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2016年12月14日 (水)

今年最後の満月

 7時前、つつじが丘の駅を降りて、まだ風邪は治ってない。ヒツコイ風邪を恨みながら俯いて歩いていたが、東の空が明るい。思わず顔を上げると月が昇っている。どう見ても満月だ。そう言えば、誰かが、今日は今年最後の満月だ、と。蒼く冴えて美しい。

 都心ではイルミネーションや、クリスマスツリーなど、飲み屋の街頭で、更にブラック企業の高層ビル群の照明で、街自体が明るい。この冴えて冷たい鋭い光は、田舎でないとみられない。

 新宿のイチョウは紅葉した葉を振り落とすのに、忙しい樹々もあれば、いささか緑が残って、未だにしがみ付き、名残り惜しそうな木々に分かれる。ボケ爺はどちらかな?

 甲州街道の街路樹のケヤキはすでにすべての葉っぱは散ってしまっていた。歩道に、その落ち葉のジュータンが出来ている。その足音のわびしさには、ケヤキは哀愁を漂わせる。イチョウではネティコイ音であり、女々しい。

 そういえば、山茶花の花の季節だった。今年は紅葉が少し遅れたので、山茶花には気が付かなかった。それとも、ヘルニアの痛さや、風邪の高熱に、うつつをぬかしていたからか?

<読書>

「100分で名著 夏目漱石 こころ」姜尚中 NHK出版

漱石の研究をしているので、なんでも漱石との評論、解説書は読む。「こころ」の中にもボケ爺の研究の命題が見つかった。ウレシヤ。漱石は100年の計を考え続けていたのだ。

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