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2015年10月31日 (土)

10月の最終日

 ハロインらしい。つくづく世代の違い、つまり、パラダイムの変化が、このような若者を生むのだろうか。

 「「明治維新という過ち」原田伊織 毎日ワンズ」=日本を滅ぼした吉田松陰の長州テロリスト=を読んでみた。幕末からの明治維新は、吉田松陰らの長州の下位武士のテロリストの起こした叛逆であると言う。なるほどそうかもしれないが、江戸末期の変化に、黒船の襲来との勘違いから、変化が加速されたのだろう。しかし、この本の内容に、賛同できる部分はなかた。

 「花燃ゆ」のNHKの大河ドラマが、幕末の松陰時代から、演じられている。大きなパラダイムの変化の時代で、戸惑う人々を描いている。時同じく、朝ドラ「あさが来た」が、幕末から明治維新の変化に、どう適用するかで人生が変わる状況を、放映している。いずれも時代も変化の節目で、人々はどんな対応をするか。保守的に、或は、積極的に適応していくのか、で人生は大きく違ってしまう。

 今まさに、価値観の変化の時代であろう。パライムの大きな変化点にいるのだろう。さて、保守的にうずくまるのか?積極的に追従していくのか?

 今年も残すところ2か月となった。世代変化は確実に起こっているが、適用出来ているだろうか?

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2015年10月30日 (金)

政治空白?

 安倍首相が再選されて、第二次の「新3本の矢」を発したこととなっている。が、誰も動かない。第1次の「3本の矢」の失敗を反省もしない(最も反省が嫌いな国民性だから仕方がない?)。且つ、新3本の矢も具体性など何一つ説明することなく、外遊して、金のバラマキをしていていいのだろうか?

 首相就任演説が、国会でなされ、議論されなくてはならないはず。(国民主権を馬鹿にしている)

 内閣改造したので、その信任を国会で披露しなければならないはず。(新就任大臣のスキャンダルが山ほどある。懐が醒めるのを待っている?)

 マル秘で行ってきたTTPを国会で、説明すべきはず。(圧力団体の攻撃を、避ける為か?)

 安保法制を丁寧に説明すると言っていたはず。(国民を騙している。)

 その議事録が修正されている事の説明責任を国会でしなければならないはず。(法令違反を誤魔化す為だ。)

 外交内容に付いても国会で説明、議論する必要があるはず。

臨時国会を召集して、これらの議論をするのが常識だ。

 「安倍首相の専制政治」をいつまでも許す野党もだらしがない、が、ジャーナリスト(特に、NHKと、朝日新聞は?)も、国民も無責任世相を容認して、満足なのだろうか?いったい日本は何処へ行く?

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2015年10月27日 (火)

企業倫理と金

 大企業の不正事件が、ニュースを賑わっている。今年だけでも、東芝の会計、東洋ゴムのデーター改ざん、VWのディーゼル社のデーター改ざん、タカタのリコール不足、マンション基礎工事のデーター改ざん、など等。

 企業の美徳を、「規模拡大」に据える事から始まっている。それに輪をかけて、起業競争の「短期決戦」に置かれているから、だろう。

 これらの基本に、グローバル化(スピード最優先)、と、経済成長神話(大会社化)、があるのだろう。つまり、世界中が、焦っている。何故、そんなに焦るのだろうか? もっと、緩やかな経済成長を指向しないのだろうか?

 価値の多様化で、何処を目指せばいいのか? 不透明になっている。技術革新の端境期でもある。これらも、焦る気持ちが、種(戦略)不足に拍車を駈けている。

 一方、雇用者の構造も大きく変わってきている。下請企業構造化の深化、契約社員化。驚くことに、研究所内部も、契約社員化している。理化学研を初めとして、iPS細胞研究所も、300人の内、8割が、1~2年の契約研究員だそうだ。(中山伸弥所長も嘆いている)働く人のモラル、つまり無責任化、が、進む。

 こんな状態では、革新は起こせない。ノーベル賞も、15年先は難しい。

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2015年10月25日 (日)

木枯らし一号

 ここ東京は、木枯らし一号が吹いた、と気象庁。気象庁曰く、ここ10年は、函館の初雪と、東京の木枯らし一号は、±三日、で同期率は90%だそうだ。不思議なことである。だが、そんなに冷え込まなかったが。

 プロ野球のセリーグの監督は、全て、40歳代となった。スター選手が出にくくなっている今、チームワーク力に頼ることとなる。すると選手とそう違わない世代による友達的監督の、リーダシップとして求められる。

 企業の経営も通じる事である。カリスマリーダ不在の時は、やはり、友達的な団結力が求められる。リーダーの世代も若く、且つ、協調性を指揮できるリーダシップ力が求められる。だが、雇用延長で、組織の人材は複雑系だ。

 企業の不正事件で、TVで言い訳している人たちは、年寄りばかりである。経営者の高齢ほど不正が発生し易い。ボケ爺も、出しゃばらない様に、気をつけなくては。

<読書>

「廃墟に乞う」佐々木讓 文春文庫

著者の直木賞受賞作である。6部の短編の集合体である。同じようなテーマが違うシーンで繰り返される重奏の形をとっている。警察小説での受賞は珍しいか?少々、論理的推論に飛躍があるところが気になった。が、愉快、爽快。

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2015年10月24日 (土)

可憐なコスモス

 ボケ爺、可憐で、か細いコスモスの花が好きだ。大草原に、細い茎で雑草のように、秋風になびく。色とりどりだ。

 隣の庭に咲くコスモスは、少々デブチョだ。色もピンク一色で、ちっとも可愛げが無い。大阪のおばちゃん、と言う意味でユーモラスではあるが。

 一週間居ない間に、我が家の庭の山茶花の花が5輪咲いていた。すでに、真夏を謳歌した百日紅の花は終わりを告げていた。そこに作った蜘蛛の巣は、変わっていない。獲物が引っかかった様子はない。収穫が無くても、待ち続ける蜘蛛の性格に憧れる。近所の四季桜も、満開を迎えている。ボケて喜ばれ、羨ましい。

 実篤公園のザクロは、無様に口を開けて朽ちかけている。哀れである。小鳥達のいたずらに腹が立つ。少し暖かい日差しを浴びて、池の亀は、今年も残り少ない甲羅干しを楽しんでいる。首を天に向けて伸ばし続け、肩こりが心配だ。鯉はいつもと変わらず挨拶に来る。桜の木の落ち葉は早い。半分ほど落ち急いでいる。カラカラと乾いた音を立て、舞い降りる。今日は、長閑な秋日和、満月だと言う。

<読書>

「回廊封鎖」佐々木讓 集英社

本街道が舞台ではない。東京だ。サラ金の多重債務による自己破産、自殺、等の悲惨な目にあった人たちの、恨みの殺害事件の展開。構想の面白さに、満足した。

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2015年10月21日 (水)

度々の珠海

 今、珠海市に来ている。珠海市は、来るたびに、街が発展している様に思える。その理由は、アパートなどを含め、インフラ工事が、引き続き、順調に進んでいる。隣のマカオも、景気は良くはないが悪く無ないということだ。

 一方、中国全般で言えば、IT産業は、景気が悪いようだ。Lenovoを始め、スマホメーカーもリストラの嵐らしい。これでは、確かに、中国GDPは下がるだろう。

 周主席の日本嫌い、と言うより、尖閣諸島、安倍首相の安保法制、と米国への緊密化の対抗処理として、日本への敵対心がむき出しになってき。TVでは日本軍との戦いの放映が、多くなっている、と言う。それがイギリスでの周主席の発言に繋がっている。厄介な問題を抱えてしまった。

 定宿のホテルの近くの、近代的な大型モールで、夕食を済ませて、出てみると、モールと同じほどの広大な公園では、噴水がきれいに吹き上がっている。その広場に所狭しと、人々が夕涼みをしている。なるほど22℃程の過ごしやすい気候である。8時を過ぎている。毎夜、これだけの人々を惹き付ける魅力があるのだろうか?

 中国も、地域(都市)によって、発展、成長の仕方が違っている、と教えられたが。

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2015年10月18日 (日)

東ロボくん、頑張って

 2011年から、「ロボットは東大に入れるか」と言う人工知能プロジェクトが進行している。今年の模擬テストの結果は、11月に出るようだ。

 13回、積水化学「自然に学ぶものづくりフォーラム」が10月14日に開かれて、基調講演で、「ヒトとロボットの競合と共生」と言う主題で、東ロボくんの推進役の「新井紀子」国立情報学研究所、教授の講演を聞いた。

 冒頭の質問は、「「東ロボくん」は、2021年には、東大に入学できますか?」であった。70%が合格できるだろう、との挙手が在った。ボケ爺は、出来ない、に挙手したのだが。当然答えはない。日々、東大入試の訓練を行っている。今迄の模擬テストの対策は、代々木ゼミであったが、今年から中止したので、ベネッセに、急いで変更しているようだ。偏差値は、課目によって違うのだが、平均をやや越せるようになった、と言う。

 即ち、有名私立大学は、可能性が出てきたようだ。一般的には、東大の試験は長文が多いので、全体の流れの「意味」を解釈する事が出来ない、ニュアンスの「意味」を介する事が苦手なのだ。今は兎に角、事象と語彙を覚え込ませる事に、人工知能の中心の研究であるらしい。例題が少ないと、意味が理解できないから、ミスを犯す。人間の幼児の知能以下だそうだ。これで、自動運転は出来るだろうか?

 先日行われた、災害ロボットコンテストの大半は、転んだあとの対応が取れない。何故か?転ぶ事のデータを積み重ねられないからだ。転ぶと機械が壊れ、修復にお金がかかり、そんな経験をさせられない事情があるからだ。

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2015年10月17日 (土)

秋の長雨

 秋の長雨は、ボケ爺は、嫌いではない。哀愁を帯びていて、木々の最後の飲み水となるようで、紅葉へのエネルギーとなる。冬に備える為に、根っこや茎に貯める為だ。

 そう言えば、蟻や、昆虫も最後のエキスであり、冬眠に備えるものもいるだろう。それ以上に、人のバイオリズムは、収穫の秋に備えて、休暇を取る為とも思える。更には、夏に使った恋愛と、失恋の始末の、それぞれの疲れの休息に。

 この時期には、読書が良い。読書案内人であり、作家である「中村邦生」の読書案内本を読もう。

<読書>

「この愛のゆくえ」 中村邦生編 岩波文庫

「愛」とは何か?多くの小説はこの問の答えを持たない。愛は他者との関係性で、成り立つ。そこには「あまたの幻想がある。「恋のアンソロジー」だ。その魅力は、傑作と凡作の織りなす世界ということか?

「生の深みを覗く」中村邦生編 岩波文庫

「生きる」事は多様な政界をかいくぐる事か?「生き抜く」ということは「幻想」か?人間の生活に起こる事象の開放性。それが「生のアンソロジー」。「人生」は豊かな営為を凝縮した共鳴体の幻想だ。誠実と不実、喜びと悲哀、正気と狂気、など人生は二項方程式だ。

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2015年10月13日 (火)

体力を考える日

 秋は何時の間にやって来たのか?体育の日の祝日だ。秋晴れの良い天気となった。朝から、小鳥が騒ぐ。散歩に出る。小学校の校庭から賑やかな音楽や、拍手が聞こえる。

 金木犀の匂いが失せて、近所の柿の実や、実篤公園のザクロの実も色着いてきた。木瓜まで、秋のボケで、花が咲く。驚きは、山茶花の早咲きだ。焦ることはない、と言いたい。

 森のテラスのある坂道は、どんぐりで一杯だ。実篤文学館の傍の細い道は、ボケ爺は好きだ、なんだか哲学の道のようで。その道に、複雑な色彩の模様の入った美しい、柿の落ち葉が2枚、早めの生涯を終えて、落葉となっていた。

 まるで、ドイツ人画家「ゲルハルト・リヒター」の抽象的だが鮮やかな色彩の絵を見ているようだ。柿の落ち葉だけが、不思議な奥深い多色刷りとなる。

<読書>

「放哉と山頭火」渡辺利夫 ちくま文庫

「生を生きる」の副題。独り制の深淵を彷徨し、生きる地獄を味わいながら、生きてきた自由俳句の先駆者の生涯を描き出している。いずれの行乞漂泊であった。酒乱であった。驚くことに、酒乱を助けて、面倒を見る人が居たことに驚く。一方、「生きる」ということは、他人との関わりに置いて、人と人が絡まって、一人になれない、宿命の中での生きる苦しみもある。

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2015年10月11日 (日)

ノーベル平和賞の警告

 ノーベル平和賞の受賞を日本は逃してしまった。戦後70年、「戦争をしない平和」を守って来た「憲法9条」を。

大切にした日本国民の「戦争をしない平和主義」はノーベル平和賞に匹敵する事象だった。残念なことをした。何故のがしたか?安倍首相が、ゴリ押しをした「安保法制による積極的平和主義」の為だ。ノーベル平和賞は、その日本に警告を発したのだ。

今さらではないが、世界は最近の日本の政治を疑問視している表れだ。

<読書>

「自転車日記」夏目漱石

弾み文体?戯曲的愉快さのロンドン体験記。「吾輩は猫である」の傑作を生む前哨戦だった。「ギコチナイ文体の豊かな運動性」は漱石の底流に流れる。ロンドン時代に養われたのだ。

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2015年10月10日 (土)

ノーベル賞受賞に湧く

 ノーベル賞受賞に湧く日本は、景気の停滞を吹っ飛ばす。なんだか元気がでる。日本もまだまだ捨てたものではない、と。

 捨てたものではない時代は、30年から20年前の基礎研究から発想された成果だ。まだ、10年ほどは、毎年の受賞発表が楽しみだ。その先は、今のこの現状が、20年先のノーベル受賞に繋がるのだ、が。

 基礎研究費は削減されている。現在は、官僚が管理する「産・学」のコラボ、つまり産学協調でなければ、金を出さない、と言う。大学も戸惑うだろう。産学連携「政策」で、次から次に、「管理組織」が作られる。管理の為の管理組織も現れる。それが、残念なことに組織間の派閥争いをしている。そして、産業成長のイノベーションの大合唱、知的財産(特許)の生産性の効率に、さらなるノウハウの政策論、である。経済成長の何か間違った分析だ。失われた20年に、輪をかけて、アベノミクスの間違った政策論。「右にならえ」の優秀な人材の集団が護衛している。

戦後の日本人を救ったのは、湯川秀樹のノーベル賞の受賞だった。その名誉に、国民は奮い立った。つまり精神論、日本人魂も、もっと重要な事象だった。

 学問や、基礎研究は、金ではないが、ニュートリオの質量発見には、スーパーカミオカンデに莫大なお金をかけた。金も要るのが、現在だ。産業に結び付くことは大切だけれども、基礎研究に、もう少し軸足を置いた成熟社会を検討すべきだはないか?それは「物事を考える力」だ。

 村上春樹のノーベル文学賞は難しい、と思っている。提案内容が多様過ぎる。もっと絞られるべきだ。授賞理由が説明できない。それは日本人的だ。現状に沿いすぎている。インパクトが無い。いずれは、作品の多さでもらうかもしれないが?

 日本の科学研究にも似たところが多い。実用的で、優秀な研究の貢献は多い。だが、ノーベル賞は、研究の貢献幅、影響力を気にしているはずだ。産業界の様に、売れて終わりではなくて、ノーベル受賞内容が、さらなるノーベル賞を生める基礎思考を、ノーベル賞は期待している。

 大村教授のバクテリアの発想は、さらなる、ノーベル賞の可能性を示唆している。梶田教授は、素粒子のその先に、地球誕生(宇宙)のなぞを解く元を示唆している。生命誕生まで繋がるかもしれない。

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2015年10月 8日 (木)

ノーベル賞の喜びに水を差す

 日本人ノーベル賞受賞に、喜びを味わうムードに水を差す内閣改造。「党内反勢力」を封じ込む、政治色が強い。これでは、経済活性は難しい。経済政策の具体化等、目くらましで、足の引っ張り合いをするだろう。

 先ほどの発表で、機械受注が、先月比5.8%の減少だ、大幅な減少である。前四半期のGDPがマイナス成長が、発表されたところである。多分、今年は、GDPがマイナスになるのではないだろうか?

 黒田日銀総裁は、相変わらず、「デフレは脱却した」と言い続けているが、デフレに戻ったことは確かだろう。更なる金融緩和を期待されるが、資金が欲しいと言う企業は少ないだろう。それよりも企業は景気回復を先取りした在庫調整を急がなければならない。

 6日に、経済産業研究所(RIETI)の青木昌彦をしのぶ会シンポジウムを聴講した。故青木昌彦は、アメリカで活躍した経済学者である。ボケ爺は、技術と経済の関係を知りたくて、文献をあさっていたころに、青木昌彦教授の、計量経済学を知った。

 それは如何でも良くて、「経済産業研究所」には、優秀な経済学者の集まりである。大学の経済学者も、この研究所に何らかの関係をしている。海外で学習をして、活躍をされているようだ。では、経済産業研究所は、「どの様な経済政策論を展開しているのかは、全く分からない。日本の経済論を打ち立てていると言う割には、良く分からない。安倍政権に、どんなことを物申しているのかもわからない。過去の分析は、なるほど、沢山の論文はあるが。それで、その先はどうすれば良いのかは、沈黙である。経済学とは、「経済活動=経済成長」への指針を示すことではないのか?日本の経済学者に、大いなる疑問を感じる。

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2015年10月 4日 (日)

眠い

 昨夜、12時半まで、TV漬け。起床は8時頃だったが眠い。ラグビーのTV観戦をしていたからだ。楽しませて頂いた。

 日本は強かった。パワーもある。動きも良い。体力もある。ターンオーバーも互角であった。サモアに勝って当然の戦力だった。そうは言っても、サモアは強いはずだった。勝因は、2点に絞られる。1点目は、ミスが少なかった。スコットランド戦も、ミスが無ければ勝てたのだが。

 二点目は、五郎丸の、キックの正確さだ。ロボットのような正確な動作には驚く。NHKでは、「ルーティン動作」の重要性を放映していた。

 ボケ爺にとって、ラクビーは懐かしい。高校時代の冬場は、教諭が、授業をサボりたいのだろうが。3年間、11月から2月ごろまで、毎週の体育の授業は、ラクビーの紅白試合で過ごした。

 五郎丸の早大時代の活躍は良く知っていた。何故ヤマハへ行ったのか疑問だったが。サラリーマンも、「ルーティン仕事」は大切な事である。確実に、正確な仕事が出来るは、最も基本である。解っていても難しい。

 日本の基本の教えに「守・破・離」がある。この根底を為す思想が、「ルーティン修行」ではないかと思う。日本の昔からの善い教えに学び、修行をした。少々遅すぎたが。

<読書>

「生きる」乙川優三郎 文春文庫

直木賞作である。生きる事は難しい。人々には我欲がある。どこまで抑える事が出来るか、それが信念、ということか?我欲は、嫉妬を生む。恨みを買う。妬みが出る。このために、息苦しい。その中を生き抜いた物語である。

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2015年10月 3日 (土)

「新3本の矢」は目くらまし

 安倍首相は、首相再選で気を良くして、国連で、バラマキの演説を行った。事前の日本国内でのコンセンサスは無い。これで良いのか? 積極的な外交活動も、悪い評価だ。日本とは金でしか付き合ってくれない。更に常任理事国に何の意味があるのだろうか?

 さて、第一次の3本の矢は、円安の結果だけで、景気の回復(輸出費増、インフレ2%)は無い。失敗だ。オイル安が救ってくれたが。失敗をゴマかすために、「新3本の矢」を、放つらしい。まったくの具体性が無い。

 「新3本の矢」の1本目のGDP600億円は何処から出てきたのだろうか?IMFですら、20年で、520億円の推測だ。実現には、実質成長率が2%以上、消費者物価指数が3%以上でなければならない。とっても無理だ。

 2本目の出生率1.8は何処から出た数字なのか?現状では、1.4でも無理である。どんな策があるのだろうか?人口は増える方が良いが、1.8で日本の経済成長と、何の関わりがあるのか?

 3本目の介護離職率ゼロは、経済政策とどんな関わりがあるのだろうか?高齢者数が増える。その介護者の増員が必要だ。離職率ゼロは給与を増やす?介護費用の引き上げか?消費税⒑%にプラスするのか?消費は落ち込むであろう。

 こんなのを、「無茶ぶり」「やけくそ」、と言う。安倍首相に苦言を申す。もう少しましな経済学者をスタッフに採用すべきだ。素人でも分かる矛盾が無いように。好き嫌い政治と、バラマキ外交は止めてほしい。

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2015年10月 1日 (木)

東京オリンピックのエンブレム

 東京オリンピックのエンブレムは、一体何がどうなったのだろうか?多額の損失を、税金を使って。第三者委員会も、エンブレム選考については言及していないのでは?日本の利権者の腐敗を見るようだ。中国と同じだ。

 公募前から、著名なデザイナーには、応募するように連絡をしていた。これは「インサイダー取引」で違反だ。審査結果、審査員組織、体制など、明らかにされない。要所、要所で弁解ばかりで、反省の弁は聞かれない。結果、誰も責任を取らない。第二次太平洋戦争時代の体質に、日本は戻ってしまっている。

 一度決まったデザインが、2回も修正される事も異例だ。信じられない。最初から当選者を決めていたのだろう、と疑う。最終デザインで、もう一度審査し直したら、変わっていただろう。また、1位が、ダメなら、2番目が採用されるのが常識だ。このような事態は、「詐欺事件」として、取り扱うべきだ。

 新体制の、基本的体制は変わっていない。管理組織は責任を取っていないからだ。①公募者を広めた、②審査員を増やした。ただそれだけ。その費用も税金で。

 旧エンブレム問題は、刑法事件(インサイダー取引、と、詐欺)として調査すべきだ。

<読書>

「失敗の本質」多数 中公文庫

日本軍の組織論的な研究と副題が記されている。基本は、自己を守る事に専念。他部門へは、無責任極まりない、が結論か。

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