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2014年3月30日 (日)

春嵐がウグイスを!

 4時ごろまで、強風で荒れていた天候が、あっという間に静かになり、太陽の光が、図書館の窓越しの竹藪に差し込んで来た。

 満開の桜は散ることは無く生き生きしている。その分、椿の花は散り急いでいた。我が家の八重桜は剪定をし過ぎて、しょんぼりとしていたが、今は、蕾を膨らまして、枝までが太くなったようでたくましい。

 我が家の西は、税務署の差し押さえの土地である。例年、黄色いラッパ水仙が美しく3月初めには咲き誇るのだが、今年は、雪のせいでか、1か月遅れでようやく美しい姿を見せてくれた。例年の楽しみは少々遅れたがこちらに向かって微笑んでくれている。水仙にありがとう。

 椋鳥が暴れている。そんな中、ウグイスが二か所から聞こえる。実篤公園のウグイスは、今年、ようやく青年になったのだろうか?心もとない鳴き声である。一方のウグイスはしっかりとした壮年の歌声で、力強く、元気である。春嵐が、ウグイスを運んで来てくれた。

 北方の空は、まだ荒れているらしい黒雲が、流れる様に走っている。ボケ爺の凡庸な一日であった。

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2014年3月29日 (土)

「プリツカー賞」をご存知?

 建築界のノーベル賞に匹敵するスゴイ賞である。日本では、今までに、丹下健三、安藤忠雄と。今回、「坂茂」氏が、受賞された。喜ばしい限りである。

 坂氏の作品は大いに気になっていた。と言うのも、紙材を使っての曲線美学の追求である、と思っている。紙材を数々の建材にした作品が多い。神戸淡路大震災でも、紙管の集合場を作り、今は台湾の災害地に移籍されている。教会もいち早く紙材で作り上げている。東日本大震災にも、避難場所の小部屋化にも手早く対応している。その他沢山のイベント会場作りにも、紙材の建築が際立っている。今回は、フランスの街つくりに貢献するようだ。

 何故、ボケ爺は、「坂」氏に興味を抱いていたかと言うと、今新材料を開発している中に、「紙材」の強度を増加させたり、防炎化させたり、透明性を増加させたりした付加材料を開発している。紙による建材や、紙によるインテリア、紙によるアパレル品に貢献したいと思っている。最後の評価に追い込まれているからである。

 ちなみに、紙片は不思議な力を持っている。セルロースは最高! 他に、天然材の接着、漆による絵具、日本の和のモダン性の追求に励んでいます。乞うご期待を!

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2014年3月27日 (木)

開発か、利益か?

 「下町ロケット」池井戸潤 小学館 が、やっと図書館から届いた。予約以来、待つ事1年半ほどだった。この種の本は図書館を利用することにしている。

 驚いたことに、小生の経験と同じようなことが書かれていた。今でもボケ爺は、この時の「腰折れの決断」に経営失敗の傷を持っている。

 それは、隣のグループで開発していた「国内版B製品」に対して、某有名な企業から、国内版B製品と、そっくりな製品を開発したが、「我々で売る自信が無い」、よって、「独占権を委譲するから、販売してくれないか?」隣のグループは、開発に苦戦していて、開発にまだ6か月以上はかかる。それに、某社の特許に抵触しているところがあることは解っていた。

 ボケ爺は、その頃は部長だったであろう。海外版A製品の開発で、同じく苦労していた。が、某企業の申し入れを断れば、彼らは、自社販売をするだろう。6か月の遅れは、IT業界では決定的な遅れである。更に、特許侵害で訴えられるだろう。ボケ爺は「いったんは某社の依頼を引き受けて、今開発している製品を改良して、その機種の後継機にする案を、事業部長に提案した。当初は反対されたが、容認の方向で進める事となった。

その開発を担っていた事業部長代理は、真っ赤な顔をして猛然と反対した。「技術家が可哀想だ!」が理由である。さて、開発か、利益か、の選択で議論が行われ、ボケ爺は、技術家では無い、とのレッテルを張られてしまった。しかも、特許侵害提訴に対応させられたのは、このボケ爺であった。

 今でも、ボケ爺の提案の方が正しかったと思っている。もし、ボケ爺の提案が通っていれば、今では、この分野で業界一の企業となっていたことだろう、と、経営の方針決定の難しさの例にして、語り続けたい。

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2014年3月23日 (日)

春よ、来い!

 我が家の猫の額の庭は、椿の花の満開で、首から一輪、二輪と散る様子は、心が痛む。春の匂いは、庭の土を荒らすモグラの盛り土ぐらいか?草花は雑草しか生えていない。白梅もいつの間にか散っていた。

 実篤公園のコブシの大木が、真っ青な空に白い花が満開になっている。近所の白のモクレンも満開になっていた。桐朋学園のコブシや、モクレンもやはり満開だ。桜は、まだまだ、つぼみは固く、開花までは来週まで掛かるだろう。

 森のテラスの庭は、もう解放されている。チューリップの前に、クロッカスの花でいっぱいだ。遠くには、富士山が夕焼けのシルエットに灰色に霞んで見える。何時ものように、プロのピアノの練習だろう音色にしばし歩きを留める。

 ボケ爺は、花粉症で目からは涙、鼻汁がスルーと落ちる。これがボケ爺の春が来たである。

<読書>

「女子会川柳/2」ポプラ社編集部 ポプラ社

「調子はどう?あんたが聞くまで絶好調」、など。老人会川柳よりも、迫力に欠ける。が、結構楽しめた。

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2014年3月22日 (土)

BMIを知っていますか?

BMIとは、ブレーン・マシン・インターファイスの事らしい。脳科学の研究の一つである。脳からの信号をとりだして、手足を動かす。米デユーク大学の教授がゲル。ニコレリスが中心で研究が進んでいる。サルを使って研究を続けてきたが、今は人に及んでいる。

 日本では、京都大学の櫻井芳雄教授が第一人者と言われている。人間に近い動きが出来ているらしい。米ジョンズ・ホプキンス大も、その成果を発表している。その中心が今はピッツバーグ大学に移っているアンドリュー・シュワルツ教授である。大阪大学の吉峰俊樹教授も成功している。いずれも研究室、病院の内部の事である。

 ニコレリス教授は、ブラジルワールドサッカーの開幕戦のデモで、半身不随の青年の脳の信号でボールを蹴るシーンを見せたくて、着々と準備が進んでいるらしい。それが現実になれば、世界中が、歓喜を挙げる姿が見られることだろう。

<読書>

「ヒトは病気と共に進化した」太田博樹・長谷川眞理子 勁草書房

「進化医学」なる研究分野がある。ジョージ・C・ウイリアムズによる「病気はなぜ、あるのか」から始まる。そこは「適用進化」による。今では「中立進化」へと、研究は進んでいる。突然変異は、DNAの書き写し間違え、と言う自然淘汰論であり、適者生存の淘汰万能主義がはびこっていた。今では、「中立理論で、あくまで偶然」とする。病気も健康も、生物から見れば、一つの現象(状態)であると言う。進化はそこから始まった。

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2014年3月19日 (水)

珠海は春に!

 1ヶ月前に珠海を訪れた時には、10℃以下で、暖房が入らないホテル(この地方は暖房が無い)で震えていたのだが、帰る今日は24℃になっている。街路樹は花が一斉に咲き始めている。3~5mもある大木の、葉の出ていない枝から、大きな紅花が一斉に噴き出している。奇怪な樹だ。黄色の小花が灌木を包んでいる。これとて不思議だ。生物は生き残りに、命を懸けて革新的変化をしている。ビジネスも変わらない。真っ赤なハイビスカスの花が春風に心地よさそうに揺れている。

 海水が温暖で霞む海に突き出して作られたマカオインターナショナル空港を飛び立った。香港とマカオをつなぐ壮大な橋の建設が進んでいる。島々をつなぐらしいが、何時まで工事は続くのだろうか?終わりのない経済成長の欲望の化け物の難業で、苦難のイバラの道だ。罪な経済成長論だ。

 ドンガンポートでは、マカオと珠海(中国)との二重の入出を通過しなければならない。多くの人を裁かなければならない。と言うより人が多すぎるのだ。この人たちを食べさせなければならない大国は大変だ。そのせいか、中国は年寄りに親切である。65歳以上の特別のゲートがある。ボケ爺はそこを使う。1/5の時間で済むからだ。この時こそ、年寄りで良かったと思う。

 さて東京に付くと花粉症がまた始まる、と思うとはやから鼻がムズムズする。

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2014年3月16日 (日)

機上の非日常

 今日の機上は、雲一つないスカイである。東京のベイエリアから、横浜のベイエリアが、手に取るように眺められる。今迄に経験したことが無い美しさである。ベイブリッジの車の走行まで見える。

 丹沢稜線には雪がかぶっている。相模原の湖も見える。そこには高尾山の麓である。すると一段と明るく、まぶしい光が飛び込んで来た。と同時に、山中湖が見える。その光の強さは、富士山の雪からの反射光である。五合目もクックリと見える。火口も隠すことなく見せてくれる。少しは隠さなくていいのかとの心配と、気恥ずかしが襲う。ボケ爺は醜い日本人だが、やはり富士山を見て感動してしまう。残りの4湖もクッキリと。

 しばらくすると、雪深い南アルプスである。その奥には、八ヶ岳の雪をかぶった山々まで見える。伊那路、木曽路も楽しめる。が、北アルプスは見えない。雪がさえぎっている。ボツボツ雲の上に入ってしまった。ボケ爺、居眠りの時間となった。ではお休み。

<読書>

「愛別離」山口瞳 河出書房新社

山口瞳の自伝的私小説である。単行本に未収録を集めた小説の遺作集である。美文の真似をして文章力を磨けと言われる時に、挙がる作家の山口瞳は、この未収録集にも、その真髄が発揮されている。著者の原点がここにある。是非読んでほしい。その中の「愛別離」は短編だが美しい文章でありながら迫力一杯である。

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2014年3月15日 (土)

STAP細胞は存在するのか?

 小保方氏は、今は針のむしろであろう。真実はまだ分からない。それが不正だったのか?偶然には実存したのだろうか?謎に包まれてしまった。気の毒な状態だ。

 ボケ爺は、不正があったとは思いたくない。実存したのだろう。ダーウィンが説明したように突然変異があったのだから。突然変異は外部刺激で、細胞は変形されたはずだ、と思うからである。ただ、一点言えることは、科学は、繰り返されて、再現出来てこそ客観性が証明される。それがサイエンスの基本だ。

 そこに、焦りがあったのではないだろうか?小保方氏にも、小保方氏の周辺の理化学研究所も。先ずは、論文を取り下げて、一から出直して、くじけることなく、存在を証明してほしいと、願う。

 コピペを非難しているが、出所とその理由がはっきりしていれば、構わないはずだ。その記述が無かったのかは、発表されていない。問題は、データの適正の証明だ。再現するしかないだろう。ガンバレSTAP細胞。

<読書>

「生物とコラボする」工藤律子 岩波ジュニア新書

「バイオプラスチックの未来」と副題されている。化石材料(石炭、石油、天然ガス)によって今日、のプラスチックを生み出され、産業界は大いに発展した。化学者も、今日の材料を、今も改善し続けている。生物に目を向けると、実に理にかなった構造と強さを持っている。それを学ぶ事、使うことは、サステナブル、持続社会の未来である。いわゆる循環環境の再現である。ジュニア新書だけに良く理解できるように、書かれている。

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2014年3月13日 (木)

出張が続く

出張で、うたた寝の電車の中、寝ぼけの待ち時間で、駄句が出来てしまう。申し訳ないが、皆様に呼んでもらいたく。

白梅と河津桜の御茶ノ水

霜の朝河津さくらが御茶ノ水

北風に水仙揺れる御茶ノ水

 

春を待つ奈良盆地に霜全面

春を待つ実ただ一つの柿の木に

晴れ渡る奈良盆地に粉雪が

梅の花柿の木の実コラボなり

柿の木は重層色彩三岸かな

薬師寺にメジロの群れや梅の花

薬師寺は紅梅白梅賑やかに

花粉症いつの間にや沈丁花

花粉症それでも香る沈丁花

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2014年3月11日 (火)

未来の破局がみえる?

 震災から3年が経ってしまった。何もかも、進みが遅々として進んでいない。そんな中でありながら、東京電力の企業再生計画が認められた。福島原発の原因が解明しないままである。原因が分からないにしても、回避策の想定すら論理的に出来ていない。にもかかわらず、柏崎原発の再開とは不思議な論理だ。更には、福島原発の廃炉への計画も遅れに遅れている。人々の麻痺を待っているみたいである。

 政府は東電と一緒になって、誤魔化そうとしている。除染すれば1年で故郷に帰れる、と言い続けて4年目に入る。見通しすらない。未だに汚染水は漏れ続けている。地下水の汚染報道も経過報告をしなくなった。ジャーナリストも同罪だ。これらの 「賢明な破局主義者達」の行動は、破局を確実に見つめ続けている。

最悪の事態を考えて回避策を論じ、その対策に付いての論議を避けてはならない。福島原発周辺は、いかなる努力をしても、20年ソコソコでは帰れない。明らかなことだ。なぜ、帰れると言い続けるのか?復帰は破局している。何故論じない?

安倍首相は各国を行脚して、支援と言う名目で、お金をばら撒いている。国会で審議もしないし、事前に国民に提示もしない。その分は、各国には申し訳ないが、原発廃炉、規制できない地域の保証、東北復興の資金に回さない限り、日本は「破局」に向かう。「アンダーコントロール」なんて、とてもとても出来ていない。

 安倍政権の財政の健全化は何処に行ってしまったのか?にもかかわらず、「国土強靭化基本法案」で全国バラマキをするようだ。財政赤字(一兆6千万円)は膨らみっぱなし。国の財政破局を直視する人はいないのだろうか?直視しない限り「未来」は無い。破局なき未来を築くには、破局の想定が必要だ。

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雪の甲賀市

ある企業を訪れて、甲賀市水口町の国道1号線の片田舎のビジネスホテルにいる。眠れぬ夜に窓越しは吹雪いている。山々が一瞬のうちに白くなる。ホテルの駐車場の車も、雪にうずもれていく。吹雪く雪を見つめると駄句が出来てきた。15分程度だった。

甲賀市に積もる雪音しんしんと

甲賀市の忍者村に雪積る

瞬間の吹雪の意味は春を待つ

わが愛は吹雪の如し意味がある

甲賀の雪深さに迷うわが愛を

貴女に知らせたい愛甲賀の雪

窓越しの愛の深みは甲賀の雪

遅咲きの梅に愛とは甲賀の雪

しんしんと愛する人に甲賀の雪

愛する人にとどく雪はしんしんと

雪深しその程度ほど愛深し

わが愛が彼女に届け吹雪なり

夢見し貴女の姿雪女なり

こころから愛するわが君雪溶かす

わが愛に吹雪の静けさ似合うなり

吹雪くなり情熱の心沈めなん

しんしんと積もる雪と愛似たり

愛深ししんしんとなる雪深し

愛深し貴女と私雪溶かす

春を待つあなたの心吹雪おり

甲賀市の雪の真夜中思慕の顔

わが愛し貴女の心は雪の如し

しんしんと積もる雪とわが愛と

誰が知る眠れぬ夜の吹雪なり

いたずらな貴女の愛に吹雪避け

わが愛に吹雪の激しさ似合いおり

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2014年3月 9日 (日)

50歳からの食事の快楽は?

 日経の電子版に面白い記事が出た。「50歳からの食事 脳より偉い腸に従え」と。脳は目先の快楽を優先する。その美食、大食が肥満や病気に陥る。免疫学者の藤田紘一郎さんの弁である。

腸の掟1:幸せを感じさせるのは脳ではなく、腸。

腸は偉い。消化促進機能、ビタミン合成、病原菌排除、等、さらに、ドーパミン、セトロニンの前駆体を、脳に送り込む。その基本は、植物繊維である。

腸の掟2:本当は、炭水化物を腸は嫌う。

体を動かすエンジンは、①炭水化物を糖に変え、「瞬発力」を得る。②酸素を燃焼させ、持続力を得る(ミトコンドリア)。50代に入れば、「持続力(ミトコンドリア)」エンジンの活動が大切。「炭水化物を摂り過ぎは、活性酸素が増え」て、腸がダメージを受ける。日本の、「癌」「心筋梗塞」「脳卒中」「糖尿業」は、全て、「活性酸素が寄与」している。

腸の掟3:良いウンコ。

①食物繊維が豊富な果物、野菜を、②乳酸菌の納豆、味噌を食べる事、③気分よく食べる事、④年寄りは、たんぱく質が大切、④運動をして体をあっためる、⑤好きなことをして過ごす。

腸の掟4:汚い生活をする。

腸年齢は、雑菌を腸に抱える数で決まる。腸を清潔にしてしまうと、花粉症、アトピー症、ウイルスにかかりやすい。抗菌グッズは使わない。薬用石鹸で。雑菌を気にしない生活。

<読書>

「潮鳴り」葉室麟 祥伝社

久しぶりの作品。今迄にない親切なシナリオ。人の苦労は当然としても、やはり不条理、不合理な世界は相も変わらず。それにどの様な「生き様」の答えを出すか?本作は参考になる。

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2014年3月 3日 (月)

葛西紀明の往生際(積分値の人生論)

 

 ソチ・オリンピックは終わった。色んな運、不運があった。選手は出来るだけのことをしたのであるから、結果は、運不運と言うより仕方がない。アスリートは結果がすべてだと言う人がいるが、サラリーマンだって同じだ。人生、不合理だ、不条理もある。

 

幾つになっても負けを悔しがれる葛西は羨ましい。スポーツ医学が発達してアスリートの寿命が延びていることは事実だが、「勝つまでは止めない執念」こそ、人生で必要な事だ、と思っている。

 

人生「七転び八起き」とはよく言った。人の一生は、努力していれば、どこかで必ず、花が咲く、とボケ爺は信じている。「積分値は同じ」ではないだろうか?瞬時で花が咲く人、長寿命で花が咲く人がいる。後者は「大器晩成」と言われる。

 

人間に共通するのは「へこたれない」「あきらめない」という執念深さだ、と思っている。猛反省をして、克服する鍛錬が必要だ。凡人は勉強しかない。

 

勝者とは「勝つまでやめなかった者」つまり「勝つまでやめない」という「メンタリティー」そのものに思える。ボケ爺は、勝、負けと言う言葉は嫌いだが分かりやすい。ボケ爺流では、「人生目標の達成感」の事だ。

 

葛西選手の往生際が悪い、と非難するが、不運があっても周りのせいにせず、コツコツ、自分の持ち味を丹念に磨き上げ上げる事だ、と、ボケ爺は結論付ける。

 

椿花音が聞こえる散り際に

 

静けさや散り音知らせ椿花

 

一人して散る椿花哀れなり

 

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2014年3月 2日 (日)

学ぶ、未来を

 「学び続ける力」は、あの有名な池上彰(講談社現代新書)のタイトルである。またまた「力」である。池上氏までもが「力」で注目を浴びる。クワバラクワバラ。その力をどうすれば身に付くのかは、悲しいかな人によって違うし、力の尺度も違う。厄介な問題だ。物事は、ノウハウで決めつけられてはたまったものではない。思考力とは、ノウハウではないはずだ。

 ズバリ、一言で言えば、「常識を疑え」と言うことだ。大人は、「大人らしく」なったとか、「大人だ!」と感嘆することが多いが、その中身は「常識がある」の裏換えしかもしれない。この「大人になって常識が出来た」が、曲者だ。

 常識は固定されてしまってはならない。世は変化している。常識も変化して当たり前だ。すると、常識を疑うために、耐えず勉強しておかなければ変化に付いていけないし、学んでいなければ、常識を疑うことも出来ない。常識を信じ込むところに進歩が無い。常識を疑える基本学問が、「歴史」である。

 「寓者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」この一言で全てである。ボケ爺のジ・エンド。

吹雪く中シャタチャンスカワセミに

カワセミにカメラレンズが雪付着

雪の中散歩嫌う室内犬

新芽にはそこのけそこのけ雪避ける

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2014年3月 1日 (土)

意志力について

 最近、何々「力」と付ければ売れる本が多い。確か明治大の斎藤孝先生が元祖だ。。確かに、簡単明瞭。今日は、ケリー・マクゴニガル、スタンフォード大教授の言葉の検証だ。彼女の講義は何時も満室で、創造性育成の講義で有名なのだが。

 「意志力とは選択する力」である、と定義付ける。ボケ爺も同感する。人生、毎日さまざまな「決断に責められる」。引き伸ばしもあれば、決断して失敗することもある。

 何故か「自分には、相対する自分が居る」は脳が作った仕組である。常に二人が戦い続けている。一つの脳は「直観力」である。もう一つの脳は「考え込む力」である。身体で言えば、自律神経と、バランス神経(モチベーション)、である。

 意志力を鍛えるためには、バランス脳が必須で、先ずは身体を鍛えておくことだ。快眠の大切だ。心理的プロセスには、①望む力(好きな事)を持つ事、②やらない力(やめる力、を持つ事、③やる力(遂げる力)を持つ事である。

 もっと大切なことは、人とよく話をすることである。多くの人とのコミュニケーションが鍵である。つまり、二人の自分との会話に、他人との会話を加える事である。

 良いリーダは、決断力で決まる、その「決断力のベースは意志力」である。と言う結論に至る。明快な論理である。ボケ爺、うまく結論に導けて満足である。

神田川鯉がたむろするとこありて

冬カモメ鯉とじゃれ合う神田川

神田川三寒四温の鯉の群れ

丸の内雪降る中でブーツ冴え

色ブーツ雪が絡みて心匂う

紅梅に雪の帽子の贈り物

三崎町柳並木が春を待つ

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