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2015年10月13日 (火)

体力を考える日

 秋は何時の間にやって来たのか?体育の日の祝日だ。秋晴れの良い天気となった。朝から、小鳥が騒ぐ。散歩に出る。小学校の校庭から賑やかな音楽や、拍手が聞こえる。

 金木犀の匂いが失せて、近所の柿の実や、実篤公園のザクロの実も色着いてきた。木瓜まで、秋のボケで、花が咲く。驚きは、山茶花の早咲きだ。焦ることはない、と言いたい。

 森のテラスのある坂道は、どんぐりで一杯だ。実篤文学館の傍の細い道は、ボケ爺は好きだ、なんだか哲学の道のようで。その道に、複雑な色彩の模様の入った美しい、柿の落ち葉が2枚、早めの生涯を終えて、落葉となっていた。

 まるで、ドイツ人画家「ゲルハルト・リヒター」の抽象的だが鮮やかな色彩の絵を見ているようだ。柿の落ち葉だけが、不思議な奥深い多色刷りとなる。

<読書>

「放哉と山頭火」渡辺利夫 ちくま文庫

「生を生きる」の副題。独り制の深淵を彷徨し、生きる地獄を味わいながら、生きてきた自由俳句の先駆者の生涯を描き出している。いずれの行乞漂泊であった。酒乱であった。驚くことに、酒乱を助けて、面倒を見る人が居たことに驚く。一方、「生きる」ということは、他人との関わりに置いて、人と人が絡まって、一人になれない、宿命の中での生きる苦しみもある。

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