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2016年5月 8日 (日)

穏やかな日曜日

 大型連休の最後の日である。朝から日射しが強い。花水木が終わったと思えば、マロニエの花が咲き始めた。5月末のパリのブローニューの森を思い出す。

 我が家のクレマチスは、一週間ほどで、今日で、一斉に散ってしまった。短くも、はかない運命である。それに代わって、ユウガオ(夕顔)が3輪、ひっそりと咲いた。今日から咲き始めた。まったくの野生である。我が家のユウガオは、白色を基調に薄い、薄い紫色が添えられている。

淡い紫色の大人の色気が、日陰から覗いている姿は、光源氏が、偲び愛でる女人、夕顔を想像する。ボケ爺も、夕顔のような人に出会いたい。このひと夏を楽しませてくれるだろう。

 実篤公園や、国分寺崖線の森からウグイスの合唱、他の小鳥との協演が聞こえてくる。穏やかで、平凡なひと時。

<読書>

「なつかしい時間」長田弘 岩波新書

詩人の感性は、技術家のボケ爺には、残念ながら響かない。だが、そうありたいとは望むところだが。言葉は自由でなければならない。言葉の共有が人をつなげる。言葉が人の憎悪を生む。言葉は人の心を刺激する。言葉は国境を超える。そこに詩が生まれる。言葉があってこそ「なつかしい時間」が得られる。五月は「木下杢太郎」の詩の風景だ。

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