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2012年7月29日 (日)

オリンピック三昧

 土曜、日曜はオリンピック三昧だ。開会式は、なるほどイギリスらしいと思ったが、TVで見ている限り、イギリスの正統性は伝わらなかったのではないだろうか?式場にいる人たちは満足したのかもしれないが。これからは、TVでの演出も考えなければならない、と言うことか。もっと短くして、アトラクティブな革新を期待したい。

 日本人の活動に期待したいが、やはり、若手であることが、期待にこたえる条件かもしれない。日本新が出てこそ、勝てるのだ。絶対に金を取ると云わされた人達、金を期待されている人達は、多分、厳しいのではないだろうか?日本人は緊張してしまう。本番に弱い国民だ。体操、柔道、水泳で、惨敗するのではないだろうか?

 勝つには、練習量だけではない。気の持ち方が大きな要素となるのかもしれない。例えば、従量挙げの銀の三宅選手の様な。ここ一番の底力はどうすれば鍛えられるのか?ボケ爺も知りたい、ボケ爺は、ここ一番が苦手である。緊張症であり、すぐに上がってしまうのだ。

 朝、気付いたのだが、ブドウの実が色付いた物から食べられてしまっていた。今夜は、TVを観ながら見張ってみよう。

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2012年7月28日 (土)

4か月も続く原発反対デモ

 原発反対デモが、毎週金曜日に行われて、はや、4か月になる。4か月も続いていることは脅威だ。ジャーナリストは報道を嫌っているのか?報道がほとんど無い。日本の共同体の体制が変わり始めたかもしれない。60年安保(安保改正に反対が学生と社会人、死者も出た)、と70年安保(70年は、安保改正だけではなく、大学民主化紛争の方が大きかった)その後は、成田紛争など、過激派だけのデモは、少し続いたが、社会共同体とは言えないだろう。共同体の崩壊時代が続いていた。40年ぶりの社会共同体としてのデモが行われているように思える。

 デモが無くなって、共同体の束縛から逃れた若者たちは、個人主義に走って行った。何を訴えても「空しさ」だけが残り、自己に逃げ込んで、組織である共同体の中での個人ではなく、共同体と個人を使い分けてしまった。デモを行ってきた世代は、共同体の重要さが暗黙のうちに理解されていただろう。時代背景もさることながら経済成長の原動力となっていた。二つを使い分ける時代になって、共同体での生きがいを見失い、経済発展にも元気をなくしてしまった。それが、失われた日本の原点ではないか?と、ボケ爺は考えている。優秀な日本人の力の発散する場所が無いのだ。

 ツイタ―、フェイスブックなどの影響、と言うか、「新しい共同体」の目覚めに時代に入った感がする。「仲間意識」、「絆による繋がり」と言う形の共同体は、何か、社会に訴えることが出来る、との希望が見えて来たのではないだろうか?

 日本の良い体制であった、家族主義とか、企業への忠義心と言う共同体が、70年デモから、亡くなってしまって、日本と言う力を無くしてしまったが、「新しい共同体」は、今後の社会(政治、経済)に対し、大きな変化をもたらす原点になりそうである、と、ボケ爺は期待する。「若者よ、夢はある、夢を見ろ!」と叫びたい。

<読書>

「男の系譜」池波正太郎 新潮文庫

戦国時代から江戸幕府の崩壊までの中の人物を取り上げて、その生きざまの解説と、時代背景、そして今日の時代と対比しながら解説する、一種の思想本である。池波が、思想をここまでむき出しにして、今日の世相の批判を吐き出してしているのに驚いた。更に、男の価値観を提示した「男のリズム」や、「男の作法」とは全く違う。そんな生易しいものではない、悲痛な世相への思想書である。

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2012年7月26日 (木)

イチローの決断

 イチローが電撃トレードされた。されたのか?望んだのか?は、はっきりしないが、それにしても、5時間程度で事務手続きを終えた事は、尾を引きずり易い人間にしても、驚くべき「決断力」である。しかも、その後の試合が、マリナーズ戦だったことも、「哀愁」と「次の希望」への切り替えには、複雑な葛藤あっただろう。並みの「信念」の持ち主では無い。ぶれない意志力の強い人だ。

 自分は、まだ、出来ると思う気持ちは、誰でも簡単には捨てられない。更には結果を出して来た人はさらに強いことだろう。一般には、マリナーズから、戦力外を言い渡されない限り、穏便にしたい、と思うのが人間だ。でも、戦力が落ちていることも理解していたであろう。意地でも、戦力外宣言される前に、移籍を考えていたのだろう。

 あえて、窮地に追い込むイチローはイチローらしい強さであろう。ヤンキ-スの契約は、必ずしも良いとは言えない。むしろ悪い。今シーズン末まで、3カ月の契約で、報酬も大幅に落ちている。つまり、「背水の陣に自ら追い込んだ」、こととなる。その気力、気概は、さすがイチローだ! この3連戦(マリナーズ戦)連続安打を放っている。イチローの「意地」が見え隠れする。

 一方、松井はレイズから、戦力外を通告された。いよいよ崖縁に追いやられたことになる。今までの栄光を如何に捨てられるのか?引きずるのか?を見守りたい。ボケ爺の勉強の為にも、この二人の生き方は気になる。

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2012年7月23日 (月)

今考えること

 Hitachi Innovation Forum 2012が19日、20日に開かれていた。基調講演、特別講演を申し込み聴きに行ったのだが、100以上もある講座も大変な規模である。集客力は、近年では、トップであろう。IBMが2週間ほど前に開かれていたが、集客力に差があった。しかしながら、どの講演も、Innovationと言いながら、Improveの域を超えていない。グローバルへの道も、ほど遠い感がした。イギリスで車両が売れた、とか、中東で水ビジネスが成功した、とか。売り込むことだけを強調している。共同体へのグローバルを忘れた企業の代表だろう。

 そんな中で、「五木寛之」の「今考えること」の講演があった。気になる点をかいつまんでみる。「高度成長」、「拡大、成長」には、「プラス思考」を善として「信じること」が最優先されてきた。「笑うこと」がそれを実現できる、と。3.11以来、国民は虚脱感に襲われている。「何かを見失ってしまった」「何を信じていいのか」と考えるようになったのではないか、と言う。つまり、「マイナス思考」=悲しみ、嘆き、溜息、不公平、不幸感、などのある世の中にいるのではないか、と。

言葉、考えには「表裏一体」で出来あがっている。仏教で云う「慈悲」と一体で考えると間違いがあり、「慈 and 悲」と考えることが重要だ、と言う。「慈の心」、と「悲しむ心」が両輪で回って、初めて人間らしい生活になる、はずだ、と言う。

 日本の置かれている社会は内向きでありながら、プラス思考で、笑って、元気を出そうと、呼びかけているけれど、踊る人は少ない。こんな時には、「溜息を吐き、悲しみに浸る」こともまた必要だ、と言う。経済成長もあれば、縮小への経済があっても良いのではないだろうか、と言う。「上下」と言うからいけないので、「上る and 下る」が正しく、「上ること」も大切だけれど「下ること」も大切なのだ、と言う。「無心で柔らかい生き方」があってもいい、と締めくくられた。なるほど、とボケ爺、暫し考える。

<読書>

「黒幕」池波正太郎 新潮文庫

これかの日本では、ここに登場するような、個性の強い、心根の強い人物の登場を期待する。

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2012年7月22日 (日)

予測が的中

 天候の予測が的中してしあった。北部九州災害だけでなくその後に、北陸、近畿での一部で、やはり豪雨に見舞われて被害が出てしまった。米国のBostonでも局部豪雨の攻撃にあったようだ。米国は全般には乾燥、干ばつの被害を受けているのだが。今日は、干ばつの北京でも大雨に出会ったようだ。偏西風の蛇行によって、世界中で、「例年に無い」天候不順が続くであろう。

 そんな中、土曜日、日曜日と、東京は4月上旬の寒さである。思わず長袖を引っ張りだした。この寒さにもかかわらず、我が家の庭の百日紅の花が開花した。金曜日までの猛暑の慣性の法則を木々も受けたのだろうか?淡いピンク色の清楚な美しい花の色である。ボケ爺の最も好きな色でもある。今年の夏も無事に過ごせそうである。ブドウの実は、今年は豊作だ。少し、色付き始めた。こと死こそ葡萄泥棒を掴めて見せる。やって来るのは夜中だから、さてボケ爺、眠気に勝てるか?勝負したい。

<読書>

「科学予測は8割はずれる」竹内薫 東京書籍

首題の通りである。何事も完全ではない。科学史が良く理解できる。

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2012年7月21日 (土)

繰り返す欺瞞

 将来の原子力発電の依存度は、と、聴聞会を開いた政府に、懲りる事もなく欺瞞を繰り返している、と言いたい。3か所の会場での意見を発言する中に、電力会社の社員が、3か所とも同時に、選ばれている事、政府側が選択を行っていた。電力会社の社員は、堂々と、「我が社の方針は」と言って主張。政府側は、「たまたまだ」と言うが、誰が信じられるか?誤魔化し家代表の細野大臣!

 原発の下に、活断層がある可能性が高いと、専門家関係委員会が、3か所を指摘した。政府側の「保安院」が、いやいやながら認め、電力会社に、調査依頼をした。素人は、何故、「電力会社」に調査を指示するのか?電力会社は、活断層があっては困る側である。正当な調査がなされるとはない、と明らかだ。今まででも解っている。活断層を無視してきたのだから。何故、第三者に調査依頼を、「地層の専門家」に委託しないのか?ここにも、欺瞞を繰り返す。今の政府は腐って麻痺しているのか?故意なのか?何故、保安院は中立の立場に出来ないのか?

 このままだと、日本復活はままならない。沈没の一途をたどる、とボケ爺は嘆く。

<読書>

「日本経済復活・最後のチャンス」三橋規広 朝日新書

専門書は、紹介する事をためらうが、(今まで、ほとんど紹介していない)強い日本をどうすればいいのかを提案しているので、あえて紹介する。「GDPを気にするな、成長を夢見るな」「成長が幸せ、とは考えない」「知恵の発揮できる社会に転換しよう」等、解り易く解析されている。当たり前の書。

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2012年7月18日 (水)

共同体と個人がバラバラ

 大津市のいじめ問題の対応を聞くに、個人と教育委員会との間で、自分が、ズタズタに分断されている。政府の野田首相をはじめ、枝野、細野の「三野」は、嘘つきだ。平気で、意見を変えてしまう偽善者の代表である。これも、個人と共同体とで、自己が分断されているからだ。

 何時からこのような完全分離時代になっていしまったのか?自分が分断されていたって、無責任が気がつかなくなっているのだろうか?自己を貫く、と言う「個」を大切にできる民主主義、自由主義の時代であって、かえって、信念をつらぬく事をしなくなってしまった。頭の中がバラバラになってしまっているようだ。

 野田首相は、党内でも「個」を出せなくなって、官僚共同体に流されているから、発言が、かたくなに官僚的になってきてしまった。意地の発言としか受け止められない。消費税問題を前面に押し出しておいて、官僚は陰で、憲法にかかわる、自衛権(軍事)、外交など、保守的官僚国家への道を作ろうと、着実に文言を変更して、怖い国に仕立て直している。(国民を無視して、国会でも議論を隠している。)

 日本の弱さは、「共同体と個人がバラバラ」が生んだ産物でもある。

<読書>

「孤独な夜のココア」田辺聖子 新潮文庫

難しい課題が多く考え事で、疲れて癒すには、著者の作品を読むと良い。誰にも忘れられない恋がある。恋愛は、個人、個人の問題であり、人の数ほどの物語が出来る。個人と個人の共感、共鳴が起きてこそ、成熟するようだ。まさしく「複雑系」の仕組みと言うことになる。

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2012年7月16日 (月)

「これまでに経験した事なき雨量」

 不幸なことに、ボケ爺が一週間ほど前に予言した豪雨による災害が出てしまった。「九州北部災害」と呼ぶ。残念なことだが、自然にはかなわない。ボケ爺の予想では、北陸から東北地方と予想したのだが。ここ100年で見れば、日本海側は、雨量の遍歴はあるものの平均1.5倍になっている。気象庁は、今回もなお豪雨の理由は単純に温暖化、と言いきってしまう。なぜだろうか?

 ボケ爺が今回に災害地域を見誤ったのは、偏西風の位置であった。もう少し、上に登っていたはずだったが、九州上空まで下りていたからだ。また、豪雨による被害は、小地域で、世界中で起きている。隣の中国でも同様だ。これは、温暖化から寒冷化への移行中の偏西風の不安定さによる。と思っている。偏西風は、温暖(高気圧)と寒冷(低気圧)の位置を決める。通常の高気圧下での積乱雲は、雨をふり終えれば消滅する。つまり豪雨にはならない。次がら次に起こる積乱雲は、それだけのエネルギーが必要だ、それが上空での寒気の力である、とボケ爺は考えている。偏西風の蛇行がもたらす、と考えている。

 さて、今年の梅雨明けは、これで終わりだろうか?もうひと波乱はあるだろう。また、その後の台風が心配だ。10月になっても台風の被害が残る気がしてならない。ボケ爺は祈る。「偏西風よ、もっと高緯度で安定してくれ。」と。

<読書>

「上を向いて歩こう年をとると面白い」永六輔 さくら舎

永六輔は、今78歳だそうだ。まだ、元気で居て欲しいが、パーキンソン病だそうだ。どんな病気か?ボケ爺には解らない。が、この著書は、いちいちもっともだ。偉大な歌の道を残してこられた著者。「見上げてごらん夜の星を」「上を向いて歩こう」は、60年の安保での樺美智子氏の死亡を悲しんだ歌だったらしい。ボケ爺は、日本を弱くしているのに、教育があると思う。無責任教育がもたらした、と思っている。つまり、「蛍の光」「仰げば尊し」「君が代」が教育現場から消えて行ってしまったことにあると思っている。

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2012年7月15日 (日)

桜井よしこの弁

 中国と尖閣諸島の領土問題で、日本はもめている。石原東京都知事の「尖閣諸島を東京都が購入する」と言う宣言から、俄かに激しくなってきた。くすぶっていた課題であったが。これを聞いたボケ爺は、石原氏は色んな事を良く考えている人だと思う。東京都一極集中も、なるほど、うならせる。寄付金が、既に十億円をはるかに超えた、と言う。ドジョウ野田首相はあわてて、国が買うと言うが、遅すぎる。

 この時、中日大使の丹羽宇一郎が、石原氏に苦情を言った。「日本固有の土地だと言わなければいいのに」と。そこで、桜井よしこ氏が登場。「丹羽宇一郎を即刻、更迭すべきだ」と。なぜなら、尖閣諸島は、日本は日本固有の領土であることを確認している。その政府代表の中国大使の丹羽宇一郎が、まだ決まっている訳ではない、これからの議論で、交渉事項、と言わんばかりであったからだ。「伊藤忠の商社マンは、売国を目論んでいる」とまでの激しい口調で非難していた。ボケ爺も、全く「桜井よしこ」氏に賛成だ。

 東京都であれば、そこに人を住まわせて、ビジネスを考えるだろう。野田政権なら、ほったらかして、毎年、小さな事件を起こしては、弁明している事だろう。

<読書>

「小説的思考のススメ」阿部公彦 東京大学出版

副題に、「気になる部分」だらけの日本文学、となっている。いきなり、小説とは読めないものだ。「虚構だ」から、素直な人は「嘘」と解ると、面白くない?小説は「嘘」付き方に注力している、と言う。「嘘の付き方」に注意して小説を読むことだ、と言う。そのルールを、有名な作家の作品を読みながら説明してくれる。目から鱗の連続だ。

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2012年7月13日 (金)

日本人の弱さ「曖昧だ」

 日本人が弱い、と言うことではないが、日本人が世界から見て、何時も言われる体質が有る。「曖昧な民族」で、理解に苦しむ、と。海外の友人などは、特に最近、結論が出ない、と嘆く。「Yes or No」が言えない。日本語の論理構造の問題ではない、と思いたい。

Yes or No」の問題とは違うことだけれど、ボケ爺は「曖昧」と言う意味で関係していると思っている。それは、大津市の中学生の自殺の問題で、教育委員会等の答弁は、真に「曖昧だ」ロジック自身もあいまいだけれど、それ以上に「説明に責任逃れが先行する」事で、責任追及を曖昧にしている。この、「責任逃れ」の体質は、公務員に特に多いのだが、民間の共同体においても至るところに現れる。責任逃れは、責任を負いたくない、から責任のある仕事をしたくなる、までに至る。「無責任時代」と言えるだろう。一方、やたらと「責任を取る」と言う人も多いが、現実には責任を負えない人達が、やたらと連発する。これも無責任の代表だ。

大津市教育委員会が、今日の日本の現実だ。責任を取らなければならなくなる時には、共同体運命として、実に結束が固くなる。どこに責任が有るか、を曖昧にするための結束力である。この体質が改善できない限り、日本は世界に中で生きていけなくなるだろう。「新しい黒船」でも、眼が覚めない日本の将来が、ボケ爺は不安である。いろんな企業のコンサルティングさせて頂いているが、どこ一つ、活気は見られない。熱血漢が居ない。トップの激もしかり、「曖昧だ!」

<読書>

「若き獅子」池波正太郎 講談社文庫

明治維新近傍時代の革命家、時代を動かした英雄の活動の一端の人生を描いた短編集である。司馬遼太郎の描き方とは、まるで違うが、それは人も見方の違いだろう。この時代の革命家が、今の時代に欲しい。どうすれば、「責任を取る」革命家が現れるのだろうか?日本は橋下大阪市長の進める地方分権、と石原大都市構想の狭間で、都道府県間の争いが起こり、破滅するだろう。世界の民族戦争並みの争いがやって来ると思っている。

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2012年7月10日 (火)

グローバル化で日本は生き残れるか?

 グローバル化は日本にとって、生きづらい時代となっている。明治維新時の「黒船」に相当する「新黒船」に鈍感となってしまっている。ガラパゴスは日本の至るところに蔓延している。政治(外交音痴)、経済(システム)、企業(組織、商品)、さらには、文化(日本独自の喪失)啓蒙までも。

1)   民族で考える; 「日本共同体」は解体してしまっている。日本との自覚が、何であるかを、教育から(日教組の責任)失せている。

2)   経済で考える; 全世界規模の金融システムが考えられていない。日本だけを守ろうとしても守れない。日銀と、財務、金融庁のガラパゴス化。

3)   企業力で考える; 企業共同体の組織で、ガラパゴス。つまり、大規模が最優先、組織運営管理システムが古すぎる。技術力でガラパゴス。つまり、商品が全て内向き、世界への攻撃性が無い。

4)   政治力で考える; グローバルな政治体制になっているのか?特に外交力は最低、弱くながら、政策は、ガラパゴス。ODAでも失敗、日本の出資金額は巨大でも評価は最低。

 カリスマリーダを待つ、期待すると簡単に言うが、サラリーマン化したリーダーしか存在していない。サラリーマン化したリーダーは、責任を取った振りをして、責任を取らない。今のリーダーはイノベーションを抑え込む。しかも、頑固で、気が短い。

これからのリーダーは「不確定性を飲み込む」力が必要。この世の中、不確定である。更に、他者(海外も含めて)の資産を活用できる度量を持つ事である。その為には、先見性が必要だ。そのような寛容なリーダーを育成できるだろうか?

<読書>

「まんぞく、まんぞく」池波正太郎 新潮文庫

難し事が有る時には、池波正太郎で、息抜きをするとよい。この著書も息抜きには最適だ。構想は壮大で、想像を想定外で、驚かせる。実ん愉快、愉快!グローバル化で日本は生き残れるか?

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2012年7月 9日 (月)

福島原発は「人災」だ!

 随分と過激な報告書が提出された。委員長は勇気のある方だ。尊敬する。久しぶりの正論が堂々と展開された。この結果が、活かされる事を切にお願いする。「人災」の理由が、① 見て見ぬふり(無責任性)の蔓延だと、指摘された。さらにその理由に、2002年に地震に弱い、2006年に津波に弱い、との指摘に、東電、保安院、政府の機関の原子力委員会、も無視(聞かないふりを貫いた)をした。②都合の良いように解釈をして、警告を隠ぺいした。そんな文章が、至る所にある、と指摘されている。

 これらの状況は、今日の産業界、大企業の共同体がこのパターンである。だから、日本の企業が、グローバルで無惨な、悲惨な、敗退を繰り返している。

 願わくは、① 誰が責任者であったかを明確にしてほしい。なぜなら、「人災」と言い切ったのだから、刑事罰を問わなければならない。これが筋道と言うことだ。

② 廃炉への道筋を助言してほしかった。政府、東電は、除洗をすれば、また住める、と言うが、果たして住めるのか?住めないだろう、と誰もが解っている。政府と東電は、最低10キロ範囲、願わくは、20キロプラス線量の多い地域の、土地の買い上げるべきだ。その土地を利用して、原発の廃材を地下へ埋葬するべき場所にする、と早々に決断すべきだ。皆様、どう思いますか?

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2012年7月 8日 (日)

鬼ユリの季節

 一軒離れた近所の庭に、白い鬼ユリが満開である。その庭では日光キスゲの橙色と競演している。森のテラスでの鬼ユリは、その後、毎年やせ細って、今年は、ホンに小さな花を付けている。これから、本格的な、夏、猛暑が来る事だろう。

 桐朋幼稚園の庭にある、グイの実が、黒ずんできた。垣根から飛び出している一粒を失敬して口に含んでみると、少々早いがほんのりと甘みがあった。あと一カ月ほどで、甘い実となることだろうが、それまで、持つだろうか?ボケ爺の様な不届き者が、つまんでしまうことだろう。

 今日は、ウグイスが、激しく泣き叫んでいる。我が家の近くとか、実篤公園の子供の騒ぐ声に負けないほどの大声であり、勢いがいい。なにか嬉しい事でもあったのか?まさか、パンダの誕生を祝っているのではないだろうが。

<読書>

「日御子(ひみこ)」ハハキギ蓬生 講談社

著者の従来の文体とは違って、語り口調で、優しい文章が続く。日御子と卑弥呼とは何が違うのか、最後まで解らなかったが、日本書記時代の国の興りと、中国との交流の歴史が詳しく(540頁)描かれている。が、感想は?何も言えない、こんなものか?しかし、歴史に興味のある方は、是非読んでもらいたい。壮大なロマンが目の前に浮かび上がってくる事請け合いだ。

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2012年7月 7日 (土)

市場経済崇拝で幸せになれる?

市場経済主義で、世の中が変わってしまった。このまま突き進んで、人類に幸せが訪れるだろうか?難問である。つまり、「労働力」に課題が噴出している。

労働力が商品化されている。つまり、市場経済は、「金」で動き、競争原理主義となっている。労働力はコストであり、安ければよい、と言う貨幣に換算される。つまり、安い労働力が求められる。日本の派遣労働化がそうである。労働勝ちの最大化は、先進国では限界に至り、後進国へと移行する。その人材は、無限にプールされている。

JM・ケインズ経済の理論は「完全雇用」を前提としていた。市場経済では「価値の最大化」が追求される。コストの安い労働力を求めて世界を駆け巡る。先進国に、失業者が偏在することになる。今日の、経済の停滞は、安い労働力を求めて、産業(生産)場所が世界を駆け巡っている。先進国には、労働力の失業者が増え続けることとなる。

今に、その限界が訪れて、経済不況が起こる。今度はバブルではなく、「失業者反乱」の経済不況である。つまり、民族の生き残り戦争かもしれない。日本は、どんな戦争を作るのだろうか?「領土戦争(中国、韓国、ロシア、と)、地方化戦争、少子化戦争」等。日本の少子化は、世界で最速だ。つまり労働力の流動性が限界に来ている。労働価値が無いと言うことに相当する。世界で最速に、戦争へと突入するだろうか?

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2012年7月 6日 (金)

Small is Beautifulの格言

スモール・イズ・ビユーティフルとは、経済学者のE・P・シューマッハ-が唱えている。また、警告している重要な言葉である。経済、政治分野だけでは無く、ボケ爺の開発業務でも、商品の性能、機能を考えるときに、よく当てはまる。技術家にとっても、偉大な「格言」である。

 シューマッハ-の著書「予見の書」の中に、原子力発電は「壊す」事も、「移動」する事も出来ない。しかも「寿命」がある。廃炉は醜い記念碑となり、人類の未来に脅威として襲いかかり、残ってします。その周辺は永久に、住む事が出来なくなり、さらにその外郭地域は、恐怖を抱えたままの状態となる。と予言している。

 ある技術が成功すると、次の課題が、必ず発生する。「問題発生列車」は永遠に走り続けなければならない。「作用が有り反作用が有り」と言う単純なゼロサムの事を言っているのではなく、副作用が恐ろしい。しかも必ず生まれるものだ。人類は永遠に不幸を抱えて走り続けている。ここらあたりで、規模を小さくしなければ、大爆発が起きる、とも、予言している。

 ボケ爺は、「大きく、速く、強く」から、「小さく、冗長に、柔軟に」の方向性に鍵を切る時が来ていると思う。「Small is Beautiful 」万歳!

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Small is Beautifulの格言

スモール・イズ・ビユーティフルとは、経済学者のE・P・シューマッハ-が唱えている。また、警告している重要な言葉である。経済、政治分野だけでは無く、ボケ爺の開発業務でも、商品の性能、機能を考えるときに、よく当てはまる。技術家にとっても、偉大な「格言」である。

 シューマッハ-の著書「予見の書」の中に、原子力発電は「壊す」事も、「移動」する事も出来ない。しかも「寿命」がある。廃炉は醜い記念碑となり、人類の未来に脅威として襲いかかり、残ってします。その周辺は永久に、住む事が出来なくなり、さらにその外郭地域は、恐怖を抱えたままの状態となる。と予言している。

 ある技術が成功すると、次の課題が、必ず発生する。「問題発生列車」は永遠に走り続けなければならない。「作用が有り反作用が有り」と言う単純なゼロサムの事を言っているのではなく、副作用が恐ろしい。しかも必ず生まれるものだ。人類は永遠に不幸を抱えて走り続けている。ここらあたりで、規模を小さくしなければ、大爆発が起きる、とも、予言している。

 ボケ爺は、「大きく、速く、強く」から、「小さく、冗長に、柔軟に」の方向性に鍵を切る時が来ていると思う。「Small is Beautiful 」万歳!

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2012年7月 5日 (木)

瀬戸内寂聴のeBook展望

 今日は、ビックサイトでブックフェアがあって早々に出かけた。その他の展示会も興味があったからだ。基調講演は、瀬戸内寂聴(90歳)の「本の送り手が、今考えている事」であったからなお、心を弾ませた。

 作家にも、出版社も、読み手にも、変化が起きている、と言う。時代で環境が変わり、共同体も変わっって行く。世の中は「無常」である、言う。「無常」とは、「世は常ならず」と言い、「世は流転する」、変化の連続である、と言うことだ、と説明された。ボケ爺の「無常」の解釈は今まで、思うに任せない世の中だから、悟りなさい、と言うこととばかり思っていたが。

 無常を生きるには、「恋と革命」が必要だ、と過激な言葉が噴き出した。その為には、読書が必要だ。その読書は、苦労を重ねて獲得しようとした「恋」であり「革命の行為」が書かれた著書である、と言う。良い本は、すぐに絶版となる。それをeBook化してほしい、とも言う。

 「世は無常」だから、必ずeBookの時代になる、と断定した。時代は変化している。だけれども、これからの日本は、このままだと、必ず滅びるだろう、とも、嘆いておられた。その理由は、元気が無く「恋」も躊躇する、「革命」にはそっぽを向く、事からだ。更には、人の話を聞こうとしない自己中心者が多い。責任を取ると軽々しく言う人が多い、と嘆く。

 自分の存在は、他人が幸せになれるように行動する事である、がそう振舞う人が少ない、とも嘆く。日本をつぶさないように、皆青春であり、「恋と革命」に情熱を燃やそう。と言う結論となった。

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2012年7月 1日 (日)

続・悩む力

 今日は、今年も後半期に入った。梅雨前半で、既に、災害が発生している。7月の中旬から後半で、どこかで災害があるだろう。それが無くして梅雨は明けない。原発も再会した。福島原発の廃炉の方法、手順も決まっていないにもかかわらず。

 姜・サン・ジュン氏は、「悩む力」の続編の「続・悩む力」を発表した。前編と同じように、夏目漱石に、今日の悩みの根源を、洞察されている、と言う。漱石の悩みは社会営みの変化の中に、自分として苦悩が生まれる、と言う。都市化社会は、共同体から、個人化(個人主義)社会にとなる。その個人主義の、孤独が、悩める根本だ、と言う。

 漱石の「悩みの種」は、①お金、②愛、③家族、④自我の突出、⑤世界への絶望、となっている。今日の社会は、「市場主義崇拝」が、考えの基本に「お金」があり、お金で全てを還元できる、と言う。自意識は、自分探しであり、他人との関係でしか、見いだせるモノではない。他人は、自分を苦しめるために存在している。共同体の中でも、個人対個人の競争原理が適応される。公共は崩壊してしまった。

 ゲスト・ワンではなく、オンリー・ワンと言って逃げ出すしかない。努力して、自分を評価してくれる場所は無い。自分を自分が褒めてやるしか存在できないのだ。自分を褒められる人はまだましだ、それも出来ない人は多い。

 本著は、経済問題から、社会構造までもの、課題が提案されている。本著は、日本社会の悩みまで、言及されている。こ一冊を熟読すれば、全ての課題が理解できる。回答を出すのは、もちろん自分である。ボケ爺の課題の良い演習問題である。それにしても、夏目漱石の先見力は、ずば抜けている。

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