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2014年7月13日 (日)

発想に2種類がある

 科学に全く関係のない女子高群と、理学部の現役科学者群とに、一定時間内に解決する課題を与えた。一枚の紙で、滞空時間を競う競争である。当然、科学を専攻する人たちの方が有利なことは明らかだ。が、結果は、科学に素人の女子高生が勝った。

 何故だろうか?科学にこだわる頭の固さ、と、偶然性の閃きの頭の柔らかさ、の違いであろうか? ボケ爺は、発想には、この両方が、存在していると思っている。方法論に忠実な思考法と、偶然性の閃きの価値を見いだす、柔軟な発想との2つが存在しなければならない、とも言い換えられる。

 現在社会は、時間制限の中で、解を求められる。一方、時間制限のない自由な時間を確保して、世界観を作る。束縛と自由の2つが存在する。

 企業は、この2つの存在を認めて、運営しなければならない。ボケ爺は、今は、時間に制限のない新事業の発想を依頼させていて、楽しく仕事をしている。

 科学では、定理、定義、哲学を徹底して学び、偶然性は、芸術の文学では、起承転結を、美術では、省略法を、音楽では、即興の妙を、心得る事であろう。

<読書>

「現代アートの本当の学び方」フィルムアート社

美術とアートとは違うのか? アートとは、眼に見えるモノをそのまま表現することでなく、省略から目えるようにすることだ、は、パウル・クレーの言葉だ。

アートは芸術。美術は伝統的な手法がある。美大生は、デッサン力がある。デッサン力で入試が決まる。何故だろうか?科学の世界と同じように答えは出てこない。

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