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2015年4月26日 (日)

雑草も笑う

 ツツジが満開だ。お隣さんも、我が家も、至る所のツツジは元気である。隙間に咲く雑草も、この天候に思わず笑っている。美しき花あり、か弱い花あり。さわやかな風に大いにうなずいている。

 午前中は、ベランダで、我が家の新芽を愛でながら読書。だがうたた寝ばかり。時々、椋鳥の鋭い声で目が覚める。

 午後は、実篤公園の下の入り口から、斜面を登る。シャギの花が一杯。孟宗竹のタケノコはすでに、1mほどに。中池の清水には、イワナが悠然と泳いでいる。何処からかやって来たコガモの夫婦は昼寝。ベンチで、木漏れ日の中で、読書。ザワー、ザワーの新緑の葉っぱの音が子守歌となる。

 実篤公園は国分寺崖線の斜面を占領している。次の崖線保護区の雑木林を散策する。以前の道が無い。がけ崩れで、底に回される。降りたり昇ったりで、大粒の汗が出る。ボケ爺の体力は末期を迎えている。

<読書>

Black or White(ブラック オア ホワイト)」浅田次郎 新潮社

面白い構成だ。漱石の夢十夜とは、違う。サラリーマンであるボケ爺には身につまされる内容だ。だが、ここの夢の様に豊かで、教訓めいた夢は無かった。創造力の貧困差か。ボケ爺は夢で、技術の難問を解いていた。黒い枕、白い枕を試してみよう。

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