« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »

2012年10月28日 (日)

39.5℃

 昨日(土曜日)の朝から、フラフラする。一日寝て過ごそうかと、何気なく、体温計に手延ばして、ひさしぶりに計ってみた。なんと38.5℃ではないか?吐き気も、鼻水も出ない、頭は痛くない。3時ごろ、目がさめて、更にふらつくので、また体温を測定してみた。39.5℃である。小生、今までに熱を出したの、2回と記憶している。一回目は、小学校4年の時であった、38.5℃であった。学校を休め、と言う母親に、父親は、怒鳴りつけて、38.5℃位、「熱の内ではない。」と父の自転車に、稲縄で、固定させて(縛り付けられて)運ばれた。帰りには熱は下がっていた。もう一回は、社会人3年目だったか、季節は11月の第2週目の土曜日、日曜日であった。35.5℃であった。

 原因を追求したくなるのがボケ爺の悪い癖である。さかのぼること木曜日(25日)夕方、魚の旨い居酒屋で、刺身を食べた、それ以外はすべて火が通っていた。その夜(明け方、4時ごろ)に目が覚めて、小便をした。突然、左下腹が痛くなった。脂汗を流しながら、暴れたが、治らない。何を思ったか、再び雪隠に飛び込んだ。大便が飛びだした。下痢ではない。痛みは引き、ウトウトと出来た。金曜日は、仕事が溜まっていたので、何の苦痛もなく一日が過ぎたのだが。

*なさけなや我が隠れ宿雪隠なり

 25日は、産総研の広大な敷地を歩き回ること5時間ほど。疲れが出ていたのだろうか?ボケ爺は信じたくない。金曜の夜から、食事は、リンゴ半分だけ、で、今日の昼まで過ごしている。別に腹が空いたとは思わない。今は38℃まで下がった。明日は働ける。万歳!

<読書>

「千鳥舞う」葉室麟 徳間書店

人の苦しみを描かせると右に出る人はいない。当初は、生活の苦しさの、愛や、恋を描き、人生平坦な道ではない、と出張していた。直木賞を取ってから、工芸家の追求する「美の世界」と、デコボコした人生の煩悩、性(サガ)を描いている。今回は博多八景を描く八景ごとに、恋、不義、等絡まった情景が巧く描けている。

*枯れ葉音人の性(サガ)には恋と不義と

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2012年10月25日 (木)

筑波(つくば)は秋だ

 産総研(産業総合研究所=AIST)のオープンラボが在って、研究成果の展示、見学会、講演会など、盛りだくさんの行儀である。毎年、この季節に開かれている。筑波エクスプレスから、産総研までは結構、遠い。広い通りには、立派な街路樹が植わっている。その一部が、黄色く紅葉が始まり美しい。研究都市のつくば、日本を代表する研究所群が広がっている。この広大な情景を眺めるだけであれば、日本も捨てたものではない。さて中身が問題だ。

 丸1日かけて見て回ったが、約半分だ。明日もやっている、が、疲れた。ナノカーボンの研究を中心に見て回ったが、ナノカーボン事態の性質、製造はかなり成熟していているが、応用の研究が乏しい。先行き心配だ。一方グラフィンの研究が、世界と比べて進んでいない。かなり乏しい。これでは、日本は新材料で、世界におぼつかないだろう。これも心配事だ。半導体関係材料も心配だ。

 広大な敷地と設備は立派なのだが、一歩外に出ると、小さな住宅街、マンションの乱立で、研究都市のイメージは急変してしまう。このギャップが、また今日の日本なのだろう。さて、日本は科学技術強国になれるのか?ボケ爺の、心配事が、また増えた。理化学研究所は、更に一歩進んでいてくれることを期待する。

 帰りは、澄み切った夕焼けの中、南から見る筑波山が美しく赤焼けしていた。基礎筑波(つくば)は秋だ

科学の美しさに似ているのだろうか?

<読書>

「この人を見よ」後藤明生 幻戯書房

後藤明生は故人である。合掌!小生がこの作家をしたのは、多分「小説の快楽」が最初だっただろう。芥川龍之介の作品の評論的小説だった。今回は、谷崎潤一郎の「鍵」を巡る評論的小説である。同時代の多くの有名作家をも比較しながら、読書感想会の雰囲気で、解説する。解り易いし、小説だから肩が凝らない。楽しく評論が理解できる。本著は未完に終わっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月21日 (日)

「あらゆる小説は模倣である」

 清水良典 幻冬舎新書 出版だ。芸術はオリジナリティーが生命だ。それが模倣で成り立っていると言う。絵画では、贋作騒ぎが後を絶たない。文学でも多少あるのだが。本著では、過去の模倣の作品を紹介して、オリジナリティーでなければならない「呪縛から解放されなさい」と呼びかけている。最後には、どう「パクル」化、まで指南してくれる。

「優秀な芸術家は模倣するが、天才的芸術家は盗む」と言った人がいた。ボケ爺の仕事の商品開発、技術開発でも、イノベーション源泉の、創造性、創造性とにぎやかなのだが、「学び」「真似する」を、その第一歩としている。そんな「アイデア発想法」として読めば、「創造性発想法」と、この内容は一致する。

 それにしてもショックなのは、歴代の大作家が、大なり小なり「模倣者」であると言う。例えば、夏目漱石の「吾輩は猫である」が、ホフマンの「牡猫ムルの人生観」の影響だ、と言う。あるドイツ学者が、それを指摘すると、猫の死亡通知を出して、早々に終わらせてしまったのだ。森鴎外、三島由紀夫も、横山利一も、谷崎潤一郎も、寺山修司はパクリの名人だ、と言う。村上春樹も。翻訳が出来る人は、特に多いと言う。

 模倣と盗作との違いは、そのままか、解らないように書き換えられるかの違いだ。文学は言語の生命活動だから、もっと模倣が必要だ、とも言う。「ヒントは学べ」、と言う。外国作品から、ことわざから、前文(書き出し)から、題名(タイトル)から、一文字から、漫画から、戯曲から、何でも在りだ。これを読めば元気が出る。誰でも発想力、想像力が身に付くこと間違いなし。ボケ爺が保障する。それでもダメならご相談あれ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月20日 (土)

忘れていなかった。

 金木星は花を忘れてしまったのか?と、先日書いたところである。出張の帰りの小雨がぱらつく夕刻の木曜日、駅から自宅までの帰路で、金木犀の臭いを感じた。何かの間違いかと、思ったのだが。我が家に付くと、懐かしい金木犀の臭いである。早々に、樹を見上げると、枝には金色の花が満開だ。待ちに待っただけあって、昨年よりも花数が多い。約3~4週遅れであった。生命の周期は忘れていなかったのだ。朝夕15℃を割ったからか、最高温度が25℃を下回ったからかは解らないが。

 西の広場は、セイダカアワダチソウの黄色い花で覆い尽くされている。今年の雑草の生存競争で、勝ち残ったからだ。さて来年はだれが勝つのだろうか?我が家の庭の雑草も、生存競争が繰り広げられて、年々少しずつ、勝ち負けが起きている。ましておや、動物はもっと激しい、人間はそれ以上の日々の戦いでくたびれている。ボケ爺もくたびれている。

<読書>

「以下、無用のことながら」司馬遼太郎 文春文庫

内容が濃すぎて、71編のエッセイを読み終えるに、時間がかかった。途中放棄したかったが、出来ないほどの興味ある内容だった。人間存在の歴史の視線の先に、未来を感じたからだ。深い知見と、高潔と、言葉の美しさ、豊穣、を思い知らされた。

 ウラルアルタイ語圏のモンゴル、朝鮮、日本語の伝承の歴史の展開には、驚く。日本人の今日ある姿に、考え深いことが沢山あった。日本人は、日本書記、古事記の時代には抽象的な単語は無かったと言う。朝鮮内乱で百済が負け、663年ごろにほぼ日本に流れ着いた朝鮮人が、愛、孝、義、礼、信、等の抽象的な言葉を持ちこんだから、日本人の言葉は、情緒ある豊潤で、美しい、言葉の豊穣へと向かった、という。目から鱗だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月18日 (木)

札幌にて

久しぶりの北海道だ。千歳空港もすっかり変わってしまっている。20年来来ていないような気がする。街はすっかり変わってしまった。当然だが。エンターテイメントが多すぎる。それでも、潰れないのなら、観光客が多いからだろう。

昨日は天候が荒れていて、B737機は多いに揺れた。風が強かったためだろうが、着陸の揺れを抑えるためにトップスピードがいやに速い。激しい着陸だった。クワバラクワバラ。札幌駅の案内表示板は解りにくい。東口近くでは、どちらに行けば、地下鉄に乗れるか解らない。西口か東口か?東の改札口出てから、やっと案内板があったが、3か所は、真っすぐでも曲がっても良いようになっている。結果は西口から出た方が近かった。

目的は、北海道大学だ。今日は、すっきりと晴れて、気持ちが良い。コートが必要なほど冷えている。校内は、さらに空気がおいしい。ななかまどの真っ赤な紅葉が目を引く。北大は広い。イチョウの木やポプラの木はまだ紅葉には程遠い。白樺は、やや黄色く色付き始めた。目的地の北キャンパスは、手前の入門口から行けなくて、附属病院門から出て、回ったので、くたびれた。立派な研究等が立ち並ぶ。この状態をみると、研究費は順当に行きわたっているのかとも、思ってしまうのだが。

提案した内容に、教授が調子よく合わしてくれたのだろう、同感、同感のあらしで、ボケ爺を喜ばしてくれた。ナノの世界は何でも在りか?されどナノは未来を拓く、と確信した、気分のいい一日であった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月14日 (日)

丸谷才一氏とは

 作家、丸谷才一氏が亡くなられた。合掌!ボケ爺にとって、作家、丸谷才一とは何だろうか?あまり熱心に読んだ作家ではなかったし、古くからの愛読者でもなかった。どなたか、文章関連の評論だったかで、美しい文章を書きたいなら、真似をすべき作家の第一人に挙げられていたし、強く推奨する読書評論家達もいたことから、読みだした。そこにはミーハーな読者のボケ爺が居た。

 「猫だって夢をみる」なるエッセイをはじめて読んで、なるほど、古風な美しい文章だ、と感心した事を思い出している。「女ざかり」の表題から、ボケ爺は女の性を取り扱っているはず、と期待をして読み始めたが、期待とは全く違っていた。一晩は大袈裟だが、二日とは掛らなかった。幅広い人と交わって政治、ビジネス、演劇、哲学、と、次から次と、知識、知恵の展開にはいささか難しすぎて、消化できなかったが、驚きの作品だった。

 「輝く日の宮」丸谷才一の得意な古風な美文の、文学史的小説であったことを思い出す。ボケ爺には、歴史はとても付いて行けなかった。他には、「裏声で歌へ君が代」「たった一人の反抗」等、現代風刺の刺激的な作品を思い出す。

読んだからと言って、当初の美しい文章の修行にはならなかった。ボケ爺に元元文才が無かったからだ。現実に解があるか、が科学の基本だったはずだが、ついつい忘れてしまうバカ爺である。バカは死ななきゃ直らない、を証明をしたことになる。改めて、合掌!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月 9日 (火)

軽視の基礎開発に明報

 iPS細胞で、山中伸弥・京都大学教授がノーベル賞を受賞した。今日の日本の基礎技術の軽視に、横穴を開けることが出来たと思うのだが。センコ花火にならないことを祈る。6年前に発明されたiPS細胞が、「トテツモナイ重要な医療界の普遍的な基礎科学」であることが解ったのは数年後だった。海外の各学会ではこの発明に絶賛した。アメリカは。それが解ったので、支援金を600億円ほど出したのだが、日本は60億円しか出していない。理化学研究所の予算に比べても少ない。応用範囲が、広大であるからだ。再生医療、未解決病気の究明、薬剤開発の加速化、等など。バイオ関連予算をこれに集中させても、その研究員のオリジナリティーは失われない。それほど奥の深い、人類の進化に莫大な影響がある。

 アメリカは、特許戦略を先行させている。日本は?モタモタしている。これが、日本の弱さである。基礎科学に対しての目利きが居ない。大切にしない。集中力がない。日本は世界に中でどう生きるのかの戦略を考える人を育てていない。ボケ爺が愚痴ってみても、影響力は無い。日本の企業も、多くの基礎科学を縮小、解散してしまったが、基礎技術の大切さを再認識してほしいのだが。将来の日本の再生の為。イノベーション技術が無くて、経済は発展しない、とシュンペーターは声を大きくして主張している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月 8日 (月)

今日は体育の日

 ボケ爺には、退屈な休日だ。障害者になってから、体育、体を鍛えることには無縁の生活だ。腹筋、腕立て伏せは不自由は無いだが、ストレッチが高血圧に悪いと言われ、止めてから益々、肉体は衰えて、だぶつき、みっともない体型の老人となっても、恥ずかしさも無く、悲しむ元気もない。周りを気にしなくなってしまえばおしまいだ。日本人は「恥」が有って(在って)初めて、品格が保たれる人種であり、多人種と比べ自主性に乏しい。せめて、脳だけは鍛えたい。それも創造性能力だが。いまさら難しい。

<読書>

「女が嘘をつくとき」リュドラ・ウカツカヤ 新潮社

ボケ爺、この歳になって女心の研究には無縁になっているのだが、目から鱗とはこういうことか。女たちの嘘は、不幸を乗り越えるため(自己保全)の生きる術であり、他人の気を引く(自尊心を守る)方法であったりするらしい。「嘘」の定義は、男と女とでは違うようだ。女では、嘘とは「作り話」程度と考えて良いのだろう。時には?だけれど。男は嘘とは、生きて行く利益を生む手段である。女にも本当の嘘はあるだろうが。

 女で嘘をつく才知に恵まれた人は、何気なく、不意に、脈略もなく嘘をつく。そこには魅惑、無邪気、可愛さ等、謎めいた女の魅力を一層引き立たせるようだ。そんな女に男は惑わされ、女はそれを楽しむために、また嘘を重ねる。女は嘘なしの人生なんて退屈で、耐えられないようだ。それにしても、創造性を掻き立てられる短編集だ。創造性を養いた人は一読あれ。「創造性欠乏症の人」に愛をこめて。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月 7日 (日)

金木犀が異常?

 10月の第一週が過ぎたのに、そう言えば金木犀の強烈な香りに出会っていない。我が家の庭には2本の金木犀の樹があるのだが、何れからも漂ってはいない。昨年は刈り込まなかったはずだが。近所に探しに行ったが、何れの樹からもほとんど漂っていない。少し花を付けているものもあった。残暑のせいだろうか?それとの絶対温度が上昇下からか?いつもならお彼岸のころから始まる。この臭いを嗅いでは、上期の業績締めの苦しみを癒してもらったのだが。

 多少雨が残っていたのだが、実篤公園の鳥の声は激しかった。秋の木の実の奪い合いなのだろうか?その中で、公園の隣の富有柿の大きな樹に、この世のものとは思えない美しい声でさえずっている小鳥がいる。メジロほどの器量よしでは無く、ウグイスほど悪くは無い。少々大きめだ。優しくて、透き通って、リズムがあって、申し分がない。何て言う小鳥なのか?初めての出会いだ。鳥肌が立つほどだ。しばらく動くことを忘れていた。これも残暑のせいだったのか?温暖化の影響?

<読書>

「50℃洗い 人も野菜も若返る」平山一政 文春新書

このボケ爺、調理機の創造に興味を抱いている。「食」は文化であり、健康の元である。簡単に、速く調理が出来る器具を絶えず考えている。低温蒸し器に最大興味を抱いている。過水蒸気調理の可能性も面白い。本著は、それに加えて、50℃で、前処理調理の提案だ。が、時間がかかり過ぎるのが欠点だが。ボケ爺、興味は尽きない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月 6日 (土)

日本経済の落とし穴

 自然エネルギーの育成は、政府の後押しがなければ、独立には及ばない、らしい。ドイツが太陽光発電でつまずいているようだ。電力買い定額制度で、普及はしたものの、買い上げ費用が多くなりすぎ、トータル電力価格が上昇して、経済を苦しめる結果だと言う。アメリカの風力発電も、オバマ大統領の指示もあって開発や、設置が進むはずだったのですが、トーンダウンしてから、倒産する企業も多くなっていると言う。中国産の太陽電池の在庫が増えて、日本の太陽電池は、ままならない。アメリカはEVカーでも同じような苦しい時期になっているようだ。

 家電の失速は、企業の弱体化は、エコ補助金の症例が原因の一つである。補助金と言う「カンフル剤」で、元気が出た企業は、日本国内の需要に甘えてしまった。世界での競争を忘れさせたのだ。さて自動車は、どうか、エコ補助金が切れて、自前の補助金で首を絞めている。世界需要が多少も直しているが、中国問題と併せて、カンフル剤の影響を受けて、弱体化している。自動車は家電以上に、競争力に晒されて来たの、家電の様な無惨な事にはならないだろう。要は、日本と言う国は、中途半端な国と言うことである。国内需要の規模で、補助金のカンフル剤をもらえば、「一時しのぎ」が出来る。これは、日本独特の需要増の「甘え」のカンフル剤である。これでは、世界での競争力は、実に付かない。アメリカは、設備投資、雇用促進などに投資支援して、あくまで、企業努力の競争力の成長に期待する「競争力社会」は変えていない。

政策とは難しいものだ。ましてや、無能な政府、官庁の朝令暮改で、しかも、矛盾だらけの政策では、先々に不安が募るばかりである。若者よ、日本を変えよ!「競争力社会」とは、創造力であって、知恵の丈夫であることを忘れないで欲しい。創造力は、幅広い思考力と経験を必要とする。日本の教条主義の呪縛から脱皮せよ!その為に、若者は世界を見よ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月 3日 (水)

残暑残る奈良に

 残暑残る奈良盆地の空気は黄金色の稲穂の豊かさに満ちている。先日の台風での被害は比較的少ないようだ。土手には、彼岸花が、今年も昨年に変わらず群生して、真っ赤な川に見えて美しい。

 郡山城のお堀の水辺の石垣に、しがみついて咲く彼岸花(マンジュシャゲ)は、江姫の愛する主人を非運にも無くした悲しみの血の涙の執念の表れかもしれない。

 休耕田一面のコスモスの花が、ゆったりと揺れている。ススキの穂も緩やかになびいている。雨の行く場がない奈良盆地は多くのため池がある。その池の蓮の根のレンコンがこれからの収穫を待っている。

<読書>

「詩のことば」荒川洋治 岩波現代文庫

ボケ爺、詩なる情緒を理解出来る頭脳は皆無である。だから、詩につて興味がある訳ではない。それでもこの本を読んだのは、「ことば」が気になったのだ。詩に、特別の言葉があるのか?と思ったからだ。結果は裏切られる。その代償として、詩とは、「行分け」である、「並べ替え」だ、「繰り返し」て「リズムを創る」とか、「メモの世界」だ、とか詩の発想の基本が理解出来たことだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年10月 1日 (月)

台風一過

昨夜の深夜は、暴風の叫び声でいささか恐怖になる時があった。今までの経験から、我が家に影響が及ぶことは無かろうと、寝ついたが、ボケ爺の都市ではなかなか眠りに付くことは無かった。それにしても、わざわざ東にUターンして、東日本縦断の17号は迷惑な事だ。お米の作付けは、東日本は例年よりの良くて102%との発表があったばかりだ。きっとこの台風17号で、稲が倒れる被害が発生し、予定通りにはならないだろう。

 それ以上に気になるのは、これかが旬の林檎の産地が軒並み暴風の影響を受けている。大丈夫だろうかと、心配だ。ボケ爺の一年間の健康の元となる、ミカンとリンゴが値上がりする事は大変に困るのだ。無事でいて欲しい、と祈っている。引き続き、台風20号がやって来るとか?昔から1010日までは台風シーズンと言うことだが。

 10月の初日、多くの企業が下期にはいった。経済の回復を望む。後3カ月で今年も終わりだ。一年の計はどうなるのだろう。各企業の予測は当たるだろうか?

<読書>

「専門家の予測はサルにも劣る」ダン・ガードナー 飛鳥新社

今までの有名な未来予測家の予測は当たったことがない、と辛口の評論である。確かに予測は難しい。これが近代社会学の「複雑系社会」の予測は出来ない、に通じつことだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »