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2012年3月31日 (土)

「墓活」

 「就活」「婚活」「離活」まで来て、「墓活」と来た。その名付け親は「赤瀬川原平」である。「老人力」など次から次に新しい、言葉を生み出す人である。

 ボケ爺は二男である。しかも田舎を捨ててしまっている。田舎にはボケ爺以外の兄弟は住んでいる。長男は、先祖代々の土地に住んで、先祖代々のお墓を守るから、御墓には心配しない。ボケ爺の御墓はその場所近くに、親父が確保してくれていた。その場所に墓石を作って、入る勇気が無い。先祖代々から、「お前は錦を飾ることが出来なかったな!」なんて、御墓に入ってまで、小言を言われたくない。

 10年も前から、我が家にくる電話の半分は墓場の案内だそうな。孫たちが生まれる前は、「粉骨して西の川に播いてくれ!」と遺言していたが、果たして、孫たちにどうすべきか考え始めた。まさに「墓活」である。

 ボケ爺は、墓活の前に、「死活」を考えて悩んでいる。ボケ爺の言う「死活」とは、「死に型」のことだ。つまり「死についての活動」、長患いをしないで、すっきりと一瞬に死にたい。そんな死に方は出来ないものか?どうすればいいのか、を真剣に考えている。さらに墓活まで考えなければならないとは老人になっても忙しい。

 死活とは造語ではない。一般には「死ぬか生きるか」の「生き方」に重点が置かれている。ボケ爺にとっては、死に方の方法、つまり「死に型」のことだ。

<読書>

「「墓活」論」 赤瀬川原平 PHP研究所

墓活とは、墓地や、墓石の選定から墓参りのことまで考えることだ、と言う。「お墓は、この世の比喩であり、生きているものの為にある」と断言している。人々には、死後に、どこかに収まる場所が必要だ。輪廻する考えもあれば、天昇してしまい、もぬけの殻、だとの考えもある。親兄弟、先祖代々を考えるきっかけになる。都市化の現在、さて、御墓はどうなる。

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2012年3月28日 (水)

早起きは三文の得

 6時前に起きた。カーテンをお開けると、ホテルの近くの神秘の森の春日山が迫っている。高層の窓からは、御寺や、旧跡の跡地など観られる。すると、神秘の森の霞の中から、優しい光が、森の先端を深紅に染め始めた。

 透き通った青空が深紅に染まり、御来光である。奈良で、しかも神秘の森の春日玉の頂上の峰に上る御来光に出会えることは、今までも、この先もないだろう。偶然の仕業と言っても、不思議な事である。ボケ爺のこの先が少なくなったのではないかと不安になって来た。今日の朝も冷えている。1~2℃しかないのだろうか?いつまで続くのかこの寒さは。歩いていると古民家の庭先から真っ白な木蓮の花が溢れだしている光景にぶつかった。周りを見渡してもこの近くには、木蓮の木は見当たらない。木蓮どころか、コブシも見当たらない。奈良には少ないのだろうか?これも偶然である。不吉な知らせかと二重に疑うボケ爺の気持ちが冷えている。悲しい。

<読書>

「人生に七味あり」江上剛 徳間書店

七味の人生話だ。最後にはほんのり涙がこぼれる。七味とは、「恨み」「つらみ」「妬み」「嫉み」「嫌味」「僻み」「やっかみ」と言うことだ。人との付き合いでは、特にサラリーマン生活では、いやが上にも、この七味に悩まされる。ボケ爺には、「誠意」「情熱」「公平(正義)」のこの三つしか持ち合わせていない。この三つで、サラリーマンが乗り切れるとは思っていないし成功できるとも思っていない。現実に失敗人生だ。七味とうがらしの味付け(苦悩に耐える)が足らなかった、と反省している。

 食べ物には、「甘味」「酸味」「塩味」「苦味」「辛味」それに「旨味(七味)」で味が整う。人間は「優しさ」「温かさ」「感謝」「思いやり」「励まし」に「情熱」が人間通を作る。

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2012年3月25日 (日)

エゴン・シーレ

 クリムトは人間実存の哲学性を表すことで、ボケ爺の好きな画家である、とは前に記した。その友人である「呪らわれた芸術家エゴン・シーレ」についても話してみたくなった。人生を失意のままで過ごし、精神錯乱の人生を描き続けていた。

 しかし、エゴン・シーレは、デッサンのしっかりした絵描きであり、詩人でもあった。沢山のエッセイが残っているらしい。神経質なまでのまじめな父親に恵まれ、それに母親の愛情たっぷりの幼少時代から、少しいびつな家庭環境に育ったとか言われている。このころの西洋は貧しい生活が果てしなく続いていたようだ。その生活の苦悩からも精神を病んでしまったのかも知れない。カフカにも影響を受けたようだし、フロイトの精神的分析の世界そのものだった、と言われている。

 極端にやせ細った人物像、男か女なかも判明しがたい。女のエロスの表現も異様なものを感じる。描かれる人物の瞳からも精神錯乱を興しているように思える。人生の生きることの苦しみを描いている。ビンセント・ゴッホの様な宗教家でもない。死の意識を背負って、孤独に生きて行く。

 「死んだ母」「帰依」「盲目の母」「動く大気の中の秋の樹木」「家族」などがボケ爺の好むところである。

<読書>

「エゴン・シーレ」坂崎乙郎 岩波書店

人生の苦悩を一人で味わっている、と思い込んでいたエゴン・シーレは、反面ナルシストだった。自分に何か自信を持っていたに違いない。その理由は、自画像の作品が極端に多い。「隠者たち」は、二重の自己表現をしている。その隠者とはグスタフ・クリムトなのである。晩年の「二重の自画像」は、愚者と道化師とを自分に重ねている。「浮遊」は優れた自己分析である。魂の孤独の表現が巧い。とにかく、自画像だけでも「人の心」を知るうえで、読み(観)応えがある。

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2012年3月20日 (火)

春分の日

 春分の日、今日は休日だ。穏やかな太陽の光を受けて、のんびりと、うたた寝だが、気分は悪い。いつもならボケ爺らしい似合う姿だが、30年ぶりに風邪を引いてしまった。チョットしたことだが油断をした。現象には原因が必ず存在する。原因には本質があるはずだ。原因は、体力を無くしたか、気の緩みか、抗体がサボったかだろう。市販の薬の厄介になってしまった。咳と、鼻汁には厄介だ。熱も少々出た。元々、重症の花粉症も含まれているから、複雑だ。

 少々朦朧とし、夢心地の様だ。何もする気が無く、庭を眺めていると、日常のごとく、二羽のメジロが、紅梅にやって来ては、ひとしきり遊んで、帰っていく。余分な事だが、恋人か?夫婦なのか、気になる。また、やってきた。前の二羽なのかは、ボケ爺には判定できない。ジャレツキの動きからして、きっと違うだろうと思える。鳥にも恋の表現に多様なスタイルがあるものだ、と感心する。

 春分の日とは、昼間と夜が、同じ時間となった日を言う。と教えられている。冬至から、3カ月が過ぎたことになる。不思議な現象だ。温度を感じているのは当然としても、日照比率で、リズムを取っている生物もいるのだろう。光のスペクトルを感じる生物もいることだろう。自然の不思議さの解明を期待したい。本当のECOシステムの創造の為に。

<読書>

「「複雑系」とは何か」吉永良正 講談社現在新書

新書版だが、難しい本である。バブルの根源の株価の予想は、この複雑系の応用の一つである。カオスとフラクタスから導かれている。人々は、科学の基礎は、時代ごとの思想に束縛されている。ギリシャ時代のソクラテス、天動説、から、近年では、デカルトの「全体は部分の和である」という機械論的で、要素還元論に支配されてきた。

 今日は、複雑な系は複雑のまま読み解こう、と言う、コンプレックスの時代となって来た。非線形で、カオス的でフラクタスな世界を理解できなければならない。人間関係も複雑だ。条件によって、とんでもない振舞いを興す。カオスである。素数でもある。

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2012年3月14日 (水)

クリムトの世界

グスタフ・クリムトとは何者か? 彼の絵には、不思議な思慕がある。哲学者かもしれない。思想家なのだ。先ずは、構図、と言うか。構想と言うか、奇想天外である。抽象画の構想ではない。フォービズムでもない。描かれる美女は、リアルである。すごい写実的デッサン力であり、写実的表現力が牙をむいている。モデルを写実しながら具象化されている訳でもない。

 全ての絵からは、男女観の悩ましい思想を提案している。そのものズバリの「哲学」「医学」「法学」を表現しているものもある。何を表現したかったのだろうか?「死と生」と、意味ありげな、人の存在の悩ましい哲学を提案している。

 全ての絵に共通している。美人の肖像画にしても、単なる肖像画とは言えない。それぞれの美人に、子供に、何か悩み、思惑、等、思慮深い面影を残している。顔であったり、姿であったり、服装であったり、色彩であったり、構図であったり、肉体のアンバランスであったり、まるで、魔術師である。

 エゴン・シーレとは、良い友達だったようだ、シーレの表現主義からの影響も大きいのかもしれないが、シーレよりも、人についての思想家であろう。哲学で言う、実存主義を凌駕した現象哲学のように、ボケ爺は見るのだが?

<読書>

「クリムトの世界」平松洋 新人物往来社

構図と、色遣い、文様などには、日本の「光琳派」の影響がある、と強く感じる。それが西洋画にない構想となっているように思える。とりわけ、風景画に日本が構図が現れている。

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2012年3月11日 (日)

チャーリーの散歩道を

 太陽がやっと顔を覗かせたので、散歩に出ることにした。昨日、戦友は大阪から、勉強に、と自費で来たのである。彼の頑張りが、彼の企業は、頑張れる、と確信する。その合間を見て、東京駅で会食を楽しんだ。「チャーリーは、まだ元気ですか?」との質問を受けた。その戦友曰く、社内グログ「チャーリーの部屋」が結構な人気だったと事から思い出したとの事。チャーリーは死んでしまったが、ブログは「チャーリーの旅」として続けていることを伝えた。

そんなことから、いつものチャーリーの散歩道を選んだ。NTT東日本の中央学園の庭園には、白梅が満開だ。校舎は、どんどん建てられ、研修宿泊所の立派なのが、建ってきた。デジタル通信の高度化で、サービス人員の確保と、教育で、人と、建物が膨れ上がっているからだろう。

野川の手前では、ヒキガエルが、眼の前で、烏に持って行かれた。先日の暖かさで、冬眠から覚めて出て来たのだろう。その隣には、大きなウシガエル、もう死んでいるのだろうが、その上に、ヒキガエルがしがみ付いている。身の保全か、弔いか?

野川では、カメラ愛好家が、カワセミを追っかけている。今日は3羽見かけている、と言う。すると目の前で、カワセミが急降下で、川面に突っ込み、魚を捕まえたらしく飛び去った。ボケ爺には一瞬の出来事だ。カメラは捉えていた。体の半分ほどの魚を銜えていた。見事な作品だ。だからカメラは離せない、と自慢。確かに、と思う。

帰り道、カワセミにまた会った。カワセミは美しい。今度は高い(2m)一本の灌木から川面を睨んでいる。1mまで近付いたが、まだ逃げない。その近くには、ゴイサギがたたずんで、同じく川面を睨んでいた。ゴイサギが先に動いてしまった。

そんな姿は、外気は冷えていても確実に春が訪れている。亀の甲羅干しが見られた。大きい方は、30cmはあろうか、その隣は、その半分だ。首を突き出し、東を向いている。その近くでは、マガモ夫婦、オシドリが悠然と滑空している。もし、チャーリーと一緒だったら、駆けたりじゃれたりで喜んだはずだったが。平和な一日だった。

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2012年3月10日 (土)

ボケ爺に会いたい

 2月の中頃、3件ほど、昔の戦友と、会食の機会に恵まれた。当然、戦友は、後輩であり、現役でバリバリと働いている。企業の不満や、経済の先行きについての不透明さに、気をもんでいた。部下に、夢を提示できないのが残念だ、など。たものしい自説を披露してくれて楽しいひと時だった。

 すると、バラバラと、メールが来て、会食の要請である。4月末まで、あっという間に、一杯になってしまった。どうやら、ボケ爺の人生は、そう永く無く、と伝わったか、変わり果てた姿を見てみろ、と伝わったか、である。昔の鬼顔が、気が抜けたような仏顔になって、しぼんでしまった姿に、興味があるらしい。悪い趣味の人が多い。

ここ急に、おでこから禿げあがるし、顔の肌は艶消しで、老人のしみが一面に、髪の毛は白髪に、瞼は垂れ下がり、瞳が認識できないほどだ。顎はコケテしまうし、確かに、若い時とは違う。昔の恨みを今こそ晴らそうと思っているらしく、部下の評価は厳しい。

そんな噂が伝わるだけ人気があるのだと、ボケ爺、ひそかにニンマリとし嬉しい。変貌を大いに披露したい。持つは戦友だ、と大変に満足だ。まだ、平日は空きがありますから、問い合わせを待っています。

<読書>

「梨の花咲く町で」森内俊雄 新潮社

歳とってからの思い出の話、人生の深い味わいに満ちた短編集である。この小説はノンフィクションだか、フィクションだか、はっきりしない。随筆風、日記風に、書きとめながら、思い出を書きとめる手法は学ぶべきものがあった。年寄りの心を豊かな気持で満たされた。

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2012年3月 7日 (水)

素材とデザイン

 デザインが重要、と言われる割には、デザインを十分に理解できていないように思える。デザインとは、一般には、色彩とか、外形の形状のみが、重要視されているが、それはデザインの一部である。デザインとは、機能が発揮されることだ。椅子にすれば、まずは座り心地が良いと言うことだろう。その上で、誰が見てもその機能が解る外形であり、色つかい、と言うステップとなる。

 機能の基礎となるのが素材で、それが重要だ。素材は、今日、色んなもので出来るようになってきた。自然素材から、人造素材まで。さらに、まだまだ開発が続いている。そんな中、ボケ爺、素材の開発に今日注力している。集めてみれば、今まで知らなかった機能材から構造、外装まで、次から次に出てくる。今まで知らなかったことが恥ずかしい。ボケ爺、素材開発が楽しくなった。実用化できる日は何時になるだろうか。

<読書>

「柳 宗理 エッセイ」柳宋理 平凡社(ライブラリ)

日本のデザインの基本を作り上げた有名な人である。デザイン元祖、それとも中興の祖とも言うのか。奥の深い考察を語ってくれている。デザインとは何か?とか。デザインが生まれる瞬間の章は、楽しい発想の、創造の生まれ方など、感心する。新しい工芸、では、工芸のデザインの重要性(工芸の工業化)は参考になる。工芸は生きていると言う。

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2012年3月 4日 (日)

激走のマラソン

 ロンドンオリンピック、マラソンの最後の選択戦の、びわ湖毎日マラソン大会が開かれた。ボケ爺、マラソンを見ることが好きだ。ボケ爺の今までのマラソン歴は高校時代の3年間の10Kmであった。自慢じゃないが、一度も100番内になったことが無い。

 結果は、本命は途中で失速した。さらに二番手、三番手も力尽きた。無名、とまでとは言えないが、選抜ではない人が、日本人一位となって、しかも8分台だ。オリンピックへの選抜は、激戦となってしまった。日本陸連は、苦しい選択の状態になってしまったであろう。有望選手群に日本陸連の育成選手は居ない。それにしても、世界から見て、マラソンで、勝てる事態ではない、と思われる。

 マラソンがボケ爺にとって、見るに面白く感じるのは、2時間10分ほどの長きに、体力の調子との問答、他人との駆け引きの思考の緊張感で、いったい何が起きているのだろうか?「人生行路」に近い経験をしていることだろう。この人は、今の時点には、多分こう考えているのでは? などなどと想像するのが好きだ。

 仕事でのプロジェクトは、時間が基本的に違うのだが、大なり小なり、同じような事態を経験する。プロジェクトリーダーは絶えず、チームの体力と、競業他社の静動を気にしている。神経が擦り減る。ゴールとは出荷認定時期に当たる。追い込みの息切れが、たびたび起きる。その解決には、意思の強さしかない、と経験して来た。

 マラソンは一生とは対比することは出来ない。やり変えが出来るからだ。ボケ爺の一生は、反省は出来てもやり変えは出来ない。

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2012年3月 3日 (土)

無冠のボケ爺

 先日の雪がまだ残っている庭の片隅に、チューリップの芽は既に元気に飛び出していた。植物は一体何で季節を感じるのだろうか?必ずしも気温だけではない。太陽の光力(波長)も関係しているだろう。

 3か月も前のことだろう。仙川の本屋で見つけた「無冠の父」のタイトルに、戦慄が走り、しばらく、本の中身をみる元気も無くしていた。何と厳しくも、無慈悲なタイトルではないか?当然このタイトルからして、著者の父のことを書いていることは当然だ。ボケ爺の父は、無冠では無かった。良く働き立派な冠を手に入れていた。

 それに比して、このボケ爺は、全くの無冠である。子供たちから、「無冠のボケ親父」と言われることだろう。今までは、それなりに良く働いた、自賛しよう、それで許されるであろうと思っていた節がある。しかし、このタイトルに接してから、愕然とし、我が人生を反省しているが、もう取り戻せない。「無冠なボケ爺」と子供たちから言われること間違いなしだ。残念な一生であった。

<読書>

「無冠な父」阿久悠 岩波書店

 と言いながら遂に、図書館で借りて読んでしまった。我が父と同じ様な人格であり、性格であったようだ。読むにつれて、我が父との過去を思い出して、わが父の顔まで思い出し、過去を顧みることとなった。自己の形成と家族、父、母とのかかわりは大きいが、決して同じ人生ではない。ここが面白い。何時か、父との関係を書き綴りたい。

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