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2015年7月 2日 (木)

古希の一年を終えて(続き)

 実は、古希の一年を無事に終える事は無かった。古希の一年を過ぎる一ヶ月前に、事件が起きた。確実に下り坂を歩んでいる。

 4年前に起こした脳卒中(脳出血)は、5月までは、順調に変化なく過ぎた。3年過ぎた時に、脳外科医からは、無事3年が過ぎたので、脳は変化しない、大丈夫、と。

 よって、高血圧を下げることに専念することとなった。3年間飲み続けた薬を止め、新しい薬を試す。めまい、など、副作用が強い。その都度、薬を変え、その間約7か月。

 これで良い、と5月中に処方された薬を飲み始めると、少し不自由だった右半身に、突如異変が起きた。急いで病院に。内科担当医は忙しいと、若いインターンを出してきた。無責任にも「血圧を下げ過ぎた」ので、「少し、高めに」と、又、薬が変わった。

 二週間ほどの急激な変化だった。以前よりかなり不自由になった右足、右手は、もう治らない。何とか歩いている。何とかPCを使っている。

 身体と、脳との関係は未だに解らない。脳で神経系の配線が切れているのだ。だが、人体の形は保たれている。脳では、メタメタになっている感覚だ、外観からは、右も左も変わらない。不思議だ。クワバラ、クワバラ!

<読書>

「朔風の岸 居眠り磐音 江戸双紙」佐伯泰英 双葉文庫

初期のものは、剣豪の戦いが多くてそれなに痛快。ボケ爺の、今は、こんな本で慰められる。

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コメント

ご無沙汰しております

おお,そのような変化がおありだったのですね.
お大事に.

投稿: Hana父 | 2015年7月 2日 (木) 20時49分

Hana父
「総合」病院の悪い面に、襲われた事になります。
どの分野においても、現在病に、専門性化があります。
生物である人間を、専門分野の総合では、語りつくせない、と言う悩みですね。

「全体」を見通せる「洞察力」の欠如でしょう。

毎日の生活と、知的作業?には変わりありません。運動すると、ノイズが一杯脳に伝わってきます。
それが結構うるさいので、自粛には良い事かも?

ご心配をおかけしました。

投稿: ボケ爺 | 2015年7月 3日 (金) 09時07分

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