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2011年8月28日 (日)

光と血圧

 ボケ爺は、幼少の頃から高血圧であったようだ。本格的に高血圧だと、認識したのは、二年生の時の大学祭の献血運動で、献血しようとした時だ。献血には向かない、といて断られた。その理由は、高血圧、血液が薄い、であった。それ以来、高血圧は毎年の健康診断で指摘されていた。がほったらかしだった。結果は脳出血だ。

 薬により正常に戻った今は、元々悪いと言っても頭の働きが益々悪くなってきた。思い出せない、記憶できない、ど忘れが激しい。しかし、新しい技術の発想は低レベルではあるが湧いてくる。頭の構造が変わったのか?

 夜、ゆっくりして、テレビを見ている。十分リラックスしていると思うが、寝る前の血圧は高めになる。テレビの光が悪いのか?寝る前に読書をした後の血圧は比較的安定する。テレビのほうが、十分にリラックスしていると思うが、画面を追っかけているのが、疲れるのだろうか?ちなみに、発症後の視力は、以前と全く変わっていない。両眼とも。

 ボケ爺の自説であるが、光と血圧とは関係があるように思えてならなない。近代、益々、明るくなっている。ストレスが増え血圧が高くなって、日本人の行動力、発想力、創造力が減少しているのかも知れない。昔は、もっと暗かった。その変化は世界中と比べて、日本が最も変化が激しい、暗から明への差は。谷崎潤一郎ではないが、闇の活かし方を怠ってきたのだろう。暗いところ、闇の中での思考はより深くなっていたのではないだろうか?血圧は闇のほうが正常になるのではないだろうか?

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2011年8月27日 (土)

ひねもすのたりのたり

 昨日の雷と、豪雨は、恐怖が適度に心地よいほどの刺激に会えたのが。今日は、朝から何の変化も無い鉛色の曇りである。ひねもすのたりのたりかな(晴れた日のことだろうが)、を実感した。身体もシャキっとしないし、頭も冴えない。降圧剤で血圧を抑えているから、決して低血圧ではないのだが、今までが高血圧で、頭が働いていたので、相対的に低血圧になり、昼までは頭が働かない。元々、頭が悪いボケ爺には、バカになってしまった感じだ。感じではなく、バカの現実を認識した。

 午後から散歩なのだが、今頃に、セミが元気に叫んでいる。それも、ニーニゼミ(油蝉)ミンミンゼミ(熊蝉)ツクツク法師ゼミ、カナカナゼミ、が同時に合掌だ。どの蝉も負けてはいない。実篤公園の中に居る黄金に輝くコケは未だ健在で、気味が悪いほどの黄金色だ。植物で黄金色に輝くのは、どんなバクテリアなのか?暗い洞窟の中だから、光の屈折で起きるのではない。これが金だと、今は高値で売れるのだが、と俗な、バカなことを考えて、苦笑い。

<読書>

「環境デザイン講義」内藤廣 王国社

光(空間)、熱(火)、水、風、音(地)の五輪のシステムを構築する事が環境デザインと言う。この五輪は人間の感覚であり、刺激である、と言う。これらが巧く絡みあることが、環境に良い、と思う。自然的にも、人工的にも、一つも欠ける事が無いようにしたい。

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2011年8月26日 (金)

孫の誕生

 ボケ爺に二人目の孫が誕生した。高齢結婚で、ボケ爺の年にしては少ないだろう。一番目は、娘の子供である。もう、年長組みで来年には小学生だ。今回は、息子の初孫である。孫は、無責任でいて、気になるものである。健康で、素直で、事故にあうことなく、成長して欲しい。

 息子は名古屋に住んでいる。一日置いて飛んで行ったが、新幹線は無常にも、豪雨で、1時ほど遅れてしまった。偶然にもエレベーター前で、保育室に帰る時に、御対面となり、無理やり部屋に戻って、孫と話し合い、手を握り、頬を突っつき、じゃれあった。生物は不思議で一杯だ。一個の細胞が分裂して、人間の複雑な全ての機能を作り上げる。大きな口を開け、声を上げて泣く事も出来る。眼を開けて周りを探る、手は好きなように動かし、何かを主張している。

ボケ爺も、普通の機能の持ち主であったが、脳内で出血して、神経の束の一部を、その漏れ血で刺激すると、色んな障害が出てしまった。補填もしてくれるが。不思議な構造だ。人生は流転する。新しい子供が生まれて年寄りが死んでいく。循環しているのだ。ボケ爺の孫が出来たという事は、死期が迫っている事になる。よって、孫たちに世話を掛けずに死ぬための方法を、研究している。

<読書>

「黒幕」池波正太郎 新潮文庫

大将にとって、どんな参謀が良いのだろうか?自己を主張し、頂点に登りつくためには、一筋縄では行かない。いろんな駆け引きが必要だ。その駆け引きも、単純ではない。状況に応じて、且つ、2対2、であったり、1対複数であったり、とかくこの世は住みにくい。複雑で、状況の変化に対する洞察力、先見性、リーダーには参考になる。

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2011年8月21日 (日)

障害者になって10ヶ月目

 朝は昨夜からの小雨が降り続いている。秋雨を思い起こす。低温も続く。雨が好きなボケ爺のウキウキした一日であった。発症から10ヶ月目になったが、一向に変化は無い。変化がない事は良いこと、と考えるべきだろうが。右足は、自分でありながら他人のようだ。この状況は変わらない。

 右足に、ここから階段だから足を上げろ、段差があるから気を付けろ、との命令はいらない。勝手に対応してくれる。だから、歩きながら頭は他の事を考えていても、つまずく事も無く、人にぶつかる事も無く歩くことが出来ている。多少応答が遅くなっている事も事実だ。走ることも出来るが、駆け足程度しか動かない。忙しく、「動かしているよ!」と他人のごとく、うるさいほどこまめに報告してくれる事も変わりがない。感触は自分の持ち物とは思えない、他人行儀である。その分は障害者といっても幸いなのだが。

 小雨の中、傘は必要ない。ぬれることで孤独を紛らわせてくれる。水たまりに足を差し入れて、雨水を跳ね上げてみる。まるで子供のしぐさと同じだ。ボケ爺の子供帰りか?雨にぬれた森のテラスの家に中から漏れる白熱灯の光に雨粒が橙色に輝いている。実篤公園の中道で、アブラゼミが3匹、跳ねている。死を迎えている。生物の哀れが迫ってくる。

<読書>

「「鬼平犯科帳」お愉しみ読本」文芸春秋編 文春文庫

池波正太郎の「鬼平犯科帳シリーズ」の魅力、愉快さを評論している一冊である。料理の話がよく出てくることで有名だが、池波は「季節感を出すためだ」との事、なるほどだ。人物の魅力、人心の把握力、操作術など魅力は言うまでも無い。

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2011年8月18日 (木)

機上にて

 ボケ爺、UAのマイレージを使うようになってから、スターアライアンスのANAを使う。JALのグローバル会員は返上してまった。比べることはできないが、今日、ANAの方が一枚上のような気がする。ラウンジのサービスも良くなった。機体はB777-300が投入されて快適である。ビジネスクラスは1-2-1の4列になっていた。もちろんフラットベットである。

 ヒースロー空港のターミナル3は大幅に改造されている。ANAのゲート1のすぐ隣のゲート3にエミレイツ(Emirates)航空のA383-800が泊っている。さすがに大きい。ターミナル3は二段のゲートが用意されている。A383の二段の出入り口を受け入れるためだ。その隣にはシンガポール航空のA383も泊っていた。後ろから見るA383は、主翼を支えるために胴体との繋ぎは、武骨である。重そうだ。何時になったら乗ることが出来るやら。様子を見た方が無難な気がする。

 帰国時の座席が翼の上の位置であるから、振動が直に伝わりうるさい。なにかあると最も安全な位置なのだが。さて、今から出張レポートをまとめ、18日には提出しなければならない。食事をゆっくりと味わうことは、残念ながら出来ない。

 今回の出張で、残念なことに、携帯電話を忘れてしまったことだ。息子のところの孫が無事生まれたか心配で気がかりだ。さらにはインターネットが使えなかったことだ。ヨーロッパもWiFiのワイヤレス環境がほとんどである。ホテルでLANケーブルのサービスが無くなっている。どの様なメールが入っているか気がかりである。ボケ爺の時代ではなくなってしまって意気消沈している。

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ロンドンにて

 ケンブリッジの会議が予定通り終わったことで、ケンブリッジからロンドンに移動することした。迷ったが、車をロンドンまで手配してくれるということで決断をした。つまらないケチな決断である。

 朝はゆっくりできたが、時間を持て余す。思い切って街歩きを楽しもうと10時にホテルを引き上げた。早々道に迷って、Paddington駅に来てしまった。もっともHeathrow空港までは、この電車で帰るつもりであったので、場所が分かり、怪我の功名と言うことだ。30分ほどで、日比谷公園の5倍ほどの広さのKensington GardensHyde Parkと言う公園にぶつかった。20mほどのプラタナスの大木が、外壁を作っている。英国はプラナタスが良く似合う。フランスはマロニエが似合うのだが。

 Marble Archを眺め、Buckingham Palaceに着いたのが約1時間ほど過ぎた。人集りで身動きが取れない。馬上の婦警が良く似合う。1時間ほど儀式を眺めて、S James’s Parkを後にして、官庁街(Westminster)に向かったが、方向が違っていたらしく、Westminster Cathedralに来てしまった。今まで見たことのない、黒が主体の厳粛な教会である。思わぬ拾いものをした。

 Westminster Abbeyはさらに素晴らしい教会である。ウイリアム王子が結婚式を挙げた教会である。長蛇の列で、入る元気を失う。その隣のBig Ben, Westminster Hallは幾何学的構造で気が狂うほど規則正しく繰り返されている。これば英国の建物の代表なのだ。英国の気質が良く表れている。このような几帳面な古い建物がたくさん残っていることは、腐っても鯛の英国だからだろう。

 Nelson’s Columnの前のNational Gallery広場で、オリンピックまで、345日と表示していた。やっと、ロンドンオリンピックがうかがえた。隣のPiccadilly Circusをやり過ごし、Regent Streetを歩く。Shopping街だとは聞いていたが、ブランド店が永遠と続く。呆れた、と言うしかない。Oxford Streetに折れてもまだ続く。この集客力はすさまじい。ボケ爺は途中、気が遠くなって、フラフラとし、今にも倒れそうだった。低血圧にし過ぎたせいか、調子がおかしいのか?毒気に充てられたのか?約5時間の散歩は無事終わった。自分で有りながら他人のような障害の右足は、健全な左足以上に疲れを知らない。健全な左足は、5時間の散歩で悲鳴を挙げている。

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ケンブリッジにて

一日の会議が終わり、ホテルまでのドライバーが聞く「どちらか来ましたか?」「日本から」「地震はどうでしたか?福島原発は?」と地震の話となった事は、当然のいきさつである。そこでドライバーが、「私の息子の家が地震で壁にヒビが入った」、と言う。どこで?と聞くとケンブリッジの東北へ30kmのところらしい。大きな地震ではないが、6~7年に一度程度起こると言う。このイギリスの島に、地震があるとは思いもしなかった。驚きである。ケンブリッジの古い建物が無事であることに不思議な思いがよぎる。

 夕刻の6時頃のケンブリッジは、まだまだ明るい。勤め人の、帰宅を急ぐ姿が多いのだが、それ以上に若者がたむろしている。ケンブリッジの学生は夏休みのはずだ。話によると、その間を利用して、夏季スクールが至る所で開かれて、内外から若者が集まるらしい。それに観光客も多いという。ここでも中国人の集団が目立つ。

 路上では、警察の姿をよく見かける。ホテルのすぐ近くで、路上に座り込んでいる3人の若者を5人の警官が囲んで尋問をしている。タバコなのか、覚せい剤なのか吸っている。こんな姿は良く見かける。夜遅くまで若者は騒ぎ奇声を挙げている。朝の公園は見事に、ゴミの山である。そのゴミを片付ける人が居る。その人達の仕事を取り上げてはいけないと、汚しているのだろうか。

イギリスの緊縮政策が、若者の失業率を20%以上に押し上げている。その結果が今日の暴動につながっている。今も暴動は起きている。6人の殺害ニュースも繰り返される。TVでは、若者の対策を如何にするべきか繰り返し議論がなされている。日本の放漫財政政策も困るが、極端な緊縮財政政策も社会は乱れる。難しい時代だ。

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ケンブリッジの朝

 ケンブリッジの雲ひとつ無いご来光が6時であった。散歩中のことであった。気候は15度以下であろう、半袖では寒い。どこの町でも朝一番の働き者はゴミ収集車であり、コンビニへの納入車である。

 ホテルの隣の公園(Parker’s Piece)では、若者のジョギングが多く見かけられる。街の中を歩くと、昔泊ったクラウンプラザホテルに出会う。徐々に記憶が呼び起こされる。その道を西に進むと、川のほとりのUSC(ユニバーシティースクールクラブ)の建物にぶつかる。カム川(Cam River)のボート乗り場だ。その隣にはハウスホテルが、今も健在であった。初めてのケンブリッジで泊まったホテルである。落ち着いた良いホテルだった。その隣のレストラン(The Mill)の地下で、オドオドと最初の夕食(カレー風)を食した事を思い出す。

その先には、クイーンズカレッジ(Queen’s College)があり、幾何学橋(Mathematical Bridge)が変わることなく奇抜な形を誇っている。キングスカレッジ(King’s College)の正面に出る。まだ門は閉まったままだ。バッハ生誕200年音楽祭の中心地がここで、夕食をした建物が見える。演奏会場のチャーチも威風堂々と構えている。その前のマロニエの大木で古木は、地上まで枝が垂れさがり歴史の深さを示唆している。隣のツリニティーカレッジ(Trinity College)の歴史を感じる古風さも変わっていない。

寒くて我慢が出来ない。マーケット市場から急いで帰ることにした。不動産屋の前でアパートなどの価格をチェックしたが、安い。10万円月も出せば十分な広さがある。通学手段は自転車で十分な広さの街だ。ここで暮したくなった。

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いざ、ケンブリッジへ

 ケンブリッジへの出張に恵まれた。ケンブリッジは何度か訪れた懐かしい街である。10数年以上も前になるだろうが、バッハ生誕200年音楽祭に招待されて訪れた街でもある。至る所で、バッハの演奏を聴くことが出来た。図書館であったり、構内の一部の部屋であったり。King’s Collegeの食堂での晩餐に招待されて、語学力で恥をかいたりもした。同じKing’s Collegeのチャペルでの演奏会、古い町の1680年時代に建てられた教会での演奏会、など、記憶がよみがえってくる。

 何といってもケンブリッジは、基礎科学、基礎技術の創造の街である。また、工業デザインの街でもある。多くの基礎技術がここから生まれている。街はカレッジを中心として、衛星状に、サイエンスパークがある。ポスドクの受け入れと、ベンチャーの育成の元ともなっている。いずこも、経済の発展以上に、教育が先行して、と言うより、経済が停滞してしまっている。安ければよい時代となってしまった。よって高学歴者の就職に苦労している日本は学ぶべきである。。

 さてこれから、2日間、たっぷりと先端技術の調査が出来る。一つでも、次世代の技術が見つかると良いのだが。ヒースロー空港から2時間半ほど掛ってしまった長い一日が終わろうとしている。

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2011年8月13日 (土)

元気が無いセミ達

 関東のセミは元気が無いのだろうか?「うるさい!」と思うことは無い。ある人の話では、35℃を超えると、セミは鳴かない、と言う、本当なのか?知っている人が居たら教えて欲しい。ボケ爺、初めての話で大いに疑っている。

 10何年も前のことであるが、大阪の中心地の本町駅の近くに勤務していた時、御存知のように、大阪の中心地は土の見える所は少ない。街路樹も大きなものは少ない。朝夕のセミの鳴き声は、ビルの谷間のエコー効果もあったのだろうが、ヒステリーが、気が狂ったように、泣き叫んでいた。元気といえば元気だったが、ボケ爺の気は狂ってしまうほどだった。(未だにその後遺症は残っているが)大阪人はこれに耐えられるのだから凄い、と尊敬する。粘りが生まれるのだ。

 今日の図書館は、勉強部屋が使えないため、一般の閲覧机で我慢だ。一杯の人だ。節電で家には居られないのだろうか?ボケ爺は、締め切りの迫ったコラムを書き上げなければならない悲壮感であるのだが、人ごみで効率が揚がらない。仙川で200円喫茶店は3箇所ある。いずこも満員である。一巡してみたが席の空きは出てこない。

 二ヶ月ぶりだろうか娘と無駄話、3ヶ月ぶりに、息子の嫁に見舞いの電話。久しぶりの声に、ここの所、緊張していた心が和むことを覚えた。無駄と冗長は、人生の必需品である事を再認識した。

<読書>

「小椋佳 いたずらに」小椋佳 新潮文庫

自分で書かなくても、周りが寄せ集めて本が出来るほど、「詩」がヒットしている。ボケ爺と同時代の人で、エリートであり、二股をかけた人生は、どうなるか、と期待していたが、病には勝てなかったことになるのか?しかし、確実に、実績は残している。当然ながらボケ爺とは大違い。

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2011年8月12日 (金)

悪戯な心の女(ひと)に

君の微笑みに、君のつぶやきに、君は僕の甘い夢飾り

君は言葉で言い尽くせぬ人、

君の不思議に揺れるまなざしに、心が波打ち続ける

君は悪戯な微笑が 静かに舞う夢の中 眠りを妨げて

君の美しさが僕にめまいだけを残していく

ためらいがちな言葉に、驚いた君

幾たびの季節が過ぎ去っていく。

木漏れ日浴びた君を抱けば、

寂しささえも置き去りに、

愛がいつの間にか一人歩き。

白い陶磁器を眺めては、飽きもせず 震えていた。

白い陶磁器を眺めては、触ることさえためらい続けた。

僕の一日は夢の中に過ぎ去る。

白い陶磁器に手を差し伸べれば、深い陶酔が訪れる。

白い陶磁器の肩を抱き絞めれば、めまいで気を失う。

僕の心は天上に 苦悩の始まり。

花の姿は変わって行くけれど、変わらぬ心を、君に誓っている。 

そよ風は見えない、幸せも見えない。

いくつ春を数えても、いくつ秋を数えても、二人でいたい。

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2011年8月11日 (木)

悪魔の心の女(ひと)に

幸せな人までも、引きずりこんで、悔いがじゃれつく。

気がつけば、遠回りしていて、ためらっては悲しい。

謝ったつもりの、言い訳の数々が、罪を重ねている。

心が通じるには、理屈はいらないのだが、ちょっとだけ愚かになって

信じることだ。

始末が悪いことに、へんくつの悪戯が、些細な意地が目覚めてしまう。

そんな弱さが憎らしい。

不器用な二人の生々しい現実の中で、ぶつかり合い、重なり合い、

すれ違う男と女のたわいない錯覚が満ち溢れている。

君の横顔を見ているだけで癒されている僕を発見して、自分に驚く。

君の気持を引き付けるために、7転び8起きのしってんばってん。

見つめあえば、目をそらして気が動転する、目が絡みあえれば胸が痛む。

これが甘えなのか?欲張っているのか?心の動揺は収まらない。

花の姿は変わって行くけれど、変わらぬ心を、君に誓っている。 

そよ風は見えない、幸せも見えない。

いくつ春を数えても、いくつ秋を数えても、二人でいたい。

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2011年8月 9日 (火)

奈良で、燈花会

 高崎の企業を訪問して、高崎の猛暑に負けそうだった。東京に帰って、上野のある企業を訪問した。御徒町から歩けばいいのに、上野駅から歩いたものだから、20分の徒歩で流れる汗が搾れるようだった。東京の天気は、やはり湿度が高い分、年寄りには堪える。

 そんな中、明日の早朝からの会議の為に、奈良に向かう。新幹線の中でパソコンに勤しむ。メールの返事をしたためて、さてこれでよし、と送信ボタンを押したが、反応がない、無線通信が圏外だ、急いで、接続の手続きをするが、反応なし。焦る。そのうち、本文が飛んでしまった。いくら探しても帰らない。仕方がない、と再度試みるが、前文のように名文(迷文)が浮かんでこない。諦めが肝心と寝ることに決めたのだが、残念さで、なかなか寝付けない、と思っていたら、はや、京都だ。

 近鉄で、奈良に向かう。奈良も暑い。ビジネスホテルまでにまた汗で一杯だ。すでに8時を過ぎている。フロントの係が、今日は「To-kae」が楽しめますよ。「エー?To-kaeとは?」「燈花会と書いて、To-kaeと言います。」「それは何ですか?」「蝋燭の火でライトアップします。」この暑いのに、「どうしょうか?」

 ホテルからいちばん近い「猿沢池と、興福寺に出かけることとした。なるほど、幻想的な光景に巡り合えた。先祖を思い起こし、自分のこれからの死を迎え方、心構えなど、少しは深刻になったかな?興福寺のライトアップは圧巻だった。

<読書>

「心映えの記」太田治子 中公文庫

著者は太宰治の子供(娘)である。その母の思い出話である。つまり母は、太宰の愛人であった。結婚したわけではない母の思い出である。実にリアルな親子の思い出話であるのだが、親子の会話が実に現実性に満ちている。母娘とはこんな会話をするのだ。盆を前に、男のボケ爺は母を、思い起こして、その違いに、驚きと、戸惑いを感じる。この本のお陰で、母を思い出した。それも、かなり深く、深刻に。

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2011年8月 7日 (日)

百日紅の花と蝉

 二週間ほど前から咲き始めたのであろうか、百日紅の花が咲いている。ボケ爺の自室は南の窓はシャッターが下ろしっぱなしである。西窓から見えるところにピンクの花が迫っている。(庭が狭いからだ)だが、それも今日まで気がつかなかった。このピンクは程よい淡さで、優しい色である。癒される。そこに、土蜂がやって来た。蜜を探っている。一匹では勿体無いと思った時、別の種類の蜂がやって来た。喧嘩はしないようだ。百日紅の花は、桜のように一度に、全ての枝が満開になるわけではなく、枝から枝と、咲き移って行く。だから2ヶ月ほど咲き続けられる

 蝉も、百日紅と同調して、遅れて出てきたかもしれないが、元気に泣き叫んでいる。そこには少々異変がある。実篤公園を中心として近辺の森では、ミンミンゼミと、ツツク帽子、カワセミが競演している。競演が始まると、雷雲が迫ってくる。一雨来そうだ。

 実篤公園に居る黄金色に輝くコケは、今年も元気に輝いていた。亀は首を天に向けて、伸ばし甲羅干しに勢を出している。何時もと変わらない、猛暑の夏の平凡な風景である。

森のテラスは、めったに風が止まる事がないのだが、夕立を待っているのか不気味なぐらい、木々の種々の葉っぱは微動だにしない。怖いほどの静寂の時間があることを知った。西の 空は、朧の太陽で狐の嫁入り?(それは朧月だったか?)

百日紅の花が大きく揺れて、花は驚いてピンクが蒼白に変わったかの表情に、愛しさを感じたら、雷鳴と、突風と、夕立が一度に襲ってきた。

<読書>

「五弁の椿」山本周五郎 新潮文庫

表現力と物語力に満足。こんな読書で、日曜日が過ごせたことは、ボケ爺、幸せだ。

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2011年8月 6日 (土)

株安連鎖、しんどい世の中

 アメリカの$500以上もの株価下落が、全世界を駆け抜けた。中国までも影響を受けた。世界は一つ?経済も一つ?経済不安の連鎖が襲う。本当にしんどい世の中になってしまった。日本は、未だましだと、一人円高が襲っている。円高は、良い面も悪い面もあるが、歴史的には、嘗ての大英帝国の歴史に類似するだろう。既に、日本病がはびこっている。

 もう一つ残念なことに、日本企業はお金が無い。多少あっても使わない。黎明期の開発商品が世の中を揺るがすほどにならない。黎明期から成長させるにはお金がいる。投資がなくて成長はありえない、と、ボケ爺の時代は、我が先輩に学んできた。今は、先行き不安定だから、お金を使わず「儲けよ!」とトップ経営者は怒鳴る。今の会社員は、お金を使わせてもらえない。しんどいサラリーマン時代だ。日本のサラリーマンが俯いて仕事をしている。残念だ。

 ダーウィンの海を渡る資金どころか、デスバレーから這い上がる投資もままならない。シーズを作るには「1の資金」、デスバレーを超えるには「10の資金」、ダーウィンの海を渡るには「100の資金」が要る、ボケ爺のサラリーマン人生は身に染み付いている。今日の経営者は、M&Aか、大企業への合併にしかお金を使わなくなった。悲しい兆候だ。韓国企業に負けるのは、この一点である。(お金を出す時に出さない)

 若者が可愛そうだ。この不景気は、もっと長期化しそうだ。更に20年は我慢か?

<読書>

「微分、積分を知らずに経営を語るな」内山力 PHP新書

久しぶりに経営本を紹介する。と言っても、数学の有用性を知るためである。ボケ爺も、技術者の端くれ、数学を使って仕事をしてきたので、数学は有用だと考えている。数学は美しい。事業を行うためには、文系人間が強いのだが、そこに理系の頭脳が加わると、スマートな経営が可能になるだろう。「感だ、運だ、賭けだ!」とやくざな世界から脱皮ができる。経営の基本は微積分だ。組織論はラプラス変換だ。

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2011年8月 4日 (木)

奈良の田舎

 ボケ爺、ここのところ、良く奈良へ出張する。近鉄を使うことが多い。目指すは、大和西大寺から先の筒井駅で、駅から歩いて15分ほどの中堅どころの企業である。やっと、奈良市が奈良県のどこら当たりで、大和朝廷の旧跡の分布など解り始めた。大和郡山城も電車から眺められる。薬師寺も見える。奈良県に広大に分布する旧跡は奥が深いと言うしかない。なぜ、このように転々と分散して歴史を刻んできたのだろうか?疑問が残る。京都のように、狭い土地の中で、繰り返し、置き代わり変わらなかったのだろうか?

 遅れて来た関西のセミがヒステリックに騒いで、耳を突く。筒井駅から、その企業まで15分の道のりは、田舎の村の中と、稲作の田んぼ道を歩く。田舎の村は、旧家が多く、ボケ爺の田舎時代の建物に良く似ている。江戸時代からの旧家の建物のような由緒ある建物がまだ、多く残っていて、懐かしさと、その田舎風の民家の良さがしのばれる。

 そこから一歩はみ出すと、稲作の田園風景が続く。二か月ほど前には、オタマジャクシが、一か月ほど前には蛙が騒いでいた。そこには、ボケ爺が過ごしてきた田舎の臭いと同じ臭いが満ちている。その臭いが郷愁を誘う。まだ「こんな匂いが残っていたのだ。」これが日本の文化のすべてではない、としても、以外に日本も均一ではない。今後も地域の文化が独自に発展していける環境が欲しい。今は日本の思想が消え失せては、迷走している

<読書>

「眼中の人」小島政二郎 岩波文庫

死ぬまでに、こんなに愉快な本に出会ってうれしい。ひとことで言えば、「精神成長の自伝小説」である。この種の自伝小説は多くあるとしても、対人と自己の葛藤を丸裸につづった小説は少ない。鴎外を、荷風を尊敬し、小説家を目指して、芥川龍之介、菊池寛との深い交流の中で、コンプレックスで自己が潰れるぎりぎりで生きてきた実感がつぶさに伝わるこの芸術性に驚く。大変な読書家でもあった。ロマン・ローランをはじめとして海外小説も読破していた。

「生活しろ。裸になれ」をモットーに、苦渋の人生の道程が、リアルである。感激だ。ボケ爺はうらやましい。「頭が良すぎる、狂人だ。」と。「小説は芸ではない」と諭し、純文学から、大衆小説家となり、「私小説」、とりわけ「心境小説」へと傾倒した。一種の人生敗北の自叙伝である。

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2011年8月 1日 (月)

奇怪な出来事

 今年も順調に、二階のベランダには、ブドウが実っている。例年変わりない量が実る。神さんお父親が植えてから、今年で何年になるだろうか。13回忌は遥かにすぎた事から、20年ほど前にもなるだろう。二階までの成長に3年は掛かっただろうか?それ以来毎年休むことなく、実を付けている。八月の盆明けぐらいから食べる事ができる。

 今までは、鳥が来て憂い晩で行くぐらいの被害であって、毎年、食べ残してしまう(美味しいブドウではない)。ジャムを作った年もあったが、毎年もてあまし気味であった。父親には申し訳ないと、謝るのだが。

 昨年は、このブログでも書いたのだが、実った(色付いた)粒から、何者かに食い荒らされてしまった。結果は、一粒も口には入ることがなかった。この悪戯は、小鳥なのだろうか?それにしても鳴き声が聞こえない、と、その後忘れてしまっていた。

 今朝、何気なくベランダを見ると、昨年と同じ食い荒らされ方で、色付き始めた粒を食べて粒の皮を残している。今年も、「食い荒らし者」は健在なのだ。昨年の推測で、小鳥ではなく夜光性動物と見た。今晩から早速観察してみよう。さて、この奇怪な出来事を探るために徹夜できるのだろうか?ボケ爺そんなに若くは無いのだ。誰か代わって欲しい。

<読書>

「人生の四苦八苦」車谷長吉 新書館

人生は単純には「四苦八苦」である。作家の車谷氏は、ボケ爺の郷里の近くの西播州出身である。特に有名なのが、柳田国男であるが。小説には、虚点(嘘)が無ければならない、と言う。主人公は苦しまなければならない、とも言う。作家になるには、広辞苑を読みきらなければならない、無一物と苦を実体験しなければならない、と言う。寂しさ(死を意識する)を持てなければならない、とも言う。小説の「題」の選定には、「誰に、何時、復習するか」で決まり、「世捨て人」となるべし、と言う。

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