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2017年8月15日 (火)

息子家族との家族旅行

 お盆だと言うのに、お墓参りはほったらかして、2泊3日の旅行をした。孫娘が5歳を超えた。孫息子は1歳半ほどだ。いずれもそれぞれの、かわいい盛りであることに驚くばかりである。

 ボケ爺の娘、息子の幼少時代、田舎に必ず帰省してお盆を迎えた。車で行ったときは、8時間から10時間のドライブで、次は新幹線で、と、これもこれで結構荷物でつらいものがあった。隔年ごとに、車と、新幹線を交互に利用していた。

 孫娘が「爺ちゃん、爺ちゃん」と言ってくれることに、結構満足である。うれしい限りだ。自然に出てきているのが、なお、可愛い。孫息子は、まだヨチヨチ歩きで、言葉は、「アー、アー」と言うだけだが、態度で示す。「抱っこしてくれ!」と、このボケ爺にせがんで来る。顔見知りをして、逃げ回るのかと思ったが、いきなり「抱け」は格別にうれしい。

 これがボケ爺の家族だと強く認識できた。息子家族は西に帰り、ボケ爺たちは東に帰る。別れ際に、孫娘はこのボケ爺にしがみついてきて、「爺ちゃん、さようなら」、と言う。思わず、ボケ爺も抱いてやる。そして別れる。その時の孫娘は眼のふちを真っ赤にして、涙はこぼれない程度にうるんでいる。号泣よりも、さらに、何倍も胸に迫る優しさと感受性豊かな演出ができる女の子に育っているような気がして、感慨無量のひと時であった。孫たちの成長に感謝した。

<読書>

「流星ひとつ」沢木耕太郎 新潮社

藤圭子の人物像をノンフィクションで仕立て直した。著者は有名なノンフィクション作家である。藤圭子は飛び降り自殺をして、憂鬱な人生を過ごした、やはりそうかと言う人々が多いはずだ。それはジャーナリストが作り上げた藤圭子像である。著者は藤圭子と一対一で対話をして、真の藤圭子像を仕上げた。が、すぐに出版は出来なかったようだ。20年ほど経って、やはり実像の藤圭子をしてもらいたいと、出版に踏み切った。漱石の「二百十日」と同様の手法、「会話だけ」で、小説を仕上げている。

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