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2017年3月31日 (金)

三月は去る

 昨日、夜遅くのメールで、中国の企業のCEOから、引き続きコンサルティングをお願いします、と。嬉しい知らせである。1年、また楽しく仕事で、過ごせる。

 今日の朝からは、花冷えで、桜の開花は伸びそうだ。井之頭線の沿線は、紫陽花の木々の新芽が綺麗になった。それ以上に菜の花の黄色で、満開だ。それが主だが、白い花や、紫の小花が、その陰でひっそり咲き誇っている。黄色の沿線は迫力があり、すっかり春だ。

駒場東大前で降りる。桜は2~3分咲きだ。教養学部の北側に、先端科学技術研究所がある。そこで研究会だ。創造性に富む研究発表で、日本の未来が、楽しく嬉しい。

 その後、新横浜へ急ぐ。不思議に、東横線は混んでいた。何故か?菊名駅乗り換えで、新横浜駅の新幹線への乗り場も、外人の集団も含めて、混んでいた。年度末だからだろうか?

 新横浜は、花万博で、賑わっているのだろうか?歩道橋は花一杯のプランタンで、美しい。 だが、雨に変わって来た。風も強まる。気温も上がらない。

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2017年3月29日 (水)

アメリカの壁

 トランプのメキシコの壁、アメリカファースト、等、アメリカ単独だけでも生きて行けるかの発言に、「何処かで聞いたことがある」と、頭の中でモヤモヤしていたのだが、先週の土曜明けの夢の中で、「何処で読んだことがあるはずだ」、と、微かな記憶が読みかえった。何かを思い出したらしい。

 午後に、本棚をごそごそ探していたら、小松左京の「アメリカの壁」文芸春秋、1989年第3版が出てきた。文庫本である。紙面は黄色くなっている。初版は、1982年(昭和536月刊)となっていた。すぐに読み直した。

 このころは、日本はアメリカを猛追していた時である。この時、既に小松左京は、アメリカは一国で生きていく、と言う大統領が出てきて、西海岸に、巨大な壁を作り、あらゆる物(飛行機、潜水艦、核爆撃も防御が出来る)通過出来ない壁を作る。さらに、海外通信も遮断して、他国との外交も遮断する、と言う短い、単純な物語である。

 読書の記憶はない、が、記憶の何処かに残っていたのだろう。今日のトランプ思想の先取りである。が、トランプ大統領よりも、もっと過激で、徹底している。

 改めて、小松左京のSF力は素晴らしく先見性があったことになる。どうしたらこんな発想ができるのだろうか?改めて、洞察力の育成はどうすれば良いのか、考えさせられた。

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2017年3月26日 (日)

忖度(忖度)とは

 この「忖度」が話題になっている。今で言えば「K=空気を読めよ!」となるのだろうか?多分、英語で翻訳は出来ない?安倍首相の兇暴的な発言から、忖度すればするほど、安倍政権が国民から忖度されて、崩壊しそうな予想が出来る。

 森友問題は、益々寒くなる。提示されなければならない議事録は、無いと言う。捏造されたメールや、私人付官僚のFAXは疑義を呼ぶ。権力者の闇は寒い。そう言えば、今日は一日雨。しかも気温は7℃程度。一日、エアコンをつけっぱなし。年寄りには、気温の急な上げ下げに耐えるのは苦労する。

 雨はそんなに嫌いではないのだが、ここまで冷たいのは嫌になる。草花も「気分は冬」に戻っているであろう。さて、今週は、どんな天気になるか、卒業式は終わったであろうか?女学生の和服は、未だに必需品の様である。レンタルオフィスが、和装ビルにある。朝早く和装女学生が着付けから、多くの人が駆け出していく。

 残りの一週間が有意義でありますように祈りたい。一日、家にいると、良書にあたる。今日の読書は、目から鱗まで、ではないが、日頃の考えの整理に役立った。

<読書>

「知的創造の作法」阿刀田高 新潮新書

短編の大家であり900篇以上だと言う。その発想力にあやかりたいと。「執拗に努力を継続する事」が基本である。だが、①ダイジェスト化する事、②モチーフ化する事、③混沌の中に居る事、④読書をする事、⑤オフを創る事、をプラスすると良い、と言う。

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気分はCherry Blossoms!!!

「気分は春」、である。東京の開花は、気象庁の予想を裏切り、21日となった。今日の陽射し差しは少々きつい。が、まだ北風が冷たい。桜の満開まで時間が掛かりそうだ。後一週間?

実篤公園の辛夷の大木が2本、満開だ。八重椿は遅咲きで、今も美しく咲き誇っている。実篤会館の垣根の隙間で、越冬させたユリの蕾は、茶色く変色して、やはり越冬は無理があった。葉っぱは未だに瑞々しいが。隣の茎が枯れたユリの幹は新しい新芽が出てきていた。

若葉小学校の庭に、先週は咲いていなかった梅の花が満開だ。その隣のソメイヨシノは、まだつぼみが固い。隣の中学校の校門近くのサクラが7分咲きで見事。しかし、ソメイヨシノの花とよく似ているが、多分違うのだろう。

桐朋学園の校門に咲いているカンキサクラが満開だ。だがこの花の色は濃いい紫で、少々血を吸ったような、ボケ爺には決して心地よい色ではない。

昨日、中目黒駅の目黒川沿いに出かけた。すでに提灯が両岸に仕立てられていて、点灯している。すっかり、夜桜花見の気分である。が、開花は見当たらない。

我が家と違って、近所の家々には、スイトピーなどの春の花の鉢植えが見事で、春を愛でている。借景で春の気分を楽しんでいる。

<読書>

「秘事」河野多恵子 新潮社

中の良い夫婦とはかくも素敵な素晴らしい日々が過ごせるのだ。どんな生活かを、学生時代の恋愛から、死に至るまで、延々とつづれられている。少々羨ましもあり、飽きてきたころに、夫婦の不信感が露呈して緊張する場面も出てくる。良き夫婦のモデルでの物語だ。

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2017年3月24日 (金)

公人か、私人か?

 籠池証人喚問は、益々闇が深くなった。政治の世界は、証拠を残さなければ、何をやってもいい。暗黙の了解を「闇」と言う。闇が深くなったことは、何かが政治的にうごめいた、と言うことになる。これ以上追及しても明らかに出来ないだろう。「闇」だから。権力と闇の深さは比例する。

 首相夫人は、公人か、私人か?の問題は、一旦は私人で片が付いたかのようだったが、籠池喚問で、二人の「秘書」(官僚)が同行していた。平日に。5人もの官僚の随行の目的が、「秘書」と言うなら公職である。首相夫人は「公人」となるだろう。又メールの問答内容は、「関わっています」、と言いたげな内容である。が、これも「闇の世界」だ。尻軽夫人は、安倍首相のアキレス腱になるだろう。

 最も明らかにして頂きたいのは、①土地の払い下げの妥当性。もう一度見直しを、第三者で、して欲しい。国の買取り義務があるからだ。②学校認可の不正行為。詐欺である事を立証すべきだ。

 誰が何を言ったかは、その後にして欲しい。質問者も政治家だから、闇の世界に住んでいる。歯切れが悪い。

<読書>

「あおなり道場始末」葉室麟 双葉社

江戸時代の武家社会の組織の「闇」の世界。日本は闇の中でうごめくのは、昔から伝統的に仕組まれているらしい。そのDNAは未だに変わらない。そんな中、この小説は、それ以上に、明るい、愉快な物語になっている。

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2017年3月20日 (月)

いま なぜ木か?

 飛行機から降りた途端、花粉症が甦る。嫌になる。クシャミから始まり、鼻汁がでる。涙もついでに出てくる。一夜明けると、今度は頭が重くなる。厄介なアレルギーが在るものだ。

 今日は祝日。だが、午前には、色んなことで、契約の話の相談に乗るために都心に出かけた。電車は、空いている。3回の乗り換えの電車も座ることが出来た。だが、東京駅は、混雑の極みである。多分、3連休で東京見物なのだろう。通勤時の混雑以上だ。海外からの旅行客も多い。

 京橋で開かれている毎日新聞協賛のセミナーに出る。「いま なぜ木か?」がテーマだ。建築家の隈研吾、宮大工の小川三夫の講演を聞くのが主な目的だ。いずれの講演も興味のある内容であって、木材の活用に知見が深い。

隈研吾氏は、木材を多用したデザインは、世界中での活躍であり、近年、日本以上にヨーロッパ、特にフランス、中国からの依頼が追いようだ。国立競技場の完成を楽しみしたい。やはり建築のデザインは楽しい。建築家になりたかったが。

 小川氏の話は実践的で、1000年もたせられる木の活か仕方がある、とその工夫がリアルに語られた。経験者の知見の話は心に滲みる。ただの大工ではない。それにしても、日本の建築のノウハウは、奥が深い。

 セミナーの会場は京橋で開かれた。久しぶりに京橋をうろついたが、すっかり変わってしまっている。高層ビル群に変身している。京橋は陸の孤島で、地下鉄を乗りついて出かけたものだったが、今日、東京駅から歩いても15分は掛からない。過去の認識が間違いであったのだろう。これは認知症とは違う、と言い聞かせる。

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2017年3月18日 (土)

香港空港のラウンジにて

 今朝は、小雨交じりの珠海である。霧が少々心配で急いで、フェリーボート乗り場についてみると、欠航も遅れもない、と安心した。ここでチェックインが澄ませる。

出発を待っていると大雨になって来た。2階の休憩場からは、大ぶりの紅色の鼻が雨に濡れて美しい。

 この花は、新芽を出す前に花が咲く。日本の春先などに良く見られる、ロウバイ、コブシ、モクレン、等も葉っぱの新芽の前に、花で覆われる。この紅色は、日本に機微には見られない鮮やかで、中国に相応しい色だ。

 香港空港のスターアライアンスのラウンジで、休んでいる。飛行機の旅で、このようなラウンジを利用している時が、最も気分が良くリラックスできるし、出張の緊張を癒してくれる。

 この香港のラウンジは、Unitedの持ち物だが、おつまみ、食事が良いので気にいっている。飲み物(ワイン、ウイスキー、ジンなどの洋酒)もそろっている。今回は、日本食系は無かったが。

 先ほどまでの雨がやんで、今、太陽が注ぎ込んで来た。調子に乗って飲み過ぎたのか、眠気が襲ってきた。ブルーチーズが美味しく、追加を取りに行く。本場インドカリーでもいただこう。

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2017年3月17日 (金)

珠海市の変化

 昨年の12月に珠海を訪れてから、今回も珠海も少々変化している。

 珠海へは、ボケ爺の場合、香港からフェリーボートで、珠海に入ることが便利である。便が少ないのが、たまに瑕ではあるが。機内のアナウンスで、香港の気候は、強風、と言う。海が荒れていると、フェリーボートは決行することがある。心配であったが、そんない強く無くて、定刻に出航。空港の、さらなる拡大工事が進んでいる。香港、澳門を30分で結ぶ、と言う大橋も順調に進んでいる。

 珠海のダウンタウンには、至る所に、シェア自転車が置かれている。どこに乗り捨ててもいいらしい。但し、乗り捨ての場所は決められているらしい。自転車は、特殊な形をしていて、自分のものにはできないようだ。

 更に、今回驚いたのは、自転車がEV化されて、車道、歩道を走っているのが、頻繁に見かけられた。以前は、オートバイクのガソリンエンジンを外して、EV化されたのは、よく見かけたが。自転車の場合、運転免許は要らないようだ。

 だが、大都市の特殊な許可だそうだ。北京市などはPM2.5の関係で、EV車を奨励しているようだ。3輪車のEV化タクシーは、その代表だ。

 昔は、一般の自転車を改造して、EV化されていたが、今回は、専用の新自転車EV車である。本格的に自転車EVが普及しそうだと言う。日本のアシスト自転車をモーターに力を強くしたようなものだ。足で漕ぐ必要はない。速度は抑えられている。EVオートバイであろうとEV自転車であろうと、騒音が無いので返って、その静けさから事故が多いようだ。

 思わないところから、タウンカーのEV化が中国から進んでいる。

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2017年3月12日 (日)

地方創生セミナー

 正式名称も、何回目かも失念した。先日(9日)、に日本経済新聞社が主催する、地方創生セミナーに、参加が許されたので出席して来た。特に興味は、地方の府県や、都市、町、村などの、実績アピールの講演である。

 会を重ねることに、規模は小さくなってくる。一部では少し、その成果は出てきている様に思えるが、さて、何処まで続くか疑問なところもある。東日本大震災の東北、福島は、昨日のTVでは、明るい話が多かったのだが、人口減少を前に、困難が立ちはだかっている。

 地方創生に、少子高齢化を止めることが、必要条件だ。それが難しい。若者を呼び込めたとの報告でも、その数は、限界集落を助けられるほどではない。

 一方、イタリアを思い浮かべる。イタリアだけではない、ドイツ、オランダは地方に均等に人口が散らばっている。イタリアは、一村一ブランドが徹底している。そのブランドも世界が認める。イタリアは、どうして、一村一品の政策が上手くいっているのだろうか?複数の欲が無く、単純な考えを誇っている様に思える。さらには凝り性なのかもしれない。さて日本は?

<読書>

「工芸とデザインの境目」深澤直人編 六耀社

写真で、工芸品と、デザイン品の比較を目で訴えている。なかなかその比較は難しい。だが、納得できる比較分析である。美の表現は面白い。

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2017年3月11日 (土)

3.11に思う

 今日は、東日本大震災の6年目です。あの巨大津波が押し寄せた風景と恐怖は忘れられない。20年前の阪神淡路大震災も、名古屋駅の新幹線待合室のTVで見た風景とその恐怖も、未だに忘れられない。

 日本の経済低迷の「失われた20年」は、ここから始まったと、思う。さらに、ここから、東日本大震災で、経済成長は、この先20年は失われることになるであろう。

 東日本大震災はさらに、福島原発の震災である。この痛手は、予想をはるかに上回る年月が必要となるでしょう。50年では終わらない。その内に、次の震災が襲うことになるだろう。それは、自然災害に加えて、人災(テロ、戦争、等)の可能性が高まった。

 9.11のアメリカのテロも、出張中のTVで、生々しく映っていた。恐ろしい、大規模なテロであった。それに近いテロか、戦争かは解らないが、中東はその最中である。日本の自衛隊が派遣されている南スーダンの内戦は終わりがない。

 福島から原発被災の子供たちが、避難先でいじめに遭っている。悲しい出来事である。いじめをしている子供は、どんな親を持つ子供だろうか?更に、そのイジメを止められない学校の先生、教諭、教育委員会は、どんな資質なのだろうか?無責任と言うことで済まされてよいのだろうか?

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2017年3月 5日 (日)

日本の株価

 トランプ祝儀で、アメリカの株価の上昇が止まらない。それに連れてか如何かは解らないが、日本の株価も上昇している。ボケ爺は株を持っていないので、良く分からないのだが。

 先日の新聞での話は、年金資産を運用する年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)と日本銀行が、東証1部に上場する企業の約半数の約「980社」で事実上の大株主(8%以上の株価比率、多い会社では16%も)になっている、と言う。本当か?

日銀の金融緩和政策などによる巨額の「公的マネー」が株式市場を支える。一方、これでは、企業の本来の実力が株価に正しく反映されない。企業の実態が客観的に判断できない状態にある。一種、バブル化している。

また、GPIFでは、シャープ株や、東芝株で、大きな損害が出ているらしい。経済面でも、日本は闇の中で動いていて、さて、一般人は、この現象にそっぽを向いて生活ができるのだろうか?自己防衛はタンス貯金だけか?

この状態が続く限り、安倍首相の言う日本の経済的復興はあり得ないであろう。と、ボケ爺は、次世代の子供たちに、如何してあげればいのか?悩む毎日である。

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2017年3月 4日 (土)

カワセミの恋

 朝食後、散歩に出かけた。世田谷通り(甲州街道と並行しているバイアス道路)の国領近辺の野川の橋に、一人の若者が望遠カメラで、川面を狙っている。

 すぐに、カワセミを撮影していると、ヒンときた。青葉の雑草に、白く変身した枯れ枝のてっぺんに、一話のカワセミが停まっている。美しい体を誇らしげに。その近くに、もう一羽のカワセミが、ウロウロしている。

 すると、アッと言う間に、7~8人の人が望遠カメラを抱えてやって来た。その若者に、質問を浴びせた。何故、見つけられたのですか?「鳴き声がしたから」。他の人はどんなネットワークがあるのですか?「スマホで連絡し合っている」。野川でこの付近では珍しいですよね?「たまに現れますよ、特に春は」「隣にオスが居るでしょう」「オスは、メスの周りを飛び回るのです」「メスは、枝先で、いつもジーと構えているんです」など。

 川面に映るカワセミのメスは、ほんとに美しい。小鴨がその近くで魚とり、そこに真っ白な翼を広げて、ゴイサギが飛び込んでくる。15分ほど楽しんだ。

 その後、成城学園方面に散歩すると、何時もの所に、望遠カメラを抱えた人々が20名ほど二手に分かれて、カワセミを追っかけている。ひな祭りの時期は、カワセミの恋の季節で、一層きれいになる。長閑な散歩で気分がいい。

<読書>

「異端者」勝目梓 文芸春秋

常識を逸脱しているから異端者なのだろうか?だが、常識とはどの範囲までを言うのだろう。生きるに、常識でなければならないことはないと思うのだが。異端者とは?

80歳を迎えた女流作家の表現は微に入り細に入り、実に鮮やかな表現に声や色が浮き出てくる。

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2017年3月 1日 (水)

オカメサクラ

 早くも3月に入りました。まだまだ寒さが続いています。今日は、地下鉄の三越前の駅から、昭和通りの方に在る事務所で、打ち合わせで、出かけた。

 すると、昭和通りと並行して、桜並木の通りに出くわした。満開である。アレ、河津桜かな?と思いきや、「オカメザクラ」、と表示されている。少し小振りの花で、一重、色は河津桜と同じような少し濃いい桜色。何とも愉快な名前である。花びらも色も、気の枝ぶりも、決してオカメではない、のだが。

 思わぬ花見ができました。会議の方は建設な意見が生まれ、善い結果が得られた。これもオカメサクラの満開のせいかな?いろいろ歩いていると、東京も面白い場に出会うことが多い。こんな出逢いをセレンディビリティと言うのだろう。

 さて次は、何処で驚きの出逢いがあるのだろうか?春が速く来ると、その分、チャンスに出会うことになるだろう。

<読書>

「乱読のセレンディピティ」外山滋比古 扶桑社

精読、遅読、速読、などと、その必要性、や効能が多々語られている。多読と、乱読とは、違いがある、と言う。乱読とは、色んな分野の本を貪り、楽しむ。それに、途中で読書を放棄する事もイトワズ。読み方は自由だ、と定義している。分野を偏らない事、実用性から自由である事が、セレンディピティを生む、と結論付けている。それに、読んでは考え、読んでは考え、が善く、知識(実用性)にしようなんて考えるな、と。

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