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2016年4月30日 (土)

つるバラに酔う

 強風が収まり、朝から雲一つない晴天だ。西の空には、半月の月が青さに染まっている。ツツジの花が至る所で咲き誇っている。ボケ爺の単純な頭で考えても、花の色彩の不思議さは解けない。色んな種類の色は不思議だ。

人が見える可視光に、神の悪戯の問題があるのか?一本に咲く花は、大輪の一輪ごとに媚びる花、群衆で美しさを見せる術、と多事彩々である。

 森のテラスの坂道の、登り口の家は、夕刻5時頃通ると、何時もピアノの稽古の音が聞こえる。その垣根に咲く、つるバラの八重の黄色は、やや薄い黄色が、今が満開である。2年ほど前は、電柱にしがみ付き、驚くほどの大木だった。剪定されて小振りとなったが、帰って可愛らしさが増した。

 そのつるバラの中から「ジ、ジッジ」と小鳥の鳴き声が聞こえる。顔を近づけると、2羽のメジロが、目の周りの白を一層引き立ててボケ爺の顔を攻撃するように飛び出してきた。何やら秘め事の邪魔をして、悪いことをしてしまった気分に、恥ずかしさが混ざって変な気持ちになった。つつがない4月の最終日だった。

<読書>

「日本人にとって美しさとは何か」高階秀爾 筑摩書房

日本人と西洋人との美の感覚の違いの比較論である。日本人は言葉に美を感じる、絵文字遊びをする。絵画の表現に日本人は、切り捨てに美を感じる。余白に美を意識する。西洋は「実態に美」を、日本人は「状況に美」を感じる。等。なるほど。

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2016年4月28日 (木)

春雨の一日

 糸のような春雨となった。我が家の庭には、ジャスミンの花と、クレマチスの花が、満開を迎えている。ジャスミンは、この雨では、匂いも沈んでしまう。

 クレマチスの花は、清楚な青色の4枚の花びらと、4枚の花びらが間に重なって、珍しい構造をしている。冬場は、茎が枯れ枝のように固く、ポッキっと折れそうだ。枯れ枝だと、切ってしまいそうだが、枯れたのではなく、春先にはぐんぐん枝を伸ばし、沢山の花を付ける不思議な植物だ。

 霧雨に濡れてはいるが、花びらはむしろ糸雨を吸い込み歓迎するかのように開いている。霧雨の好きなボケ爺も、クレマチスほどではない。一日の雨で、きれいな空気に清浄してくれている。連休の五月晴れの為に。

 匂いも、騒音もかき消される春の長雨が、静かに過ぎてゆく。少々寒さが来る。その分、眠気も散ってしまう。一杯のコーヒが、考えることを止めさせる。

<読書>

「パクリ経済」K・ラウスティアラ&C・スプリグマン みすず書房

コピー能力はイノベーションを刺激する、と言う。その通りだと思う。ファッション、料理、フォント、コメディー、アメフト、金融、など等、経済活動が活発になる。確かに、人の物を盗むことは良くないが、それをベースに、その先を攻めることは、イノベーションを生む。コピーから創造した商品が何も悪い訳ではない、むしろ経済は活性化する、ことの方が重要だ、と主張する。

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2016年4月26日 (火)

NHKに物申す(2段目)

NHKに物申す、の2段目だ。籾井勝人(もみい・かつと)NHK会長に物申す。

 週刊誌では、人事異動の時期は過ぎて、続行、となったようだ。多くの人が退任だ、と思っていたところ、美人政治局員が、それを阻止して、「籾井会長は救われた」、とか?美人局員との不倫関係は実証不足だったらしい?とゲスの報道?

 ボケ爺には、そんなことは如何でもよい。問題は、NHKの熊本地震災害本部で、本部長である籾井会長は、次のような発言をして、「指示だ」とした。

 1)「原発に付いて、いたずらに住民の不安を掻き立てないように。公式発表以外、報道するな」。だから、鹿児島と愛媛の震度は隠している。住民の不安の取材と、報道は禁止。

 2)食料など配布に地元自治体の力不足があったが、自衛隊がそれを補った、と報道するように配慮せよ」。だから、無理やり配送場に自衛隊員を入れて撮影報道。

 こんな発言はトンデモナイ。会長は人事権に付いて強い発言力がある。

1)に付いては、公平な報道への圧力となり、局員、誰もが引いてしまうだろう。

 2)に付いては、真実の報道ではない可能性が高い、偽りの報道となる。

 だから、河野キャスターは、高飛車発言や、聞き取り。それに的外れで、能天気なコメント。鈴木アナウンサーは、幼稚なコメント。これらも、籾井会長への雇われの身の「配慮」、それとも「忖度」なのか?世界の報道機関から見てNHKは困った状況に在る。

 高市大臣の「公平性に欠けると電波停止もありうる」発言と関係があるのか?各国から、日本の報道は公平性を欠く、との注意勧告があるほど、機密主義だ。

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2016年4月24日 (日)

地震学者の憂鬱

 地震予知学者たちは、熊本地震で、何を考えているのだろうか?地震が発生してからの、地震発生のメカニズムの解析、シミュレーションなどは随分と進んできた。が、予知となると、全く手が出ない。天災は、自然の神の悪戯か?「科学の遅れなのか?」

 熊本地震を引き起こしたエネルギーは、今世紀、歴代のエネルギーをはるかに超えている。阪神・淡路大震災と同じ断層型の地震の5倍は超えた?前震、本震の現象、、総エネルギー量も、長期化も、すべてが「初めての経験」と言う。

 こんなに大きなエネルギーが、断層に蓄えられていた、と言うことを予知できる方法は無かったのか?金属の疲労破壊では予知は出来る。空から眺める断層のズレが2mにも及んでいる。あの整然とした割れ目を見ただけでも、何らかの検出センサーは開発できないのだろうか?と、技術家は悔しい。

 活断層とは、どうして定義できるのだろうか?その定義に添った測定方法を応用して、センサーを付与できないのだろうか?例えば、断層の両サイドに磁気物体か、を埋め込んで、その動きを観察するとか?地震学者は、「プレート型地震(津波)」の予知に偏り過ぎていなかったのだろうか? それにしても、起きてしまってから、理屈をいくら言っても虚しい。地震学者の憂鬱な日は続くだろう。

<読書>

「神剣 人斬り彦斎」 葉室麟 角川春樹事務所

幕末の動乱時期の尊攘派の一人、熊本藩の川上彦斎の人生の志を描いている。尊王に付いての解釈に大きな違いは無かったが、攘夷の解釈が分かれた。所謂、裏の幕末維新の物語。変化に付いていけない人、大義を固守する人たちによる反乱。 肥後、熊本藩は、攘夷の大義に固守し過ぎ、反体制側とみなされ、多くの良き人材が犠牲になり薩長にしてやられた。今回の震災とは、関係が無いのだが。

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2016年4月23日 (土)

七冠の天才

 囲碁の世界にも、天才がいたのだ。七冠を獲得した井山裕太九段名人である。一度勝てばいのではなく、各冠を勝ち続けて、その時点で七冠全てが、トップでいなければならない、と言うルールだ。それぞれの勝ちを維持し続けることは難しい。

 天才とはこのようなヒトのことだ。将棋の世界でも、羽生善治名人がいる。将棋は、五冠である。現在も維持されている。その時も、今も、羽生名人は、天才だ!だ、と。

 天才とは、「突然変異」で誕生するのだろう。多分、練習の量では、両氏よりも多い人はいっぱい居る、と想像できる。

 囲碁、将棋と同じように、音楽の世界も、ピアニスト、バイオリニスト、等、毎日毎日、8時間から10時間のルーティン(決まりきったことの繰り返し)、で、天才が生まれている。絵画は、毎日の専念時間は長いが、中身は、少し違う。新しい構想に、創造に頭脳は使われている。スポーツもルーティンワークだろうか?

 サラリーマンで、技術家のボケ爺は、如何だったか?ルーティンワークはしていなかったように思える。或は少なかった? 井山名人は言う。右脳活用の為に、左手で石を打つ、と。ボケ爺には嬉しいコメント。

 

しかし、最近思うに、人の脳は、ルーティンを確立出来たところから、破壊的創造が生まれる様に思うようになった。天才も、ルーティンから生まれるのだ、と思う。

 AI(人工頭脳)からのチャレンジは?さて、さて?

<読書>

AIは「心」を持てるのか」ジョージ・ザルカダキス 日経BP

=脳に近いアーキテクチャ=の副題があり。猿から分化し、人らしき生物が生まれたのが、200万年前。22万年前がネオンタール人。人の歴史は、長い旅を続けている。あえて言うなら、「突然変異」が、人間の変化を導いている。4万年前に芸術が生まれている。芸術は「心」を作る。新しい心の発展は、言語である。しからば機械は言語を操れるのか?物質の単位は原子で、情報の単位はビット。CPUの中にトランジスターは150億個。且つ安くなる。それが、人間のルーティンワークを機械的に一部、代替していくことは確かだ。ビッグデータの処理で心を生み出すのだろうか?

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2016年4月21日 (木)

不正、三菱自動車

 またまた、大企業で、「不正」が発覚した、三菱自動車だ。今回は、燃費の誤魔化しだ。三菱自動車は、2000年に、リコール隠しの不正を行っていた。更に2004にも、リコール隠しが、再発(更なる隠蔽)した。

 そして今回。不正(誤魔化し)体質は、一向に改善できない。更に、隠蔽事項があるようだ。試験方法を基準と違えているらしい。この根本原因は、「人材の流動性」を止めて、「社員の金太郎飴」を作り続けるからだ。この仕組みは、東芝の会計不正問題と、全く変わらない。社員、役員も然り、流動性を失っているからだ。つまり、「派閥」を作り、その小競り合いが原因だ。

 三菱自動車の相川社長は、三菱重工の会長相川氏の二世である。サラリーマン役員でもこんな理不尽な人事が行われている。

 日本の経済の失速は、「人災だ」。低成長になって、業績の伸びが少ないことから、焦りが出てくる。すると、役員人事では、「責任の擦り付け」、が起こり、人の弱みをネタに足の引っ張りあいを起こる、と言う、負の循環が始まる。セブンイレブンでも然り。シャープも然り。全ては、身の保全から始まる。人間の性なのか?悲しいこと。

 日本経済の景気回復は、人災だから、金融緩和、TPP、為替、等では、治らない。

<読書>

「ジャイロスコープ」伊坂幸太郎 新潮文庫

書評で、面白い、と。図書館で3か月ほど待たされた。だが、ボケ爺には全く受け付けない。ミステリー、探偵でも無い、恋愛ものでもない。会話が軽妙だ、との評判にも同意できない。評判ものは合わなくなってしまったのか?寂しい限りだ。

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2016年4月19日 (火)

NHKの報道に物申す

 NHKは、何事も現象主義で、その原因、さらにその本質の追求の報道を避ける。そもそも、それは「体制寄り」だから、本質の報道はご法度か?

 日本は災害大国だ。地震被害だと、何をするべきか?は十分に解っている。それが出来ているか?出来ていなければ「どうすべきかの対策」の問題点を報道するべきだ。

被害者のインタビューを繰り返して、悲しみ、苦しみを、追い打ちを掛ける報道は、何を、誰に訴えたいのか?災害の大きさを繰り返して、何を、誰に訴えたいのか?本来の報道は、やるべき人、部署が、機能しているか、していないなら、如何すべきか?を訴えるべきだ。

政府(安倍首相)は大風呂敷の報道をするが、その実行は、動いているようには思えない。自衛隊のヘリコプターを65機、派遣すると言ったが、何処で、どんな活躍ができているのか?

物資の輸送も自衛隊の空挺輸送機で、熊本空港へ送り込めたはずだ。又ヘリコプターの活用も出来たはずだ、が、アメリカ軍のオスプレイで、アピールさせる茶番をする。自衛隊空挺部隊は何をやっているのか?等報道すべきだ。おかしい。

NHKは追い打ちを掛ける様に、昨日のニュースウォッチ9で、送り込んだキャスターが、NHKの権威を笠に、地方自治体の責任者に「あなた方は何をやらないといけないか?」と、あたかも出来ていないこと非難するように報道する。何故か?おかしい。

一方、民報の一部では、650ヵ所ほどの避難場所のマップ(人数も)を作り、それぞれの避難所での困り方を分析している、何故、NHKは出来ないのか?定点観測で、同じ報道を繰り返すだけ。これは、お上に「忖度」しているからか?

物資が上手く配分できていないのは、今回だけではない。経験があるはずだ。しからば、その人たちの導入を政府が補うべきだ。各県から、職員を2~3人送り込む、と安倍首相は言うが、避難場所650ヵ所ならそこに2名ずつ送り込んでも1300人が必要で、中央のまとめ役を入れて計1500人は必要だと言うことは分かるはずだ。

更に言うなら、NHKの気象報道では、地震発生以来、最低になる。気を付けよ、と。そうではないだろう、毛布の配布をいち早く配れるように促すのが、報道だ。

兎に角、NHKの報道は腐っている、学者を引っ張り出して、安全確保の概念をしゃべらせる。が、地震大国の日本は解り切っている。もっと具体的な本質を報道すべきだ。

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2016年4月17日 (日)

驟り雨(はしり雨)

 熊本地方の昨夜の雨は、災害に追い打ちを掛けるほどではなく、新たな被害が少なくてホッとする。

 我が独房の寝室からの西窓の風景は、税務署の差し押さえの土地の先に、昔は林があり、住宅は全く見えなかったが、今は木々が伐採されて、住宅群が丸見えとなってしまっている。その為に、ウグイスは寄り付かない。

 強風に混ざった雨が窓を叩き始めた。我が家の塀に、一羽のハトが休んでいる。何故だ?この強風にあおられながら。大粒の雨に打たれながら。もう少し左によれば、月桂樹を雨よけに出来るのに、と気をもむ。ベッドにもたれている我がボケ爺をのぞき込んでいる。雨が激しくなった。すると、ハトは月桂樹の下に移動した。

 午後からは雨は止んだ。実篤公園の筍は、雨後の筍とはよく言ったものだ。早いもので50cmも伸びて、沢山お芽が噴き出している。森のテラスの近くの真紅のシャクナゲは咲き誇っていた。何とも不思議な色だ。桐朋学園の幼稚部の庭に咲くや八重サクラはこの強風でも散りを耐えている。仙川駅前のサクラが散り、その後に、花水木の花の時代となっている。花水木通りの街路樹は、色とりどりの美しさである。

<読書>

「漱石のことば」姜尚中 集英社新書

「生死因縁無了期、色相世界現狂痴」(虞美人草)=この世は無常、塵芥な欲世は、はかない運命を忘れた喜劇な狂態。「だが生きて行く」、とのメッセージ。漱石の言葉の「薬効」の凄さだ、と。漱石の作品の中には現在でも生生しい言葉で一杯だ。

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2016年4月16日 (土)

地震・雷・火事・親父

 昔から、地震は最も偶発的で、危険な物と言われていた。熊本を中心とした、14日からの地震は、これまでに無い展開で、災害を拡大している。地震は複雑系だ。

 活断層型の地震である、と言う。震度6程度の前震、本震、余震が続いている。その影響は、別府、布由院の温泉地域へと及ぼしている。

 熊本城も、その近傍の阿蘇神社も、かなりの被害を受けている。熊本市地域は、阿蘇の噴火の火山岩の上に立っている。火山層は4層になっている。4回の大噴火で出来ていることになる。その上に火山灰層があり、火山灰層の基盤はそんなに強くは無いだろう。阿蘇山の噴火を刺激する事は容易に想像できる。活断層は、火口付近までは、至っていない、と言うのだが?熊本で過去に地震は起きていた古文書は残っているようだ。

 災害に合われた方々に哀悼の意を申し上げる。今日の夜からの雨と、余震に耐え忍ぶしか方法は無い。大雨にならなければいいのだが。

 熊本、阿蘇、と言えば、漱石の「草枕」を思い出す。そこには長閑で、優雅な青春の物語が展開された美しい地域だったのだが。

<読書>

「漱石と言う生き方」秋山豊 トランスビュー社

漱石を理解するには、漱石により添うよう姿勢が良いだろう。多くの論評は、こおだ、ああだ、の批評的な解釈が多い。漱石は、自ら、「牛」と言っている。「馬」は喧嘩腰になるが、「牛」は鈍重だ、「何か考えている」ように見える。そこが好きだ。

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2016年4月10日 (日)

驚きのニュース2件

 一つ目は、宇宙旅行を広めようと、アメリカのベンチャ、スペースXが、ファルコン9の開発を進めている。それ自身は驚くに値しないが、メインエンジンを再利用しようと、軟着陸を何度か試みたが、陸上では成功したニュースはつい先日のようだった。だが、今回は、洋上の船に、見事に着地した。まるで、フィルムの逆回しを見ているようだ。スゴイ技術力だ。エンジンの使い回しで、宇宙旅行は現実味を増してきた。膨大な開発費用を、アメリカでは出す人がいることにも驚きだ。

 次は、タックス・ヘーブン(税逃れ)に、パナマ国での、実態が暴露された。「パナマ文書」である。名たる過去の国の政治家が出てきた。周恩来、プーチンの共産国から、ほとんどの国の首相クラスが名を連ねている。スポーツ選手や、実業家もいる。日本の名前は400件ほど見つかっている。早々に辞任した首相も居る。デモが各国で起きている。「パナマ文書」から、これからどんな事が暴露されるのか?そして、世界で、どんな変化が起こるのか?

<読書>

「姜尚中と読む夏目漱石」姜尚中 岩波ジュニア新書

何故今、漱石を読み返すのか?漱石の没100年目に当たる。読み返す毎に新しい発見に出会う。『こころ』『吾輩は猫である』『三四郎』。鋭い社会へのまなざしや深い人間洞察に驚きがある。漱石作品を心の糧にしてきた著者が、作品に込められた漱石の思いを読み解く。

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2016年4月 9日 (土)

菜種梅雨の寛容

 このところ、東京は、菜種梅雨の長雨に遭遇していない。桜の花見が、通年と比べ長く楽しめている。

 我が家の八重桜が開花宣言をした。庭隅には八重の山吹が開花している。実篤公園の中道は、桜吹雪の絨毯で豪華である。山吹の黄色がまぶしいい。孟宗竹の筍の目を3つ見つけた。マスの池には、鴨が飛来している。それでもマスは、じゃれ合って水しぶきを上げている。

 NTTの中央学園のサクラ見物に出かける。ここも花吹雪だけれど、まだ、とっても美しく咲き残っている。雑草の根元は、うっすらと雪化粧したみたいだ。その合間に、タンポポの黄色い花が、一杯咲き誇っていて、色彩のコントラストが、絵になる。

 校内では、新入社員が、休日を楽しむために駅方面に急いでいる。ボケ爺にも挨拶。清々しい。100mほどは続く桜並木のトンネルでは、奥が見えない程の花吹雪の嵐である。花びらの舞い落ちる動きは、カオスだ。一枚の花弁に行く先の予測が出来ない。花びらと言う分子の動きは不確定だ。今日の世界との類似が見える。だが、雨に濡れ、雨に支配される花吹雪でなくてよかった。菜種梅雨の寛容に感謝!

<読書>

「漱石人生論集」夏目漱石  講談社学術文庫

夏目漱石が、この本を作った訳ではない。色んな書簡をあつめてきたのだ。漱石は、小説家、である。小説を書いていればいいのだが、講演や、寄稿文、手紙など、小説の分量ほどに在る。特に、手紙魔である。返事を必ず書き、自らも、ご機嫌伺いをする。漱石の小説からではなく、これらの副産物からの方が漱石の人生論が良く分かる。

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2016年4月 3日 (日)

シャープの結末は?

 やっと、シャープと鴻海との調印がなされた。さて、これから、子会社シャープはどうなるのだろうか?

鴻海が66%の出資だから、7割の役員は鴻海から送り込まれるだろう。シャープと言う子会社が、うまく運営されなければ、契約に在るように、シャープの責任となり、鴻海としていかようにも、料理できることになっている。

良い様に展開するなら、シャープとして子会社の独自の運営は可能だ。アップルがシャープからLEDを、期待通り買うのだろうか?多分他に流れるだろう。又、シャープとして、弱いELディスプレイの開発は、予定通り進むのだろうか?鴻海は、シャープブランドの白物家電や、複写機事業は、欲しかったのだろうか?

先ずは、この1年(今年度)の業績結果で決まるだろう。短期決戦だ。シャープにとってはキツイ。だが、第三者としては面白い成り行きに興味津々だ。

<読書>

「魔女の封印」大沢在昌 文芸春秋

中国と日本を舞台にした、政治要員の暗殺が絡んだ交渉劇だ。何時もの調子の展開ではあるが、少々回りくどい展開で、途中で飽きてしまう。一気に読ませる気迫は感じなかった。それほど、中国との交渉は難しいのか?

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2016年4月 2日 (土)

心の曇る日

 いつの間にか、4月である。サクラ、サクラ、と騒がしい。騒がしいが、それだけ、見応えがある美しさであり、短命に憂いを感じて、日本人の心に響くのだろう。はかなさに心が移ろう日本人だから。

 昨夜は、仙川駅前のサクラの下で、音楽会が開かれていた。仙川は、桐朋学園があり、音楽のメッカの街である。美しい音色と、桜の満開のライトアップが良く似合う。しばらく楽しませてもらったが、寒くて絶えられず、帰る。残念ながら最後の方に興味のある演奏があったのだが。

 今日は曇り空だ。読書で、不愉快になり、早々に、返却に図書館へ向かったが、実篤公園のサクラに、気が紛れた。変な本を読むと気分まで、今日の空のように曇る。

<読書>

「蛭子の論語」蛭子能収 角川新書

自由に生きる為のヒント、との副題があったので、論語を柔らかくほぐしてくれる、と思いきや、古文を批判している。蛭子氏の本心か?残念なタレントだ。自ら語る自分は、金もうけのために、時代に迎合して成功した、と。道徳などくそくらえ。自分の意のままに生きればいい、「俺は成功者」だ、と自慢。孔子の思慮深い人が考えることも、馬鹿なタレントが考えることも、「しょせん一緒の結論」だ、と。人を冒涜し、時代に迎合し、金もうけすることに長けることに何が悪い、との主張を本にしてばら撒いていいのか?(株)KADOKAWAにクレームする。お笑いで、その場で消える言葉なら、まだしも。

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