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2015年10月10日 (土)

ノーベル賞受賞に湧く

 ノーベル賞受賞に湧く日本は、景気の停滞を吹っ飛ばす。なんだか元気がでる。日本もまだまだ捨てたものではない、と。

 捨てたものではない時代は、30年から20年前の基礎研究から発想された成果だ。まだ、10年ほどは、毎年の受賞発表が楽しみだ。その先は、今のこの現状が、20年先のノーベル受賞に繋がるのだ、が。

 基礎研究費は削減されている。現在は、官僚が管理する「産・学」のコラボ、つまり産学協調でなければ、金を出さない、と言う。大学も戸惑うだろう。産学連携「政策」で、次から次に、「管理組織」が作られる。管理の為の管理組織も現れる。それが、残念なことに組織間の派閥争いをしている。そして、産業成長のイノベーションの大合唱、知的財産(特許)の生産性の効率に、さらなるノウハウの政策論、である。経済成長の何か間違った分析だ。失われた20年に、輪をかけて、アベノミクスの間違った政策論。「右にならえ」の優秀な人材の集団が護衛している。

戦後の日本人を救ったのは、湯川秀樹のノーベル賞の受賞だった。その名誉に、国民は奮い立った。つまり精神論、日本人魂も、もっと重要な事象だった。

 学問や、基礎研究は、金ではないが、ニュートリオの質量発見には、スーパーカミオカンデに莫大なお金をかけた。金も要るのが、現在だ。産業に結び付くことは大切だけれども、基礎研究に、もう少し軸足を置いた成熟社会を検討すべきだはないか?それは「物事を考える力」だ。

 村上春樹のノーベル文学賞は難しい、と思っている。提案内容が多様過ぎる。もっと絞られるべきだ。授賞理由が説明できない。それは日本人的だ。現状に沿いすぎている。インパクトが無い。いずれは、作品の多さでもらうかもしれないが?

 日本の科学研究にも似たところが多い。実用的で、優秀な研究の貢献は多い。だが、ノーベル賞は、研究の貢献幅、影響力を気にしているはずだ。産業界の様に、売れて終わりではなくて、ノーベル受賞内容が、さらなるノーベル賞を生める基礎思考を、ノーベル賞は期待している。

 大村教授のバクテリアの発想は、さらなる、ノーベル賞の可能性を示唆している。梶田教授は、素粒子のその先に、地球誕生(宇宙)のなぞを解く元を示唆している。生命誕生まで繋がるかもしれない。

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