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2015年7月23日 (木)

再び、新国立競技場について

 安倍首相の人気取りで、余りにも馬鹿げている新国立競技場は、ゼロベースでやり直しになった。当然だ。

 だが、ゼネコンは、決して安くは作らないだろう。カルテを結んで、高額な建設費を要求するだろう。何故か、利益の獲得のチャンスだからだ。

 ゼロベースからのやり直しでも、未だにはっきりとした「条件」は出てこない。年寄りの組織では、その決定ですら、出来ない。ヤキが入ってしまった日本。思考力を無くした日本。条件を曖昧にして、またコンペをやっても、結果は同じだ、改善できない。

それと、先ず決めなければならないことは、「誰が責任を取るのか?」であろう。今のままでいけば、また責任部署がはっきりしない。

ボケ爺からの提案は、もう一度、前の東京オリンピックの時を思い出して、考えよう、だ。随分と大学の教師たちの協力があった。コンペの募集の範囲を、「大学機構」に限定する事だ。その理由は、これからの日本を背負う人たちに、夢を持ってほしい。それに、デザインから、その構造設計から、先生や、学生が責任を持って、仕上げてもらうことである。元気の出る大学にしたい。

1校で無く、大学間でコラボも良い。しっかりと金を出すことだ。素人で良い、若者で仕上げてほしい、と願う。

<読書>

「果断 隠蔽捜査2」今野敏 新潮社

気分転換に良い。それに日本の社会組織の課題の提案も鋭い。

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