« 2011年12月 | トップページ | 2012年2月 »

2012年1月31日 (火)

一月は行く

 一月が終わってしまった。早い、と思う。振り返る事が少ないから、早く過ぎ去った気がするだけだろう。

 今日は、二回も富士山を拝んだ。一回目は、朝日とは言えないが、9時半ごろだ。平塚を過ぎたころから見える富士山は、一週間前より雪が深く覆っていた。その裾野近くには、雲が立ち上がっている。その下は低い山々が連なっていた。絵になる、一番好きな富士山の姿である。

 二回目は、5時ごろを過ぎてたであろう平塚を過ぎたころである。朝見た角度と全く同じである富士山は雲一つない、澄み切った夕闇である。富士山は周りの橙色の夕焼けの光を遮ったシルエットは灰色の一色の不気味な姿である。それはそれで存在感は十分にある。

 いろんな姿を見せる富士山も、先日の地震で、いつ噴火するのだろうか?と、想像してしまう。ボケ爺の生きている間に観てみたいものだ。楽しみにしている。その後の富士山を絵にしてみたい。

<読書>

「バカな研究を嗤うな」藤田浩一郎 技術評論社

「笑うカイチュウ」で有名な変な科学者の伝記的エッセイである。目から鱗で一杯だ。実に愉快な、且つ、知識に富んだ内容だ。① 腸内細菌の重要性、② アレルギーと寄生虫、③ 血液型と感染症との関係、と性格、④ウンコの分析から細菌、と、健康との関係、さらには、性格まで、⑤ サナダムシや、土壌菌を体内に養うべきだ、とか。下手な健康法よりも、この本の方が健康法を明確に説明されている。ヘンな本だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月29日 (日)

ブラタモリの国分寺崖線

 NHK:ブラタモリの前回、二回に分けての放映で、国分寺が取り上げられた。武蔵国分寺がおかれた場所が、東京都の重心にあるとか、国分寺の設置の条件に、崖線が必要であった、とか、目から鱗が落ちることが多かった。何故か?ボケ爺は、国分寺崖線の麓に住んでいるからだ。

 昔は、多摩川が、この国分寺崖線の近くまで流れていたが、だんだん南に下がってしまい、今では、布田崖線まで下がってしまった。その間に、「野川」が出来て、野川の源流が、日立研究所内にあるとは、初耳だ。多摩川に合流するまで、多くの清水(湧水)が注いでいる。国分寺崖線では、深大寺から清水が湧き、滝沢小学校近くで湧水が入間川となりボケ爺の家の西を流れ、実篤公園の清水も加わり、野川にそそぐ。成城四丁目あたりで、神命の森内のみつ池から、成城3丁目からも湧水が野川に注がれている。

 その、野川を成城学園駅まで散歩した。野川の水は、随分ときれいに復活した。1m近い鯉も悠然と泳いでいる。マガモや、小ガモ、カルガモ、コサギも沢山飛来してきていた。幸運にも、「カワセミ」に合うことが出来た。実に美しい鳥である。くちばしは長く精悍で、尻尾は短く、薄ブルーの羽、お腹の橙色のコンビネーションには言葉を失う。しばし、見とれていて我を忘れた。

 ボケ爺、明日からいいことに出会うかもしれない。そんな「夢」に、まだ憧れている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月28日 (土)

目覚めたか、富士山

 寒い朝は変わらない。のんびりと朝の時間を過ごしていたら、縦波が訪れてから、横揺れを感じたのが、始まりである。50kmほど離れているのか?千葉沖だろうと思った。すると5~6分後に、縦揺れ後すぐに、本揺れが縦、横に揺れた。震度3は優に超えている、と思ったが震度3とのアナウンスである。その後も2回ほど感じた。

 震源地が、富士五湖近辺だと言うことだ。休火山と言われていたが、誰も、死火山と思っていた。この地震を経験して、やはり富士山は休火山だったのだと、思い知らせしめた。いよいよ富士山までが、目覚めてしまった。この火山型地震が、それを証明したこととなる。何時目覚めて、爆発するのか。その規模はどの程度か、想像や予測は無限に続く。

 東海沖地震は、周期をはるかに超しているから、何時やって来てもおかしくはない。東大の教授は4年以内だ!と断定している。その前に、富士山の爆発がやってくるかも?自然は想像を超えている。

<読書>

「妻と罰」土屋賢二 文芸春秋

変化のない生活、恵まれない環境、文章力がない、フィクション禁止、理解されない、と言う著者。お茶ノ水女子大の哲学の名誉教授である。「土屋の本」は、冗談が多い、ユーモラスだ。助手の悪口、妻の悪口を言っては,謝り。とにかく何を言っているのか理解は難しいが。哲学と言うより、先ずは、論理を勉強できるようにしている。否定論、三段論法、等々。そして悩む事が哲学の課題であると、優しく哲学を教えてくれる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月25日 (水)

初積雪の東京

 我が寝室ベッドの窓から見える範囲の冬でも健気に小花が咲く木について話が、初雪の時は、雪が戯れてくれたので、楽しいワルツの踊りを観て、自然の情景の不思議さに感動したのだが。今日は違う。ボタ雪が、スリムな木を押し倒してしまっている。みじめにも地べたにはいつくばっている。哀れな姿だ。急いで、凍った雪の上を滑りながら、その木に降りそそぐ雪を落としてあげようと試みたが、意地悪な雪は凍って、針状の葉に絡まって外れない。それでも懸命にたたき落とし、何とか立ち上がるところに回復できた。ボケ爺は寒さで凍りついていたが、汗が出るほどまでになっていた。

 東京の朝は、雪に弱い。私鉄、JRとも、遅れがひどい。その第一の原因が、車両点検(5路線)だ。平常日も車用点検遅れが多い。車両の品質が下がっている。不良品が多いこととなる。これは日本の人々の「タルミ」即ち「無気力」「無責任」の表れだ。

<読書>

「刑事の骨」永瀬隼介 文芸春秋

なるほどスト―リは、面白いながら、予想(想定)範囲である。刑事の真骨頂を示すことと、ミステリーとを併せ持った読み物だ。その分人間の根性を示しえたと思う。文章については、描写が細かすぎで飽きる。もっとすんなり、やり過ごしても同じ状況を表現できれば、成長するのだが?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月21日 (土)

雪の東京

 先日の朝、目覚めが悪く、眼をこすりながら起き上ると雪が降っている。近頃は嫌な事が多くて目覚めが悪い。睡眠が浅いのだろうか。それとも、痴呆が進行しているのだろうか。気がますます短くなっているのだろうか。

 我が家の、猫の額もない小さな庭には、千寿、万寿の木が至るところに生えている。小鳥が好む実で、糞を撒き散らすからだ。真っ赤に実った実に、雪がうっすらと雪の笠を作っている。この風景で、半分目が覚めた感じがした。

寝室のベッドから見える出窓の範囲に、杉の木のような常緑樹が目に入るが、一年中、花をつける木である。その花は、3mm位のピンク色の小花の集団である。30センチぐらいの高さで植えられたのが3~4年前である、今はボケ爺と同じ背丈になっている。大風が来るたびに倒れる。直しても倒れる。今では一人で立ち上がっている。その花に、悪戯な雪が舞い、からかって、じゃれているようだ。その小悪魔な雪の振舞いに、ボケ爺はやっと目覚める。自然とは、不可思議に振舞うものだ。そんな遊びに憧れもするのだが。

<読書>

「原っぱ」池波正太郎 新潮文庫

著者の最晩年の、現在小説である。時代劇の正太郎にしては、珍しい作である。その中身は濃い。家族の繋がりあり、友達の腐れ縁があり、歳を取っての出会いがあり、古い仕事関係の始末が残っていて、まさに晩年の池波正太郎の総決算である。だから現在文なのだろう。親子の会話が素晴らしい。情があり、愛がにじみ出てくる会話法、信頼の塊である。友達の会話もしかり、一言二言で足りる話し方は、正太郎でなければ表現できない。義理に、人情に、自己主張に、実に巧みに付き添っている主人公が居る、特別の成功者ではなく、むしろ苦労人だ。これが池波正太郎の真骨頂だ。漱石の苦しみをサラッと受け流せる池波正太郎がここにいる。憧れの人生の情景だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月18日 (水)

霧の都、奈良

 霧の都の奈良は、神秘で、よく似合う、と思う。昨夜のにわか雨で路面が濡れている。早朝を液に急いでいるので、霧には気が付かなかったのだが。電車の車窓から見える平城京はわずかに煙っている。その煙が欄干の激しい赤を抑制している。

 大和西大寺駅で乗り変えた電車は一路南に移動する。田んぼや畑が増える。霧はますます深くなってくる。若草山や、その隣の春日山原林の輪郭が僅かに認められるほどの霧である。近くの煙突からは煙か水蒸気かがまっすぐ上に達のぼっている。小川からも湯気の陽炎(?)が揺れている。

 太陽はおぼろ状態で、肉眼でも眺めることが出来る。いまさらながら太陽はまん丸だ。霧の屈折で出来た輪っかが重なる幻想的な光景だ。郡山駅を過ぎると、金魚の養成に使われる池が多い。その水面が、鏡のように太陽光が反射し、周りよりも浮き出たように輝いている。多少大きな池では、鏡のような水面に小カモが休んでいるシルエットが水墨画になる。奈良が霧に包まれれば神秘さが、ますます神々しくなってくる。ボケ爺、多分この不思議な風景はこれで見納めだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月15日 (日)

怒れ!怒れ!

 政局主義の野田首相、ドジョウの住む汚い泥の政局合戦は止めてほしい。自民党時代となんら変わらない手法の内閣改造での逃げの手法は、止めてほしい。民主党の掲げたマニフェストは何一つ実行されない。自民党のマニフェストが実行されて行く。

 税について4年間はあげない、行政改革(議員の削減、公務員給与削減)を先ずは実行する。社会保障は、何もかも増額すると言っていた。政局でなく政策を、と大声で訴えていた。どうなってしまったのか?それに対し、国民は怒らない。どうしてだろう。

 政治家は、ロジックが分からないか、解っては政治はやれないのだろうか?つまり、目的と手段が逆転してしまう。税を増額する「目的」があって、その目的の議論が必要なのである。今の議論は、増額をどうしたら出来るか、の手段しか議論されない。

 天下国家の未来を議論したい。それが目的になり、事項にはお金が必要だ。だからここまで増額が必要である、と。日本のあるべき目標には費用が必要と、その財源の不足分を増税する。とのバランスシートの提案が欲しい。

 皆様、ボケ爺に賛同していただけるなら、怒れ!怒れ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月14日 (土)

どんど祭り

 どんど(?)焼き、と記憶しているのだが、どう漢字で書くのか忘れてしまった。方言かも知れない。15日で、新年の松が開ける前日の夜に、松飾り、注連縄(しめなわ)、書き初め、などを家々から持ち寄り、竹で作った三角錐の櫓に火を点けて焚火を行っていた。そんな子供時代を思い出す今日である。

 一年の無事を祈り、厄病神を追い払う、無病息災を願い五穀豊穣を祈る、と言う行事であった。その火や灰で、鏡餅を焼いたり、さつまいもを焼いたりして食べる味は、格別だ。今でも思い出す。しかし、最近はそんな行事をやっているところあるのだろうか?このような伝統は残したいものだが、燃やすものが無くなっているし、火事にならないように面倒を看る人もいなくなって、心配が先で、出来なくなっているのだろう。

 今年はどんな年になるのか、と考えている間に、ヨーロッパの国々で国債の格下げあり、どんどんユーロが安くなっている、11年ぶりだと言うことで、先行き心配だ。各社の協力企業の年頭事業見通しの話を聞くと、ますます暗くなる。ボケ爺の髪の毛と同じだ。どんどん抜けるし、白くなって、大変に不景気だ。

<読書>

「夢の階段」池波正太郎 新潮文庫

直木賞を取る前に、習作として寄稿していた小説群の9編である。時代小説は一編だけで、他は現代小説である。熟年の頃の作風とは全く違っている。天才でも、努力と、成長が一致するようだ。大物の成長の軌跡を感じて参考となった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 9日 (月)

成人式

 ボケ爺は、久しぶりに散歩を楽しんだ。調布駅まで、約6キロを歩いてみた。厚着をしていたので、たっぷりと汗をかいた。市民会館では若者が、成人式で、集まって嬉しそうに騒いでいた。ボケ爺の成人式は、東京に出ていたので出席は出来なかったが、同じ下宿人達とで、酒を飲んで、未来の自分を語り合い騒いていたことを思い出す。

 その頃の二十歳は未来に対して不安な事は全く感じなかった。将来が楽しみな時代であった。学食で、ラーメンが30円、カレーライスが30円、市井で各60円、だった。その頃から今日はほぼ、10倍の物価上昇である。初任給が2万円に満たなかった。今日約10倍以上である。

 だから生活水準はほぼ同じようだと思うのだが、大きな違いは、今日の若者には未来が見えない。だから共働きになる。未来に対して不安を感じていることだろう。これからは「不安定な社会」となる。日本は失われた20年が過ぎ、世界はこれからの20年は不安定で、先が見えない時代となる。変化を求めるため、試行錯誤することが多くなるが、何もかも停滞してしまう。サラリーマンの生活は閉塞感で、人間関係が、さらに難しくなり暗い世界となるだろう。

<読書>

「編笠十兵衛 上・下」池波正太郎 新潮文庫

綱吉時代の物語で、赤穂浪士のかたき討ちの時代である。政策判断の拙さと、社会の不公平性とからなる時代である。そんな世の中の下級武士の武家社会の人間関係の複雑さをこれでもか、と描いている。ボケ爺の歩んできたサラリーマン(武家社会)の人間関係の体験と、瓜二つの描写でうなずける。池波には珍しい思想批判が入っているように思えるのだが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 8日 (日)

出初め式

 厳しく寒い空に、満月に近い月が優しい色で輝いている。ボケ爺には、この寒さが危険である。高血圧になるからである。暖房で温かくなった部屋のテレビでは、出初め式が各所で開かれて、今年一年の無事を祈っている。

 ボケ爺も中学校に入った途端に、自動的に青年団に入団すると伴に、消防団に入団することとなっていた。自分の意見ではない。あくまで、自動的に、全員参加である。消防団は、まだ6年生だが、新年と言うことで、消防団の出初め式にハッピを着せられ参加させられる。意味も解らず、手押し消防車を引いて村中を、「火の用心」、と叫びながら練り歩く。川にはほとんど水は無くなっているのだが一部で、溜まりがあり、そこで、手押しの消防車から水を放射して気勢を上げて、消防車の車庫に納めて終わりとなる。その後、集会場になだれ込む。七輪に鍋が掛けてある。別の七輪には酒がつけてある。そこで酒盛りが始まるのだ。6年生は新人である。新人にも、まずは酒を飲ませる。お腹はすいていたのですぐに酔ってしまう。それを先輩たちは、酒の肴で、また騒ぐ。そんな正月が田舎の文化であった、と今にして思う。

<読書>

「藤沢周平の言葉」高橋俊夫 角川SSC新書

副題に、人にそっとよりそう言葉、となっている。「闇と微光」が周平の一貫した流れだと言う。周平には、司馬遼太郎、池波正太郎、や、山本周五郎たちと違って、名高い名言はない。それが、ボケ爺として周平ファンにさせている。風景の流れと、人の動きに情景によって、人に寄り添っている。そこに魅力を感じるのだが。孤独な時に、悲しみの時に、苦しい時に、受け止めてくれる何かがある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 5日 (木)

ビジネス街の初日

 今日はコンサルティングをしている事務所を訪れた。芝地域にあるのだけれど、異変が起きていた。普段は人を見かけることの無い(たまに結婚式にぶつかることはあったが)、コンクリートで出来ている神社がある。50段ほどの階段の上に、ありがたく厳かにそびえている神社である。

 その参道には人で溢れている。9時と言う早い時間である。近くのビルから、続々サラリーマンが押し寄せている。昨年の飾りを持ってきている人もいる。正確には、女子社員も集まって来ている。階段は当然人で埋まってしまっている。放送で、企業を次々読み上げている。御祓いの順であろう。

 ボケ爺の事務所を11時半ごろ出かけたが、混雑はさらに増している。まだ延々と続いている。御祓いを受けた後のお土産を持って事務所に急いでいる人が沢山いる。特に今年は、打つ手がない円高為替で、神頼みに拍車が掛っているのだろう。一年に一度は、神にお願いすることでも、都心にある神社としてのビジネスモデルとして成立しているなら、それをありたがる企業が居てもいいだろう。

 そう言うボケ爺も、企業人の立場で御祓いを年初めにいただいていたことを思い出した。その頃は羽振りが良かったのだが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 4日 (水)

仕事始め

 今日から仕事始めと宣言して、あれこれ考えて、この一年の計を立てようと、努力してみたが、決まらなかった。と言うのは、趣味を始めたいと思っているのだがそれをどうやって進めようかに決断が出来ない。何と優柔不断になってしまったことか。

 それに、論文をまとめたいと思っている。その時間をどう作れるかも解らない。と言うのも、自分に自信が無いからだ。その分、肉体労働の仕事(昔のサラリーマン的生活)に逃げ込んでしまう。これがなんと楽なことか、今頃になって解って来たのだ。つまり今のコンサルティングを続けていれば、楽チンだ。時間がすぐに過ぎるからだ。それに、人造材で新素材を作り上げる、も、楽な道への逃避だ。

 誰かが言ったように、ブレーキを掛けることや、下山の仕方は難しい、と。根本から「登り」と違うことは、目的を持たない事だ。よって、結論は、今年の一年の計は、行き当たりばったりの「無目的」で、その日暮らしをすることとする、と決めたのだ。ボケ爺出来るかな?

<読書>

「不完全な時代;科学と勘定の間で」坂村健 角川oneテーマ21

著者は有名なICT技術家であり、東大の情報関連の教授である。TRONと言うOSを発送した人でもこの業界で有名だ。ICT技術は今日の不完全性を増幅していると言う。今年の年頭で「こんにちは、不確定性の時代だ」と言った有名人が居たが、確定すること自体が存在しないのでこれは間違いだ。不完全と言われると、感性に持ち込めば良いはずだ、科学は完全を目指すからだ。しかし、制度上の、人間慣習上から感性に至らない事を前提とすれば、この著者の主張が解る。ボケ爺は、その前に、これからは「不安定な時代」だと思う。人々は全世界で、安定性を求めている、と思う。不完全性も不安定さの中で葛藤するだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 2日 (月)

初夢

 昨日は、つまり元旦に、神田囃子の獅子舞の獅子に頭をかまれて、年初めから縁起が良い。だけれども、ボケ爺の頭は決して良くはならない、が、巧くボケられること、になるだろう。それでも目出度し、の年明けである。

 今年の初夢はなんだろう、とウキウキしながら床に着いたのだが、なかなか眠ることが出来ない。もぞもぞ寝がえりを繰り返している間に、眠ってしまっていた。さて、初夢は?ボーとした記憶だけれど、全て、「天然材料による新材料」の開発の夢だった。

 市場主義の今日、このまま続くことになるのだろうか、それとも、グローバル危機から、再び局地市場の経済に変わってくるのだろうか。少なくとも日本はこのままでは、10年も経てば、不幸な結果が待っていることは間違いない。日本だけではなく、先進国は沈没し、先行国との争いで、再び戦争の世界になるのではないだろうか。

 その危機の原点は、エネルギーと、食糧の課題に絞られるだろう。よって、多量生産には向かないが、完全天然材での新材料の開発が必要だと思う。多分、一部は、人造高機能材が必要であるのだが、ほんの僅かで良いはずだ。

 それを芸術の材料にも使える。新しい工芸(ART)を興していきたい。それが初夢となった今年は、忙しくなりそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年1月 1日 (日)

 昨年、3.11の東日本大震災、福島第一原発に遭遇して、絆が見直されて、昨年の「漢字」に選ばれたのは当然と言えば当然だが、見直さなければならないほど絆が薄れていたり、引き離されたりしていたのだろう。でも絆は戻らないだろう。その理由は。

 日本人の中から「絆」が消えていってしまったのは、どうしてだろうか?それには「all ways 三丁目の夕日」に見られる昭和30年代にさかのぼる。

1)   「家庭の味」を無くしてしまった。それは母の絆であったはず。

2)   「家族の結束」を無くしてしまった。それは、父親の権威が無くなってしまったからだ。

3)   絆には秘密と、嘘が含まれていて、その理解が出来ていたので良かったが、とことん、秘密や嘘に猜疑心つのり、恨み、つらみ、となって、人間関係を壊してしまった。

と、言いつくせるであろう。果たして、この状況で、日本人の心に絆は戻せるであろうか?

<読書>

「向田邦子と昭和の東京」川本三郎 新潮新書

向田邦子の作品は、実に、上記の「絆」を遠くよき昭和30年時代をバックに、我々に語りかけてくれる。さすがに川本三郎、巧くまとめてくれている。卓袱台を囲った家庭の絆、へんこつで口もきかず怒りっぽい父親の絆。結婚することは相手の家に入ることで解る母の味。(お結びの形、みそ汁の味、ライスカレー、など)父の社会で働いている姿は解らない、それが父との絆になる。乳がんと闘いながら、死を意識しながらの作品には、人それぞれの秘密と、嘘をも飲み込んでいく。「絆」を考えるなら、向田邦子の作品を読べし。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年12月 | トップページ | 2012年2月 »