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2017年4月23日 (日)

なんだかヘン

 この頃、政治が何だかヘン。大臣の発言がヘン、野党の勉強不足がヘン、与党が金太郎飴でヘン。いつの間にかアベノミクスがダンマリで、ヘン。安倍首相夫人の昭恵さんは未だハシャいでヘン。森友学園問題はヘン、その再生法はヘン。トランプ大統領にゴマ擂ってヘン。北朝鮮のやんちゃ坊やをあやしてヘン。共謀罪法の名称をテロ準備罪と変えて無茶苦茶振りでヘン。

 昭恵夫人の公務員を秘書にすることは、なぜできるのか?の議論が無くなった。私人だとしたら、公務員を私人の秘書にはできない、はずだが。この問題はどうなった?野党の口封じはヘン。

 山本地方創生大臣の「一番ガンは学芸員、観光マインドが無い、一掃せよ」と。観光への開放と、歴史研究と保護とは、まったく意味が違う。この問題は、学芸員ではなく文科省の問題だ。政府の問題なのに、ヘンな発言。その為の予算を付けなくてはならない。イギリスは、500億円、日本は130億円の違いが出る。

 今村復興相の「支援打ち切り後は、自己責任」、つまり政府は関係しない、と言いたげだ。ピッタリと安倍首相の後ろに隠れ、一言も発言しない、滑稽な光景。さらに、記者の質問の打ち切りが続く。

 この頃、なんだかヘンだ。

<読書>

「炎の経営者」高杉良 文春文庫

高杉の描く経済小説、経営者像は、いつも情熱家である。情熱をむき出しにする人を描く。いささか、それは何でも言い過ぎでは?それが何とも上手い。それにサラリーマンは泣かされるのだが。今までと違って、組織のルールをも教育する日本触媒の社長像であった。この時代の化学工業の社長は、20~30年を務めあげている。この点の指摘は無かった。

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2017年4月22日 (土)

暗い一日

 朝から曇っている。一日続く。夕方からは本格的な雨となった。暗い一日だった。雨の好きなボケ爺は、それだけではない。提出した資料にクレームが出た。これを修正するには、能力不足である。ある人からもクレームが来た。これは、一先ず、説得で落ち着いた。

 大学時代に、愛読した野間宏。その中の「暗い絵」を思い出す。何かにつけて、問題を抱えて、暗い毎日を過ごし、何一つ解決しない暗い物語だったことを思い出す。今になって、思い出すとは、それに似ているからだ。良い年にはなりそうにはない。

 今日は、「こと座」流星群が押し寄せている、と言う。午後9時頃がピークらしい。しかし、このままだと雲は取れることはないだろう。

 満天星(どうだん)と書き、ドウダンツツジの事だ。我が庭にも2本のドウダンツツジがある。可愛い白い花が咲き始めた。4軒隣は、垣根全体が満天星ツツジである。最も美しい時期を迎えている。

 だが、今日は、暗い絵の一日であった。

<読書>

「風のかたみ」葉室麟 朝日新聞社

女の戦い、と言える、かな?さすがに葉室節だ。上位討ちされた一家の女性どもは何故か、一か所に集められて、生かされている。そこに、女医が送り込まれて、「生かせよ」命じられる。一種のスパイ。そこで繰り広げられる女の執念と、嫉妬と、妬みの戦い。その推理は面白い。最後に、追加された告白の手紙の部分は余分だっただろう。

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2017年4月16日 (日)

一気に夏?

 近年、温暖化なのか、どうだか分からないが、春や秋が短くなってきている。植物の生態に変化が出るであろう。すると、動物も変わって来る。

 我が家では、過ってはシャギの花で、埋め尽くされていたが、5年前ごろから、雑草に負けて、今は一本もなくなってしまった。ボケの木も2本植えていたが、いつの間にか、ボケたのか、花を付けることを忘れ、3年ほど前に枯れてしまった。ツタに負けたのだ。

 土曜、日曜日は天気が悪くなる、との予測だったので、無理をして、金曜日に、サクラの鑑賞を終えたのだが、今日は葉桜を愛でることになった。八重桜は、1週間後が、満開になるのだろう。今は夏日となっている。朝から散歩、昼寝、そして、散歩、と体調改善に努めたが?

 すでに、3日前は、蕾であった真紅のシャクナゲが満開になっている。音大生のアパートの一角に咲くシャクナゲは、バイオリン、クラリネット、等の音色と併せ、夏日を忘れ優雅な気持ちになる。

 仙川安藤忠雄デザイン通りがある。そこの街路樹は、花水木である。まだ、早いが、一部、白色の花水木は、咲き急いでいる。そこにある美術館に入る。工芸品の展示場所も、ついでに巡回する。又、夏日を忘れる。

 子供たちは元気だ。Tシャツ一枚、と短パンで、大きな歓喜の声を発して遊びほけている。5月のこどもの日を先取りしている。平和な一日であった。

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2017年4月14日 (金)

今日で終わり?都心の花見

 今日は朝から晴天だ。五月晴れとまでは行かないが。赤坂見附で打ち合わせ。遅めの昼食を取り、ホテルニューオータニの庭園を借りで散歩した。庭園は、桜は僅か1本の枝垂れ桜。満開であった。旧赤プリの御堀端は染井吉野、それは散り急いでいた。この両ホテルを挟んだ街路樹は,八重桜で、我が家と同じ、咲き始めと言うところ。これからが楽しみだ。

 そのお濠で、ボートが3隻、吊りを楽しんでいる人が居る。湖面のサクラをかき分けて、釣り場を変えている。

 ホテルオークラの正面玄関から、赤坂御苑の方に回ってみる。菜の花の香りでむせ返る。久しぶりの香りに酔ってしまう。タンポポ(当然、西洋タンポポ)も、咲き誇っている。まだ会議が続く。明日からは、曇り、時々小雨、とのこと。

 帰りに、外堀の土手に回ってみた。所謂、上智大学の横の土手である。ここは、染井吉野であり、散り際の花吹雪が、何とも情緒をくすぐってくれる。

 今日は金曜日。その花吹雪で、疲れが癒される。赤坂見附駅からJR四谷駅まで、老いを感じるボケ時に、情緒の復活を、一時期であろうとありがたく味わう。

<読書>

「漱石追想」十川信介編 岩波文庫

漱石は、一体何人の人と付き合っていたのか?実に多彩な多くの日おっと付き合っていたことになる。漱石のゴシップはここから読み取れる。ここには、49人のから漱石の素顔が暴かれていく。

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2017年4月 9日 (日)

AIがノーベル賞を?

AIの進化の可能性などについて、議論で白熱した。その機会は、「スウェーデンのノーベル財団」と「日本学術振興会」は、ノーベル賞受賞者らと一般市民が対話する「ノーベル・プライズ・ダイアログ・東京2017」を226日に開催した。

理化学研究所脳科学総合研究センターの利根川進センター長は「人工知能を搭載したロボットがノーベル賞を勝ち取りたいと好奇心を持つことを祈りたい」と発言し、会場を沸かせた。

分科会では、ソニーコンピュータサイエンス研究所の北野宏明社長が「2050年にはAIが大きな発見をしてノーベル賞を受賞するのではないか」と示唆していた。

将棋では、AIが、俄然強い。残るは囲碁であるが、後1年で人間を凌駕するだろう。ボケ爺は、AIを活用して、調理器を考案したいのだが。先ずはコーヒーセットから始めたいとひそかに考案している。ミルは如何するか、ドリップが良いか、サイホンが良いのか?など等。さて完成、成功するかな? 

<読書>

「炎の経営者」高杉良 文春文庫

高杉の描く経済小説、経営者像は、いつも情熱家である。情熱をむき出しにする人を描く。それが何とも上手い。それにサラリーマンは泣かされるのだが。今までと違って、組織のルールをも教育する日本触媒の社長像であった。この時代の化学工業の社長は、20~30年を務めあげている。この点の問題の指摘は無かった。

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2017年4月 8日 (土)

我が家にサクラ開花宣言

 我が家のサクラは八重桜である。小雨に濡れながら、5輪の開花が見られた。我が家のサクラ開花宣言である。昨年より1週間は早いか?我が家のモミジの木にも可愛い新芽が噴き出してきた。

 午後から雨も上がったので、散歩に出る。実篤公園のサクラの大木は満開。小学校の校庭のサクラも満開。仙川駅前のサクラも満開。NTT中央学園の校庭のサクラも満開。桐朋学園のサクラは、サクラ吹雪、とまでではないが散り始めている。

 昨日、東京駅で打ち合わせ、八重洲口の近辺は桜が多い。八重洲口のさくら通りのサクラも満開。そこで昼食。サクラ、サクラ、で、心が浮き立つ。サクラは日本人の心の故郷だ。

 その後、静岡の自動車関連の企業と打ち合わせで、静岡へ。だが、サクラに出会うことはなかった。大嵐だと聞いて来たのだが、1号国道線の東の方角に、雲の切れ間から、ほんの少し富士の山が覗き、感激。富士山も日本人の心の故郷だ。

 静岡は、サクラエビの旬、シラスも旬、打ち合わせが上手くいったので、新幹線を待つ間、それらを賞味した。当然、春なにがしの日本酒と。春を堪能した。

<読書>

「さん奪 奥右筆秘帳」上田秀人 講談社文庫

徳川三家の派閥争いに、伊賀、甲賀忍者の絡みと、剣客の下士の活動が、複雑に組み込まれた、時代小説である。派閥が複雑な絡みで、ボケ爺の頭の悪さでは、読むに疲れる。が結果は愉快。

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2017年4月 3日 (月)

欧米「紙本は死なず」か?

 電子書籍の配布のアマゾンは、紙本の販売も横にらみで対応するらしい。昨年初めごろから、書店販売の書籍が復活の兆しの報道はあったが、ここに来て、アマゾンは本格的に戦略を見直すようだ。古書の通信販売も増えていると言う。当然出版会社の立て直し急いでいる。

 その最大の要因は、著者が、電子配信に協力的でない、と言うことらしい。つまり電子書籍の価格が下げ鈍ったからだ。ボケ爺の思うに、デジタルウェーブに疲れが出ているのではないか、と思っている。

 アマゾンから電子書籍(キンドル)が出たころは、まだ若く、アメリカへの出張もあった。空港のラウンジで、結構なお年寄りの気品のある婦人たちが、物静かに読んでいる姿が目立ち、アメリカのダイナミックスさに関心をしたものだった。ボケ爺は何度か電子辞書を試みたが、全く頭に入らない。元々頭は悪いので困難なせいもある。

 そう言えば、何度か訪れたシアトルの街を思い出す。ある通りでは、3軒に1軒が本屋であり、3軒に1軒がカフェである。知の街の匂いで蒸せていた。懐かしく思い出す。良い街だった。その連鎖から、ケンブリッジの知の街も思い出す。

 どうやら、紙書籍への回帰は、欧州、それもスペイン辺りから先頭に復活が進行しているようだ。

 ボケ爺は、30年ほどプリンターの開発をしてきたので、ペーパーレス社会に反旗を掲げたく努力している。気になる情報であったが復活は嬉しい。

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2017年4月 2日 (日)

不完全な花見

 午前中はまだ底冷えがしていた。我が家にもようやく、春の訪れが感じられる。西の借景の広い空き地には、黄色い鉄砲水仙が満開を迎え、雑草の深緑に映えている。椿は散り始めているが、まだ多くの花を残している。八重の曼陀羅色の椿は、やっと一輪咲いた。

椿の花は、花の根元のガクを下にして(雌蕊、雄蕊を上に)、まだ瑞々しい時に、落下する。まだ美しい色彩なのに?仏教の世界になるのだが。

午後に入り、薄雲からの陽差しが増してきて暖かくなって来た。すわ、花見だと、散歩に出かけた。例のNTT学園の光栄を目指した。2~3分咲き程度か?がっかりだ。さらに足を延ばして、成城学園近辺の野川の土手に期待した。そこも同様であったが、一部5分咲きは見られた。国分寺崖線の高台は、都心とは温度差がある。

 人手は多いのだが、誰も花見をしている雰囲気はない。20人ほどカメラを抱えたお年寄りの集団が二手に分かれて、カワセミを追っかけている。花より団子とはこのことを言う。

 仙川の街では、昨日が、第17回、夜桜コンサートであったが、順延して今日になった。毎年同じように、4月の最初の土曜日である。桐朋学園のチェロカルテットの、「さくら」(武満徹)は、聞き応えがあった。今年のサクラは、まだ2分咲きである。コンサートの美しい音色に桜の花の反応は今一、今年は寂しい。不完全な花見となってしまった。残念。

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