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2015年4月29日 (水)

吾輩は識字障害者か、記憶障害者か

 吾輩は、記憶力が極度に悪い。如何ともしがたい。NHKで、識字障害者のドキメンタリー放送があった。ボケ爺の記憶の悪さは、「識字障害が起因している」と思うようになった。

 それまでは、幼少のころに酒を飲ませた親が悪い、とばかり思っていた。むしろ生まれつきの識字障害者だった。読解力が悪い。作文が無理。言葉が覚えられない。長時間の思考が出来ない。落ち着きがない。など等、思い当たる。

 死にかけてから気が付いて良かった。若年で、気が付いていたら、腐って、生きる気力が失せていただろう。

 ボケ爺は記憶力の弱さを誤魔化してきた。その方法は、情景と共に覚える事で、補ってきた。つまり、右脳の活用だ。左脳は機能しない。数字、漢字、化学式、人の名、言葉、等 覚えるなど、からっきしダメ。

 知識の世界では、劣者、弱者だったのだ。技術家でなくて、アーチストであればもっと目が出ていたのだ。人生間違えていた。今頃、解って残念!

<読書>

「逆転!」マルコム・グラッドウェル 講談社

まるで、ミステリーを読んでいる様だ。逆境に勝つには、とのノウハウ本である。弱点のある人も勝てる、と言う訳だ。孫子の兵法以上ではない。物語として楽しめる。

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2015年4月26日 (日)

雑草も笑う

 ツツジが満開だ。お隣さんも、我が家も、至る所のツツジは元気である。隙間に咲く雑草も、この天候に思わず笑っている。美しき花あり、か弱い花あり。さわやかな風に大いにうなずいている。

 午前中は、ベランダで、我が家の新芽を愛でながら読書。だがうたた寝ばかり。時々、椋鳥の鋭い声で目が覚める。

 午後は、実篤公園の下の入り口から、斜面を登る。シャギの花が一杯。孟宗竹のタケノコはすでに、1mほどに。中池の清水には、イワナが悠然と泳いでいる。何処からかやって来たコガモの夫婦は昼寝。ベンチで、木漏れ日の中で、読書。ザワー、ザワーの新緑の葉っぱの音が子守歌となる。

 実篤公園は国分寺崖線の斜面を占領している。次の崖線保護区の雑木林を散策する。以前の道が無い。がけ崩れで、底に回される。降りたり昇ったりで、大粒の汗が出る。ボケ爺の体力は末期を迎えている。

<読書>

Black or White(ブラック オア ホワイト)」浅田次郎 新潮社

面白い構成だ。漱石の夢十夜とは、違う。サラリーマンであるボケ爺には身につまされる内容だ。だが、ここの夢の様に豊かで、教訓めいた夢は無かった。創造力の貧困差か。ボケ爺は夢で、技術の難問を解いていた。黒い枕、白い枕を試してみよう。

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2015年4月25日 (土)

珠海から帰って来て

 昨夜、珠海から帰国した。毎月のお勤めである。街路樹や、公園の花々が、次から次に咲き誇ることが、珠海も春を迎えている。

 ドンヨリとした曇り空が続いていた。中国の経済が停滞して来たと、日本のエコノミスト達は、経済の先行きに、明日にも起こる悲観論を展開する。日本論評の弱さだが。アメリカに追いついたGDPで、7%を守れたら、それはそれで、凄い事には変わりがないのだが。

 珠海の街は、相変わらず、インフラ構築が進んでいる。日本では考えにくいのだが、港湾工事用の建設機械が、山ほど活躍している。香港空港近くの港湾も、数えきれない。陸上は、コマツが頑張っているが、海洋は中国製だろう。

 話を戻す。空港を出るとクシャミが出て花粉症がぶり返す。我が家の庭の新芽は急に成長した気がする。ブドウの木も、突然、花の蕾が例年と変わらず噴出していた。平凡な日常が戻って来た。

<読書>

「甘いお菓子は食べません」田中兆子 新潮社

或る女性たちの全てを告白したのであろうか?年齢、美貌、母親、妻、女、性欲、男との関係、など、こんなことを考えているのだ、と。確かに男とは違うようだ。だからと言って、如何する事も出来ない。

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2015年4月20日 (月)

保守化は、どこま?

 安保法制の可決が、時間の問題だ。安倍首相のアメリカ訪問のお土産だ。日本国は本当に必要な事か?平和国家では、世界での存在感が出来ないのか?

 自衛隊は軍隊になる。アメリカは、軍事力を削減したい。その分日本に負担を強制している。それに安倍首相は乗っかったのだ。国民への説明が無いのも、安倍首相の保守化。機密保護法で守られている、と。

 NHKやらせ放映、朝日TVへ政府圧力、で、何故政府は事情聴収しなければならないのか?報道の自由法に抵触する。放送局側も、何故断らないのか?深刻な保守化が浸透してきている証拠である。

 口をつぐむ傍観者の国民は、一体何処へ行くのか?昭和初期の状況に、よく似ている。このままだと日本は孤立する。いずれ徴兵制度が復活するだろう。

<読書>

「どうする?日本企業」三品和広 東洋経済新報社

日本企業の弱体化の現象と、原因を分析して、今までの論説を否定して、処方箋を展開している。成長路線で、生産量(売上)は伸びているが、それに反して「利益は減少」。収穫低減法則の戦略しか出来ていない。収穫増額路線(戦略)の変革を急がなければならない、と言う。

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2015年4月19日 (日)

仙川の花水木通り

 安藤忠雄仙川街作りプロジェクトの通りの街路樹は、花水木である。一斉に咲き始めている。まだ早い。

我が家の八重桜は満開だ。実篤公園の八重桜は一本ある。実篤の銅像の横に、一本で十分な存在感。満開は圧巻だ。我が家よりもやや淡い色で、こちらの方が美しい。

ウグイスは、気ままにやって来る。霧や、曇りがちの朝が好きらしい。癒しの時間に感謝する。先日、図書館の裏の竹藪で、ウグイスが騒いでいた。一般的な「ホ~ホケッキョ」は自分の居場所(縄張り)を主張しているようだ。恋の鳴き声は激叫的であり、リズミカルである。こんな他愛無い発見がうれしい。「我が家のツツジの開花待ち遠し」

<読書>

「大盗禅師」司馬遼太郎 文春文庫

全集に未収録。司馬遼太郎とは思えない作である、幻想歴史小説となっている。奇想天外に歴史が甦る。その分史実に忠実か?人生訓が散りばめられている。人は兵法(生きんが為の要領)を持て。兵法とは「人は、人間関係で生かされている。妙なやつと関わるな、その運命に翻弄されられる。予知し、さらりと避けよ」と。

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2015年4月18日 (土)

小さな旅

苔蒸す参道の奥は古寺かな

禅寺の鐘の響きとウグイスや

木漏れ日や苔の参道ありがたや

参道も古木にも苔の禅寺や

日本海海風のさくら同じ色

タンポポにつくしんぼうにスミレ草

熊笹が見えるほどの雪残り

フキノトウ周りの雪が溶けてやり

ウグイスや竹藪の中鬼ごっこ

<読書>

「なぜ「三四郎」は非恋に終わるのか」石原千秋 集英社新書

副題に、「誤配」で読み解く近代文学、とある。この世の「誤配」とは、誤解、混同、混乱、である。その元は、嫉妬、我がまま、思い込み、我身、の「自我と、他者の存在」の葛藤による。

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2015年4月12日 (日)

森のテラスに雨

 昨日は、雨の小降りになった午後から、メタボが気になり、散歩に出かけた。実篤公園の中道は、桜の花びらが、雨に濡れてへばり付いている。菖蒲の池は、幾重ものピンクの花びらが、雨に洗われて、奥深い風景をかもし出している。

 森のテラスは、チューリップの花が一面に咲き誇っている。やはり雨に洗われた色は真に美しい。雨はボケ爺の心をくすぐる。

 今日、ベランダにハトがやってきた。それも夫婦で。毎年のこととはいえ、帰巣本能は、人一倍強いようである。木の枝に巣を作り、初めは子供が生まれたが、翌年から失敗を続けていた。枝を短く剪定したら、巣をつくらなくなった。あれから何年経ったのだろうか?

 仙川沿いに散歩した。すると、甲州街道の北側(調布市緑が丘町)の遊歩道に、仙川崖線との看板があり、深い森が、川沿いに続く。国分寺崖線の麓のボケ爺の家から北東方面に30分圏内だ。深大寺公園、京王線仙川駅、小田急線成城学園前駅までの尾根は、東を仙川崖線と言い、西側を国分寺崖線に挟まれている事になる。

<読書>

「強き蟻」松本清張 文春文庫

オーソドックスなミステリー。安心して読む事が出来る。大よその筋を酔わせながら、正当な展開である。古典は奥深い。

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2015年4月11日 (土)

リサイクル技術の時代

 昨日、自動車関連企業の技術家と一献傾けていた。若い技術家は、ガソリンが$50で続けば、ガソリンエンジン時代は、永遠に続く。燃料電池や、リチウムイオン電池のEV時代は、「主流にはなりえない。」と気勢を吐き始めた。

上司は、コンデンサー時代にはならないだろうが、リチウム系電池で、2分間充電で、400Kmの走行が出来る技術が出来た、とのニュースがあった。「ならば、EV時代になるだろう」。

部下は、燃料電池は、水素の生産、爆発の危険がある。蓄電地、リチウム系電池は、自動車に使用しない時でも、消費する。トータルエネルギー効率は悪い、と、反論をする。

 日本で、リサイクル技術の開発が進んでいる。大腸菌で、プラスティックの再生カスから更に、石油を絞りだす研究が進んでいるらしい。ベンチャー「ジナリス」。

 究極の循環社会と、「日本環境設計」が、樹脂系の廃材から、高純度のエタノールを作っている。まだ30%の効率であるらしい。バイオからより高効率である。40社と提携して廃材を集めて、今治市で、再生が進んでいるらしい。そうなると、「ガソリン車は、永遠です」と言う人が出てきてもおかしくは無い。

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2015年4月10日 (金)

ムーアの法則が50歳

 ボケ爺は、弱電メーカーで働いてきた。「4倍則」に悩まされて。一つは、ムーアの法則で、2年で2倍の速度、二つ目は、2年で原価半分、で、4倍則、となっていた。

 この法則は今も、続いている。就職時から、50年になる。特に、ムーアの法則は、テキサスのゴードン・ムーアの提唱であり、未だに守られている。

 これからも続くのだろうか?一つは、物理的限界、つまり、原子の大きさを超えられない。二つは、半導体そのものは、物理的限界はあるだろうが、システム、特にネットの速度は、まだまだ、二倍則は成り立つだろう、と思っている。

 この現象は、実生活では、人の物理的移動範囲を狭め、移動速度の伸びも鈍化するだろう。つまり、人々は移動をせずに、ネットの利用で移動した効果を狙うこととなる。よって、リニヤー新幹線は、必要ないことになる。ビジネス社会が大幅に変化する。

<読書>

「テクニウム:テクノロジーはどこへ向かうのか?」K・ケリー みすず書房

テクノロジーも生物と同じで、「生き延びる」為に、多様化して、創造性の活動を止めない、だろう。が絶滅は起こる。

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2015年4月 5日 (日)

ピケティー博士は憂鬱?

 我が国の熱狂ぶりは、いささか行きすぎではないだろうか?貧富の差(所得、資産)の拡大は、誰もが感じている。だが、「何故か」、の理論的説明は提示されていない。あくまで「現象論」である。何故かが解らなければ直しようがない。これは憂鬱!

「資本の利潤率が、経済成長率よりも高い」。物の価値よりも、金融操作の収益率の方が高いからだ。これから導かれる結論は、「イノベーションが価値を創造して経済の成長を促す、とは言えない」、である。

 物の価値が生み出され、需要が膨らみ、経済は伸張すると信じ切って、ボケ爺は、技術家となり、イノベーションに、頑張り続けた。

そのイノベーションが、経済の成長に寄与していないと、ピケティー博士は指摘したのである。これが彼の主張(忠告)の中心課題ではないだろうか? よってピケティー博士は憂鬱であろう。技術屋として何とも残念な、結論だ。

 こうなると、さて、根本から、政府や企業の研究開発の投資の意味を考え直さなければならない、事となる。憂鬱だ、憂鬱!

<読書>

「生物に学ぶイノベーション」赤池学 NHK出版新書

*変える、変わることを放棄すれば滅びる。*生き続けられるには変革、革新した物のみである。*共に生きる、環境に適合することを強要される。このようなイノベーションを生物は行っている。

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2015年4月 4日 (土)

サクラ、さくら、桜

 今週は、サクラに始まり桜で終わる。先週の土曜日は、サクラが八分咲き、月曜日(30日)には、東京はさくらが満開。2日は、仙川サクラフェスティバルで、桜の下で演奏会。昨日は、強風で、桜の花びらが舞う。

 実篤公園の中道は、花びらの高級絨毯で、踏むのが怖い程に積もっている。花びらの絨毯で、美しいのは、神田川の川面。川の流れに沿っての濃淡が目にしみる。目黒川沿いの桜も有名だが、目黒川に敷き詰められた花びらの絨毯は圧巻だ。ご存知のように、目黒川は、流れない。川水は行ったり来たりしている。だから、花びらは、行ったり来たり。神田川のように流れの模様は出来ない。

 市ヶ谷駅と飯田橋駅の間の、外堀沿いの桜の木は小ぶりだが、整然さが壮観だ。その湖面の花びらを、コガモがかき乱して、それは、それは美しいポップアートに感動。

 明日(5日)は、成城学園の桜まつり。今は、山吹、シャクヤクの季節であることも見逃してはならない。

<読書>

「夜の紅茶」江藤淳 北洋社

旅の随筆集である。感性が違う。知性が違う。唸らせる。真似てみよう。

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2015年4月 1日 (水)

デザインを生かす時代

 米ナイキの「フィーエルバンド」、グーグルの「クロームキャスト」等、デザインの成功例の一部である。

 日本では、ソニーのデザイン力が有名であった。近年では、アップルのジョブスが、デザインに、経営の生命を掛けたことは有名だ。それに学んで、サムスンもデザインに力を入れてきた。デザイン経営が常識になってきている。

 アップルのデザインの歴史は、クラシック型、欧州仕込みの「フロッグデザイン」の外注から始まった。がその後、アップルは、ジョナサン・アイブを登用し、内製化に向かった。

 ボケ爺も、「フロッグデザイン」にデザインを頼んだことがある。シリコンバレー育ちの「IDEO」はPOP調である。

 フロッグデザインは、シンプルな構造「ミニマイズ」を主張した、シリコンバレー「IDEO」は使いやすさの人間臭さを主張している。

 要は、経営には、デザイン、技術、営業、の三要素が、欠かせない。特に近年、デザインが重要だ。何故?アップルの今日のシエアの向上が物語っている。

<読書>

「生物多様性」本川敏郎 中公新書

内容は難しい。生物は進化し続ける。テクノロジーも進化を続ける。進化には、多様性が必然だ、と。

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