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2014年12月30日 (火)

2014年の年忘れ

 2014年も終わりである。何が出来たか?全てを忘れることだ、と日本人は教える。ボケ爺は、古希の歳であった。物忘れが激しく、忘れようと意識し無くても忘れる。

 ボケ爺を励ましてくれた「老人力」の赤瀬川 原平が亡くなった。残念!合掌!

その後、徒然草の兼好、方丈記の長明の心境を、再度学んだ。同意をして、真似をして、俗な世界から抜け出そうと、努力はした。一生現役を主張する人も多い。脳(アドレナリン)は、どちらに賛同するのだろうか?

1) 顧問契約を、2件、約束をしてしまった。

2) 埼玉県の先端技術支援金(ナノカーボンチューブ応用開発)を受けてしまった。

3) 東工大の大学院教授の化学実験室を借りる約束を取り付けてしまった。

4) 撥水性に、面白い物理現象を発見。バイオミミックスにバンザイ!で、究めたい。

5) 2つの事業立ち上げには、失敗した。その企業との顧問契約は中止となった。が、その時の知財権は確保できた。(4件の大学委託研究も含め)

アー、アー、つくづく、ボケ爺は俗人である。皆様、良いお年をお過ごしください。

<読書>

「すらすら読める 方丈記」中野孝次 講談社

「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、元の水にあらず」から始める鴨長明は、名文の書き出しだ。漱石にも通じる「世にしたがえば、身、くるし、したがえねば、狂せるに似たり」と、この世の息苦しさを謳う。更に、ことを知り、世を知れば、願わず、走らず、ただ、閑なるを望みとし、愁え無きを楽しむ」の心境に至る。この課題は永遠に続く。

死史観は「朝に死に、夕べに生まるるならい、ただ水の泡にぞ似たりける」「知らず、生まれ死ぬる人、何処から来たりて、何処へか去る」と言うことだ。

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