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2011年9月29日 (木)

ボケ爺、大恥をかく

 大阪の地下鉄に乗った時が、3時30分ごろだった。急いで新大阪駅へと帰宅を急いでいた。難波駅から、飛び乗って、やっと座席を確保して安心したのだが。見渡すと女性が多い。どうも居心地が悪い、と感じていた。心斎橋駅の乗り降りも少なかったのだが。ボケ爺を無視する目線、好奇心に充ちた眼。どうにも我慢が出来ない。そのはずだ、女性専用車両だったのだ。

 大阪の女性専用車両は、ほぼ真ん中の車両である。地下鉄も、JR環状線、私鉄など。それは良く知っていたのだが、東京と同じで、朝夕に限られていると思い込んでいた。大阪は一日中女性専用車両が存在するのだ。

 急いで、隣の車両に飛び移ったのだが、どうにも後味が悪い。女性どもは、ボケ爺の失敗をバカにしたように悪戯っぽく微笑みながら送り出していたのだろう。だから大阪は嫌いだ。

 ついでに、女性専用車両で気になる疑問をぶつけたい。女性のみんなが、女性専用車両を期待するわけではないようだ。そのすぐ隣のより混みあった車両に、むしろ、無理やり乗り込んでくる女性が多い。男性との混在に期待をしているようだ。痴漢は嫌だが、接触は期待すると言うことか?その心理が知りたい。ボケ爺の提案は、男性専用車両を突くてほしい。気を使わずに電車に乗りたい。そして、突っつきあいながら、喧嘩しあいながら。すると日ごろのストレスが解消できるはずだから。

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2011年9月28日 (水)

秋の怖い話、彼岸花

 昔を思い出す。小学生の1~2年ごろだった。彼岸花を持ち帰った時に、御袋に、こっぴどく叱られた。「家が火事になる。」「球根が毒で手が腐る。」こんなに美しい花がどうしてそんな悪さをするのか、不思議のまま今日に至っている。その時には、名前を知らなかった。曼珠沙華とも言う。何とロマンチックな名前だろうか。

昨日、滋賀の草津線の田舎(甲賀市)への電車の中で、不思議な光景に遭った。畦には、ところどころ、赤くそびえ咲いている。それはそれで、秋を知らせる花として美しい。ボケ爺は、原色が好きである。一か所、真っ赤な池のような場所が眼に飛び込んできた。どう見ても小さな村の御墓である。死者を弔うように燃え栄えているように思える。御袋の話はこのことか?と考えてみた。

 そう言えば、新幹線から見える豊橋駅の少し東側に、小さな(細い)川がうねっていた。この季節になると両岸の土手一杯に、この彼岸花が昇っていた。川面は血が流れているように赤く染まっていた。今見なって考えると、死者を弔い、天に送り届けていたのかも知れない、と思うようになった。

 清く美しす過ぎるモノには何かの毒が有るのかもしれない。クワバラ、クワバラ!!!清貧だけでは生きずらいのかも知れない、と思うのだが?

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2011年9月25日 (日)

二人の孫

 ボケ爺は、二人の孫を持つことが出来ている、との事は、以前にお話をした。長男の孫は生誕1カ月。熱田神宮で、祈祷を受けることとなった。ボケ爺の贔屓かもしれないが、可愛い。祈祷中は眠っていておとなしくしていてくれた。両家の爺婆がそろって、1カ月の成長を御祝いが出来たことは、幸せな時であった。熱田神宮は大きなお宮であることと、深い森に埋もれた新旧の社殿が厳粛であった。

 その足で、大阪に。長女の孫に会うためだ。梅田で待ち合わせたが、ニコニコしてやってきた。「爺、元気」が挨拶だ。6歳になっているはずだ。爺の気持ちを察して、そっと手を差し出してきて、ご機嫌取りをしてくれる。この年になればなったで、可愛い。夕食を食べ始めた途端、「おなかが痛い」とトイレに駆け込む。折角のご飯がもったいない、と思いきや、笑顔で帰って来て、食事をガっついてくれた。「美味しい、美味しい」と一所懸命食べてくれる姿に、幸せを感じる。単純なボケ爺の一日だ。

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2011年9月24日 (土)

11ヶ月目

 脳出血の発症から11ヶ月目に達した。基本的には、6ヶ月目からとは、そんなに変化は無い。それにしても不思議なことは、外観上は何も変わらない、と言うことだ。皮膚は新陳代謝して、左と変わらない。筋肉の太さにも変わりはない(実は少しは違うのだが)きっと歩く姿にも、チラと見ただけでは変わらない。

 しかしながら、大きな違いが内部では、起きていて葛藤があるのだ。右足は、動かすことなく、静かにしていると、何も変化を感じない。一旦動かすと(歩くとか)我はチャンと動かしてやっているよ、と煩いほど、恩に着せて伝えてくる。煩いのだ。気温は未だに鈍感だ。

 今日の天候は散歩に最適だ。久しぶりに散歩に出た。国分寺崖線に沿って歩く事にした。ボケ爺の近くの実篤公園を出発点として、NTT中央学園を越えて、野川に出る。(国分寺崖線は小金井の野川公園から、成城3丁目までの野川沿いは、ボケ爺よく知っている。)小田急線沿いに、成城学園駅に出る。そこで優雅にコーヒータイムを楽しんで、北に向かって引き返すことにした。何時もの古本屋が健在であることを確認して、世田谷工業高校を横目に仙川駅まで歩いた。歩き時間は、約2時間である。

 足の方は、傷害の右足は至って元気である。その反面、左足は、少々袋脛が痛みを感じる。右足は、動かす時、少し筋肉が太くなる。これではやはり左右が巧く均衡していないということだ。

<読書>

「言わなければよかったのに日記」深沢七郎 中央文庫

こんな面白い本に合えるとは、ボケ爺、この歳でうれしい。著者は「楢山節考」で有名だ。著者が畏敬する正宗白鳥、武田泰淳、井伏鱒二などとの楽しい交流記である。自然流の抱腹絶倒。

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2011年9月22日 (木)

電力を考える

1:日本人は、電力の浪費に慣れてしまった。今日の節電は続けるべきだ。もっと、もっと節電が必要だ。夏場を過ぎて、節電を解除しないで欲しい。昼間の電車ももっと間引くべきだ。明かりはもっと暗くて良い。

2:原子力発電の代替エネルギー議論が盛んであるが、元々原子力発電が代替エネルギーであったはずだ。主客転倒を元に戻せば、課題解消は簡単になる。

 原子力発電が主流にしたのは、核保有と言う別の課題がある。だから、原発は簡単には止める訳にはいかない。世界の中の力のバランス問題だ。

3:主であった火力発電を天然ガス発電にする。そこで発生する熱エネルギーを蓄熱エネルギーにも活用する。CO2の抑制は、既に十分な技術が確立されている。心配は要らない。

4:電力供給の自由化が必要だ。つまり分散化の推進だ。家庭単位でもよいし、地方自治体でも良いし、県単位でも良い、企業単位でも良い、ビルディング単位でも良い。自己責任を徹底すべきである。昔の水がそうだった。この点が電力の再戦略構想で最も重要な政策方針である。

5:太陽光発電は、急ぎすぎ。原価低減の研究がもっと必要だ。風力発電は急がれる。風さえあれば十分な電力はまかなえる。家庭、小企業向けガス燃料電池は、補助金で普及促進を急ぐ。最も理想的な発電となる。地熱は自然破壊に繋がるだろう。

6:新発電、分散電力供給を考えるには、直流家電を促進させるべきだ。白物家電の需要で再注目の産業となる。

<読書>

「原発に頼らなくても日本は成長できる」

ボケ爺の主張は、この著書から来たのではない。むしろ噛みあわない。こんな、楽観的な、つまり、現状の電力関連の組織の構造をそのままにして、エネルギーの多様化だけを議論しても、真の解決にはならない。構造の改革を訴えたい。

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2011年9月21日 (水)

さんざんな日

 東京は台風の襲来で、さんざんな日となってしまった。11時ごろまでは、ビッグサイトでは、風も雨も弱いものであった。14時半にビッグサイトを出たときは、雨は弱く降っていたが風は少々強くなっていた。

 東京駅について、新幹線改札口近くは、人で溢れていた。運行していないからだ。ボケ爺も関西に出張の予定であったが、諦めて事務所に戻って、ホテルのキャンセル、明日の会議の中止など手配し、メールなど整理していたら、4時半頃となって、外は雨が強くなってきたので早めに返ることにした。ビルの窓から見る限り台風の影響はそんなに大きくは感じなかったのだが。

 地下鉄で、帰宅を急ぐのだが、笹塚で下ろされる。6時になっていた。京王線は全面運行中止。駅の改札口まで溢れている。壁にもたれる事は当然叶わない。引き返して、会社契約のホテルに泊まろうと、戻ろうとしたところ、新宿で、地下鉄の運行中止。PCで、ホテルを探し、10箇所ほど電話しても全て満杯。意思決定の早い人が多い。

 2時間ほど、運行停止した電車の中でウトウトしていると、開通したとの放送。満員御礼の電車でやっとの思いで帰宅。9時になっていた。ご苦労さまでした。

<読書>

「楽し句も、苦し句もあり、五・七・五」東京やなぎ句会編 岩波書店

句会が五百回、42年間続いた、と言う。すごい歴史である。句会のメンバーは、本職ではない、趣味の域を出ない愉快な人々。大体、一ヶ月に一回、17文字であるから、17日に開催。句会への飛び入りを歓迎して著名人が参加しているようだ。本の中身は、それは、それは、抱腹絶頂。楽しいやら、可笑しいやら。

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2011年9月19日 (月)

気になる時事評論家

 最近、気になる時事評論家が現れた。以前から気にはなっていたが、「世界を知る力 日本創生編」手島実郎 PHP新書 を読んで、益々その確信を得た。

 今、日本人の思考の根本に必要なことは、「根拠のない悲壮感と、楽観性を排除すべきである」、と言うことにボケ爺と共通している。3.11の東日本大震災以降の政治家、評論家、ジャーナリスト達、大衆にも共通するが、根拠の無い、単純な言動が多すぎる。「日本ガンバレ」「日本は強い国だ」と。短絡的な団結力を訴える。一方、このままでは「日本は潰れる」「根本から考え直せ」的な悲観など。これらは、「思考停止」状態を作った太平洋戦争時代と同じ最悪のパターンである。

 「日本再生に、今やるべきことは何か?」に議論の中心を、思考を注力すべきである。それは苦しい努力である。取り分け、日本のこれからの針路の青写真を練り上げなければならない。これらなくして、日本の未来は無い。絶望と希望はだけでは虚妄である。

 ボケ爺は、課題を二つに分けて考えるべきであると、思っている。1点は、津波、地震で、壊滅的な災害の復興であり、2点目は福島原発の対処である。この二つは全く違う観点から論じなければならない。

 と言う点で、寺島実郎氏は、大宅壮一氏に近い人ではないだろうか?前編の「世界を知る力」PHP新書の併せて読むべきである。

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2011年9月18日 (日)

追い討ちの猛暑

 昨日は気温が高かったが、日照りは少なかった。今日は、誰に恨みを晴らそうとしているのか、猛烈な日照りで、東京では10日間の猛暑である。これでは猛暑お見舞いになる。

 所要で六本木に出かけた。ミッドタウンの通りを、お祭りの囃子や、神輿や、祠車が、延々と練り歩いている。都内では、浅草は有名で、時にはテレビで放映されていた。この赤坂、六本木、青山界隈で、こんなに神輿が続くのは、ボケ爺にとって始めての経験である。その数に驚いた。

 暫く眺めていたが、この暑さなのか?激しく練り歩く姿は無く、軽く澄まして、整然と通り過ぎる姿は、東京の気取りなのか?チョッと寂しい。高層ビルの間の祭り姿も、コンクリート道路も似合わないと思う。ボケ爺の田舎での祭りを思い出す。ボケ爺は神輿を、白装束で担いだ事がある。1Kmほどだったが、神社に着いたときにはクタクタだったが、爽やかだった思いが甦ってきた。人間はこんな興奮で、我を忘れて、呆然とする時が必要なのだろう。それにしても昼間の六本木交差点は、大きくは変わっていない。その周辺は変わったのだが。夜は今も外国人の街なのだろうか?きっと今は、福島原発のおかげで、日本人の街に戻っているだろうと想像している。

<読書>

「恋かたみ・狸穴あいあい坂」諸田玲子 集英社

淡い恋と、日常の出来事の絡みのストーリが、巧い。女性らしく繊細で、優しい進行は、癒される。この作家も最近の作品は、男勝りの作品から、随分と優しい物語と変わって来た、とおもうのだが。

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2011年9月15日 (木)

気になる好きな人

 ボケ爺には、若い時から、気になる人が2人存在している。日々、時々に気になっている。その人は夏目漱石と森鴎外である。

 先ず、夏目漱石は、トップクラスの聡明な頭脳を持ち、今日で言うエリート(帝大教授)として将来を嘱望されていた。作家が職業的に低いと言っている訳ではないが。あの時代では作家の収入は少なく生活は苦しいだろう。だが、世間の言うエリートコースを捨てて作家に転職をしてしまった。そこで、作家としては、安定な収入が得られるように、自分を売り込んでいる。高給取りになっている。さらに、印税という制度を提唱して、それも実現させている。実に漱石は学者以上にビジネスマンである。

 先ず、坊ちゃんを読むと、子供の心を持って大人になってしまって、無鉄砲である。三四郎では、イナカ者が東京を憧れて、バカにされる。夏目漱石の作品は、人生のあらゆる悩みや、戸惑いや、不安で不信な経験を提案している。決して解決策は書かれていない。それどれの年代で読み方が、問題の提起が、違っている魅力がある。兎に角人間関係は煩わしい、が良く解る。

 森鴎外は、エリートサラリーマンを一生続ける。その道のりは、山あり谷ありの苦労の連続であった、と聞こえる。その愚痴を小説にして、自分の現状を告白することで、エリートを乗り切ってきた。組織についての不満、不合理な世の中への不満、人間関係に難しさ。自己の葛藤や、悩みの告白、など。二足のわらじを履くことで、潰れそうになるサラリーマン生活の危機を乗り越え、転職もせず、エリートコースを乗り切った。医業分野ではトップ官僚となった。だが、森鴎外はそれでも不満だったのだろう。もっと上に行きたかったらしい。

 ボケ爺、二人の人生読本から学ぶべく読み続ける。その上で、ボケ爺の人生を反省してみたいのである。

<読書>

「壁にぶつかったら、僕は漱石を読む」斉藤孝 KKロングセラーズ

斉藤孝の実に端的な解析には参考になる。きっと理解力がずば抜けているのだろう。気になる人の悩みを知って、一緒に悩めば不安のストレスは、きっと軽減される事、ボケ爺保障する。

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2011年9月13日 (火)

プチ不良の生き様

 「うらおもて人生録」一色武夫 を読んでいると、ボケ爺の暗い人生が益々暗く甦ってくる(狂人日記は読むべし)。プチ不良で少年から壮年まで過ごした自分史に似ている。なぜプチ不良者になってしまったのかって?簡単な理由である。劣等生だったからだ。小学校3年まではガキ大将だったのだが。劣等生が生きるには、不良になることのみが道である。

 本物の不良者になれなかった理由も単純だ。喧嘩するには弱く勇気が無かった事と、頭は馬鹿なのに嫉妬心が強くヒガミモノ、つまり気が弱かった。親父が少々怖かった、は理由かどうか怪しい。親父と兄貴はまじめを絵に描いた、くそまじめ者であって、それに反発心がムラムラと湧いた。

 学業は、何時もビリ。出席はまじめに出ていたが、先生の話は聞いていなかった。何をして遊ぶか、だけを考えていた。宿題は、お袋がうるさいので、自室で鉛筆を削って過ごしていた。お袋は力者だったので、蔵や屋根裏に良く閉じ込められた。屋根裏には壊すものが無かったが、蔵には沢山あった。中学生にもなれば、お袋に力では勝てた。

 三流大学に入ってから少しは勉強をしたが、所詮、バカな頭は優等生にはならない。プチまじめになっていたボケ爺は、先生方から可愛がられた。友人も沢山付き合ってくれた。だからと言って頭は良くはならない。頭が劣等生なら、体力で勝負だ、と思い、運動に力を入れた。スポーツでも芽は出なかった。だが今日の健康はその時のおかげである。

 社会に出てからは、頭を使う仕事を避けて、体力で勝負した。優秀な奴は沢山居るものだ。劣等生のカンバンは下ろせないままだった。劣等生だから優等生には最後には負ける。優等生から労働者(使役)としてコキ使われた。だから優等生から逃避をし続けてきたプチ不良者ボケ爺は、ここに居る。アーアー、プチ不良、バンザイ!

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2011年9月11日 (日)

9・11、そして3・11

 9・11はアメリカ貿易センタービルに、民間機が突入してから、10年になる。アルカイダのテロであった。アメリカの世界王者の反映の象徴であった世界貿易センタービルが見事に崩壊したTVのライブ放映は、ボケ爺にとっても衝撃であった。日本経済はアメリカ依存であったからでもある。ソ連が崩壊して東西冷戦10年目でもあった。テロ発生後のアメリカ政策は、テロの報酬で、イラク、アフガニスタン戦争に入ってしまった。アメリカの犠牲者は2万人にもぼり、各国合わせると22万人にも及ぶ、と言う。

 220万人の若者が軍隊から引き上げた。失業率は悪化の一途をたどっている。今日の原油価格はテロの発生時の4~5倍になってしまった。戦争に費やした費用は膨大であった。これを経済、市民生活の改善に使われていたら、と思うと。報復戦争は、アメリカに加担した欧州、日本にも経済で多大な影響を与えてしまった。その間、したたかな中国は、アメリカの中東戦略の以外の国で、存在感を増している。

 3・11は東日本大震災から、6ヶ月が経った。復興とは名ばかりである。2万人ほどの犠牲者は、震災を受けた地域の住民の数からして、大変な比率である。どの地域も6ヶ月経ても復興の青写真すら描かれていない。現地の人の気概だけが先行している。政府と地域とが一体になって、青写真を議論して、復興費用の処理は後にして、インフラ整備で雇用を生み出せば、経済復興にも繋がるはずである。輸出ばかりが経済復興策ではない。逆だから、遅れに遅れるだろし、小粒な政治家しか出てこない現状では寂しい。エゴ者達は、東海道第二新幹線にしか目が行かないのだ。

 福島原発も大きな課題である。誰が、「1年ほどで帰れる」と言い続けて騙してきたのか?放射線は未だに出続けている。汚染処理では、全く見通しは無い。30年~50年かかることは初めから解っていたことである。福島原発から10Km圏を国有化して、汚染物資を埋め込むしかない。他に分散(汚染)などできるわけが無い。中央では誰も何も言わない。事の重大さが読めないボンクラが政治をやっているからだ。

 9・11も、3・11も、政府の政策の大失敗例である。世界は、民族の戦い、宗教の戦いも加わり、益々混迷に陥ること、深刻である。

<読書>

「霧の果て・神谷玄次郎捕物控え」藤沢周平 文春文庫

池波正太郎並の捕り物帳である。池波と違うところは、人の使い方である。推理の仕方も違う。何れが上と言う訳ではないが、楽しさは同等だ。周平にもっとこの種の捕り物の推理小説を書いてもらいたかった。

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残暑お見舞い申し上げます。

 百日紅が勢い付いて、花が一杯に咲いている。台風の前の涼しくなった時には、夏は終わったと思ったのか、花が散り始め、夏をなごり惜しみ、不完全燃焼を悲しそうにしていた。先週の土曜日には、ベランダの食べ残されたブドウを、次の休み(つまり今日)に楽しもうと思っていた。朝、ベランダに出てみると一粒も残っていない。房の枝までも食べられてしまっている。これで二年連続だ。犯人は鳥ではないことがはっきりした。だが未だ確認出来ていない。猛暑でなければ、犯人は現れないのだ。

 蝉の鳴き声も、ツクツク法師は減って、ニニゼミが勢いを増したがこの暑さで、隠れてしまったように静かになってしまう。実篤公園の亀が五匹も甲羅干しを勤しみながら昼寝を楽しんでいる。

 鉢呂経産相は早々に失言を連発している。人間がオッチョコチョイなのだろう。この性格は基本的に治らないだろう。世間には、結構存在している。考えが浅く尻が軽いのだ。無理して残す事はない、同じ事を繰り返す。辞めさせるしか方法は無い。人が良いと言う一面もある。政治家は悪人である必要がある。本物の悪人は思慮深い。参謀役の悪人は困るが。軽い政治家は、平野、前原も含まれる。政策化ではなく派閥、親分子分の税金泥棒である。これで、野田政権は、苦しい船出となって、政治は停滞が続くことだろう。側近に知恵者が居ないと誰に代わっても同じだ。適材適所人事ではなく、バランス人事は、何時ボロが出ても可笑しくない。企業ではもっと顕著に検証できる。ボケ爺の元勤めていた企業が伸びないのは、その理由にある。

<読書>

「長門守の陰謀」藤沢周平 文春文庫

政治家は悪人であり知恵者の参謀が必要だ。側近は近づかず知恵者でなければならない。歴史が示す。周平の作品に、組織人の生き方に多くのヒントが隠れている。政治家は、周平の作品をよく読むことだ。

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2011年9月 4日 (日)

すっきりしない台風一過

 ここのところ、何事にもすっきりしない世の中である。台風まで、すっきりしない振る舞いだ。民主主義であることは仕方ないとしても、日本のリーダを決める首相の選択も、市民はそっちのけである。革命が出来ない自民党の仕組みと瓜二つの政権が出来てしまった。これも民主主義なのだろうか?結果は派閥主義で、これで日本は良くなるのだろうか?すっきりしない。

 最近の評判の本を図書館から借りてきた。ジャンルが解ら無い「不可能」松浦寿輝 講談社、と、エッセイ集の「記録のちぎれ雲」草森紳一 本の雑誌社の2冊である。前者は、紀行文のような、小説のような、ボケ爺には、全く良いとは感じられない。評判が良いと言うことは理解できる人があるということだ。50ページほどで、放棄してしまった。

 後者は、草森紳一「本が崩れる」文春新書で、好感を持っていたのだが、博識がこれでもかと強調されると、知識の無いボケ爺には付いていけない。これも50ページでリタイヤだ。読書家であり、博識者としては、トップクラスだろう。ボケ爺の読書量が少ない事、記憶力が乏しい事は解っているが、今回の2冊で、今更に思い知らされた。ボケ爺の読書も最近はすっきりしない。難解な読書は出来なくなってしまったのか?

<読書>

「臨床読書日記」養老孟司 文春文庫

熱中症で、失速してしまった。難解な本の一つである。帯に、「面白くて役に立つ本、楽しみに読む本から、適当に眠くなる本まで集めた本の玉手箱」となっている。面白くない、楽しくない、眠くもならない。全く反対が良く似合う。

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2011年9月 3日 (土)

はっきりしない台風

 困った台風だ。ダラダラしている訳でもない。しっかりと強度を保ちながら、しかし、進めべき目的を持たず。環境に流されて、決断も出来ない。だらしが無い台風と言うべきか。その為、災害を振りまき、迷惑な台風だとも自身は意識できない。自分を意識できない台風は、今日の、日本の状況、取り分け、政治とよく似ているようだ。

 ボケ爺も、今回のこの台風に翻弄さられた。関西への出張で、返るタイミングを計るに苦労をした。結果は一日早く返ることで、新幹線の遅れは20分で済んだ。

 昨日、今日もスポーツ三昧だ。サッカーあり、陸上あり、テレビのチャンネルを激しく動かすに忙しい。何も考えず、テレビを見て過ごす、散歩もせず、昼寝、読書もしながら、だらしない一日である。こんな日があってもいいのかな。なでしこジャパンが一躍脚光を浴びたので、チャンネルは忙しい。

<読書>

「火の粉」雫井脩介 幻冬舎文庫

出足は緊張する。中盤はだらだらとして、つまらない。後半に多少テンポが速くなるが、出足の検討が生きる事は無かった。少々読むに気力を作るのに疲れた。もうこの作家の作品を読むのを止めるであろう。

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