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2012年7月18日 (水)

共同体と個人がバラバラ

 大津市のいじめ問題の対応を聞くに、個人と教育委員会との間で、自分が、ズタズタに分断されている。政府の野田首相をはじめ、枝野、細野の「三野」は、嘘つきだ。平気で、意見を変えてしまう偽善者の代表である。これも、個人と共同体とで、自己が分断されているからだ。

 何時からこのような完全分離時代になっていしまったのか?自分が分断されていたって、無責任が気がつかなくなっているのだろうか?自己を貫く、と言う「個」を大切にできる民主主義、自由主義の時代であって、かえって、信念をつらぬく事をしなくなってしまった。頭の中がバラバラになってしまっているようだ。

 野田首相は、党内でも「個」を出せなくなって、官僚共同体に流されているから、発言が、かたくなに官僚的になってきてしまった。意地の発言としか受け止められない。消費税問題を前面に押し出しておいて、官僚は陰で、憲法にかかわる、自衛権(軍事)、外交など、保守的官僚国家への道を作ろうと、着実に文言を変更して、怖い国に仕立て直している。(国民を無視して、国会でも議論を隠している。)

 日本の弱さは、「共同体と個人がバラバラ」が生んだ産物でもある。

<読書>

「孤独な夜のココア」田辺聖子 新潮文庫

難しい課題が多く考え事で、疲れて癒すには、著者の作品を読むと良い。誰にも忘れられない恋がある。恋愛は、個人、個人の問題であり、人の数ほどの物語が出来る。個人と個人の共感、共鳴が起きてこそ、成熟するようだ。まさしく「複雑系」の仕組みと言うことになる。

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