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2017年5月21日 (日)

一帯一路?

 シルクロードの再現を?と、中国は言うのだが?今さら、道路を大陸に構築してもそのインフラ費は莫大になるだろう。投資対効果が疑問視されるのでは。インフラ投資そのもので、経済の成長が、幾分か、出てくるであろうが。

 なぜか?飛行機と言うインフラが、かなり発展している。高付加価値は、時間を短縮することであろう。多量輸送では、船に勝るものはない。或は、飛行船輸送も、未来は楽しみだが。

 それにしても、通商で経済成長が促進される根拠は何処にあるのだろうか?大量消費時代の発想は、時代遅れではないだろう?経済成長が無くても生活を豊かに感じrる社会は作れないだろうか?

 今日は真夏日、東京は30℃を越えたらしい。真夏日の高温の常連は舘林である。ここの今日は35℃を越えたようだ。ボケ爺、真夏日は苦手である。フラフラする頭で、しかも悪くて鈍い頭は、上記のような難しいことに、答えが出せない。何時までも悩んでいる。助けて!!!

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2017年5月20日 (土)

尿酸値が急上昇

 昨日、定期健康診断であった。なんと尿酸値が急上昇、危険値を超えていた。これは、キット、先週はコンサルティングをしているマレーシアの会社のトップがやって来て、毎晩、ビールを沢山飲んだからだろう。さらに、揚げ物を沢山食べたことも影響している事だろうか。

 通常、尿酸値5~6に、薬を飲んで、保てていたのだが。今回は、7.2迄上昇。油断は、何事もいけない。何時までも気を抜けなくて、面倒だ。今日から、節制することにする、と誓う。

 いつの間にか、サツキの季節になっている。ツツジとサツキの違に、ボケ爺は理解できていない。このサツキも、故郷からのクローンである。親父の執念が、今も息づいている。

 クレマチスは、一枚一枚花びらが散り落ちた。その後には、夕顔が優しい花びらを開き始めた。この優しさに、今日の真夏の高温に、よく似合い、心が癒される。それにしても急な暑さに、年寄りのボケ爺の体調が揺さぶられる。明日も続くと言う。ある意味で、真夏を期待したい。

<読書>

「日本人が知らない夏目漱石」ダミアン・フラナガン 世界思想社

「日本人は夏目漱石を誤解して来た」と、フラナガンは言う。「小説の大家は漱石だ」と。選び抜かれた言葉の源泉、美術的要素のはめ込む意図。あり方、等、瞠目する。それだけに「誤解」される。これらの知力を磨けたのは、ロンドン留学が基となっている。ニーチェ、であり、ジェームスであり、ジョイスであり、シェスクピアである。驚愕の、漱石の研究者である。

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2017年5月14日 (日)

時代の変化が読める?

 前回の読書で、「北斎まんだら」で、葛飾北斎の晩年の浮世絵への執着に心惹かれ、「ヨイ豊」梶よう子 講談社を読む。

 江戸晩年の黒船襲来から、江戸が東京となる明治中期までの歌川一族の、人情物語、特に豊国仲間の「歌川の築き上げた浮世絵」を守ろうとする「大義」の泣き笑いの人情を描き切った傑作である。歌川広重一族、国芳一族、豊国一族達が、「江戸絵」の花を咲かしてきたが、明治維新改革が起こり、江戸が東京に変わった。

 当然、印刷技術は西洋から入り込み、機械化が進んでいった。又、絵画も、西洋の油絵がもてはやされる時代と変化していった。その為に、版元から、絵師に、彫師へ、摺師と分業化された江戸絵の世界は、失業、廃業も含め、大幅な変化を強いられた。

 これらは、バブル崩壊後の、日本の失われた20年と重なる部分がある。社会の変化に何処まで追従していいのか?その変化に乗れるのか?守るとしたらどんな大義の下で、何を守らなければならないか?に結び付く物語である。ビジネス本として、示唆に富んだ重要な、貴重な作品である。バブル崩壊後の経済は不景気から、と言うけれど、そうではなくて経済構造の変化の複合体である。残念だが未だに、日本の経済界は気が付いていない。

 歌川一族は、明治中期には、芸術機構(美術学校、画壇、等)を作り出し、西洋の美術界にジャポニカブームを創造した。美の捉え方に、西洋と浮世絵の源流を一緒にして、「どの様に表現するか?」に崇高な価値を作り上げた。

 現代の日本は、明治維新時代の、歌川一族の「江戸絵」は「守りと、攻め方」の生き残り方に学ばなければならないビジネス指南の手本である。その勉強の面白い教科書が、この本である。

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ミーシャ展

 昨日は、一日雨。NHKの放映でたまたま見たミーシャの絵画の奥深さに引かれ、新国立美術館に出かけることにした。

 ミーシャは、ボケ爺にとっては、パリでのポスター、アール・ヌーヴォーであり、高価なスカーフの基になっているデザイナーとしか記憶していなかった。

1900年のパリ万博と言えば、夏目漱石のイギリス留学の渡航中に立ち寄っている。日本からも、多くの陶器、浮世絵を展示していた。明治政府も日本が世界への参入に力を入れていた時である。その時に、東欧のボスニア・ヘルツェゴビナ館の壁画の習作が残っている。最終的には「オーストリア館」となったのか?戦争の絶えない時期であった。

母国に帰った1912年ごろから、精力的に、大作(4mX6mほどの)を、十数年に、50点ほど描き残している。ここにも、天才は、執着、執念の人の痕跡がある。

人物画描写がリアルである。行く先の社会の不安であり、哀れ、懐疑であり、救いを求めるものであり、等を一人か、二人の人物を通して主題が描き込められている。

久しぶりに感動できた展覧会であった。隣で「国展」が開かれていたが、ミーシャに圧倒されて、それを見る余裕が生まれなかった。

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2017年5月11日 (木)

パフェット氏がアップル株を

 パフェット氏は、アメリカの株式市場では有名な人である。パフェット氏の株の買い方で、株市場は大きく変化する、と言う理由からだ。

 最近の動向は、IBM株に見切りをつけた、と報道されている。大幅な売りに出たのだ。その為に、IBMは、大幅な下落に陥った。AIには魅力があるが、データベース市場に失望、更に一般インフラ市場も業績の回復が見込めない、と言う理由だそうだ。

 ICT市場も、何でもこなす時代ではなくなって、一点集中の競争力でしか生き残れない時代に入ったのだろうか?データベースでは、IBMであっても、Google  Amazon.comには及ばない。

 今日では、パフェット氏はApple の株を買い貯めていると言う噂が、もっぱらウォール街の明るいニュースとなっている。その結果、時価総額が9日、米国企業として初めて8000億ドルを超えた。

 いつまで続くのだろうか?金融本位資本主義時代は?これでは格差は是正しない。増大へと一途にひた走る。どこでシンギュラリティが現れるのか?

 漱石の悩んだ戦争と言う経済成長と敗退の「矛盾」、今日、金本位経済成長と、廃退社会の「矛盾」へと、漱石の洞察力が偲び寄っている。

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2017年5月 9日 (火)

憲法違反では?

 ボケ爺は憲法の事は良く知らない。それを自慢している訳でもない。にわかに激しくなった憲法改正論議に、不思議が漂ってきた。

 確か、憲法の政治、議会制度では、首相は、憲法を守らなければならい、と、幼少の頃教えられていた記憶が呼び覚まされた。首相は憲法の下で、政治を司ることである、と。

 つまり、都合が悪いから憲法を変えて、政治は行えない、はずだが?そのために、国会には、憲法審査会があって、憲法についいては、そこが管理運営をすることに、現行憲法はなっているはずだ、記憶している。正しいでしょうか、教えてください。

 安倍首相は、それを無視して、憲法改正を高々に叫び、押し付けている。それが分からない。さらに、それが違憲であると言う、世論も無い?

 安倍首相は怖いものなしで舞い上がっている。改正の時期から改正の中身まで、事細かに支持を出す。それは出来ないはずだ。憲法審査会の提案を無視してまでも。可笑しい。

 右派の冴えたる中曽根元首相まで、声を高らかに、安倍首相を皮肉っている。「国民の、国民のための、国民による」を安倍首相は忘れている。「驕りだ!!!」と。

 総薄知?ジャーナリストへ、考えてみてください。

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2017年5月 7日 (日)

連休最後の日

 日射しはそんなに強くはないが薄日が差している。我が家の玄関横に咲く清楚な青色のクレマチスは、紫外線を跳ね返しているのか?それとも、いっぱいの紫外線を吸収しているのか?兎に角、日本人の大半が好きな、透き通るような蒼さである。

 明日からは、花びらが散り始めるだろう。花の命は短いけれど、一輪、一輪そして一枚、一枚の花びらが抜け落ちる。哀れな悲哀の花でもある。

 クレマチスの花言葉は「こころの美」「高潔」と言う。その通りだと思う。見ていてボケ爺の歳でも心が現れ、飽きない。300種類以上の品種があるらしい。多年草である。越冬時には、茎は鉄のように固く、ポッキ、通れてします。そこから、中国では、「鉄線」ともいうらしい。日本原産もあり、それは花の形から「風車」とも言われている。

 黄砂がやってくると言われていたが、その様な様子はない?庭の雑草は伸び放題。今年の雑草の主流は昨年と違う。その理由は、今年の冬に、雑草を少々取り除いたからだ。さて今年最後に残る雑草は?

漱石が悩んだ「経済の矛盾」それは、ダーウィンの優勝劣敗の世界と、文明の敗退論の、人の幸福感は何処から来るのか。「矛盾の社会」で、如何に生き抜けるのか、気になる一日であった。

<読書>

「為吉 北町奉行所ものがたり」宇佐美真理 実業之日本社

江戸の市井の生活を描きながら、人情、義理、正義を実に豊かに書き上げる。「深川恋物語」など、人情ものがたりに、ほろりとさせる。木漏れ日の中で、たまにはこのような本で癒されるのもいい。

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2017年5月 6日 (土)

漱石は現在作家?

 120年ほど前に作家として活動し始めた夏目漱石は、死後100年になっても現在に課題を投げかける現役作家である、と確信する。

 鴎外や、樋口一葉は同時代の小説家であるが、辞書が無ければ読めない程、現代文に違和感がある。しかし、漱石は、ほぼ辞書が無くても読むことが出来る。それは、漱石が、今日の日常の日本語の基礎と作ったからだ。文章を短く区切る。会話は鍵「」で括る。

 日清戦争の勝利で得た勝利金で日本は豊かになって来た。各省庁から、海外留学を始めた時、文部省から漱石は選ばれた。その時の同期は全てドイツに行ったが、漱石だけがイギリスだった。ドイツ帝国は民族主義、それが民族統一に役立つからだ。

 大英帝国は、産業革命の発祥の地であった。身分の格差もはっきりしている。漱石は、その経済の発展と格差拡大の「矛盾」に一生悩み続けた。漱石の帰国後も日露戦争の勝利においても、貧困の格差は拡張するばかり、引き続き第一次太平洋戦争に突入してしまう。

 漱石の偉大さは、その様な社会矛盾を「外から日本を見、内から英国を見る」と言う、真摯な志を持っていた。

 ダーウィンの進化論を勉強して、「自然淘汰=優勝劣敗」の社会を自然主義と捉える風潮の中、キッドの「社会の深化」「西洋文明の原理」、マックス・ノルダウの「退化諭」を学ぶ。これらの説は「文明が発達すれば人間は退化する」との主張に、イギリスの社会を分析し、強く感銘する。(倫敦消息、倫敦塔)

 今日の日本は如何だろうか?未だに「経済成長」第一主義である。国民は、本当に幸せになっているのだろうか?真の文明、文化が育っているのだろうか?と漱石は今も訴え続けている。そこに「矛盾」「二律背反」の悩みが続く。

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2017年5月 5日 (金)

今日は立夏

 今日はこどもの日、ボケ爺には関係なくなって来た。死に向かって暴走しているからだ。立夏に相応しい良い天候に恵まれた。どうしても行きたいところがある。

「篠田桃紅」展である。菊池寛実記念 智美術館で開かれている。場所は、ホテルオークラの直ぐ傍である。ホテルオークラの休館は改築が進んでいる。約50点の展示であったが、迫力は隠せない。素晴らしい作品ばかりだ。書画の前衛である。その発想に、ボケ爺は久しぶりに刺激を受けた。いろんなアイデアが浮かぶ。強い創作意欲が湧いて来たが、何時から始められるか?この美術館の庭園が美しい。それを見ながらのレストランは素晴らしく美味しい。根津美術館のレストラン以上だ。価格も。

城山ガーデンのイチョウの古木は迫力がある。この小さな公園が好きだ。スウェーデン大使館の直ぐ傍にある。そこから泉ガーデンに繋がる。ボケ時の癒しのスポットだ。そこから、サクラ並木道を赤坂方面へ歩く。赤坂の一ツ木通りで、ラーメン昼食。この付近の店も変わってしまっていた。

そこから、青山、外苑、裏参道と、246号線を歩く。店の名前は知らないが、目の保養に良いハイカラな、デザインに刺激を受ける店が多い。246のメイン通りから一歩中に這い込むと、美味しそうなお店が多い。楽しい街通りは、昔と変わっていない。

<読書>

「日本人の知らない夏目漱石」ダミアン・フラナガン 世界思想社

漱石は、ロンドン留学中は、下宿に籠って、哲学、文学を懸命に独学した。その主たる作家は、ニーチェ、であり、ヘーゲルであり、シェクスピアであった。多くの作品に、これらの影響が色濃く影響していると、解く。「門」と「それから」にその影響は時に強い、と強調する。漱石は、参考本に、英文で結構、長文のコメントを書き込んでいる。漱石は天才としか言いようがない。

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緑の日

 我が家の近くに「神代植物園」がある。歩いて行こうとしたのだけれど、日光の散歩での筋肉痛をこじらせて、まだ治っていない。なんと今日は入園料がタダ。付いている。

 野草の盆栽の展示場は、老人の愛好家で一杯。会館の展示場には、絶滅危惧種の東洋ランであった。兎に角、奇抜なランが健康の数が展示されている。確かにこんな奇抜な生え方をしていると絶滅になるのだろう。

 ツツジや、シャクヤクはすでに盛りは過ぎている。ボタンは今が盛り、50~60種が満開だ。バラ園のバラはほとんど咲いていない、少々早い。バラ園では、桐朋大学のフルート4人のカルテットの演奏に聴き入る。春風と共に優雅な一時であった。

 温室がある。熱帯の木々が展示されている。奇抜な形に、驚くのもある。果物のなる木には人が群がっている。ランの部屋は人だかり。ランの種類も無限に近い。どんな生き様、生き残り作戦でこの様な形を選んだのだろうか?移動できない植物に、改めて不思議を感じる。

 武蔵野の林の原型は、この神代植物園に良く残っている。こんなにいろんな大木が乱立していることに驚く。

 すぐそばに、深大寺がある。お参りして帰ろうと、振り返った時に真っ白な小花が満開である。沙羅双樹の花なのか?と立て看板を見ると「なんじゃもんじゃの木」と、記されていた。透けるような白花の美しさに見とれる。

<読書>

「サーベル警視庁」今野敏 角川秀樹事務所

明治38年ごろの日本の警察での事件の装幀である。漱石も、黒猫先生として登場する。ラフカディオ・ハーンも登場。日露戦争の時期であり、山縣有朋の権力時代である。警察組織はドイル派、フランス派を、薩長でもめていた時代である。筋書きは、文明開化の元、西洋化の急進に、日本の良さが無くなることの憂いも含めた戒めが伏線で語られていた。今日の経済成長主義への警告か?

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2017年5月 4日 (木)

渋谷ヒカリエ

 工芸の展示が良い、と聞いて、ヒカリエ8階の展示場に行くことにした。だが、昨日の散歩が効いて、疲れと、足が少々疲れている。自宅を出たのが11時半。ヒカリエの8階へ行く方法(エレベータ)を見つけるに時間が掛かる。

 47都道府県の食事や、食材があると言う食堂で、食べる事としたが、10組ほど並んでいる。この程度なら、と並んだが、なかなか進まない。席に案内された時は、制限時間2時間です、と言われた。なるほどと納得。アジフライを食べたが、肉厚のアジであって、なるほど美味しい。食器も、一流のものらしい。漆のお椀や陶器。値段相応以上の味を堪能した。その窓からは、渋谷の開発が一望に良く見える。開発の定点観測が出来る絶好の場所だ。又利用しよう。

 工芸も小さい展示室ではあるが、47都道府県の代表が集まっている。が、作品数が少ない。これでは、青山や、池袋の工芸館の方が迫力もあり面白い。

 9階で、写真展が催されていたので、一階上った。予想以上に多くの展示がなされていて、見学し甲斐があった。その展示数の多さに驚く、と共に見学者の多さに驚く。年寄りも多いのだが、はるかに若者が多い。半分は女性だった。まだまだ、写真芸術も健在だと思った。

 足の疲れは限界を超えてしまっていた。渋谷から裏参道、原宿、明治神宮と回ろうと思っていたが、もう動かない。足を引きずりながら、井之頭線の電車に倒れ込んだ。

<読書>

「今ひとたびの和泉式部」諸田玲子 集英社

古典に興味がある訳ではない。美文家の諸田玲子の作品に興味を抱いているからである。古典に調査、探求が必要であり、この作家は良く調べている。その努力に敬意を表するからである。天皇制の宮廷の人事、人間関係が社会の重要なテーマであり、女性の意地が、良く表現されている。それを生き抜く女の強さが、描かれている。いずれの社会の処世術も変わらないのだろうか?それにしても和泉式部は奔放だった?

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日光にて

 2日は仕事をさぼる。NHKで日光の東照宮の改造が直ったらしい。平日だから空いているだろうと、35年ぶりに、出かけることにした。だが、空いているのだろうが、裏切られる。先ず東武電鉄の特急の座席は2電車待たなければならなかった。日光に着いた時は13時になってしまった。東照宮までのバスは、道路が込んでいて動かない。歩くしかない。

 40分ほど坂道を登った。確かに、素晴らしいくも美しく復元されていた。徳川家康の膨大な権力の力を見せつけられる。そこの文化が生まれるのだろうか?一つ一つに意味があり、それを表現する工芸に、奥ゆかしい芸術が含まれている。そう言えば、江戸時代は、徳川一族に200年も支配されて、武士と言うサラリーマンと、納税するその他平民とに分かれた組織は盤石だった。徳川だけが富豪になるしくみは、素晴らしいいアイデアである。

 経済成長はほぼ出来ていない。その中から、何か工夫をしたい、との人間の本能が、新しい文化、則、世界が驚くほどの、美術、音楽、芸能、が生まれている。特に浮世絵の世界は、世界の美術界を驚かせている。さらに、工芸では、寺社、神社に無限の創意工夫が生み出されている。

 極限的な言い方をすれば、経済成長と、文化の進歩は無関係だと言うこととなる。西洋とも同じように、一部にお金が集まり、そのお金が贅沢に、文化に注がれることで、ルネッサンスが生まれる。不思議な思いを日光で考えた。

 3時間の散歩で、ボケ爺の歳では無理をした。さて明日からは?

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