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2011年10月30日 (日)

改めてジョブスを悼む

 ジョブスの伝記は早くも出版された。初版は当日完売だとか。改めて、ジョブスの功績が大きかったことが理解できる。前述したように、マイクロソフト社のゲイツ、アドビ社のワーノック&スティーブと共に、ボケ爺の会社生活の青春時代を駆け抜けてきた。感謝である。

 マッキントッシュ時代のポストスクリプトプリンタは、ボケ爺、自慢の商品を開発した。OEMにアップルを訪問もした。ジョブスがアップルを追われて、ネクストコンピュータ社を設立した時、ジョブスを訪ねて、プリンタの話をしたが、その時、既に、ジョブスはプリンティングには興味を示さなかった。ジョブスに尋ねた、何に興味があるのか?と。「デザインに興味を持っている。」と言う、今にしてみれば、ボケ爺は、デザイン意味を履き違えていた。ジョブスに聞いた、ネクストのデザインは何所がしたのか?すると、ニコッと笑って、フロッグデザイン社だ。(フロッグデザイン社はルイビトンの基礎をデザインしていた。)ボケ爺はフロッグ社に、プリンタのデザインを依頼した。が、売れなかった。

 その点、ゲイツはプリンタに興味を持ってくれていた。GDI I/Fを活用できるというバウワー氏を雇用して、平成ホントを開発して、ソフトの中に組み込んでくれた。そのGDIプリンタも、ボケ爺は世界初で商品化でき、よく売れた。

 ジョブスは、テレビに興味があったらしい。きっと、アイホーン、アイパッドを兼ね備え、ソフトとしては、ウェブテレビ、ウェブホームシアター、家事の機器とのコミュニケーション、それにホーム教育など組み合わせが期待できただろう。

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2011年10月29日 (土)

東京ミッドタウンで

 休養の土曜日に疲れた体に鞭打って、朝早くから、東京ミッドタウンに出かけた。地下鉄大江戸線が出来て、ボケ爺の家からは便利になった。元防衛省時代の時を思い出す。何度か、ボケ爺の設計した製品が故障して、叱られに訪れたのである。その跡地が、ミッドタウンとなり、商業、オフィス、ホテルなど、驚く程の変化である。

 今日から始まった、JAGDA(日本グラフィックデザイナー協会)と、ミッドタウンに事務所のあるデザインハブとの主催で、「デザインタッチ」をコンセプトとした講演会や、展示会が行われているからだ。講演会では、「デザインの動向:東日本大震災でデザインの考え方は変わったか?」と「デザインで笑いを:デザインで東日本大震災の支援が出来るのか?」が、今年のデザイン週間となった。

 日本では、デザイン広告とか、デザイン商品に大きな変化が起きているという。日経デザインは「スマートデザイン」と銘打って、「日々の暮らしと、万が一」をつなぐデザインコンセプトでなければならない。パナソニック社のいう、「いつも、もしも」が商品開発のキーワードだという。この講演は、ボケ爺を大いなる刺激をもたらした。

 デザインで支援は、デザイナーが作成したハンカチを買ってもらって、その分のハンカチを被災地の子供に送る、と言うイベントを始めるらしい。また、クリスマスの飾りをデザインして、その飾りを被災地に送る、と言うイベントをお催す、と言う。ここでは、オンデマンドプリンターに働く機会がると、ボケ爺は、プリンティングで何が出来るか、クリエイティブな時間を過ごした。が疲れた。

 東京ミッドタウンでは、数々のデザインイベントが、116日まで続く。

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2011年10月27日 (木)

岡山空港にて

 岡山空港を利用するのは、初めてである。岡山の山奥の企業で打ち合わせがあり、往きは、津山線で、金川駅に降りてタクシーで訪れた。路線にある大きな川は、9月の大雨で、あふれるとろまで水嵩が増したようである。津山線はジーゼル車であり、二両しかつながっていない。その中に、外人の夫婦が乗り合わせていて、地元のご婦人と、にぎやかに、悠長な日本語を使って話していた。この土地を知っている外国人は、よほどの趣味人なのだろうと見受けた。陶芸をやっている芸術家かもしれないが、同じ金川駅で降りたので違うかもしれない。

 この辺りは、平野がすくなく、昔は何で生活が出来ていたのだろうか?今では工業団地が出来て、大きな企業が進出している。山の一部は、杉が整然と植えられて、林業で生活されていたことはうなづける。杉の山以外では、広葉樹や、その他の木々で、きっと紅葉は美しいのだと想像できる。

岡山空港では、そんな山を削って造られたのだろう。結構、発着便が多い。一便は止めに帰るように交渉したが、特割りチケットだったので、変更は出来ないと冷たい。2時間も待たなければならない。マー良いか、たまには。

と構内をぶらぶらしていたら、なんと、11月1日から、ボーイング787が就航する、と大宣伝をしている。こんな田舎空港に?と思いきや、新幹線との競争で、ドル箱路線だそうだ。20時5分発の搭乗アナウンスが流れる。

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2011年10月22日 (土)

穏やかな休み

 昨夜の大雨から、朝風呂に入り朝寝をむさぼっている間に、雨はあがっていた。何時の間にか金木犀の香りを感じることなく10月の半ばを過ぎた。西の空き地にはブタクサ(セイタカアワダチソウ)が一面に黄色の花が満開だ。ボケ爺は鼻紙の消費量が少し増えているのはこの為だ。昨年は居なかったのだが、今年は雑草の刈り取りを二回に増やしたからだ(昨年までは一回だった)

 ここのところ、次々発生する報告書や提案書の作成に追われていて、暇なしだ。読書量が極端に減ってしまっていることは残念だ。もっとゆとりがある生活を目指さなければならない。今のままでは、元のサラリーマン生活の戻ってしまう。クワバラ、クワバラ。

 先日、丸の内で打ち合わせがあり、三菱通りを朝9時ごろ日比谷まで散歩を楽しんだ。三菱地所が取り組んでいる美しい自然を取り込んだ街作りは順調のようである。いたるビルに、三菱のイベントのチラシが置かれている。美術あり、音楽あり、学ぶ場あり、など、目白押しである。この近くに事務所があれば、イベントに参加して、豊かな生活が堪能できるのだろうが。一方,六本木のミッドタウンを中心にイベントが目白押しだ。丸の内に負けるな、と吠えている。

 ボケ爺の年代は無料にして欲しいのだが。交通費に、参加費で、無給の身が持たない、のが現実だ。冴えない言い訳だが。

<読書>

「嵐山光三郎の徒然草、三木卓の方丈記」古典シリーズ 講談社

ボケ爺は、こんな生活と、エッセイを書き続けたいのだが。読めば羨ましくなる。こんな生活は何時訪れるのやら。

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2011年10月16日 (日)

未だ時差ぼけ?

 昨日の荒れた天候から、今日は朝からよく晴れた。窓を開け放って、涼しい風を楽しむほどの夏が帰ってきた。昨日、イタリアで、18年間もトナーの開発をして来たという人と、優雅なイタリア生活の話に、羨ましく、つい呑みすぎて、午前中は寝て過ごした。ヨーロッパは豪勢な生活は出来ないとしても、芸術的で優雅な生活ができるようだ。

帰国から一週間、未だに時差ぼけか?真夜中に必ず眼が覚める。その分、年寄りのボケ爺は、疲れが溜まる。それが土曜、日曜に、ドーと噴出す。昨日は、いろいろ打ち合わせがあり、寝て過ごす事が出来なかった分、日曜日に表れた。

なんともボケた話が多い。九電のやらせメール事件は、第三者委員会を形骸化して結果提出、相変わらずの体質。TTPの議論は、この今の現象論のみで、議論百出。第一次産業、二次産業などの将来展望なくして、議論の起点は無い。問題点を明確にして、その対策を将来展望できるようにまとめることができ無い。貧弱な官僚、政治家ばかり、相変わらず。

1000兆円もの負債があって、日本は、まだまだ健全だと言う経済学者が多く、楽観主義でここにも貧弱な議論がむなしい。生活環境は確実に変化して来ている。先日のアメリカでも異変を感じる。物価が10年ほど前と比べれば、かなり上がっている(ステーキなど2倍近い)。その分、アメリカ市民の生活は苦しくなっているはずだ。若者がデモをするのも分かる。デモできる国は未だ健全だ。日本は黙り込む。

<読書>

「季節のない街」山本周五郎 新潮文庫

暇つぶしには楽しい。思想家周五郎が何を言いたいのか考えるには、貧弱か?

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2011年10月 8日 (土)

サンフランシスコ空港にて

 驚くほど涼しいフェニックスを去る。ここではソフト関連の議論に新たな刺激を受けることとなった。フライトはサンフランシスコ空港を目指す。

 限りなく続く砂漠の上空を、サンフランシスコを目指す。途中のロッキー山脈は雪景色である。まだ10月だ。そのロッキーも延々とカナダに続く。アメリカはとてつもなく広大な国土である。

 西日に海面がまばゆく輝く。ボケ爺の飛行機の隣にはアメリカン機が競争しながら、静かに海面を滑るように空港に着地していく。サンフランシスコ空港は、ダウンタウンとシリコンバレーとの間に位置している。雲ひとつない、良い天候だ。これがサンフランだ。数え切れなくこの空港を利用した。

 ダウンタウンとシリコンバレーとを結ぶ道路が「R101」と言う。あいも関わらず混雑している。このロードの込み具合によって、景気の予想が分かると言われている。故ジョブスのアップルも、PCチップのインテルも、グーグルも、ここシリコンバレーからの発祥である。ここで仕事が出来ることを憧れた時代もあったが。

 25年来の後輩と会うこととなっている。ボケ爺の開発した製品を、今日会う後輩とアメリカを売り歩いた。そんな後輩に感謝している。きっと懐かしい話で花が咲くことだろう。今日のホテルは、元は空港内に在って、便利だったので良く利用した。ハープの生演奏を聴きながら、一人心細く食事したものだった。空港の拡大に伴い、エアポートホテル群の中に移籍された。サンフランシスコ湾の眺めが素晴らしい場所にある。ボケ爺、明日は帰国の途につく。

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2011年10月 7日 (金)

フェニックスにて

 ミネアポリスでは天気も良く、多くの人に出会い、まずまずの毎日であった。さて、チェックアウトを依頼すると、「コンピュータがダウンしたので、レシートは発行できない」、と言う。「何時回復するか分からない」、と言う。とりあえず、メール番号を教えてチェックアウトは済ましたが、心配だ。ミネアポリス空港で、昼食をすまして、予定よりスムースだったので、搭乗まで時間の余裕が出来た。PCを開いてみると、早々にレシートが届いていた。一安心だ。と思いきや、フライトが遅れると言う。旅とはこんなものか?

 フェニックスに到着。砂漠の乾燥した生暖かい風が頬を駆け抜けて行く。サボテンが似合う街である。ラスベガスと似たように、砂漠の真ん中に、水をふんだんに撒いて、木々を育て、街を作っている。パソコンのDOSの発祥地でもある。ソフトウエアのメッカでもあった。と言うことは若干、ソフト開発人口は減っていると、聞いている。その分、アリゾナは太陽電池発電の検証地でもある。大学では、光工学が強く、太陽電池の研究が盛んである、と言う。リゾート地でもある。グランドキャニオンも近い。これから冬場は北の寒さを避けて、アリゾナ、フェニックスに集まってくるらしい。アメリカはダイナミックである。そろそろアリゾナの北の山々(都市にも)には雪の便りがあるようだ。

 友達と夕食をすましたころ(9時半)レストランのそとは、涼しいそよ風が吹いている。思わずTシャツでは寒い。南の空には、半月が美しく輝いている。友人も、「この涼しさは異常だ。」至る所で、気温の記録が出ている。

<読書>

「おごそかな渇き」山本周五郎 新潮文庫

同じ本を取り上げる。と言うのは、最終章の未完の「おごそかな渇き」の事を追加して置きたかったからだ。周五郎は哲学者ではないだろうか?ニーチェの宗教の呪縛からの解放の課題も、ドストフスキーの貧困からの始まる人間性の絡み。カフカの人間否定や、サルトルの人間の実存とは、への問い掛け。あるいは、ウイリアム・サローヤンの「人間喜劇」にも通ずる。もっと、この作品を分析解説が必要なのではないだろうか?あまりにも早い未完が、大作の形をなしていない事も事実なのだが。

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2011年10月 6日 (木)

ミネアポリスにて(その3)

ミネアポリスの気温は、結果として89°Fとなり、189?年の記録を塗り替えた、と報道された。どことも、異常の更新が続いている。35年来の友人はボストンに住んでいる。ミネアポリスに来るまでは、「ボストン異常な雨に見舞われた。」「台風にも」と嘆いていた。「これからがボストンはいい季節になるのだが、今年は?」と不安げだった。

今朝のブログにTVニュースを書きました。また、iPhone4Sのデビューの悪評の報道も書きましたが、一転して、ジョブスの死亡のニュースが流れました。「早すぎる死亡である」、「惜しまれる死である」、「これからのアップルが心配だ」、などなど。

ところで、アップルに同情が寄せられたのか?iPhone4Sは素晴らしい製品だと絶賛するニュースに代わっている。外観はあえて旧モデルの影を残して(ジョブスの影を残したのだと)キュートではないが、中身は、全く変化していて進化に驚くだろう、と絶賛のニュースだ。

ジョブスの死が、iPhone4Sの販売を後押ししてくれることは間違いないようだ。スティーブ・ジョブスは死に至ってもアップルに貢献したこととなる。偉大な業績と功績を築いた人である。ボケ爺は同じ時代を歩けて幸せだった。マイクロソフトのビルゲイツ、アップルのジョブス、アドビのワ―ノック(と、スティーブ)、この三者の創造的で、情熱的な講演を聞いては、熱狂して顔が硬直したものだった。世の中に変革が本当に起きると、楽しませてもらった。将来に夢を見させてもらった。夢多き、良き時代を歩むことが出来て、ジョブスに感謝、深謝に、合掌。

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ミネアポリスにて(その2)

 未だミネアポリスに留まっている。毎日の英語のシャワーに閉口している。食事もアメリカンを毎日食べていると飽きが来るのは当然だ。ビル間をスカイロードで結ばれている。冬の寒さを避けるためだ。スカイロードの2階のビルには、いろんなファーストフード屋がある。一軒「Sushi Do」のすし持ち帰りを見つけて、賞味した。

 朝のTVで、「今日は記録的な温かさになるだろう。86°F」観測以来の最高が、87°Fであるから、近年の記録になる、と言う。最低気温はやはり低いのだが。ホテルの高層階から眺める郊外は日ごとに紅葉が進んでくる。街の木々は、ツタの赤色を除けばほとんどが黄色に輝いて来る。昨日の夕食は、35年以来の友人と街のレストランに行って、そんな紅葉の下で、昔話を楽しんだ。その友人の家族は、ボケ爺と良く似た構成で出来ている。お互い、「爺や」になった、と変な同意を喜んだりもした。

 ABC-TVニュースの中心は、一つが、Amand Knox氏(24歳の女性)4年間殺人犯としてイタリアで拘留されていたのあろうか、「解放されてシアトルに帰国できた」、と言うことか、ボケ爺の英語力では良く理解できないが。二つ目は、マイクロジャクソンの死因につき医者の処置が正しかったかの公聴会の様子である。内容はやはり良く理解できない。

 iPhone4Sが予定通り、4日に発表になり、朝刊にコメントが載っている。いずれも失望であるとの報道で合った。[USA Today]では、「ちっともキュートでない」「何が期待できるのか」「外観はiPhone4と変わっていない」「iPhone5まで待つのか?」などなど。

<読書>

「おごそかな渇き」山本周五郎 新潮文庫

旅の合間と、時差で寝られない時に、書棚から持って来たのだが、人間の気持ちとは複雑である、と改めて考えさせられた。周五郎の筋立ての巧みさが勝のだが。清貧とは、心構えで決まる言葉である。心の渇きを癒す心が大切、と改めて知ることが出来た。

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2011年10月 3日 (月)

ミネアポリスにて

 過去に、3回ほどミネアポリスを訪問したことがあったはずだが、記憶が無い。今回の訪問では、空港から、街並みまで、全く新しくなっていると思うのだが、以前の記憶が無いのだから何とも頼りない。

 その2回ほどの訪問は、3M社への訪問だったはずだ。崖で深いミシシッピ川の美しい光景は微かに思いだす。3M社はそんなところに建っていた。その内の一回は、冬であり。駐車場には屋根があって、バッテリー給電用のポールが一台毎に設置されていた事も思い出す。泊まったホテルは整然と整った街の中だったと思う。ワンブロック歩くことが、寒さで出来なかったことも思い出した。

 今日は、雲ひとつない晴天だ。木々は黄色に色付いている。今週でほぼ紅葉が最高潮となるだろう。楽しみだ。空港からはダウンタウンまで、タクシーで、$38位、乗合タクシー(スーパーシャトルと言うらしい)$18、電車だと$1.75と言うことから、電車にチャレンジしたが、これが長閑で良い。切符のチェックはどの駅にもない。性善説に基づいている。日本の背悪説は、ここでは変人扱いだろう。無料バスも街の中を頻繁に走っている。

 街は、日曜日であることから人出は少ない。店も閉まっているところが多い。街の建物が整然としていて、新しく美しい高層ビル群が集まっている。基本的には、WASPの西の端になると言う。日曜日に歩いている人は、ヒスパニック、黒人が目立つ。時代の経過によるのだろう。ファーストフードも、多くは立派なビルの中にあり、派手な広告なども少なく、街にはごみも少ない。

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2011年10月 2日 (日)

シカゴ・オヘア空港にて

 今日は10月1日の朝である。シカゴのオヘア空港に朝到着した。機内の報道では、最低気温(最高気温は15℃)が6℃になると言う。しかし、職員は、「今日は暖かいね」と挨拶をしている。きっと10℃以上なのだろう。半袖Tシャツの人が多い。日本人よりは低温に耐えられるのだろう。晴れ渡り天気は良い。着地前の窓からのシカゴ郊外は、木々の先端がほんの少し、色付いている。シカゴの紅葉は10月中ごろだろうか。

 例によって、通関に時間がかかってしまう。延々と45分である。ゲートは沢山あるのだが、勤務している人がいかんせん少ない。しかも、我々の前のフライトが、中国からやってきたようだ。日本の通関の2倍は掛る。アメリカでは、日本は信用があるから早いのだ。

 電車に乗って、ターミナル1に移動、次のフライトの為のチェックインは必要ないが、カウンターは長蛇の列である。手荷物のチェックも延々と列が出来ている。ここでは職員はまじめに働いているのだが。人々もアメリカ式のチェックには慣れてきたようだ。安全のための諦めだろう。

ボケ爺、透視のチェックゲートに回された。初めての経験だ。ポケットのハンカチまで検出が出来るようだ。そのハンカチをも検査された。ボケ爺の裸体はどの様に映っているのだろうか?あそこもはっきり映るらしい。老人の体と認識されたとすれば恥ずかしいやら、悲しいやら。ここでも30分を費やした。

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