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2015年7月27日 (月)

軽飛行機、民家に墜落

 ボケ爺は、調布市に住んでいる。東の端であるが。調布飛行場は、調布市の西の端である。だから被害に遭遇することはなかった。

 先週の土曜日に、調布市中央図書館に行くために、地下にある京王線調布駅から地上に出た時に、西の方角に、上昇している軽飛行機の姿を見て、アーそうだ、調布飛行場はこの西に在るのだと、今さらに実感したのだが、その翌日に、事故が起きるとは、不思議な事象だった。

 ボケ爺は、学生時代、飛行機関連の勉強をしていた。大学の所有する軽飛行機が、調布飛行場に置いてあり、その実証などで、調布飛行場を使う事があった。その頃は、飛行場の西側は、米軍のキャンプ地であった。今は、味の素スタジアムに変わっている。飛行場の北側は、国際基督教大学のゴルフ場で、米軍の人も使っていた。今は、野川公園となっている。

 墜落場所は、富士見町である。35年ほど前には、友人の兄が住んでいて、度々お邪魔していた。懐かしい場所であった。

 ソフトボールの練習風景から映されていた軽飛行機の飛行から想像すると、明らかに高度が足りない。2度程、機首を上げようとして、揚がっていない。つまり、エンジンの出力不足、ということだ。これは整備不良ということとなろう。

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2015年7月25日 (土)

再び、東芝の不適切会計に付いて

 本件、門外漢のボケ爺が、コメントする事でもないのだけれど、ボケ爺も、2回ほどの経営者時代があった。その経験を踏まえての苦言である。

 不適切会計を起こしてしまったことは、経営者、幹部ともに大いなる責任や、課題はある。しかしながら、「本質はそこではない」。

 第三者委員会の報告に物申す。本当に、外部の第三者がメンバーであるのか?政府が作る委員会と同じように、東芝派、又は証券取引所のメンバーでは?何故か?根本の問題は、大手企業のほとんどは、会計監査業務を、「外部会計事務所に委託」している。

その会計事務所の監査機能で、「何故」不正を見抜けなかったのか?或は、「経営者(経理部)とグル」になって不正監査をしたのか?などの理由が、報告されていない。つまり、会計事務所の責任が全てであり、その責任の追及をしなければ、第三者委員会の「報告は片手落ち」である。

なぜ、第三者委員会はこの点の指摘をしないのか?ボケ爺の予想では、そこを公にすれば、証券取引機構にも責任が及び、日本の証券取引そのものが崩れて、全世界からの総スカンに及ぶからだ。東芝の経営者は、日本式の武士道に従って、一社の責任として、納めたのだ。闇の世界を誤魔化す日本体質、本質が言えない人々を抱えている日本こそ、大問題だ。

取締役会の、監査委員会が機能していなかったと言うけれど、取締役会の監査委員会は膨大な会計資料を、監査する所ではない。手続きが、正しく行われているか?責任者が明確であるか、の審査、監督が役割である。多くのジャーナリストの指摘は間違っている。

東芝、上司のいうことには逆らえない風土だった、と言う。サラリーマンは、何時もその様な状況にある。しかし、それに耐えられない人々が居るから、今回も、東芝の「内部告発」で、明るみになった。つまり、「常識人は居る」のだ。だから東芝全体は、世の中から見て、健全な企業である。模範的な企業である。これ以上の不適切な会計をしている企業、何も言えないブラック企業は、山ほど在る。

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2015年7月23日 (木)

再び、新国立競技場について

 安倍首相の人気取りで、余りにも馬鹿げている新国立競技場は、ゼロベースでやり直しになった。当然だ。

 だが、ゼネコンは、決して安くは作らないだろう。カルテを結んで、高額な建設費を要求するだろう。何故か、利益の獲得のチャンスだからだ。

 ゼロベースからのやり直しでも、未だにはっきりとした「条件」は出てこない。年寄りの組織では、その決定ですら、出来ない。ヤキが入ってしまった日本。思考力を無くした日本。条件を曖昧にして、またコンペをやっても、結果は同じだ、改善できない。

それと、先ず決めなければならないことは、「誰が責任を取るのか?」であろう。今のままでいけば、また責任部署がはっきりしない。

ボケ爺からの提案は、もう一度、前の東京オリンピックの時を思い出して、考えよう、だ。随分と大学の教師たちの協力があった。コンペの募集の範囲を、「大学機構」に限定する事だ。その理由は、これからの日本を背負う人たちに、夢を持ってほしい。それに、デザインから、その構造設計から、先生や、学生が責任を持って、仕上げてもらうことである。元気の出る大学にしたい。

1校で無く、大学間でコラボも良い。しっかりと金を出すことだ。素人で良い、若者で仕上げてほしい、と願う。

<読書>

「果断 隠蔽捜査2」今野敏 新潮社

気分転換に良い。それに日本の社会組織の課題の提案も鋭い。

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2015年7月20日 (月)

海の日、梅雨明け

 いとも簡単に梅雨明けとなってしまった。兎に角、猛暑が続く。この先が思いやられる。家電品が届く、設置をしなければならない、いつ来るかは、朝方電話するとのことで、待機しなければならない。15年も使った家電品だ。そもそも15年もの寿命があること自体、白物家電は儲からない。5年で、自己障害を起こすように設計しておきたいものだが。

 それまで、庭の草むしりでもしようと、庭に出る。ドクダミで一杯になっている。ここ2年ほど、ドクダミの勢力が強い。ドクダミは、嫌いな雑草の繁殖を抑える。共生しても良い雑草もあるようだ。

 我が家だけがドクダミで、汚染されているのかと思いきや、近所の庭も一斉に襲われている。アオキの大木があったが、葉に細菌が繁殖して、一斉に葉枯を起こして死んでしまった。この時も、この地域一圓が一斉にその病原菌に覆われた。植物は動けないのだが、地域全体に影響を及ぼす。昆虫の媒介であろうが。

 小さな庭だったが、3時間ほどかかってしまった。その間の汗は、3リッターは出て行ったか?血圧を測ると、100/60で、脈拍が88だ。あまりにも低すぎる。熱中症になる前に、水の補給だ。

<読書>

「初陣 隠蔽捜査3.5」今野敏 新潮社

午後から、疲れて、何処にも出かける元気がないので、読書三昧。警察小説は愉快だ。組織論、建て前と本音の絡み。成功と失敗、が入り乱れる。

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2015年7月19日 (日)

訃報が続く

 日本が世界に誇る経済学者「青木昌彦」スタンフォード大学名誉教授。ボケ爺も若かりしころ、経済学の勉強をしようと、いろいろと、教科書を探してみたが、青木教授の計量経済学、計画経済学が、何となく感じ入ったと、記憶が残っている。専門は、ゲーム理論を基本とした「比較制度分析論」であるらしい。享年77歳だ、若い。日本初のノーベル経済学の候補者だった。合掌!

 もう一人は、ノーベル物理学賞の「南部陽一郎」教授である。中性子の基礎理論を築いた大家である。享年94歳。合掌!

 いずれも、アメリカでの活躍であった。さてこれからの日本人は、世界で、どこまで活躍できるのだろうか?

<読書>

「太宰治の辞書」北村薫 新潮社

切れ味のある名文者である。今回も実に、名文が続く。それにしても、文学者の持つ興味どこは、科学者とは違う。が、一致するところもあるが。それは、この作の発想の基となったのは、「Why」徹底して探求する所だ。芥川龍之介の文章の出所、三島由紀夫の作の出所、太宰治のモノ真似のうまさ、等。「盗作が多いこと」、と証明している。「無から有を生む」ところの探索は面白いが。まったく、作家高村薫と混同してしまっていた。

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2015年7月18日 (土)

学生ベンチャーの先駆者

 堀場雅夫氏が14日に死去された。90歳であった。ボケ爺の若かりし頃の憧れの人だった。京都大学(帝大)時代に、堀場無線研究所」を立ち上げて、今日の堀場製作所に至っている。

 学生ベンチャーの発言には、何時も心に響く。技術家の応援歌であった。「仕事は、好きなものをやれ」と。

 53歳で、会長に退き、執筆活動、講演会などの、日本企業を元気付ける活動を為されていた。京都から、ベンチャーを育てようとの活動も。京都の個性が、日本オリジナル製品が生まれる。変わり者が元気を出す、等。堀場氏の存在は京都発企業が元気な源だった。

 又、ここに、日本を育てた名君が、消えられた。合掌!「イヤならやめろ!」を読み直して、冥福を祈る。合掌!

<読書>

「君自身の哲学へ」小林康夫 大和書房

さすがに「知の技法」の仕掛け者の解説書だ。が、ボケ爺には少々難しいい。「自分の存在」は何処にあるか、どう見つけるか?の哲学主題である。「言葉」が存在の意味を問う。意味の構築のために、行動して「感覚」を求める。このプロセスは、「愛」が「知ること」を求める。結果、「知ること」で、「存在」を見つけ、「歓び」となる。さて、解りましたか?

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2015年7月17日 (金)

これでいいのか日本

 安保法制が、国民の大半が懸念しているに関わらず、通過してしまった。自民党の暴力だ。これからの日本は、少子高齢化で、30年ほどして、振り返ったら、自衛隊員(軍人)の数は確保しなければならない、と言う。その人件費は?実働人口が、今の算出の予想以上に減る(下手をすると1/3が軍人)、重税が待っている。軍事費の人件費だけで、10%の消費税が必要になるだろう。ただでさえ難しい復興経済。軍事費を確保して、アベノミクス経済の経済成長など起こる訳がない。

 日本の「未来の構造」を見ていない。2~3年先しか見えていない。そんな人々が政治をやっていていいのだろうか?

 NHKもひどい。政府お抱えのNHKだから仕方がないのだが、突然、「強引な採決の場面の放映は、マズい」と国会中継が中止(自民党の圧力)になるし、昨日は、二時間もニュースを放映しながら、ほとんどが台風情報だ。「臭いものにはふたを」が、今日のNHK

 どうしてここまで、日本は保守化してしまったのか?どうしてここまで、無知を揃えて、国会運営がなされるのか?本当に馬鹿な日本となった。

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2015年7月15日 (水)

東芝の不適切会計

 東芝と言う大会社が、社長の一声で、会計の不正を行うとはと、だれもが疑問に思うだろう。東芝と言えども、凡人の集まりだ。ボケ爺の長い企業人(サラリーマン)経験からは、良い事ではないが、理解は出来る。利益共同体はどこでも似たり寄ったりな行為をしている。東芝程の強いトップダウンは無かったが。

 東芝で言えば、一点気になるのが、委託した会計事務所で、本件の不正が見つからなかったか?ということだ、以前にもあったが、大手会計事務所も、堂々と不正を手助けしている。今回も、グルだったのか?

 大会社の不正は、生産子会社との取引関係で、簡単に作る事が出来る。大企業は曲者の沢山の子会社を抱えている。ボケ爺も経験者である。

 役員になると、必ず派閥を作り、派閥争いをする。派閥の亀裂が大きいか、小さいかの違い、表に出るか、出ないかの違い、はある。ボケ爺も巻き込まれた。理不尽なエネルギーを使っている。議員、政府、官庁でも然りだ。「俗な人間の持つ性」なのだろう。

 東芝は、歴代の社長の派閥争いが続いていたことになり、多分、今は、歴代の社長の責任擦り付け、と、引責で退任しる役員の新たな派閥が争っている事だろう。この歴史は長く尾を引くだろう。

<読書>

「光圀」佐伯泰英 新潮文庫

副題は、古着屋総兵衛 初傳、となる書下ろしだ。組織には必ず現れる派閥、それも、世代交代によって、必ず、勢力分布が変わる。江戸時代も、現在も変わりない。まるで東芝物語と、同じ様だ。

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2015年7月12日 (日)

いきなりの真夏

 台風9号が中国大陸に迂回してくれた。そのおかげで、長い梅雨の雨が去り、関東地方は台風一過の、いきなりの真夏の様相だ。連日高温注意報が出ている。こんな事は、過去あっただろうか。今日の日曜日も、老人には堪える一日となりそうな晴天だ。

 我が家の庭では、百日紅の花が、一枝、咲いている。少々早い。この急な変化を待ち望み、準備をしていたのか?人間より、はるかに適応性がある事に驚く。

朝方、散歩していたら、小学生の1~2年生ぐらいの児童が、3名、袋を抱えて、小学校の方に、駆け抜けてゆく。思わず、「プール?」と問いかけると、「ウン、そうだ」と言う。季節は巡っている。

 そろそろ梅雨明けか、と思いたいが、台風11号が、虎視眈々と、本国を狙っている。前回と同様に、襲来を避けてほしい、と勝手なお願いをしている自分が居る。

<読書>

「利休の闇」加藤廣 文芸春秋

「信長の棺」で、一躍有名になった作家である。その時以来の文体は変わっていない。解説をしながら、小説(物語)化出来る才は、ユニークである。資料に基づいたフィクション化は素晴らしい。利休(宗易)はどんな人だったのか?時代背景は、秀吉の心の変化、等。ストンと納得できた。

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2015年7月11日 (土)

余りにも馬鹿げている?

 2020年東京オリンピックの開催で、メイン会場に、2520億円、さらに追加費用が、260億円の可動屋根が要る。更に、更に、観客の椅子が抜けていると言う。あいた口が塞がらない。北京、ロンドンと比べて、45倍だそうだ。

 負の遺産を、また、後世に残す箱の費用だ。メンテナンスにどれだけかかるのだろうか?後々の高いイベント費用で、元が取れるなど、想像すらできない。毎年、3080億円の保守費用は必要だろう。毎年、立派なイベント会場が作れるほどの費用だ。これこそ地方創生に回すべきだ。

 素人が見ても、難しい構造の建物であることが分かる。そのキールアーチだけで765億円(ロンドンより高額)。それに横揺れ地震に弱い構造だ。多分、その振動止めに、アーチ以外に、補強が必要で、150億円はかかるのではないか、と思う。それに、外観内観とも、ちっとも美しい、感激する建物ではない。何故か?特に内観は平凡すぎる。外観は一望できない。

丹下健三の代々木体育館も非難されたが、美しく斬新だ、と言われてきた。構造力学的にもしっかりしていた。今も、外観、内観とも世界に誇れている。

 政府は、一旦決めたから変えられない、と官庁的言い訳だが、国民は黙っていていいのだろうか?

<読書>

「疑心」今野敏 新潮文庫

隠蔽捜査3である。例によって、警察組織と、ハグレ者との戦い、の単純な絡み合いである。発想に行き詰って、気晴らしの読書としての効用は十分に果たせてくれる。

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2015年7月10日 (金)

地方再生は?

 地方再生が騒がれて、省庁までつくられ、石破大臣が就任している。自民党出身の、何時の首相も、地方再生を謳う。何故か?地方票が欲しいからだ。田中角栄の「列島改革」が有名だ。

 今日の一極集中、東京は際立っている。今後も続くと言われている。地方がつぶれ、東京も高齢化で、養老介護施設もなく、青いビニール屋根が、益々増えることだろう。

 と言うことで、地方再生には、夢がある。昨日、そのセミナーがあって、出席してみた。石破大臣は危機を訴えるだけ。実行委員からは、計画のみ。予算や、その効果のシミュレーションなどはない。過去の実績評価の分析もない。これが政府だ。

 しかし、地方都市の実例の報告が続いた。その中では、豊岡市(兵庫県)と富山市(富山県)が際立っていた。豊岡市発「世界都市」は「城崎温泉で日本の文化」を。「芸術の創造都市」で、世界に演劇を。コウノトリのクリーンな地域作り。地元産物でカバンの出荷日本一。等、驚くほど充実している。富山市はスマートシティーで、既に有名だ。路面電車を中心に据えたコミティー化。それに加えて、市の周辺からの農業復活、その基本が「エゴマ」栽培、加工で、世界一へ。その生産の仕方がユニークだ。ゴミ焼却炉の熱を使って一年中の栽培工場から、一方、荒廃土地の再生で農地化。エゴマ油で、健康油作りの為に世界とのコラボ、「世界中がエゴマを待っている」、と。

 他にも、すごい地方都市がある。そんな市長さんには、企業出身者が多い、偶然か?

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2015年7月 5日 (日)

昨日から続く梅雨

 土曜の午後から、日曜日の昼すぎまで、シトシトと降る小雨は、本格的な梅雨時を思わせる。ボケ爺の若かりし頃は、このような梅雨時が多かったように思えて懐かしくも、心は浮足立っている。

 傘に降り注ぐ雨の量も適量で、雨音も心地よい。これは、どうやらボケ爺だけではないようだ。小鳥どもの、親子や、子供同士の鳴き声は、心弾んでいる様に聴こえる。

 当然、草木は、新芽の成長に恵みの雨だ。雨で洗われた葉っぱは深緑の新鮮さを増している。葉っぱから落ちる一滴、一滴の滴が、周りの景色を魚眼レンズでの光景に変えてくれる。

 花は、少々、この長雨にウンザリしている様だ。花の美しさが、映えないからだ。特に芙蓉の花は、上を向いて開いている。雨が溜まって、首を持ちあげているにはクタビレいる。

<読書>

「東京芸大物語」茂木健一郎 講談社

脳科学者の茂木氏の小説?とりわけ画家を中心とした芸大生の思考、行動、を誇張しているのだろう。フィクションか、ノンフィクションか?解らないが、普通の人には理解できない行動様式らしい。今は感性の時代だが、さて、何を訴えたかったのか?

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2015年7月 4日 (土)

政府の成長戦略は?

 先日発表された、政府の言う「成長戦略」=「日本再興戦略、第3版」が提示された。エー、これが最終か?と疑いたくなる。誰もが日本再興に手詰まり、となっているのだろう。てんこ盛りの丼である。嘘だろう。突かれると困るか、網羅主義。日本の悪い癖が出た。

 総論的には、人口減少を補うのは、「生産性」向上、であると言う。生産性は、企業は日々改革している、政府はなぜこれに取り組まないのか? 議員、公務員、準公務員、等の「削減含み、規制緩和」だろう。ここには、手を着けないらしい。

 3つのアックションといって、①産業の新陳代謝、攻めの経営、と言うが?②雇用制度改革と言って、女性登用、と言い続ける。何故政府が雇用制度を言うのか?各部署で考えればいい。③大学改革、と言う。イノベーションを生み出せる人材養成、と言う。もっと競争原理を入れなければならないのに、さらに規制しようとする。

 すべてが、逆行している。規制解除、競争原理、金は出すが口を出さない(組織を作らない)と、発想してほしいい。骨太政策は、組織を生み、準公務員が、東京ドーム5杯ほど作られる。

<読書>

「風花帖」葉室麟 朝日新聞社

派閥争いに巻き込まれる中で、恋する女に、永遠の気持ちを持ち続け、貫く不器用は剣豪の生き方が心に響く。それと並行して、藩の政権の派閥争いの、醜さを絡ませるところは心憎い。

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2015年7月 2日 (木)

古希の一年を終えて(続き)

 実は、古希の一年を無事に終える事は無かった。古希の一年を過ぎる一ヶ月前に、事件が起きた。確実に下り坂を歩んでいる。

 4年前に起こした脳卒中(脳出血)は、5月までは、順調に変化なく過ぎた。3年過ぎた時に、脳外科医からは、無事3年が過ぎたので、脳は変化しない、大丈夫、と。

 よって、高血圧を下げることに専念することとなった。3年間飲み続けた薬を止め、新しい薬を試す。めまい、など、副作用が強い。その都度、薬を変え、その間約7か月。

 これで良い、と5月中に処方された薬を飲み始めると、少し不自由だった右半身に、突如異変が起きた。急いで病院に。内科担当医は忙しいと、若いインターンを出してきた。無責任にも「血圧を下げ過ぎた」ので、「少し、高めに」と、又、薬が変わった。

 二週間ほどの急激な変化だった。以前よりかなり不自由になった右足、右手は、もう治らない。何とか歩いている。何とかPCを使っている。

 身体と、脳との関係は未だに解らない。脳で神経系の配線が切れているのだ。だが、人体の形は保たれている。脳では、メタメタになっている感覚だ、外観からは、右も左も変わらない。不思議だ。クワバラ、クワバラ!

<読書>

「朔風の岸 居眠り磐音 江戸双紙」佐伯泰英 双葉文庫

初期のものは、剣豪の戦いが多くてそれなに痛快。ボケ爺の、今は、こんな本で慰められる。

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古希の一年を終えて

 古希の一年を無事終えた。次の世に向けて舵を切ることになる。と言うのは、ボケ爺の場合、55歳を過ぎて、5年ごとに、体力が著しく落ちる。知の脳力も当然それに付け、落ちる。確実に下り坂を歩んでいる。古希の一年を終えて、一段と老いを感じる。

 パスポートが今年切れる。6ヶ月前に更新をした。なんと、10年間にした。と言うのは、80歳まで生きるつもりか、と自問自答したのだが。

 先日、ある企業から、ボケ爺の「生きざま」を講演してほしいと、たのまれて、モノ好きにも、自分の会社人生史の話をした。すべては語れなかったが、思うことは話が出来た。「元気な日本を取り戻したい」、と、思い続けている。

 独りで出来る事は限られている。技術開発(ナノ材料)は、今まで仕込んだものをまとめて、終わりにしよう。やり残しているのは「アート」だ。アートと技術のコラボが出来れば、言うことはない。自分を変えないためには、変わり続けないといけない、次の5年を。

<読書>

「変わらないために変わり続ける」福岡伸一 文芸春秋

週刊文春のコラム集である。ニューヨーク市の街の変化と体験をコラムにしている。生物は、「変わり続けなければ生きていけない」と言うところから、ニューヨーク市がニューヨーク市であるがために変化している、と言う。企業も同じことである。生存し続けるために変わり続けなければならない。

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