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2012年4月29日 (日)

真夏日の休日

 連休が始まった。ボケ爺、疲れを癒すために、どこにも行かず、体を休めたい。昨日は、ホビー展に、ビッグサイトに出かけた。ボケ爺の期待する、目指すホビーは、3種ほどの出展しか無かった。ご婦人や、子供で一杯だ。体験が出来る場所など沢山あるが、いずれも行列が出来ている。女性の方が、よほど余裕のある豊かな生活をしているのだ、と改めて考えさせられた。

 今日の実篤公園では、竹の子が1mほどに成長している。ここにも、子供が走り回っている。元気であり、男の子は上半身裸が多い。ツツジの季節となった。シャクナゲが終わって、ボタンの華やかな時期ともなっている。真白なボタンの花は初めて観た。華やかな中に清楚な美しさがある。

 ボケ爺のリビングは、夕刻まで28度にもなっていた。さすがに暑く、子供に真似て裸になって過ごした。今年の冬は、ついつい、体が心配で厚着主義となってしまっていた。未だに、右半身の温度感覚は鈍いままである。薄着になるのに恐怖があったのだが、今日でようやく安心して薄着に戻れることになった。のんびりした休日を過ごしたい。

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2012年4月28日 (土)

悲しい交通事故が続く

 クレーン車から始まり、京都の河原町の事故と言い、亀岡の事故、千葉の事故、此処のところ、幼児、児童をまき込む交通事故が続いている。無謀な運転、と言う単純な事のようであるが、車に乗ってしまえば、上から目線にしか、周りを見渡せない。これば車と言う狂器を生む所以である。特に若い人たちには。

 運転する自覚が足りない、と言えばそれだけで結論が出てしまう。刑を重くすれば、治るのか?と言っても変わらないだろう。人格そのものを変える、鍛え直す必要が迫って来ている、と思う。なにか、たるんでいる、としか言いようがない。

 一方、地震、津波で災害のあった地域では、このような甘い世間の風は吹いていない。復興に厳しく立ち向かっている。そのような超然と立ち向かう姿に対する反抗のように見える。これ以上の悲惨な事故が起きないように出来ないものだろうか?

 ボケ爺の内輪の話で、申し訳ないが、親父は、死ぬ10年ほど前に、歩道を青信号で渡っていた時に、右折を急ぐ若い女性ドライバーと接触して、右大腿骨を複雑骨折して3カ月ほど入院した。母も、詩吟の集まりを終えて左端を自転車で帰って来ていたのだが、夜の8時か9時ごろだったらしい、後ろから、やはり婦人のドライバーに追突されて、半日ほど意識不明、右大腿骨複雑骨折で、母の場合、蝶番を埋め込む羽目になったが、一命は取り留めた。入院は3カ月にも及んだ。火葬した時に蝶番が出て来て、複雑な思いをした。親父、母とも交通ルールは守っていたのだが。ボケ爺、その間の見舞いには一度も行っていない。親不孝者であるから、いずれ、ボケ爺も交通事故に会うだろう。交通事故はとにかく無くしたい。

<読書>

「世界を変えた素人発明家」志村幸雄 日経プレミアシリーズ

形態や、機能が激変する「再発明の時代」である。E・F・シューマッハ曰く「中間技術者の時代」であり、人間の顔を持った技術、身の丈に合った技術、専門家のみならず、異分野からの意見が参考になる。「技術融合時代」であるからして「素人の目」が必要だ。

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2012年4月24日 (火)

激しい黄砂

 昨日のニュースで、中国ウイグル地区で、強風が発生したので、日本にも黄砂がやってくると言われていたが。新幹線で、米原を過ぎたころから、激しい黄砂だ。山々の頂上が霞んでしまっている。京都まで続いていた。この地区は、早くも田圃には水がはられている。今日は初夏になったのだ。

 午後2時ごろに、近鉄京都線に乗る。室内は汗が出るほどの気温に上昇している。約半数は、居眠りだ。「ひねもすのたりのたり」なのか。ここも当然黄砂で、盆地の周辺の山々の頂上は西も東も霞んでいる。田圃にはレンゲの花で一杯だ。懐かしい風景を思い出す。蜂蜜が活発に活動していることだろう。奈良は、下記の木の多いところである。その新芽がみずみずしく、優しくも美しい。いい季節だ。ボケ爺も、おっと!居眠りだ。気分がいい。

<読書>

「風が笑えば」  万智 () 奥宮 誠次 (写真)  中央公論社

久しぶりに、俵氏の短歌を楽しんだ。思わず微笑む言葉があれば、ドキッとする言葉もある。子供の育児の経験で、短歌の味が変わって来た、と感じた。現代短歌も面白いが、ボケ爺には難しすぎる。

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2012年4月22日 (日)

春真っ盛り

 我が庭も春真っ盛りだ。八重桜は満開で、山吹は、今年は沢山の花を付けている。シャギは、今年は少ない。さつきは少し顔をのぞかせて来た。近所の庭にはチューリップが花盛りである。花で埋まっている家も多い。優しい人が暮らしているのだろう。

実篤公園内のタケノコが芽を出して来た。先週は全くその気配はなかったのだが。中池はニジマスの池である。先週には30cm以上ある一匹が、一匹の亀とともに、さみしそうに泳いでいたが、今日は、補充されて20匹ほどと、元気に泳いでいた。以外にも苔類が明るく輝いている。この庭は苔類の宝庫である。

 桐朋学園の幼稚部の庭は八重桜である。色が3種(白に近いピンク、淡いピンク、ピンク)ほどあり、7本ほどの大木の共演となっている。隣の墓地には、珍しい木の緑の花が咲いている。仙川の街は、桜もいいが、花水木の花が似合う街である。芸術の街には清楚が似合うと思う。今にも雨が降ってきそうだ。この曇り具合が、ボケ爺には、似合う。

<読書>

「脳を創る読書」 酒井邦嘉 実業之日本

副題が、なぜ「紙の本」が人によって必要なのか?と言うことで、ボケ爺の仕事に関係する。我々は「知的好奇心や、感受性が無くなった訳ではない。活字は圧倒的に情報量が少ない。受けとる情報量が少ないほど、脳は「想像」する。ここまでは脳科学syの言い分である。なぜ紙がいいのかは、はっきりしない。なぜか、画面上で見落とした誤字が紙面上で見つかることが多い、と言う。結論は、二つの使い分けで、「読む力」は進化できる。読む力が付けば、知的活動が良くできる。なんだ、紙か、電子書籍か、は、関係ないのか?

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2012年4月21日 (土)

生誕100年、ジャクソン・ポロック展

 アメリカの生んだ偉大な美術家だそうだ。生誕100年を迎えたと言う。ボケ爺が初めて、ポロックの絵を見て衝撃を受けたのは、確か、学生時代だったともう。絵具を垂れ流しただけの作品に、偶然性だけを頼りの絵画に、芸術だ、と騒ぐことへの戸惑いと、その作品の魅力を感じることへ、絵の不思議さを感じていた、自分を思い出す。次に観たのは、グッゲンハイム美術館だったか、ニューヨーク近代美術館だったか、思い出せないが。

 東京国立近代美術館(竹橋駅)で、ジャクソン・ポロック展が開かれていた。大手町近くで打ち合わせがあり、時間の暇を見つけたので、大手町から御濠を歩いて会場で出かけた。この江戸城蹟の風景は日本の宝だと思う。基本的には、3点の作品に魅力を感じたが、他の作品は、全く寄せ付けなかった。ボケ爺の感覚が鈍ってしまったのか?その三点はいずれも、ポーリング(pouring)と、ドリッピング(dripping)の作品であった。疑問に思っていた作品だったのだが歳のせいなのだろうか?

<読書>

「日本人は何を捨てて来たのか」 鶴見俊輔・関川夏央 筑摩書房

鶴見と関川の異質の知の共演は、読者を楽しませてくれる。愉快で愉快。不思議な組み合わせだが、溶け合っている。鶴見俊輔は、学生時代のボケ爺の好ましい哲学者でした。

日本人が見失ったものは、自分を見失い、名刺をばらまいて、仕事をすることになったことだ、と言う。大量虐殺にもマヒしてしまった、とも言う。江戸時代の方がまだ進歩的だったのでは?

変わらない日本は、「一番主義」、何でも一番を欲望する。日露戦争までで、その後は後退している。漱石、鴎外が、日本の地を支えている。不条理な怒りの作品では寺山修司が生きている。敗北力を身に付けることだ。敗北力とは;敗北する時の条件を知っている事である。日本人は、自国の思想を捨てて、ヨーロッパ思想の模倣を繰り返してきた。夏目漱石、藤沢周平の作品は、今も日本に溶け込んでいる。「ただの人」であり続ける事である。

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2012年4月19日 (木)

楠木と欅

 芝大門の近くの事務所を訪問して、少々時間が取れたので、葉桜の増上寺を見学に行くことにした。増上寺の桜は、予想通り葉桜だった。それよりも驚いたことに、港区の区役所前の楠木の大木が、500mほど続き、ぎっしりと植えられていることだった。増上寺も、プリンスホテルにも、よく訪れて、なじみの風景であったはずだ、が、こんなに多く、密集して育てられている楠木を観た(気付いた)のは今日が初めてだ。少々の驚きでは済まなかった。ゆっくりと、一本一本を眺めて歩いた。約一時間を必要した。

 楠木と言えば、府中の大国神社の参道も有名である。一方、甲州街道(国道20号)の街路樹で使われている欅も素晴らしいし、ボケ爺は憧れる。これかの新芽、秋の紅葉と。それ以上に、素直に、すっきりと伸びる枝が、まじめで、苦労知らずの人生のエリート達のように思える。エリートは、ボケ爺には似合わない。

 一方、楠は、常緑樹である。風雪に耐えた枝は、まっすぐには伸びていない。クルブシを作りながらゴツゴツ、不格好である。が木の下に立てばそれらの枝がすっぽりと覆ってくる。不器用な人生や、風雪に耐え、苦しみに挫折しながら大木に育つ楠木は、ボケ爺の、最も好むところである。幹に生える苔が一層、感動を与える。

<読書>

「ハッピー・リタイアメント」浅田次郎 幻冬舎

歳と共に垢ぬけするのは焼香の作法、と屁の音、という。家族を前にすれば、父たるもの全くバカなものだ、とも。自衛隊員は体力向上運動に生を出している、など。サラリーマンの信頼関係は 常に、「秘密の共有」によって構成される、は、なるほど。日本の職場は、終身雇用制、と、年功序列とが、原則だ。この二つの原則の論理は矛盾する。三角形と、四角形とは同じだと言う超幾何学が成立する事だ。成立には、リストラが、天下りが必要となる。だから、ハッピー・リタイアメントに憧れる。

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2012年4月15日 (日)

変わりモノが好き

 ボケ爺は、ひねくれ者である。母が証明するから間違いない、と思う。わが家の猫の額ほどの庭に椿が何本か生えている。確か、田舎から持ってきた椿だ。八重で、ピンクに赤い筋がはいった混合色の変わりダネだが、それだけではない、その中の一枝のみには深紅の一重(五弁)の花を付ける。なんと不思議なことよ。

 桜が綺麗だと言うけれど、ボケ爺には、杏の花の方が好きである。優しい、柔らかな装いの花の群集。薄いピンクから少々濃い目のピンクと一枝でも違った花弁が重なる、群がり、枝一杯に笠を広げる姿は、まさしく美の粋を象徴する。富士電機松本工場の中庭の杏の大木にはホロ苦い思いがある。感光体の開発で苦戦の時に慰められた思い出がよみがえる。

 ボケも好きだ。それも一本の枝になん種もの色を咲かせる奴である。一本の木からこんなに違う色が出てくるし、花の命は長い咲く時期も定まらない。これは気が狂っている、としか言いようがない。だからボケと言われる、ボケ爺のように。

<読書>

「へんないきもの」早川いくを バジリコ株式会社

世の中には、実に変な生きものがいる。ダーウィン流に言うなら、生きるための適合の為に進化したこととなる。ヘンな方が進化ブツと言うこととなる。実に奇妙な生き物がとにかく多い。これらと比べれば、ボケ爺は、まだましな方だ、と思うのだが?変な生きものにも、天敵がいるし、相手にするものもいる。ボケ爺は「ツチノコ」の生まれ変わりかも。

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2012年4月14日 (土)

真鶴

 真鶴の思い出が少しある。最初は、箱根方面へのドライブで立ち寄った真鶴。二回目は、友人と、真鶴を目指したドライブ。この時、地元の不思議な海藻を買った。三回目は、仕事上の合宿場での真鶴。四回目は、「中川一政美術館」の見学を目的とした真鶴。五回目は「真鶴 川上弘美著」の小説(素敵な作品だ)での訪問である。ボケ爺は、中川一政の画が大好きだ。

<読書>

「追想 中川一政」山田幸男 沖積舎

著者は、一政のアシスタントをしていたらしい。折々の芸術論を書きとめたものであるらしいが、大作であり、実に細かい記憶の文章が続く。追想の前に回想編がある、と言うから、記憶力に恐ろしい。以下、ほんの一部。

*そう沢山いい作品が描ける訳が無い。一生で五、六点でも良いから、いい絵を描き続けたい。

*僕の絵は土から生まれる。本当の日本の油絵を描くのは僕以外に居ない。

*僕はこの頃、対象を大きく、ぐっと捉えようとしている。僕は一休が好きだ。一休の墨蹟を観ると、一挙に掴んだところが解る。禅で言う、不即不離、即身即仏、に皆通じる。僕の対象を捕らえようとしているのは禅の言葉と一致している。

*書で絵を描こうとするのではない。が、文意を表現しようとするのは、画家の本性だ。抽象的性格の書によって文意を表すのは、抽象絵画によって情感を表現するのと同然に難しい。

*画を見よとは、この人を見よ、と言うことだ。人は根だ、画は花だ。根を養って、美しい花を咲かせればならぬ。良い花だけを育てるだけではつまらない。東洋画においては「線」が最も大切である。等など、たくさんの名言がる。

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2012年4月12日 (木)

母の三周忌

 4月初めは、母の三周忌であったが、都合で、来年に延ばしてしまった。枕元にやって来て、にっこりと笑って、叱られることはなかったので一安心だ。しばらく、枕元(夢に出て来た)にやって来てはにこやかにほほ笑んでいた。

 ボケ爺にとって母親とは、いったいどんな存在だったのだろうか?今になって考えさせられている。小学校高学年までと、大学入学後、とに分けられる。中学、高校時代は、母は「勉強するか、働くか」と明確な考えを示して、勉強しないボケ爺に愛想を尽かしていた時代である。 

 母は、秀才で、美人で、スポーツウーマンであった。女三人の姉妹の末っ子だったので、少々甘えん坊であり、八方美人であった。正反対の、鈍才、醜男の父との結婚は、悔しかったようだ。結婚してからも教師をしていたが、美人には色んな噂が絶えなかったようだ。早々に、辞めさせられた。その後は後妻の姑との戦いで苦労した。とにかく自尊心は強かった。「負けたくない」が生きがいだったのかも知れない。

 ボケ爺は、二男である。長男は後妻から可愛がられ、母の出る幕が無かったので、二男に期待するのは普通である。ボケ爺は、美しいモンペ姿の母の着物を引っ張って、一緒に畑に出かけていた。保育所までは2kmほどあったか、三輪車で、母のモンペを握って、畑まで付いて行って、後は、一人で出かけた。通学に何時間に掛ったのだろう。

 ボケ爺は、母の期待に反して、ひねくれで、ヤンチャ(いたずらっ子)勉強は劣等生であった。母は、自分との差に、呆れていたが、なんとかしなければ、と思うのと、家庭内で、イライラする事があるのとで、ボケ爺に当たり叱り続けていた。ボケ爺は、さらに反発した。母は、涙もろかった。なにかあると涙を流していた。そんな母を観ては、ボケ爺は、自分の事で、と心を痛めていた。

母さんが鬼顔になり僕が居る

美しい母さん自慢の参観日

お母さんの自慢の息子にほど遠く

母さんの別れの涙に驚けり

母さんに叱られたくて悪さする

<読書>

60歳からの新しい川柳」杉山昌善 時実新子監修 実業の日本社

基本的に、「現代川柳入門」と内容は同じだ。

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2012年4月 8日 (日)

桜満開宣言 4月6日

 東京の桜の満開宣言が、気象庁から出された。昨年より、僅か3日遅れだそうな。気分的には一週間は遅れたように思えるのだが。野川の桜を眺めて来た。九分咲きのようだが、爽快だ。日本人は何故、こんなに桜を好むのだろうか?咲く期間が短いので「はかなさ」を好む?一瞬でも好いことがあれば幸せだ、と思いたいのか?

 NTT東日本学園の校内の桜は見事だ。来客も少なく静かだが、桜、桜で一杯だ。日本人が好む桜、桜の花の短命と、色の淡さのはかなさに、心痛める事だが、構造、色などに派手さはない。ある意味、個性が見られない。集団で咲くことで群をなした全体が美しいと感じているのではなか?と言うことは、日本人は「出る杭は叩かれる」「個性を嫌う、殺して」「集団で仲良く生きぬく」「組織の中で居てこそ生きられる」等など、一言で言えば「可愛げのある奴(モノ)」が好まれる。など、他国との違いの特徴が議論されている。ボケ爺、桐朋学園の、好きな「カンヒサクラ」などの個性派は嫌われる。

 日本の製造業の失速は、桜現象だ。どの木も同じ色。組織的で、集団で、がむしゃらに、同じものを追っかけ、走っていた頃は、桜咲く時期のように、美しく輝いていた。吹雪でもまだ次の戦略なく葉桜に移行してしまった。葉桜になってもまだ個性を嫌う。この時代は、「虫の襲来」に合っている事態だ。虫食いの葉っぱがみじめだ。どの企業も良く似た資質では日本丸全体が沈没だ。

 個性の時がやって来たが、真の個性を理解できている人はいない。カリスマリーダーの到来を期待し、アップル、グーグルのようなシリコンバレー的な個性的人物の出現に期待をしている。そんな教育をしていなかったし、未だに没個性の教育している日本で、期待など出来るはずが無い。科学を好む若年層は、30年前の半分以下であり、20%以下となっている、と言う。没個性で生きられないボケ爺、寝苦しい。

<読書>

「科学が嫌いが日本を滅ぼす」竹内薫 新潮選書

この著者も個性で苦労している人だ。「ネイチャー」と「サイエンス」から学ぶ日本の科学の実情、と言うことだ。ネイチャーは個性編集者の集まりと言う。サイエンスは組織的個性編集の仕方が特徴である、と言う。内容はタイトルとは、まるで違っている。これでは、個性な著者は誰もが評価できないであろう。

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2012年4月 7日 (土)

息苦しい日々

 年寄りになって仕事をしていると、欲がある訳ではないのだが、年寄り同士では、話が難しくなることが多い。それぞれが個性と言ってしまえば身も蓋もないが、1)個性を通り越して頑固となっていて、人の話を聞かない。2)話しの経緯を忘れて、自己流に組み立て、流れが読めない。3)仕事が欲しさに、成果を求めてしまう、それが欲となる。と言うことか。

 結論は、早く利害関係が絡む仕事から退役することだ。そうか、自分の成果を捨てられれば良いのだが、出来ないだろう。これらを捨ててしまえば、コンサルタントを首になり、金がもらえない。お金がもらえないのはいいのだが仕事を失う。それが怖い。年寄りは、今の記憶が出来なくなっている。それに過去の記憶はとっくに忘れて行く。つまりボケてくる、とはこのことを言う。

 年寄りは、多分、左脳を使ってはいけないのだ。左脳は退化の一途をたどっているらしい。ボケ爺も、この息苦しさから早く抜け出そう。これからは右脳を使うことにしたい。デザイン主体の仕事はないものか?つまりイノベーションデザイン提案とか、他には、アイデア発掘集を作るとか、本の解説集を作るとか、等々。それとも、仕事のポイント川柳、語録川柳とか?結論は金にならない仕事を見つけることだ。

 人生どこまで逃げてもドラマは付いて来る。「一隅を照らす」精神があってドラマが出来る。ボケ爺のロマンのドラマは、まだまだ続くだろう。

<読書>

「川柳入門」杉山昌善  実業の日本社

「俳句は“勝ち組”が吟じ、川柳は“負け組”が詠む」と言う。「俳句は風景画、川柳は人物画、しかも自画像だ」とも言う。ニヒルな笑いが良い。五・七・五は削ぎ落とした結果である「芸術は限定である」 不要なものをそぎ落と処に芸術がある。

川柳は「知足安分」を悟る。自分の中の余分なものを見直おせる。下らぬこと、間抜けな事、愚かな事が沢山ある。それを笑い飛ばすのが川柳である。人生しゃにむにベストを尽くさなくてよい、と表現をするのが川柳だ。

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2012年4月 1日 (日)

エーピリルフール

 三月は、強風と雨の嵐で終えた。三月は「去る」とも言う。早くも春爛漫の四月が始まったのだ。どう見ても、桜は咲いていない。これがエープリルフール日だからだろうか?朝寝して散歩に出かけたが、我が家の近くの桜の名所(NTT東日本中央学園、野川(成城)(調布))は、一輪も開花していなかった。

 野川では、カワセミの追っかけ人達で、群がりが出来ている。定点主義の人達、移動主義の人達、どちらの確率が良いのか解らないが、定点主義の方が3倍は多い。今は座り込んで出現を待っているようだ。春の、子育てで、巣の近くが穴場だ、との理由からだそうだ。しかし、カワセミが騙しているのか、見つかるのは、そこから、かなり離れたところだった。

 若葉図書館の二階の学習室からは、竹やぶが望める。西日に当たり奥の方まで明るい。鶯の声が聞こえる。数羽いるようだ。ボケ爺の近くには、実篤公園までも、来なくなってしまったのか?残念なことだ。白無垢の木蓮がまぶしく光っている。

<読書>

「徒然草レミックス」酒井順子 新潮社

兼好は、結構いい男だった。出世が出来なかったが、結構苦言家で、うるさ型だったようだ。決して世捨て人ではなかった。徒然とは、エッセイスト(随筆家?)と言うことだったか。兼好は、人間、やっぱり容姿で決まるでしょう。男が持つべきでないモノは、それは妻だ。死んだあとに財産を残す人はバカだね。貪るばかりで、仏道に進まない人々は、畜生と同じだ。過去の逢瀬をしのぶ時、悩んでいるのが、恋の真髄ではないか?などなど。

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