内はない。「機体の不良調整をしていると」アナウンス。やっと出発。30分遅れ、乗り換え時間は1時間しかないので、30分に短縮された。キャビンアテンダーにゲートを調べるように依頼する。「C20」、と教えてくれる。ターミナルは?と聞いても分からない。

 シカゴの上空に着いたが、旋回して、なかなか下りない。2回旋回した後、やっと到着。そこで、20分遅れ、計50分遅れ、乗り換えまで、10分しかない。Fゲートから、Cゲートまで全力走行。神が助けてくれる、Fゲートで、ユナイテッド航空のサービスセンターがあったので、飛び込んだ。

するとカウンタカーから、ボケ爺の名前を呼んでくれる。その人が、案内するからついて来いと言う。バス乗り場に案内してくれて、このバスに乗れ(ボケ爺一人)、近道だ、と言う。しかし、そのバスの運転手が「C5のゲートまでだ」、「C20まで走れ、Good luck!」と言う。

200mを重いカートを引いて全力疾走。やっとC20ゲート、多くの係員が、ボケ爺の名前を呼ぶ。日本人の案内員が、「良かったね、待ってもらったのですよ」、「あと5分遅かったら、ダメだったのよ」。飛び乗ると、キャビンアテンダーが3人集まって、親切にも、鞄を持てくれて、キャビンに収納してくれるや、背広を収納してくれたり、すぐに水を持ってきてくれたり、皆が「良かった、良かった」と慰めてくれる。時間を調べると10分遅れだった。そしてすぐに出発だ。助かった。大昔、アトランタ空港でのアクシデントを思い出す。無事帰国。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年9月 8日 (金)

帰国の朝

 晴天の朝を迎えた。フロリダ(マイアミ)では、大型ハリケーンの被害が心配で、そのニュースでTVは連日、賑わっている。ここLexington(レキシントン)も、災害に対する支援体制を整えた、との話がでていた。

 今朝のニュースでは、日曜日には、Lexingtonにも、押し寄せるとか?早く帰るに限る。昨日は、夕食の前に、30分ほど車で、ダウンタウンを案内してもらったが、これと言うほどの街ではない、と言う。街の半分はUK(ケンタッキー大学=University of Kentucky=医学部もある総合大学)で占めている。郊外には広大な土地を持っていて、企業に貸しているらしい。他に、小さなCollege2つあるらしい。

 街の外周を 競争馬(サラブレッド)の農場が囲んでいて、発展の余地がないらしい。大変な田舎町である。

 空港までの車が来たので、ここまで。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年9月 6日 (水)

ステーキハウス

 ダウンタウンのステーキハウスは、なるほど大きく、それなりの雰囲気がある。2年ほど前に開店して成功しているという。Tony’sと言う。

 アペタイザーに、スペッシャルとして宮城オイスターがあると言う。ホストの二人は興味深そうにそれを所望しようと言う、が、ボケ爺は少々困惑をした。アメリカで、なぜ宮城産カキを食べないといけないのか?他に何があるか?暗い室内、眼鏡をはずしてメニューと睨めっこしたが、他に選択肢はなさそうだ。

 ステーキを選んだ。3人三様であったが、とにかくデカい。ニューヨークサーロインを頼んだ人は、ボケ爺のフィレミニオンの厚さと同じほどの5㎝ほどあり、ボケ爺の倍以上の大きさだ。そんなニューヨークサーロインを今まで見たことがない。もう一人は、骨付き何とかを頼んだのだが、お皿からはみ出していた。所謂、草履のような大きさだった。

 それにしても、大きすぎるので大味だろうと思いきや繊細で美味である。飽きることはなかったが、何せ大きい。ボケ爺、1/3迄食べて、残してしまった。他の人も似たり寄ったりである。満足!

 Lexingtonはバーボンウィスキーの製造工場がたくさんあって、全米の第一の生産地らしい。ホテルのバーに、多くの種類が並んでいる。ハピーアワーにもサービスがある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

田舎町Lexington

 今、Lexingtonの田舎町にある企業との打ち合わせが終わった。これから、1時間後にディナーのためのレストランに向かう。Lexingtonで、一番のステーキハウスだ、と言う。久しぶりに牛肉を堪能したい。

 昨夜は、シカゴの出発が、70分も遅れ、ホテルに着いたのが、今日の1時になった。これでもラッキーであった。遅れの理由が、至る所で雷が発生して、到着の便が遅れたことによる。シカゴ空港は大混乱で、17時以降の出発の半数以上が遅延している。あるフライトは、12時とか、夜中の1時にまで遅れているものがあった。着いてもそこからどうするのだろうか?

 今日も朝から雷が鳴っていたが、そんなに続かなかった。明日は冷え込むらしいが。

 メールでは、ラフな服装で来てください、となっていたが、以前、この会社はそんなにラフ服装ではなかったし、今日は初日で、トップとの打ち合わせが主であったので、ネクタイ、スーツ姿で訪問したが、会う人会う人、Tシャツだった。いつの間に、この企業も、西海岸のようになってしまったのか?

 レストランへの迎えを待っているが、とにかく眠い。食事中に眠ってしまいそう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年9月 5日 (火)

まだ月曜日

シカゴ・オヘア空港のラウンジに居る。4日(月曜)の15時45分である。偏西風のおかげで、50分も早く着いたのだが、ゲートの空きがなく、20分ほど機内で待たされた。乗り継ぎの出発が、9時少し前なので、約4時間の待機である。行先は田舎なので、便が少ない。空港自体は、昔と変わらない。その分、設備は古くなっていることになる。

イミグレーションが、相変わらず混んでいる。ボケ爺の前に、南米からの移民らしい家族で、長々と待つことになってしまった。イスラム系の人の列を避けたのだが、そちらの列の方がスムーズに消化されて早い。列を変わろうとすると、整理員が、「ダメだ」という。指紋は、以前は親指の採取だけだったと思ったのだが、10本全ての指の指紋を要求された。

此処のUAのラウンジはPWはいらないと言う。本当か?と、PCを開くと同時に、なるほど何の操作もいらなくて繋がっている。初めての経験である。他では、PWを要求されるし、警告があったり、同意が必要であったり、何らかの操作が必要であるのだが。日本では朝を迎えているのだが、眠い。

<読書>

「月待ちの恋」坂東眞砂子 新潮社

春話26夜との副題である。いわゆる春画から想像できる物語を作り上げている。エロの表現が、奥ゆかしく表現される。楽しく読んだのだが、ちょっと物足りない。女流作家が表現する性を甘受する女性の感覚の表現を期待するのだが、その本質は見いだせない。男性からの見方でしか表現されていない。読者は男性だけと思っているのだろうか?男性は女性の感覚を理解したいのだが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年9月 4日 (月)

成田空港に居ます。

 今、成田空港のUAのラウンジに居ます。アメリカのある企業からの招待です。夕方の出発で、ゆったりしている。あいにくの小雨交じりの天候です。気温が適度で、かえって快適かもしれない。

 リムジンバスで新宿から乗車。リムジンバスを使うのは、10数年以来だろう。使う気になったのは、シニア料金があるからで、安くなる。もっと、安いバスもあるようだが?

 道路はそれほど混んでいない。予想以上に早く着いてしまった。成田空港の高速道路の出口付近の風景は何十年前と変わっていない。いくつかのホテルの建物、名前も、変わっていない。ゲートでのパスポートの検査はなくなっていることは聞いていた。しかし、警察の警備は相変わらず同じ規模が続いている。

 UAのラウンジも椅子は新しく変わっているが、室内の配置から、サービスも変わっていなかった。浦島太郎になっているかと思いきや、ボケ爺も現役のようだ。

 今回の出張で、契約の話がまとまれば、さて今の顧問先とは契約解除をしなければ回らないだろう。どんなことになるのやら。不安と期待が交互する。

 飛行ルートは、北朝鮮のミサイルの方向だが、偶然にぶつかることがあるのだろうか?そうなると迷惑なことだ。

日本は、挑発に乗ってはけない。アメリカ、アメリカ、とアメリカと同調して、テロ軍団のように振る舞うのではなく、独自の違った態度を示してはどうだろう。それは、話し合いの仲介役を買って出るのだが、今のビジョンの無い政権では無理な希望だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2017年9月 2日 (土)

台風一過?

 

 昨夜から今朝まで少々強い雨が降り続けていた。その雨音で目が覚める。今日の散歩は無し、とサボる気持ちになっていた。しかし、9時ごろには小雨になり、これでは散歩に出かけないといけないかと散歩モードに切り替えた。途中、二三度傘を広げたが、昼食のため家に帰ってきたころには、青空が覗き、昼食を終えたころには日差しが強くなり、急に温度が上昇してきた。今、仙川のカフェにいる。子供たちの音楽学校の帰りだろう集団を眺めている。たくさんの子供が音楽家を目指し頑張っている。

 

 民進党の党首選が終わった。前原氏となったのだが、さて、安倍政策の不満の受け皿となるのだろうか?何とも政策論が軽い。浅いと言うべきか?

 

 麻生副総理が、また、またヒトラー引用の発言で、前回同様の歴史認識を示し、ブーイングを受けた。前回同様、すぐに取り消して謝ったのだが。謝ればいいのか?前回と同様の歴史観だから、心から(知識改版)と言うことではなかったこととなる。何とも、軽い。「不適切であり撤回する」、と発言を取り消し、簡単に謝る政治家は安倍首相をはじめとして、日常茶飯事。責任感の欠如が発言を軽くしている。「大丈夫か?日本」。

 

 一方、スポーツでは日本の活動が目立つ。日本国を背負って責任を果たしている。「大丈夫だ、日本頑張れ」。

 

<読書>

 

「明治維新という過ち」原田伊織 講談社文庫 完全増補版

 

副題に、「日本を滅ばした吉田松陰と長州テロリスト」と。ノンフィクション小説を読んでいるようで読み易い。いやはや、「目から鱗が落ちる」とはこのことだ。歴史は作文だ、物語だとよく言われるが、それを実感することになる。歴史とは偶然が偶然を生み、連鎖して複雑に絡み合い、「流されてゆく」。後世の人がそのエッセンスを取り上げて美しい物語に書き換える。変化が起きているときの当事者にはわかりえないのが歴史なのだろう。一読をお勧めする。しかし少し副題が気になる。「日本を滅ぼした」となっているが、明治維新前夜では「日本」はあったのだろうか?どのように滅ぼしたのか?は判然としない。それとも、その時代のテロ軍団のDNAが、日本の戦争好きで、太平洋戦争を起こし自滅した、と言いたかったのか。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2017年8月 | トップページ