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2012年8月31日 (金)

エンガワが消える

 寿司ネタのエンガワの輸入がおもわしくないらしい。ヨーロッパ(主に、グリーンランド)からの輸入が殆どと言う。ボケ爺は、寿司が大好物だ。お恥ずかしいながら、寿司のネタにはこだわりがある。必ず握ってもらうのは、次の三点だ。これだけあれば他はいらない。先ずは、イカの耳だ、耳が無ければ、すぐに引き上げる。その次が、エンガワだ。これもなくてはならない珍味である。その次が、ヒモのまきもの(赤貝のヒモのノリ巻き)である。ネギを添えてまかれると、とにかく美味い。この繰り返しで、何貫食べても食べ飽きない。その次がコハダ、ネタは小さい方が良い。大きなコハダは気が抜ける。

その中で、エンガワが輸入出来なくて、寿司やから消えるらしい。困ったことだ。海水の温暖化で、獲れなくなっていると言う。日本の寿司のネタは、かなりの分、輸入に頼っている。回転寿司屋は100%だろう。早々に、少々高めの回転寿司屋に行ってみた。店員に聞いてみると、今のところ問題が無いと言う。ボケ爺、エンガワだけ5皿食べて、満足した。何時までも食べられるように、と祈る。

<読書>

「蛍の行方」(お鳥見女房) 諸田玲子 新潮文庫

文章の巧さは、抜群、構成も巧い。市井の日常生活の、ちょっとした出来事を、話題にして、探検心を目覚めさせて、優しく解いて行く心にくい作法だ。たまには、こんな作品を読んで心を洗えるといいのだが。

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2012年8月26日 (日)

天空は秋雲

 残暑が続く。夕立が無くなってからすでに一週間ほどになる。我が家の木々も、活動を制限して葉っぱがしおれて元気がない。百日紅だけは、次々に花を咲かせて、新旧交代をして元気のように見える。淡いピンクが何時までも美しい。

 実篤公園の中道には、アブラゼミの死骸が沢山に転がっている。散歩している犬も振り向かないほどだ。こんなに残暑が続くと、今年は出るのを止めようと思っていた幼虫も出ざるを得なくなって、未だに元気に鳴きさけんでいる。無理やり追い出されたセミたちは幸せだろうか?日本のセミは、7年周期と聞いているが、残暑が長引く年が続けば、6年で出てきてしまう者もいるだろう。何時しか生態がおかしくなってしまうのだろうか?我が家の庭には、例年になく、セミガラが目立つ。そう言えば、朝6時ピッたしに鳴きだしていた。ボケ爺もセミの抜け殻のように、ジーと固まっている。動けば汗が滴り落ちるからだ。しかし、空を仰げば、スジ雲で一杯だ。天空は既に秋になっている。

<読書>

「フェルメール 光の王国」福岡伸一 木楽舎

フィクションかノンフィクションか、混合した展開は実にすばらしい。読者を引き込むからだ。フェルメールの研究者の著者は、実は生物学者である。文章の巧さには定評がある。難しい内容を、解ったようにさせる手法に右に出る人はいない。本著に到っても、美術評論家以上であるだろう。野口英世までもが、フェルメール画に会っていたのではないか、と推測するにいたっては、夢のある話で驚きである。緻密で、構成には、幾何学や、カメラ目線までも含まれていると推測する。幾何学者ガロアまでも関係に引き出される。光の当たり方も、物理的に的を射ている。光の織りなす不思議な世界に引き込むフェルメール。

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2012年8月25日 (土)

ロンドンオリンピックから観える日本人

 電車の中でも「保存版ロンドンオリンピック」を手にしている若者に会うことが多い。8km、20分の銀座パレードに50万人、大変なフィーバーであろう。うつむき加減な日本に、メダリストたちは元気をくれたことには間違いがない。久しぶりに、若者に夢を与えてくれたロンドンオリンピックであった。されど、ロンドンオリンピックから見える日本人の原点も気になるところである。

 先ずは、「金メダルの期待は15個程度」と、協議会は期待していた、その理由は、それだけ、金を投入したと言う。しかし、現実は半分以下である。が、論理を磨り変えて、38個の最多メダル数だったから成功だったと、自己弁護。反省もしない。個人競技のメダル数が極端に減っている。団体競技が頑張った。競泳グループまで、団結力だ。と言う。確かにリレーはそうだが。これも問題のすり替えだ。金メダルにどれだけの金を投入したのか忘れている。とにかく個人技(マラソン、トライアスロン、ボート系、柔道)には、日本人の気の小ささが目立つ。集中力の欠如である。(その他の個人競技は順当?)

 一方、団体競技は、期待以上に頑張ってくれた。その分が、今日のフィーバーに繋がっている、と思う。全員で頑張る姿は美しい。これが日本人の持つ美しさであり、強さであろう。団結力は日本の文化かもしれない。この感動を、さらに他の団体競技に期待したい。更に感動の元は、女子力にある。近年、男子の元気の無さを、女子力で頑張っている。他の職業でも。社会全体が変化している。変化しいきれないのが男子と言うことだ。

<読書>

「荒凡夫 一茶」金子兜太 白水社

現代徘句の大御所の兜太が、いきつく先は、「一茶」の荒凡夫であると言う。「荒」は「自由な」と解釈すべきだと言う。人間は「生き物の感覚」で生きなければならない、と言う。生き物の感覚とは、「欲を求める、欲を捨てる」葛藤に生きると言うことだろう、とする。「一茶」は漂泊の人生で、社会の中で、欲を捨てることに生きた。「山頭火」は放浪者であった。この世を「欲」と闘うため放浪をつづけていた。「5欲兼備」「煩悩具足」「無縄自縛」人生は「流動性」、絶えず変化している、と言う「方丈記」繋がる。「物足りて」も「心うろつく」のが人間だ、と言う。「さいながら」と言うことか?

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2012年8月20日 (月)

ホンダの異端児、多様性

 ホンダは自動車企業とは言えない。ロボット、小型発電機、農機具、一輪車の研究、オートバイ、4輪車、更には、ビジネスジェット機の開発まで、さらに先に考えているものがあるのだろうか。多様な生き物のようだ。飛行機(ジェット機)は早くからの本田宗一郎の夢であった。二輪車(オートバイ)を始めたころから、私の恩師、佐貫又男(飛行機、プロペラ設計の大家)を顧問に迎えていた。その頃は、ドイツ、スイスの加工機械の目利きとして顧問していたと言うが、話の中ではジェット機の開発をやりたいと早くから言っていたと聞いている。

 ホンダジェットは6人乗りの小型ビジネス用ジェット機であるが、この設計が、グンを抜いてユニークだ。常識を破る設計になっている。20年も掛っていると言う。翼の設計も独自で、マッハ0.7で最適になっていて、新しい。エンジンの取り付け場所も異端だ。エンジンも自前で設計している。高性能だと言う。ボディもアッと言わせるように広くなっている。燃費は20%ほど削減で来ていると言う。これらは、居住性についても顧客満足性に優れる、はホンダ思想だ。全ての基本機能で、何もかも、ホンダ独自であり、常識を破るコンセプトだ。

 ホンダ哲学が、異端児を大切にして、多様性の思想を受け入れる。これらが、「イノベーションの基本」だろう。ボケ爺は「ホンダ流儀」が大好きだ。

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2012年8月19日 (日)

厳しい残暑日

 昨日の雷雲で不安定な天気が一変して、朝から雲の少ない、太陽の光で焼けつく日射の厳しい残暑日となった。ボケ爺の夏休みの最後の一日である。調布の図書館に行くべく、つつじヶ丘まで急いだが、つつじヶ丘から西には電車は運休だった。調布駅を中心に地下にもぐりこむ工事の為だ。帽子を忘れたことに後悔しながら、引き返す。直射日光をさけて路地を駆けていると、石と石の間から背丈は低いが、大輪の白い鬼ユリの花が、清楚にも一輪咲き誇っていた。が、誰も眼には止めてくれないほどの背丈である。犬の来客を待っているのか?一汗拭ってから、帰宅を急ぐ。

 帰宅してしまうと、もう、出かける元気は無い。自宅では怠け心が出てしまい、やれコーヒーだ、お菓子をつまんでしまうのだが、今日はやたらと眠い。日差しが強いと、眠気は起きないと言うことだったのだが。それとも疲れが取れないのかと、ベッドに横たわり、読むのは「 ヒトはなぜ眠るのか」井上昌次郎 筑摩書房、である。読んでいる内に居眠りだ。それでも次の事が解った。

1)  女性と男性では、睡眠に違いがあると言う。睡眠中の呼吸停止、新生児、中年の無呼吸症候群、等は、男性しか現れないと言う。

2)  朝型、夜型は実在すると言う。人間も持つと言う生物時計の複雑な絡みであるが、良く解っていないらしい。

3)  睡眠時間は、歳と共に変わるらしい。短い、長いは眠りの深さに関係すると言うが、良く解っていない。とにかく寝なければ体調不良で、必ず死に至ると言う。一日に何回も寝ることは良い事であるらしい。一瞬に眠る「フラッシュ睡眠」もあるらしい。

4)  最も知りたいのが、「眠っている間に何が起こる?」①寝る子は育つ、は本当。②寝ている間にホルモン分泌が起こる。③体温が下がる。④ストレスは不眠につながる。⑤寝ると元気回復、風邪を引くと眠くなる。⑥よく寝ると免疫作用が高まる。

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2012年8月18日 (土)

敗者からの解放に?

 ボケ爺は「敗者」の人生を歩んできた。頑張れば、何でも実現できると、思っていた。頑張れば報われると、頑張れば勝者になれると。いずれの場合も、敵前逃亡の繰り返しだった。カニのように横歩きの人生であった。夏休みが終わる今、少々深刻に考えている。

 数社のコンサルティングが来月や今年で終わる。引き続きを求められ、他のところからの依頼もない事は無い。コンサルティングはいい加減な職業だ。貢献度が明確ではない。自分の意に沿わない事をも言わなければならない。所詮はアドバイザーであり、意思のチャレンジは出来ない。

 そろそろ楽しい仕事(創造)をしたい。その為には、他人(他社)のご機嫌をとっていては、何時までも「敗者」でいなければならない。趣味の世界とも言えるかもしれない。と言いながら、その勇気は、まだ出てこない。「頑張れば、夢がかなえる」経験がないからだ。今の発想はいずれも、ボケ爺の浅知恵であり、自信がない。実現にも、金と、人が必要だが、資金集めにも敗者はどう仕様もない。八方ふさがりで、敗者からの解放はまだ先のこととなろうか。趣味にのめり込むしかないのか。

<読書>

「敗者たちの構想力 脚本家 山田太一」長谷正人 岩波書店

「勝者」と思う人も、「敗者だ」、と嘆く人も、読むに値する秀作だ。ましてや「敗者だ」と思う人はなお参考になる。頑張ってもどうにもならない。「ふぞろい」はふぞろいのままである。流れに逆らっては「負けて」しまう。名画が解らなく劣等感を抱える、そんな人達よ、考えよう。

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2012年8月16日 (木)

反省が出来ぬ

 昨夜、NHKのTVで、「終戦」(the end of the war)(も少し早く終結出来なかったか?)が行われていた。今日の政府、大企業となんら変わらない、変わっていない、と思ったのはボケ爺だけではなかろう。

 一億総懺悔!と言い、未だ、第二次太平洋戦争の反省は行われていない。当然に福島原発の災害も、最後には政府、東電とも反省無くして誤魔化すのだろう。野田首相は、A級戦犯は反省も終え、功績を称えられ、靖国神社に祭られている事は、靖国問題は解決済みだ、との見解を示して、政府閣僚が参拝することに、何らの問題は無いと言う。とんでもない誤解であろう。裁判の見解とは異なる。マスコミもこれに異議を挟まない。これでは、韓国との竹島問題、中国との尖閣諸島問題に、立ち向かう事は出来ない。日本人は格も、反省が嫌いな国民なのだろうか?歴史の現実に立ち向かわない国民性なのか?

 終戦に向けての情報の共有が出来ていなかった。ソ連の動向は、イギリス大使から一刻一刻伝わっていた、と言う。ソ連の参戦が見えていた。ソ連大使からも米英と同盟を結ぶ、との情報も日本へは送られていたがトップグループには伝わっていたかどうかは疑わしい、伝わっていたが、責任逃れに、公開しなかった、と言うことだろう。福島原発の録画公開の、本社と現場のやり取り、とそっくりな無責任集団の発言と何ら変わりがない。

 官僚主義(減点主義、と縦割り制)、発言が表裏で違う、無為無策、無責任。これが日本国民の性質、性格なのだろうか?第二次大戦終戦から67年で解決できていない、と言うことは、福島原発被害は、先行き60年でも、被害者は不幸なことになるのだろう。核燃料の処置が出来なくて、国民の税金は無限に膨らむことだろう。

<読書>

「キノコの教え」小川眞 岩波新書

木々と共生して、分解して菌類はひっそりと森を守っている。菌は六億年前から住んでいると言う。ボケ爺がキノコに興味があるのは、人工栽培をしたいと言うことからである。シイタケ、マイタケ、他、人工栽培は、韓国が進んでいる。全世界で研究されている。ニュージランドで、黒トリュフが人工栽培に成功している。オーストリアでも成功したと言う。松茸は未だ成功していない。不思議だ。ボケ爺成功させたいが?

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2012年8月15日 (水)

今日から夏休み

 ボケ爺の様な働き方でも、夏休みを意識する。東京の私鉄沿線は空いているのだが、イベント会場は混むに混んでいる。田舎に帰らない人達、田舎から東京見学に来る人たちで、一杯だ。

 朝から、ゆっくりと本を読もうなんて考えて、国分寺崖線の麓にある図書館は竹やぶ、武蔵野の大木に囲まれていて、最適であるのだが、難点がある。セミがうるさい。午前中から、午後3時ごろまではニイニイゼミが、それからは、ツクツクボウシ、カワセミの鳴き声だ。ツクツクボウシや、カワセミが鳴くと立秋は過ぎていて憐みの残暑である。カワセミの鳴き声には敗者や死者を弔う思いが起こるのだが?

カワセミの鳴き声高くものがなし

カワセミや敗者の思い恨み声

カワセミに泣き顔なんて見せられぬ

 カワセミや負けてならない遠雷に

<読書>

「俳句いきなり入門」千野帽子 NHK出版新書

俳句は一発芸。俳人はDJ,句会はゲームだ、季語にこだわるな、等、俳人らしくない発言が一杯だ。ボケ爺は、発想法に、俳句の発想は重要な研究の要因を含んでいると思っている。だから俳句、川柳を研究している。発想には制限が必要と考えている。切羽詰まった珠体が必要だと思っている。俳句には制限がある。①季語が必要。②五七五に納める。③切れ字が必要。④十七文字を切らない。⑤季語を説明しない。それ以外は自由だ。テクノロジー、エンジニアリング、にも、制限がある。それにしても、愉快な俳句論だ。

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2012年8月11日 (土)

オリンピック一色

 中国も、TVはオリンピック一色である。北京を上回る「金」が取れる、と予測している。陸上に対しては、努力しても難しいかもしれない、と言う。ボケ爺が中国に居た時(7、8、9日)TVが繰り返し、放映していたのが、陸上の100mハードルの選手であった。北京オリンピックでも、金が有望視されながら、非運に終わったらしい。今回も、中国では大変に期待されていたのだが、決勝で、ハードルを引っ掛けて、足を痛め、途中棄権となった。中国メディアは非難ゴーゴーであった。と、通訳が解説してくれた。もう一つが、バレーボールが接戦の末、日本に負けたことに付いて、非難が集中していたようだ。期待通りの成績が納められないと、中国メディアは、徹底的に非難をする。何事もはっきりしていると言うか、国家の費用を使って活動しているのだから、それに似合う結果を求めるようだ。

 北朝鮮は、日本の2割の選手団(56人?)で、日本を上回る金を五個取っている。北朝鮮も中国と同じように、国費を使って結果が出ないと、全く無視される、と噂されている。韓国は、国民の数が、日本の半分でも、金は15個以上を確保している。スポーツ競技だから、相手が居て、調子が悪い事もあるだろう。最善を尽くす事がスポーツで良いのではないかと思うのだが。最近のオリンピックは、国費をどれだけ掛けるかで成績が決まるようである。国によって、考え方が違う事は当然だ。

イギリスは予想以上の成績を上げている。日本もようやく元気のある競技が出来ている、が、期待度Aグループは7割が裏切られたようだ。期待が薄かった競技が頑張った。戦後最大の国費を掛けた成果だ、と言う。

<読書>

「漱石夫人は売らないが好き」半藤末利子 PHP研究社

漱石のひ孫になる人らしいが、漱石は作家としての職業人として、知っているだけだったが、著者の旦那が、漱石の素顔を描いている作品は数冊あるのだが、人間漱石の捉え方は、職業人の域から脱却していない。この作品は、漱石の連れ添い「鏡子」から見た、家庭での性格がにじみ出ている。漱石の家庭人の素顔がしのばれる。 

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2012年8月10日 (金)

また、珠海(ジュハイ)で

 招待を受けて、珠海へ行くこととなった。まる2日間、缶詰となった。今帰路にある。いささか、年寄りには厳しかった。日当なしと言え、豪華なホテル、それもスイートだ。昼食、夕食は豪華なレストランでご馳走だ。昨夜など、ジュハイ(珠海市)で最高級のストランにご招待。香港、サンフランシスコの方がはるかに味は上だが。

 エアーマカオを手配してくれた。もちろんビジネスクラスである。が、食事は、ビジネスクラスとしては最低だ。機体は、どこかの払下げで、随分に古い。帰りは、滑走路に出てから、エンジントラブルで引き返す、何時間かかるか解らない、とのアナウンス。最悪だ。しかし一向に引き返さない。20分ほどしてから、パソコンをリブートしたので、直った。このまま出発すると言う。ボケ爺、これでお終いか?南無阿弥陀仏、と祈る。無事、成田に到着が、ゲートを変えると言い、遅れる。

 ジュハイ(珠海)は、新旧交換が急がれて、至る所工事中だ。中国の勢いには変わりは無い。変わったのは、80%がスマホを活用していることだ。オフィスの近くのアパート群は古い。周りで鶏が元気よく飛び跳ねている。広い庭の、どこで卵を産んだか探すのに苦労するのではないかと、余計な心配をするボケ爺が居る。

 二度(マカオと中国)もイミグレーションを通る。相変わらず混んでいる。約1時間で通過出来た事は幸いだ。マカオはカジノの街である。立派なホテルが立ち並んでいる。中国人の成金が多いと言う。空港からも無料の豪華シャトルバスがひっきりなしに通っている。エアーマカオには、ファーストクラスが無いので、賭けで儲かる人はいないのだろう。

 ジュハイ(珠海)、マカオ、香港の間には、大小無数の島がある。リゾートの島が多いと言う。これらの島を橋で、三都市(珠海、マカオ、香港)を結ぶ工事に掛っていると言う。自動車移動圏内となるらしい。今のブルーの香港・マカオフェリー高速船は、どうなるのだろうか?また、人の事を心配するボケ爺が居る。

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2012年8月 6日 (月)

感動のオリンピック

 連日の日本人(日本)の活躍は、感動を呼ぶ。柔道は、残念ながら、これが現実だ。なぜなら、日本のお家芸だと古い体制にこだわって、古い考えの外野がうるさいからだ。この体制を背負っているので、世界が見えないのだ。今日の日本の弱さにつながる、と思う。企業も同じ事で古い体質の呪縛から抜け出せない。

 一方、競泳チームは意識改善に向かっている。共同体として機能してきているのではないだろうか?共同体としての絆、組織全体が、新しい体質に変化しているように思える。松田主将の「北島様に手ぶらで帰す訳にはいかない」北島も、「本当にうれしく」と受け取った。この共同体の体質が重要な変化なのだ。

 アーチェリーもしかり、バドミントンもしかり、女子重量挙げの三宅もしかり、である。卓球も何かが変わって来た。体操は今一歩である。陸上は論外だ。フェンシングは素晴らしい。共同体の運命での世界挑戦。今の政府、官庁、企業には、全く欠けている。頑固親父は、運命共同体としての考え方が、返って古い思考だと、反発している。ボケ爺は、社会の世相が変わらなければ、強い日本は生まれない、と主張している。「個人主義で、強くなれるとは到底思えない。」戦争時代の強制共同体に戻れ、と言っているのではない。新しい共同体だ。人間の力は、個人での仕上げはしれている。皆と関わり、皆が応援してしてこそ、強さは光る。バレーボールなどは、もっと世界に出る必要がある。

 男女のサッカーの試合を見ても、日本は強くなったと実感できる。本当に強い。その強さに感激をする自分が居る。強さは、強い個人が海外で活躍する人が居て、しかも、共同体を形成して違和感無く溶け込んでいる。こんな共同体を日本企業は作らなければならない。

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2012年8月 5日 (日)

予測がはずれで、猛暑日

 東京地域は、土日曜は、久しぶりに猛暑は和らぐだろう、との予測であった。今日(日曜日の朝)のTVニュースでも、「関東一円は曇り、八王子では午後、一時雨になるだろう」との事であった。その時からボケ爺の所は晴れていたのだが、その内、曇って来るだろうと思いきや、益々雲は遠のき、紫外線で一杯だ。

 木々は、水を求めているが、無いので、ぐったりと、力を無くして光合成を休んでいる。紫外線による被害を避けるために、盛んに抗体のビタミンC、E、などを生産しているのだ。紫外線は、ボケ爺の時代は、日光浴と言って、ビタミンDを補い脚気を防ぐ、と教わっていた。夏休み明けには、黒さを競って表彰の行事まであった。今では、紫外線はすっかり悪者扱いだ。植物にとってもしかり。しかし、その為、人間は、植物からビタミンの補給が出来ている。植物のすごさに感謝。キョウチクトウは、元気に美しい花を咲かせているが、同時に毒を貯めているらしい。毒を作る植物、であると言う。

 図書館の学習室は、満員だ。冷房を求めて集まっているのだ。ボケ爺のその一人であるが。カナカナが盛んに「残暑だ!残暑だ!」と鳴き叫んでいる。

<読書>

「方丈記」 左方郁子 PHP新書

今年は鴨長明の生誕の800年となっている。NHK大河ドラマの平家の時代の話である。「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず・・・久しく止まりたる例なし・・・・」これが無常と言うことだ。無常とは、「常に変化する」と言うことだ。「朝には死、夕べには生まれる人が・・」「世は水の泡沫に似ている。」この時代は、災難(火災、地震、政権不安、等)が毎年起きていたようだ。

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2012年8月 4日 (土)

 チェルノブイリ原発では、食物の汚染管理を徹底して、植物に原子を吸収させて。食物からの汚染を防いだという話は、有名だ。起きてしまってからのロシアの対応は、「すごい」と言わざるを得ない。その点、日本は、この程度なら大丈夫、大丈夫と言うばかりで、汚染吸収への研究補助金、汚染物の封じ込めの為の構造物への研究補助金など、検討される様子は無い。国を上げて、真っ先にプロジェクトを組み、研究開発の補助金を出すべきだ、と思うが?

 「植物のすごさ」田中修 中公新書を読む。生物学には、全く疎いボケ爺であるが、今日、植物の不思議に異常に興味を抱いている。健康に気を付けるようになってからだ。そんな中、店頭に並んだ新書版に、つい手が出てしまった。「目から鱗が落ちる」とはこのことだ。実に不思議な世界である。

 植物たちは、根から吸った水と、空気中の二酸化炭素を材料に、光合成をおこない、でんぷんなどを、作っている。このこと自体は小学校で教わる。未だに、水と二酸化炭素を原料にして、でんぷんを作る事は出来ない、現状である。葉っぱや、花や、実(種)などに、不思議な形、動きがある事も驚くのだが、基本的に、植物が生きることで、人間が恩恵を受けている、植物の「すごさ」に感謝する。

 植物が、①自分で自分を守る作業に、②生きる防衛手段として、「味」を創り、③病気になりたくないから、生みだす物質に、④毒で体を守る物質から、⑤紫外線嫌いから抗酸化物質が、等、植物が生きる為の行為から作られる物質で、人間の栄養の元となっている。人が健康で居られる、とは、もっと植物を大切にしなければならない。

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