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2014年8月31日 (日)

女性にモテるリーダー

 リーダーシップ時代と言われてから久しい。女性にモテるリーダーが居ると言う。ボケ爺時代は、リーダーとは、「鬼」と言われて、モテるドメインからはほど遠い座標軸に居た。二つのタイプがあるらしい。

 第一のタイプは、部下には、細かいことは言わない。グーと我慢している姿が、女性にはたまらないらしい。それに加えて、上司に対し、部下の防衛をする。失敗をかぶる。クレームに対しては、一身に抱え、ひたすら、部下を擁護する、人物だそうだ。

 第二のタイプは、陣頭指揮を取る。新しいアイデアをだし、先頭を走る。所謂、「鬼」タイプらしい。ある程度、叱責する。但し、仕事を離れれば、何事も無かったように、穏やかで、にこやかで、寛大で、大まかな人物が、女性には堪らないらしい。

 このボケ爺、いずれのタイプでもない。しっかりと女性には嫌われていたのだ、と、再認識が出来た。残念!取り返しはつかないね。

<読書>

「年をとったら驚いた!」嵐山光三郎 新講社

歳を取ったら驚いた。こんなに愉快な本は無い。真面目な博学でありながら、ユーモラスでもある。熟年をまじめに生きていると、驚く。70歳を過ぎてやりたい事を100件出せと言われてスンナリ出てくる。驚いた。実際に挑戦もすると言う。歳を取ると、責任を持たなくていい、だから夢が追っかけられる。やっと好きなことがやれる、と感動している。

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2014年8月30日 (土)

隠された第四の矢

 安倍政権は、隠し持った第四の矢がある。壇密のミツバチの矢よりも怖い事は明らかである。右翼思想である。安倍政権は戦後最も政治に軸を置いた政権である。「私を右翼の軍事主義者と呼んでもかまいません」とまで開き直っている。選挙前までは、経済成長戦略の「三つの矢」を口実に、政権を奪ったとたん、第四の矢を放つから腹黒い人物だ、さすがに岸信介の系統である。

 経済政策の三つの矢は折れてしまっている事が明らかにされている。「野口悠紀雄、 藻谷浩介、伊東光晴、等、有名な経済学者が批判している」。その批判の妥当性からして、安倍政権は経済音痴であることは、黒田総裁、岩田副総裁と共に明白に証明されている。

 さて、日本を、軍事国家にして、如何するつもりだろうか?自衛隊の来年度予算も3.5%も増加で、要求しようとしている。抑止力だと言うが、誰に対してか?中国、韓国?彼らの口実を作るだけだが。その為に、多量の国債を発行することだろう。

 財政は、76%のも借金である。財政赤字は払いきれないことは明らかだ。更に、円安で、貿易収支の赤字が膨らんでいる。輸出するモノが無いから当然だ。この借金を帳消しにするために、戦争に加担し、戦争を起こそうと言う訳だろうが、世界は許さない。日本は、何処に向かっているのだろうか?

<読書>

「アベノミクス批判」伊東光晴 岩波書店

実に適格な批判である。難しくもなく平易に、スンナリ読める。安倍政権の四面楚歌ぶりを理解するために是非読んでもらいたい。

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2014年8月27日 (水)

マシンエイジ3.0とは?

 マシンエイジ1.0は1700年代後半に創造された蒸気機関から生まれた産業革命の時代を言うらしい。マシンエイジ2.0とは、半導体素子が生まれてコンピュータを創造して、情報化社会を作った時代の事である。

 さて、マシンエイジ3.0の時代を創造できるであろうか?多分、2020~2030年に登場するであろう、ネズミの脳を超えるCPU(演算プロセッサー)が生まれる時であろう。更には人間の脳を必ず超える量子コンピュータ時代はやって来る。

 演算能力、記憶能力、検索能力、などは、既に超えてしまっている。認識能力の、一部(指紋(二次元))では人間を超えている。次の認識は、音声であり、顔認識であろう。もう少しのところに来ている。簡単な認識では、自動車の自動運転システムや、ヘリコプターの自動姿勢装置も認識の一部である、2016年には常識になっているだろう。

 認識科学から生まれるのは、3DAM(三次元付加価値マシン)プリンティングの時代であろう。子供たちは、絵(二次元)を描くのではなく、立体(三次元)を想像して、モノを超える能力が求められる。モノ(HWSWの融合した)の時代となる。

 認識ばかりでなく、自立神経系制御処理の研究も、進んでいるが、しばらくかかるであろう。そのマシンエイジ3.0の人の脳を超えたCPU(コンピュータ)を使って、さて人間の次の創造にどの様に役立たせるのか、想像してみてください、と、シンギュラリティの一人者、レイ・カーツワイル氏は、吼える。

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2014年8月24日 (日)

漱石が描く男女関係

「続明暗」木村美苗 筑摩書房を買い求めた。平成二年に、刊行された。その時に真っ先に買いたかったのだが・・・先日、古本屋で、三版の新書で、100円だったので飛びついた。欲しかった時から24年ぶりになる。ボケ爺も歳を取ったものだ。

漱石の描く愛、恋は、概ね、三角関係で、主人公と女性を相対的に位置づけすることで、人間心理の妙を描く。主人公は、優柔不断で、意気地なし、なのだ。ここがボケ爺とよく似て、漱石が好きになる理由の一つである。最後の作品の「明暗」は、露骨な三角関係であり、優柔不断、意気地なし、が徹底的に描かれようとしていたはずだ。もし、漱石であれば、2人の女性の心を、どの様に描いたであろうか?今では、想像でしか、うかがい知れない。

そこで「続明暗」の登場である。やはり徹底した三角関係を抉り出している。なるほど。それ以上に、女の立場からの描写であるから、やや、女性の深層描写が目立つように思える。おせっかいで、攪乱好きな女に翻弄される。優柔不断で、意気地なしの主人公は、元カノをストーカーし、妻にばれる。2人の女性の立ち位置の心理が、全く読めない。鈍感さが滑稽である。推理小説気味だ。

この解釈が当たっているとすると、男の優柔不断や、意気地なし、は女性の支配するところによって、起きてしまう。男は何時までも女性に操られてしまう。俗に言う、ドーキンスの利他的遺伝子に操られているのであろう。生物社会と同じように。もっとも人間も、生物社会の一員だけれど。

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2014年8月23日 (土)

この世は騙し合い

「騙し合いの法則」竹内久美子 講談社 を読む。作家の竹内氏は、何時も、人間にとって衝撃的課題を提示する。その基礎は、「ドーキンスの利他的遺伝子」を信奉しているからだろう。我々人間をはじめとして生物は、全て、ベヒクル(乗り物)だ。「遺伝子の宿る乗り物」だ、と言う説である。

副題に、生物が「生き抜くための「自己防衛」法」となっている。つまり、生き抜くためには、騙し合いの演劇が不可欠だ。無くてはならない術だ、と、サルを始め、動物、昆虫の世界で教えてくれる。不思議にも、スンナリと納得出来てしまう。

まず、生物とは、「生存する」、そして「繁栄する」、との宿命が課せられている。先ず「繁栄」するには、子供を残すことである。つまり、男は女に従わなければ生きられない、男の行動を、全て女が決めている、と断定する。納得しますか?

「生存」する時、悪い奴が幅を利かして、お人好しはバカを見ているか、と思いきや、そうでもない。お人好しが案外幅を利かせている。お人好しが幅を利かせるのが、「騙し合いの術」の効果、結果だと言う。

平和な社会を営むには、以外に、目には目を、歯には歯を(ハムラビの法典)の均衡(バランス)状態の騙し合いの術が有効らしい。納得できますか?人間を理解するには、竹内久美子の作品をむさぼり読むことだ。どの学よりも、適格な答えが待っている。

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2014年8月19日 (火)

箱根で避暑

強羅にて大文字焼き夏終わる

残暑かな箱根芦ノ湖強風なり

老人に箱根湯効能効果なし

老人の体調崩す夏休み

アメンボ―水澄ますのは誰の為

水しぶきこけの石からトンボ逃げ

動けないコケたちの我生きる為

動けない生き様を見るコケ達に

霧昇る強羅の谷に龍が住む

川柳

跳ね起きる生きていたかと夜寒かな

もよおして二回三回夢つなぐ

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2014年8月18日 (月)

アップルとIBMが提携?

 アップルとIBMが電撃提携を打ち出した。何が起こるかわからないのが、アメリカのダイナミックスである。やじ馬的には、面白い、楽しみな提携である。

 多分、ジョブスならIBMが、三願しても提携には至らなかったろう。IBMは、仮想敵であったからだ。ジョブスは、自らのアイデンティティでは、整然としたエスタブリッシュメントに反抗して来たからだ。

 だが、ティム・ムック時代のアップルにとって、IBMは決して敵ではない。IBMロメッティCEOとは同じ釜の飯を食った仲なのだ。提携内容は「iOSのモバイルを優先して、企業IT部門が、iPhoneiPad端末をツールとして管理することで、エンターテイメントと、ITビジネス端末の管理が、一元化する。」と言う。これが、協奏曲になるのか、狂想曲になるのか?

 ビジネスモバイルのシエアは、現端末の8%にしか過ぎない。モバイル端末のビジネス用途の市場は、これからである。当然、マイクロソフトも虎視眈々と狙っている。アンドロイド陣営も、スキあらば、と狙う。三強の愉快な戦いの時代である。その戦いにサムソンは蚊帳の外である。

<読書>

「紫匂う」葉室麟 講談社

人の気持ちを知る難しさ。人の欲望と、怨念、意地、裏切り、など。雄弁であるべきか、寡黙であるべきか? 理解されたい、認められたい、自慢したい、人は全て、自分からの発想である。相手の立場になり、気持ちを思いやれる? 夫婦でもどこまで、理解し合えるのか?夫婦は空気と思える時が最愛の時か? 言葉と、仕草(作動)が織りなす物語である。この秀作唸るしかない。

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2014年8月14日 (木)

コピペ博士が多い

 STAP細胞論文で、すっかり有名になった「コピペ」は、誠に便利な機能である。ボケ爺もよく活用する。

 某大学教授と話をしていたら、コピペ博士が多くなってきていると、嘆いておられた。ITの進化は思わぬところで、教育、文化の足を引っ張っている。残念と言うより仕方がないのだが。一方、イノベーションの進化に向けて、情報の収集と分析には、IT化は必然でもある。

 コピペからは、イノベーションは衰退するばかりである。その学生、博士たちを、企業が雇用して、イノベーションの即戦力を期待しても、もう遅い。手のつけようは無い。

企業は、どう防衛すればいいのだろうか?社内で、長期雇用を保証して、企業が我慢をして育てるしかないのだろう。これは、戦後、日本が行ってきた終身雇用政策であったのだが、近年は、すっかり否定されてしまっている。しかし、イノベーションを生むには、今一度考え直す時期になっている事だけは間違いない。

あるいは、アメリカ型のように、起業家にとっと手厚い支援をして、コピペへの反発をするガレージ起業家に期待する、としたいが、日本では難しかろう。

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2014年8月11日 (月)

笹井博士の自殺

 結末は、あまりにも日本的である。日本の「陰湿」な組織や、ジャーナリスト体質によるイジメそのものだ。ボケ爺は、NHKSTAP細胞をめぐる一連の報道と、極め付きは、2週間ほど前に行われた特別報道だ。これで、笹井センター長、小保方さんは、完全なまでに、陰湿包囲網で殺された。その時のボケ爺の感想は、自殺が起こらなければいいが、と思ってしまった。展開自身に、問題はなく、完璧過ぎるほどの論理であるし、調査である。なるほど、特別番組の報道の2週間前に、小保方さんに、NHKは行き過ぎたインタビューで、怪我までさせていた。

 理研は、何故、NHKだけに、これだけの膨大な資料を提出したのだろうか?小保方、笹井個人メールまでも。理研と言う組織は、責任逃れをする為にNHKに協力して、あくまでも組織は関与していないと、報道してほしかったからだ。

 論文も取り下げた訳だし、理研がSTAP細胞再現の評価をする、との報道までで、静観すべきであった。何故、NHKはここまでの調査をして、個人を叩かなければならなかったのだろうか?NHKと言うジャーナリストに、その意義を説明してほしい。

 笹井博士の自殺は、明らかに、NHKによるイジメであって、自殺のきっかけの主な原因だ、と、ボケ爺は思う。

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2014年8月10日 (日)

クレマチスの狂い咲き?

 台風の襲来の最悪の日である。昨日咲いた一輪の蒼色のクレマチスが雨に濡れている。これ以上の、雨や風は、可愛そうである。穏やかに過ぎ去ってくれることを祈る。

 今年の我が家の百日紅は、咲き遅れている。これからが盛りとなるようだ。との思いで、近くの家、街路樹を見ると、確かに、似たり寄ったりである。暑さといい、雨といい、申し分はないと思うのだが、なぜに、遅れているのだろうか?我が家の他の雑木も、成長が遅いように思える。6月の末から7月の初めには、一度、剪定をするのが習わしだったが、今年は省いてしまった。それほど見苦しくない程の成長だったからだ。何が狂っているのだろうか?ボケ爺も狂って来ているが、気が付かないだけでは?

<読書>

「利休にたずねよ」山本兼一  PHP研究所

1年ほどたって、やっと借りることが出来た。名作なのだろう。否、名作である。実に読み応えがある。一章ずつ、意味深い名言がある。その中で、ボケ爺に響いたのは、ボケ爺の人格の欠陥とえぐる「三毒の焔」古渓宗陳の章であった。三毒とは、食欲、瞋恚 愚痴 即ち、貪り、怒り、愚かさ、の事である。これが災いとなす。だが、誰しも毒を持つ、毒有ればこそ、生きる力が湧いてくる。毒を志まで、高めるしか救いは無い。ボケ爺、さて、まだ毒を志までには仕上がってはいない。そもそも利休とは、名利頓休、で、名利を貪るな、禅に励め!であるらしい

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2014年8月 9日 (土)

感情は真理?

 台風前夜、ブッポーソウが、朝からうるさく騒ぐ。セミは最後の夏で、泣き狂っている。隙間でひっそり咲く白ユリは、明日は散り急ぐであろう。生物それぞれの夏の過ごし方である。

 「驚く」は感情の基礎だろうか?感情は真理となしているのだろうか?何を見ても聞いても、驚きを感じるボケ爺である。若者と話をしていると、すぐに、「ヤバイ」と言う。「ヤバイ」と言う言葉は、今に広辞苑に意味が定義されるだろう。驚きを表すらしい。

 近代哲学の基礎をなすデカルトは「感情論」で、驚き、愛、憎しみ、欲望、悲しみ、と定義している。とするならば、東洋思想の「煩悩」と変わらない。西洋思想では「感情」に相当する。煩悩=感情は違和感がある。

 善悪は自明ではなく、価値判断である。価値判断は心の内にある。心の内は、感情なのだろう。 ボケ爺には分からなくなって来た。

<読書>

「感情とは何か」 清水真木 ちくま新書

この様な本は、ボケ爺を困らせるが、興味を掻き立てる。

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2014年8月 6日 (水)

チャーリーの怨めし顔

 今日は、昨日と同様に、朝から日射しが強い。今は7時半である。駅に急いでいたら、近所のミニュチャダックスフントが、あまりの暑さだろうか、ストライキを起こして、動かなく、ご主人は困っている。抱き上げるしか連れて帰らない、と思う。チャーリーと同じ、ワイヤー系である。

 チャーリーとの夏の散歩を思い出す。何時も帰りで、ストを起こして、ごねていた。ご主人のボケ爺でも熱い。ましてや、ダックスフントは、格別に脚が短い。アスファルトの道は、焼けきって溶けるほどだ。45℃以上はあるのだろう。まともに、その熱さを感じている、と思う。今になって。当時は怠け者、としかりつけていた。その度ごとに、怨めしや!と、ボケ爺を見返していた。今に思う、悪いことをしていたのだと。マー、その分抱っこして連れて帰ったのだから、許してもらえるだろう。抱っこした時の、誇り顔を未だに思い出す。

<読書>

「瓜子姫の艶文」坂東眞砂子  中央公論新社

艶文を巡って、男と女の駆け引きが展開される。そこに、ホラーに迷い込み、夢想へと引き込まれ、さらにミステリー化の展開になる。性描写は、いささか過激としても、何と複雑である男女の生態の本質に迫る。惜しい作家を無くした。

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2014年8月 3日 (日)

日本は災害の多い国である

 四国で大雨が降り続いている。大風12号から遠く離れた地域だが。台風の反時計回りの風と、太平洋高気圧の時計回りの風とが相乗して、湿った空気を運んでいるからだ。それがなぜ四国なのか?

 今年の梅雨明け前の、大きな災害が起きなかったことに、安堵していたのだが。次の11号の台風は、「猛烈な」言われるまでに発達して、日本襲撃を狙っているような不気味な上昇を続けている。今週は、原発の回想、平和への祈りの週と重なる。

 日本は、今までは平和な国であるが、災害の多い国である。地震に、津波に、火事、など。その為の対策費は膨大だ。大昔から、その対策として、家は簡単に建てられる構造とした知恵がある。今はそうではなく建てる建設物を頑丈にすることへと、意識が変わってしまった。その分一度、災害が起こると、被害は甚大だ。

 簡素な生き方を見直してもいいのでないだろうか。

<読書>

「人を幸せにする目から鱗!研究」萩原一郎 岩波ジュニア新書

基本は、イグノーベル賞で賞を取るような研究であり、日本版イグノーベル賞で、お褒めを頂くような研究である。兎に角ユーモラスがあって、楽しい、愉快な研究をまじめに行うのが、幸せである、と言う。ボケ爺大いに同感である。今ア研究が平和な証拠である。

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2014年8月 2日 (土)

いつの間にか8月

いつの間にか、8月になってしまっていた。この夏のエルニーニョ現象は、空振りらしい。連日の真夏日、ボケ爺の熱中症も心配である。よく水を飲もうとするが、冷房、暖房の出はいりで、その気はすっ飛んでしまう。

今日の朝、大阪から帰って来たのだが、朝の大阪は、小雨が降っていた。台風の影響だ。東京駅に付くと、山手線は人身事故、東北線はドアの点検、埼京線も?と、暑さで、狂っている。水道橋駅にある事務所に寄ったのだが、後楽園ドームで、巨人‐広島戦があるようで、ホームや改札口は人で溢れている。人々は、明るく元気で厚さは気にならないようだ。

図書館前にあるケヤキの木が切り取られ、立派な株だけが残っている。その利用鵜を聞くと、中が腐っていたので切り取ったとの事、切株からは想像もつかない。

実篤文学館の外壁の隅から、2輪のユリの花のつぼみが、か細く、淋しそうに寄り添っている。今年は1輪増えたのだ。毎年花を咲かせる生物の生き方に感動する。

我が家の西は、空き地のままで、一ヶ月前に成長した雑草は刈りとられたが、再び、雑草が生い茂っている。しかし、雑草の種類は違ってしまっている。植物はどんな意識をして生存競争をしているのだろう。

<読書>

「弱者の戦略」稲垣栄洋 新潮選書

生物の世界も、生きるには戦略が要る。その戦略は様々だ。ナンバーワン以外は弱者であると言う。弱者の生き方を知ることは生物を知ることの基本である、と言う。昆虫などは、無限に近い種族が生き残っている。

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