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2013年7月20日 (土)

「得体の知れない奴」

 例年より早く梅雨が明けて、猛暑が続いている。そんな我が家に、例年と変わらずブドウが実っている。今年の実りは葉っぱの勢いと比べ少し良い。早めの成熟に、早めの収穫を楽しみにしていた。例年は、「得体の知れない奴」に、食べられて、ボケ爺の口に入らない。三年前までは処分するのも厄介であったのだが。二年間口に入っていないのだから、今年こそ、早めに収穫しようと楽しみにしていた。

 が、「どの程度色づいたか」とベランダに出たら、なんと、既に色づいた粒は、食べられている。今年も忘れず「得体の知れない奴」はやってきたのだ。皮だけが、無残にもまき散らし残っている。ホンのチョット色づいただけなのに。さてこの後、その「得体の知れない奴」と戦えるのか?今晩から徹夜で見張ろうか?昨年も一日徹夜したが、負けたことを思い出す。網でも買ってこようか?これから作戦を練る。頭の緩いボケ爺の楽しみが増えたのか?これではヤバイ、ヤバイ!

<読書>

「千駄木の漱石」森まゆみ 筑摩書房

漱石ファンのボケ爺にはたまらない話が次から次に飛び出してくる。漱石評論は、社会面の漱石(表の漱石)論が多く、ボケ爺も多くの正統派の評論、伝記を読んできた。

しかし、家庭人(裏の漱石)の漱石は、実に愉快だ。シャイで、家人には甘く、夫人には、頭が上がらず。明治の亭主関白の時代では、時代の先端を走っていたのか?

「道草」は自伝である、と言われている。健三が漱石自身だ。その妻は境子そっくりだ。神経質な漱石と、おおざっぱな妻境子が一生連れ添えたのだから、漱石はえらい。女性の著者も驚いている。多くの男性作家は何人もの女性と絡んでいたのだが。

漱石はロンドンから帰ってから千駄木に長く住んでいた。その近所には著名な方々の住まいも多かった。森鴎外も元、その家に住んでいたようだ。すれ違っている。著者の森まゆみ氏は、森と言うから鴎外の系列かと思いきや違っている様だ。実によく漱石の日常と、逸話を集めて、年代順に資料を、漱石の多くの交流も整理、まとめている。ボケ爺、久しぶりに愉快、愉快、爽快だ。

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