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2012年11月25日 (日)

異常な光景

 昨日、連休の半ばに、妹が買い物だと言って東京に出て来た。東京駅で待ち合わせしたい、暇なら会いたい、と言う。久しぶりなので、東京駅に出かけた。東京駅の構内は異常だ。足の踏み場も無い、とはこのことを言うのかと、驚くしかない。構内のお土産店のあらゆる店は混雑、長蛇の列である。「最後尾はここ」の看板は至る所で見かける。

 八重洲口で待ち合わせ、大丸近辺もヒト、ヒト、で、小さい妹が見つからない。喫茶店と言う喫茶店は、当然満員、結果は、東京駅からかなり遠いところで、やっと一息だ。こんなにヒトで溢れ返っている東京駅を観るのは、正月の帰省ラッシュ以来である。「東京独り勝ち」、と言うことか?それに、不景気とは全く縁遠い。両手に抱えた袋に袋。あの高い千疋屋の喫茶店までも長蛇の列だ。異常な光景だ。

 今日は朝から天気が良い、猫の額の庭の木を剪定しなければならない時期はとっくに過ぎている。しかし、山モミジの紅葉がやっと始まったところだ。紅葉が落葉になってからと決めている。異常気象で、剪定が、今年は12月半ばになってしまうのか?他の広葉樹も青々としている。異常な光景だ。当面、落葉にはならないよ、と笑われているようだ。否、からかわれているのだろう。

<読書>

「エンブリオ」上/下 帚木 蓬生 集英社文庫

帚木(ハハキギ)は医学部出身である。医学の治療についての課題の作品では優れた提案者である。いつもミステリー風に仕上げられて、迫力迫るリアルな展開には敬服する。今回も、生命誕生に付いて、不妊治療技術の進歩と、胎児の選択、不妊治療の選択と、その倫理に付いて、鋭くメスを入れている。不妊治療だけではなく、生殖医療の産業化、移植再生医療まで踏み込んでいる。胎児を無駄なく利用しようとする先端医療技術には異常な光景だ。遺伝異常胎児の課題が話題になっている今、読んでみるべきだ。

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2012年11月18日 (日)

木枯らし一番、冴える三日月

 今日の午後は、北風の寒さが身にしみる。木枯らし一番だろう。我が家のモミジは今年は、例年になく、緑が深く、青々している。隣の木の名前は知らないのだが、昨夜の大雨と突風で、すっかり散り終えてしまったのだが。近所のモミジ、実篤公園のモミジも先端が少し赤く染まり始めていると言うのに。

 我が家の山茶花のつぼみは膨らんでいるのだが、例年よりも遅いように感じる。隣の家は、真っ白な一柄の花弁が美しく咲き誇っている。実篤公園の山茶花も一部、咲き始めた。近所の家々の玄関とか庭には、名前は知らないが、秋に咲く花から、冬に咲く花に変転している。植物は、一年中、誰かが花を咲かせるようになっている。子孫を残すために花を咲かせるのだろうけれど、受精の為の虫たちはとっくにいなくなっている。どうするのだろうか、ボケ爺、余計な心配をする。

 最近、すっかり書店巡りは、ご無沙汰だ。小遣いが減らずに済む。週に一度は図書館を活用している。2週間の制限付きだから、読み終えなければならないストレスは残る。それに、申し込んでもすぐに借りられない。多くの人が予約しているからだ。世の中、こんなに沢山の読書家が居るものだと感心する。5時になって追い出される。すっかり暗くなっている。三日月が冴えている。古本屋に向かう。3200円の本をすぐに買ってしまう。古本が崩れそうになっている。最近は、新刊よりも、古本の方が読みたくなる。過去の方が、良書が多い。ボケ爺が古くなってしまったからか?

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2012年11月17日 (土)

紅葉狩、そして松本に立つ

 今日は残念ながら、雨であり激しい。昨日の雲一つない世界は想像すらできない。しかし、人間には記憶力を持っている。箱根にでも紅葉狩に出かけたいと思っていたが、幸いにして、松本で打ち合わせが発生した。それが昨日で、雲一つもない晴天の一日であった。

 トンネルを過ぎると景色が一転した。塩山市の平野である。紅葉の始まりだ。山梨市、甲府市、と、特急あずさ13号は進む。そこからは、雪を抱いた裏富士山が見える。南アルプスも、既に雪を経験している。小淵沢駅から観る北方は、八ヶ岳が正面から迫って来る。裾野は赤く焼けた紅葉の海の世界が広がっている。天辺には、遠慮がちに雪が添えられている。

 松本の新駅舎は、憎くい作りだ、北アルプスを見学できる高い天井までガラス張りの展望広場がある。そこから見える雪でたっぷりの北アルプスの峰々が連なっている。こんなに透き通って頂きは刃物のようにシャープな風景は初めてかも知れない。ボケ爺は、この松本に在る大手の電機メーカに良く通って部品の開発をしたから松本の風景は良く知っているはずだが。

 4時半頃に打ち合わせは終わった。事務所を出ると、東の美ケ原高原は、夕焼けの光を受けて、紅葉が真っ赤に燃えている。人々の顔までその反射光で真っ赤に染めて、その光景を観入っている。人間は美しさに感動する。誰もが同じように感動できる。不思議な現象だ。

 松本は、グルメには、耐えられないほど良い店がある。蕎麦屋、フレンチ店、焼き鳥、創作日本食、意外にも寿司が美味しい。食べ飽きることは無い。不思議な街である。温泉街も近い。

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2012年11月16日 (金)

眠い、疲れた。

 ここ二日間は、眠れなかった。昨夜は、寝たのが0時半、起きたのが、4時である。ボケ爺の若かりし頃は、平均睡眠時間が2時間、居眠りが間欠に、1時間を繰り返す、一週間の勤務を何度か経験していたが、疲れを感じた事は無かったのだが。今回はそれに、ずっしりと疲れが出てしまった。今日のボケ爺の住処の関東地方は、雲一つ無い晴天だ。7時前には、我が家のリビングには朝焼けの日差しが注ぐ。太陽光もまばゆい。

 と言うのは、「64(ロクヨン)」横山秀夫 文芸春秋社の原稿用紙、1451枚、647ページを一気に3日ほどかけて読み終えたからである。著者の刑事モノ作品(警察小説)はほとんど読んでいる。最も作品数は多くない。警察官、犯人の人間性をえぐり出す、人格を絞り出す文章は、耐えられないほどの迫力である。今回の作品は、7年ぶりの作品だ。その年月をかけて描き出した警察組織と、犯人と、被害者家族と、警察官の家庭の内紛と、そして警察官自身の使命感との、絡み合った人間の愛憎、人格の炙り出し。時に、警察組織と警察官の自覚、マスコミの外圧等からの、主人公の窮地を切り開く、人格と言うか、人間性と言うか、すごみは圧巻だ。物語も、めまぐるしく展開する、ついて行くのに一苦労だ。

 会話の一言、一言もさることながら、主人公のト書きの自問自答を解釈し、解説を試みるにも、ついていけないほどの早い展開力だ。だから、睡眠を貪り一気に読ませる力がある。時には目頭が熱くなる。涙が思わず吹き出してページをぬらすことも度々であった。その間、極めて高い集中力が要求される。今日の朝、6時半に読み終えたが、ガックリと疲れてしまった。これから松本に出張なのだが。

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2012年11月11日 (日)

寒さの襲来が急である

 昨日の秋晴れはどこに行ったのか?今は、冷たい小雨が降り始めた。今年は何時までも暑く9月に、秋雨前線による小雨時期がなかった。急激に寒さ襲来して、その分、秋晴れが長く続かない。この冬も異常気象が続く気がする。

 我が家の庭も少しずつ変化がある。さすがに、百日紅の花は散ってしまった。そのすぐそばにある「エリカ」の花が咲き始めた。健気にも冬の間咲き続ける。たとえ雪が降ろうとも。か細い花が、寒さに耐える姿は、見るたびに感動を呼ぶ。10月サクラも、近所に二か所、各一本、遅れて今が満開だ。寒くなってからのサクラをみると、心は痛痛しい。

 電車の中は、マスクをしている人たちが急激に増えて来た。風邪を引いている人も多いし、予防の人も多いようだ。今年も、マスク美人(男女)のシーズン到来だ。ボケ爺の楽しみな季節だ。何故か?人の顔は、目ほど不思議な造形は無い。純粋に、心の中を映し出し、語り掛けるからだ。口(唇)や、鼻や、顎は、余計な事を語り過ぎる。むしろ不愉快だ。

<読書>

「快楽の動詞」 山田詠美 福武書店

日本の言葉は、あらぬ方向に進んでしまう自堕落な美女だ。あの時の女性の発する言葉を想定して、その意味が、何であるのか?本心はどこにあるのか?を追求した、まじめな作品だ。概要的には、「風刺からの笑いを取る」となるのだろうが、文法的には、「ロジカルである」なのであることを追求している。例えば、日本人は、「行く」「来る」との言葉使いが間違えているのではないか?世界中と逆の使い方だ。文法が一緒のハングルでも逆である。また、「死ぬ」と言う言葉も「状況」なのか「想像の進行形」なのか、過去形なのか?はっきりしない。更には、「いやいや」は否定の否定で肯定か?と言うロジックが、まかり通る。逆説がお好きである。駄洒落とは、性で使われる言葉と同じ発音をする言葉が実に多いことで混乱して、駄洒落となる。等など。愉快、愉快。

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2012年11月10日 (土)

3人目の孫

 今日は、ボケ爺、やっと3人目の孫の一か月のお祝いの日である。遠くに住んでいる娘の2人目の子供である。ボケ爺は、その祝宴に出席できず遠くから、お祝いと、喜びを叫んでいた。今日は、朝から晴れて一日、良い天気であった。良い一か月のお祝いの日となっただろう。孫たちの成人を見届けることは出来ない。どんな社会になっているのか?今は、全く予想出来ない。ボケ爺には二人の子供、少なくとも6人の孫が(否4人でも良い)出来なければ、人口の維持が出来ない。平凡なシナリオと、最悪のシナリオに二分される。今日の「ボケた、無責任な社会」は長く続いてはならない。少なくともシビアな社会になっており、まじめでなければ生きていけない社会になっていることだろう。

 午後4時である。日が沈みかけて、真っ赤に空を染めている。モズが激しく泣き叫ぶ。どうして、そこまで悲壮な叫びを挙げるのか?太陽が地平線に沈むと、家路を急いだのか、嘆きの叫びは、ひたりと止まってしまった。モズの悲壮な叫びは生きるあかしであろう。

<読書>

「傷 邦銀崩壊」幸田真音 文春文庫

幸田真音氏は、実に読みやすい文章を書く。これを美文家と言うのか?経済界の社会派小説家である。何作か読んできたが、ミステリー風に展開する金融業界の闇をあばく手法に読者は満足を味わうこととなる。今回の邦銀崩壊のストーリーは、あまりにも人間味であり、官庁の傲慢と金融組織の無責任さとで、一転、二転、さらに三転する。更に、人の執念の底力の極限が見えない恐ろしさも加わる。人の心を読むことの難しさまで押し付ける。素晴らしい作品と言う以外の言葉が見つからない。

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2012年11月 3日 (土)

文化の日、他の日

今日の朝のNHKで、「1103日はどんな日」と問いかけていた。「11は良い日」03を「お産日」とか、「おっさんの日」とか、他にも続々現れていた。そんなに、「良い日」なのだそうだ。

 先週は奇怪な高熱が出て、四苦八苦していたが、やっと一週間たって、平常な体温に戻ったようだ。その間、寝てばかりいたので、血圧が20ほど、下がって、快調だったか、血の巡りが悪くなったのか、分からなくなってきた。仕事のことが気になり始めた今日あたりから血圧も戻って来た。人間は適度な緊張感が血圧にも良いのかもしれない。毎日の夕食は、リンゴ一個、これは実に爽快である。それでも、空腹を覚えることがない。

 韓国から来た客人を企業に案内していたのだが、韓国は既に冬仕度である、と言う。近年は、二季(夏、冬)であると嘆いていた。まだ日本は辛うじて4季が保たれて、うらやましい、と言う。韓国での生活を思い出す。

<読書>

「愚か者死すべし」原 尞 早川書房

探偵ミステリーである。ボケ爺には、書き出しから、警察内部犯行の臭いがすぐに解ってしまった。あまりにも回りくどく、中だるみが過ぎる。遠大な背景は良いのだが、ツ―マッチ、で、消化不良だ。だが、その構想だけは気に入った。

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