« ゼミの鳴き声で目覚め | トップページ | なんだか異変が »

2017年8月26日 (土)

野川を散歩

 午前中は、薄日が差して、散歩に出るには日よけが必要となる。それはボケ爺にとって厄介だ。それに、午前中に電話が一本入るとのことで、だらっと、過ごす。

 午後になって、日差しが消えてきた。昨日の酒を逃がすにも、汗をかくことだ、と散歩に出る。どこを目指すかは当てがなかった。5時までに図書館に、期限切れの本を返さなければならない。それを念頭に、約3時間の散歩道を想定したが、この暑さでは持たない。途中喫茶店で過ごせるルートとした。すると野川(1級河川)と決まる。

 この野川の散歩は、7月以来である。その頃は、晴天が続き、水不足が心配なときであった。川の水も底を少し、自慢の鯉は、どこに行ってしまったのか?と心配をしていた。土手の雑草も干上がっていた。が、今日は、水は従来の量を取り戻し、どこかに避難していた鯉も元気に泳いでいた。ゴイサギもいつもの定位置で、魚を狙って沈黙している。

 雑草は繁栄して、背の高さをはるかに超えて、いろんな種類の雑草が生存の共栄している。この姿を見て思うのは、雑草はそれぞれが豊かに共存しているとことだ。世界の経済もこのような姿にならないものだろうか?人間の営む社会活動では経済の「成長で競争」をする。決して共存共栄を好まない。競争に勝つことのために合理性を求める。「より早く、より遠く」と。無限だと思われていたが、今日、有限であることが明確になってきた、と思う。

 少子高齢化は有限を意味する。成長のために労働を求められるからだ。これらは決して幸福なことはではない。雑草の多様性に学ぶ社会を考えると、成長ではなく、「収縮させる」ことではないか?前進ではなく、後退の仕方ではないだろうか。「より遅く、より近くで」と言う不合理を受け入れることだ。企業は減益で良い、配当もしない、内部留保を吐き出す。投資家もそれを受け入れる。その分税金も少々増えても良い。

 散歩の途中で、汗を拭きながらくだらないことを考えた。ボケ爺、益々ボケる。

|

« ゼミの鳴き声で目覚め | トップページ | なんだか異変が »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/160469/65712468

この記事へのトラックバック一覧です: 野川を散歩:

« ゼミの鳴き声で目覚め | トップページ | なんだか異変が »