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2014年12月28日 (日)

小椋桂の生前葬コンサート

 昨日(27日)NHK-TVで、特別篇を放映していた。ボケ爺、小椋桂とは同年代である。が、功績は同等ではない。名の無い平民である。しかし、同時代を生きてきたことは、事実である。4日も続いて、100曲を歌い終えたようだ。その時は、ボケ爺は、時間が無くて聞けなかった。

 特別篇で顧みると、どうやら、19701975年辺りの詩には、激しいものが感じられる。サラリーマンと、詩作りとの両立に、不条理、理不尽と戦っているように思える。

 「シュクラメンのかおり」の大ヒットの時代に、ボケ爺も、日本初の製品開発が終わった。が、この製品は市場に出ることは無かった。シュクラメンの花には香りは無い。不条理に負けた時だった。

 「愛燦燦」美空ひばりの、切ない声で流れていたころ、海外向け商品の開発が完了した時だった。「人生って、不思議なものです」のフレーズに涙したものだ。

 小椋桂、10年後には、この10年の新曲を携えて、「生き返った小椋桂コンサート」を開くことだろう。ボケ爺も頑張るぞ!

<読書>

「できごころ」村松友視 実業日本社

=男と女の歳時記=と副題である。男と女の季節を移ろうような恋の一ダースの短編集である。男と女を描かせては、さすが著者の冴え業である。

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