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2011年7月30日 (土)

剪定の日

 小さな家でも一様、木を植えている。ほったらかしにしていると、枝が伸びて、背丈も高くなり、我家を押し壊す程になり、それよりも、隣家に押し寄せて迷惑がかかってしまう。取り分け、前の家には、枝が張り出して、時々「伐って下さい」と注意を受ける。

 例年は、梅雨の中休みの曇った日を利用するのだが、今年は、梅雨明けが早かったし、その後は日照りが強かったので、木々の剪定は今日となってしまった。曇りで、気温もそんなに高くなく、恵まれた。朝の8時半から、片付けを含めて、約3時間、良い運動となった。剪定は、年二回は必要だ。

 ハシゴを使って、高いところをも、剪定するのだが、障害児にとって、ハシゴに登るのは危険極まりない冒険である。脚立の天辺で何所にもつかまらず、二本の手で、剪定バサミを握り、伸び上がり、幹の先端の伸びた枝を切り落とす。周りから見ればなんでもない姿かも知れないが、片足の感覚を無くしているようには見えないだろうが、何とか、踏ん張って、もがいている。「登れ」と命令すればなんとか登れる。ガタガタと安定しない中で。

 今日に限らずだが、今日は格別に、剪定される枝に、哀れみを感じる。「なぜ俺を選んで切り落とすのか」、と訴える声が聞こえてくる。こちらの枝からもあっちの枝からも。木の種類によっての違いはない。小さい葉っぱは、なお高く小さな声を出す。悲壮な訴えは耳の奥で悲しみを増幅される。「お前はチョッとでかくなり過ぎだよ!」「お前は、周りより成長が早すぎだ!」「目立つ奴は嫌われる!」「出来る奴は叩かれるよ!」と慰めてやったのだが?納得はしていないだろう。世は運命だ!とも。

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2011年7月29日 (金)

羽田国際空港にて

 羽田の国際空港は、全日空のとなりに移籍して、韓国の金浦空港との一日4便のシャトルから始まり、8便になり、中国便が加わり混雑が激しくなっていた。田舎の空港よりもこぢんまりと、国際とは名ばかりであった。掛り人も垢ぬけることなく、トラブルが多かった。

 新しくなってから、初めての利用である。電車のアクセスが良く、出国への導線も関空をしのぐ、よく研究された便利さがある。都会センスが味わえる。欧米の外国からの利用者にも恥ずかしくはないだろう。何といっても都心へのアクセスが便利である。モノレールも新橋、あるいは東京駅まで延長計画が整ったようだ。

 ボケ爺が初めて、海外(米国、ボストン)に出張した40年以上前は、羽田の34番ゲートから、DC-10で、アンカレッジ経由でニューヨークに向かった。その数年後は成田から、JALのジャンボ(B747)の処女航海につき合って、恐々ダイレクトにニューヨークへ飛んでいった。当然にJALの天下であったのだが。

 今は、ANAのラウンジから、国内線のJALターミナルを眺めている。キャセイ航空機(B747)が車で惹かれて入港したが、ANA機が多い。ANAのラウンジは立派で、大きく、おつまみ、飲み物のサービスも行き届いている。採算が合うのかと驚きだ。ANAの勢力が増したことになる。さらに空港の拡張が決まっている。欧米へのフライトが増えるようだ。便利になるだろう。多分、東京都はさらなる企みがあって、さらなる拡張を考えているのだろう。東京オリンピックを契機に。

<読書>

「五年の梅」乙川優三郎 新潮文庫

乙川の作は、市井の人々、とりわけ社会の隅に追いやられた人々の「悲しい思い」を描き続けている。乙川はここでも、「暗さの中の明るさ」がある。長い間、した積みの人が追い詰められて崖淵に立った時、生きる希望を取り戻す可能性に、この作品は示唆している。暗い闇の中にもかすかに光がさす、作品にボケ爺は満足だ。

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2011年7月28日 (木)

元気な天気の京都

 急に暗くなった。猛烈な雨であり、同時に雷が鳴り響く。北西の方向からやってきた。新幹線が遅れるのではないかと心配だ。今年はこんな天候が多いようだ。それにしても、自然は元気である。条件さえ整えば、そのエネルギーをすっきりするまで吐き出そうとする。京都を出ると、何事もなかったように、薄日が差し込んできている。

 それにしても、猛烈な雨、雷のひっきりなしの叫び。ボケ爺、なんだか嬉しくなってしまう。野次馬が好きなのだ。プラットフォームで20分ほど楽しんだが、帰宅の電車がきてしまった。2日ほど前のソウルを含む近郊では、すさまじい、雨と雷で、土砂崩れ、川の氾濫などで、10人に以上の死者が出たようだ。ホテルのアルミサッシの二重ガラスでも、窓から雨が浸み込んでいた。これも今年の気候のせいで、元気だな!と思う

 ボケ爺の幼少のころは、毎日に近いぐらいに雷に遭ったものだ。近くに東芝姫路工場がある。避雷針がしっかり設備されている。稲妻は、雲から雲へ水平にも走る。それも、日本も三本も同時に。その平行な稲妻から、避雷針に向けて縦に分離する。そんな光景を、凍えるほど震えているのだが、カーテンに隠れながら、窓から観察するのが楽しみの一つであった。光と轟音との時間を計っては、近いや、遠いやで、一喜一憂していた。そんな田舎での子供の頃の思い出がよみがえってきた。

<読書>

「惑い」津村節子 文春文庫

女の「業」がいろいろ展開されているのではないだろうか?ボケ爺には、良く解らないが、身につまされることがある。男を疑い、男に不信感を抱き、心を許せない。そこから、心が離れてしまい、本当に男は失態を起こしてしまう。難しい男と女なの世界を、なるほどと考えさせられる。

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2011年7月24日 (日)

9ヶ月目での診断

 脳出血の発病から、9ヶ月目の診断を受けた。血圧は、安定しているし通常の血圧となっている。一回だけだけれど、98/53と低血圧だ。先生に言わせれば、「こんなものだ」、と冷たい回答だ。夏は、低めに推移するだろう。気温などに追従するのは、血管が硬くなって、調整ができないからだ。つまり、動脈硬化だ、と言う。

 神経系は、全く変わらない、変化が無いのだ。先生曰く、「まだまだ、改善されるチャンスはあるよ、6ヶ月ごとで変わるから、気長に見てみましょう」、と。前回は、「これ以上は良くならない」、と覚悟が必要だと言っていたのだが。兎に角余分なシグナルが忙しく脳に到達する。温度は感じるようになったが、痛さで表現される。筋肉が動くと、「動いているよ」、としびれの様なシグナルで返してくる。黙っていてくれれば言いのだが、うるさいのだ。次回の診断は、1周期記念の10月終末ごろとなる。

 今日は真夏の気温に戻ってきた。節電の過ごし方で、例の森のテラスの階段で過ごす。パソコンを持ち出したり、読書であったり、ほとんど人が通らないので、気が散る事はない。坂道は木々のトンネルになっているので、風が爽やかだ。雑草が刈られているので、蚊が湧かない。しかし、今年はチョッと異変があるように思える。セミの鳴き声が極端に少ない。如何したのだろうか?全国的な現象ではないだろうか?まさか地震が起こした異変ではないだろうか。

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2011年7月23日 (土)

台風迷走

 今週は迷惑な台風がやって来た。ゆっくりであり、迷走した。まるで、今の日本の政府の行動のようだ。何をしたいか解らないし、意志があるようにも思えない。今回の台風は気概を持って来た様に思えない。台風だけの問題ではなく、それを囲んでいる気圧配置や、偏西風などの環境にもよるはずだ。政府も政府だが、環境に相当する国民も何を考えているのか。無責任な状況になっているように思う。

 西日本では、被害が多く出てしまったが、おかげで、猛暑は一休み、東日本は涼しい日が続いて過ごしやすかった。慌てて、掛け布団を引き出した夜もあった。

 そんな中、昨日は、たらふく焼肉を食べる破目になった。韓国からの親友がやってきて、どうしても焼肉だという。ボケ爺の疲れた顔を見て心配したらしい。夏ばてしていると言い張ってくれたが。仕上げが、サムゲタンだ。韓国では、夏ばて予防に、3回のサムゲタンを食べる日がある。日本では、ウナギなのだが。

 おかげで、今日は、体の体温が上がったようで、勢が付いたようだ。しかし残念ながら、低血圧で、頭の働きは真に鈍くなっている。高血圧であったボケ爺の頭は、無理やりの低血圧の下では、益々鈍くなってしまったか。元々鈍かったボケ爺、血圧の所為ではないのだが。

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2011年7月18日 (月)

寝不足だ!

 久しぶりに寝不足だ!と感じている。「なでしこジャパン」の決勝戦を見ていたからだ。最後の最後までのフルゲームでの戦いで、優勝できた。感動を有難う。久しぶりの感動である。ボケ爺、単純だから、本当に感激、感動で一杯だ。ドイツ戦、スウェーデン戦、そして今日の夜中の放映を見てしまった。

 正直、前半の戦いの様子では、3点は取られるだろうと思ったが。運の女神が日本に微笑んでいたように思える。ドイツ戦は、日本は劣勢ではあったが、パス回しは良く対等であった。スウェーデン戦も体格から見て不利だろうと思ったが、戦線は日本ペースで、優勢であって全く心配しなかった。それからして、アメリカ戦は、ここまで違うかと、最初から全く劣勢だった。一点取られてから開き直れたのだろう、少ないチャンスを果敢に攻めた。先行されても追いつく。この粘りで2対2となりペナルティー戦となった。個人技ではアメリカであり、連携で日本だ。それ以上に粘りの勝利だ。

 連携で日本だといったが、そればかりではない。「良く守った事、当たり負けしていない」体力は明らかに日本の方があった。アメリカは、大汗を流しバテて徐々に足が止まっていった。それに引き換え、日本は最後まで良く走った。「練習の賜物であろう。」

 佐々木則夫監督の采配が冴えていた。入れ代わった選手が必ず活躍した。それに、絶対的リーダーの澤穂希選手の目を見張る活躍があった。広いコートを縦横に走り、適材適所に出没して、パスをカットし、パスを出しアシストし、自らゴールもする。まれなリーダーだ。素晴らしい。

何事にも勝つためには、基本は「個性を失わない練習量」であり、「人を見抜く監督」の采配、「優秀なリーダー」の三拍子が必要だ。と言うことが実証された。

<読書>

「三人の二代目 上/下」堺屋太一 講談社

堺屋太一は、社会の変動に対しての先見性や、洞察が、素晴らしく鋭い、と思う。彼は小説でそれを示す。時代小説を活用する。歴史の分析力が優れているからして、そこから日本の未来が見えるのであろう。団塊時代の生みの親でもある。混沌とした時代のリーダーの先見性、洞察力、判断力、決断力、指導力、つまり、人格によって、その組織の生死が決まる。サラリーマン(組織を率いる人)は是非読んで欲しい。「なでしこジャパン」に通じる?

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2011年7月17日 (日)

内部被爆

 和牛肉がセシウム137に被爆していたと、発表されて、ほぼ全国に流通していた。恐ろしい現象である。当然とも言える。原因は野外放置の干し藁、だという。水も心配だが?牛肉の前は、牛乳被爆があったばかりである。これも干し藁の内部汚染だった。多くの乳牛は処分された。結果的に、各署の学習効果が無かった事になる。

 当面の人体への心配はないと政府は言うが、子供、妊婦、これから子供を作ろうという女性など、二世については心配だ。何が起こるか分からない。やはり、水素爆発での被爆は想像以上だ。政府はなぜそのデータを隠すのだろうか?

 お茶の結末もはっきりしないまま有耶無耶となってしまった。確信犯で、測定をしない者も出てきている。測定すると、検出されるだろうと予想されるからだ。これから、口にする物は必ず測定しなければならないのだが。植物も土地改良が成されていないままでは、内部被爆する事は明らかだ。

 水俣病の二の舞となるような気がする。ちょっと違うのは、二世に現れることだ。統計的に、きっと現れるだろう。このままだと本当に恐ろしい事態になってしまう。常識ある政府、官僚であって、早く対策をやって欲しい。

<読書>

「落葉篗語ことばのかたみ」多田富雄 青土社

脳梗塞で、障害者となってから、左手のみでワープロを操作して書き綴ったエッセイ集である。実はこのような著書が、5~6冊あるからすごい生命力、否、精神力であったこととなる。文にもそのような気骨がうかがえる。

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2011年7月16日 (土)

心頭滅却

 今週は猛暑続きだ。今日は朝から雲ひとつ無い晴天が続いた。土曜、日曜が出勤日になったところが多いと言うが、高速道路は、40Kmほどの渋滞が、所々発生しているとTVは報道している。三連休のところが多いためだろう。

午前中は、クーラーを28℃にセットして朝寝?であった。午後のリビングではクーラー無しで過ごそうと我慢したが、35℃を越えている。汗は滝のように流れる。風を取り入れると2℃ほど下がるが、我慢できない、とは言ってもクーラーは入れたくない。

 例によって、実篤公園に出かけるが、蚊で1分も過ごせない。森のテラスは快適だ。一冊読み終えた。「残夢整理―昭和の青春」多田富雄 新潮社 である。尊敬する生物化学者(免疫学)の著書である。脳梗塞を煩ってから、書き残ししておきたいと、まとめた自分に影響を与えた、友人や、先輩、恩人の思い出の綴りである。

 平凡な思い出話ではなく、生き方を全面に打ち出した作品となっている。著書に出てくる人物の特徴が実に巧く表現されている。又詳しく、微細に青春時代が記述されている。記憶力が並でない事がわかる。実に、こまめに人と付き合っている。学者として多少変人と聞いていたが、とんでもなく人付き合いが良い方である。勉強や学問で急がし中、何所までも他者に付き合う姿に驚く。

 ボケ爺も、本著を読みながら、思い出す人々がまぶたに浮かぶ。しかし、青春時代の付き合いで、今では全く付き合いが無い。忙しい事を理由にしているが。友人からの影響は、確かに多かったと思っている。それ以上に、殻に篭って、孤独の中で自問自答していることがボケ爺の人間形成であったと回顧している。大きな違いである。大きな業績の残せる人こそ人付き合いが好いのだろう。今になって反省だ。

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2011年7月10日 (日)

梅雨明けの節電

 梅雨明けが発表された最初の日曜日である。朝から、雲の無く太陽の日差しがきつい。節電の必要な今年は皮肉にも梅雨明けが早い。金曜日に、高崎ある化学メーカを訪れたが、開発部門でも、火曜、水曜日が休暇になっていて、当然に、土曜、日曜日は出勤だそうだ。福島原発の影響は深い。

 大阪の出張で、先週の火曜日には、92%の消費である、との発表だ。東京の84%と比べて、関西の方が、余裕が無い。信じられない。何か隠し事があるようだが。本当なら驚く事態だ。

 午前中は28度のエアコンをかけていたが、室内は28,6℃、それでも涼しいと感じていた。午後は節電に協力しようと、図書館に出かける。満員だ。何時までも立っていると、汗が出始める。実篤公園に場所を移して、木陰のベンチで本を開く。そよ風が心地良い。ベンチの前の池の中州には、四匹の亀がクビを伸ばして甲羅干し、心地よさそう。ボケ爺も、釣られて居眠り。気がつくと、蚊が心細いボケ爺の血を奪っている。

 急いで、場所を変える。近くの森のテラスである。テラスへ入る手前の石の階段に腰かける。更に爽やかな風で心地よい。近くのアパートから、ピアノの練習の優雅な音が奏でられる。素晴らしい節電法だ。ただ、その階段を利用している人々からは、胡散臭い眼で見られること、我慢が必要だ。

<読書>

「寡黙なる巨人」多田富雄 集英社

作者は、免疫学の第一人者。脳梗塞で倒れた時の死の淵から、リハビリで、回復?回復と言うよりは、新たに生まれ変わる様子を綴った物語である。生々しい表現が衝撃である。ボケ爺の経験から、良く理解できて、自身の生き方に大きな影響をもたらすであろう。倒れてリハビリ後から、死まで、数年間の作品は数多い。大変な精神力だ。

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2011年7月 9日 (土)

ボーイング787が飛来

一週間ほど前に、B787が羽田に、ANAが発注した1号機がやって来た。テスト飛行としては、2年以上の遅れである。美しいフォルムである。設計としては、平凡で、チャレンジは無い安定したフォルムではあるが、そこを極めることによって、美しい形になることが解る。これが技術であり、技術を通して「美」が生まれる所以である。

少々太めの胴体に、優雅に大きく反る翼は、美しいバレリーナの背中に似ている。実に色気をも感じる。翼の先端には、空気抵抗となるかルマン渦を減らすサブ翼が装備されている。重量を下げるために。カーボン繊維を駆使して出来上がっている。エンジンも改良されている。ターボプロップ型のエンジンの技術の究極である。結果として、燃費が20%以上の改善が出来ている。

海外路線のB777の後継機以上の性能が実現されているであろう。一方、B747-8とどのように使い分けが成されるのか?我々はどの飛行機に乗れば空の旅が、快適で楽しくなるかの選択が増えたことになる。

<読書>

「時こそ今は」太田治子 筑摩書房

団塊の時代の後の世代の、大学時代からの夫婦の離婚、不倫、などが狭い世界でうごめいた人間模様を、複雑に絡んだ紐をとぎほぐす様に展開されていく。主人公には大人になった息子がいる。最後はその息子が巣立っていく中で自分の立場が明らかになってくる。読み応えのある作品だ。

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2011年7月 5日 (火)

傲慢な人

 傲慢な人のリアルな実像がTVで流れた。3日、4日のことである。今の世の中に、未だに化石的人物がいたことに、ゾーと、吐き気をもよおした。松本復興相である。岩手知事、宮城知事との面談時の出来事で、TV放映されると解ってのことだ。あの傲慢な発言は、普通の人間性では考えられない。政治家の傲慢性は良く知られているが、放送されると解っていると、にこやかに、いい子ぶって解ったふりを振舞うのが一般的なのだが。

 しかし、松本復興相は、はじめから高圧的だ。一方的に話をする。話を何一つ聞かない。単純な論理しか展開できない。政界仲間に、こんな人物像に心配していた人が多かった。と言うことは、管首相は解っていたのだろう。そして辞任、人事入れ替えでで、国会運営が混乱する事を画策していたのではないか?と疑いたくなる。そうしていていれば、延命が図れる事を感覚で確信しているのだろう。

 こんな小さなことでは、野党も攻めきれなく、管首相を辞任には追い込めない。時間だけは経つ。与党内では小グループに分散が進む。つまりエントロピーが上昇する。議論だけが活発になって混乱する。その中に居る管首相は核となって、変化しない。という物理原理を知っているのかもしれない。見事なバカ理論家である。物事の判断は単純そのものだ。まともなコミュニケーションが出来なし、複雑な思考が出来ないので、周辺は、そのトップが何を考えているか理解できなくなってしまうからだ。

 企業でも、こんなトップが沢山居る。こんな人物が結構、長持ちするものだ。部下や、周辺の人々からも評判が悪い人は、責任を感じない。部下に慕われ、周辺からの評判の良い人は、結果、責任を取って身を引いていく。

 傲慢な人に会ったことを思い出した。自衛隊に納入した装置が事故を起こした時に、謝りに行って会った陸軍大将だ。「俺は、防衛大学校一期生だ!怖いものはない。」「俺は、お前みたいな小物とは話をしない!」「役員を連れてこい!その役員を首にしてやる。」等々。楽しい思い出だ。

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2011年7月 3日 (日)

リハビリの失敗?

 今になって、リハビリに失敗したのではないか?と思うようになった。残念だ。と言うのは、退院後、家庭では、老人向け靴を上履きにして過ごしていた。その理由は、右足が、痛みを感じないので、ぶつけても、怪我をしても気がつかない、を恐れたからだ。5月末ごろまで、家庭内で何時も靴を履いていた。

 あまりに暑くなってきて、靴下を履いていた事もあって足が蒸すので、脱ぐ事にした。すると、足の感覚が更に多彩に感じるのである。つまり靴を履いている間は、足への刺激が少ない。靴の底の固めのゴムが刺激を少なくしていたのだ。裸足になってみると、感覚は5倍以上の刺激を受けているようだ。

 初めから、裸足で生活が出来ていれば、刺激を沢山受けて、リハビリが進んだのではなかったか?今になって残念に思う。何事も自然体が良かった、という事だ。既に8ヶ月目になり、回復は停滞してしまったようだ。未だに、スリッパが履けない。履いてもすぐにぬけてしまう。靴下も靴の中に巻き込んでしまう。

 そう言えば、日本人は何事にも感覚が鋭い。その理由に、下駄や草履を上手に履けるからだ、と言う説を展開していた人がいた。足の親指と人差し指を上手に操っているのは、特別な神経の成せる業である、と言う説だ。

 ボケ爺、良く理解していたのだが、こんなに靴からと、裸足からで、神経の刺激が違う経験はしていなかった。不自由になってみて解った。

<読書>

「そうか、君は課長になったのか。」佐々木常夫 NHK出版

部下を持っていた時を懐かしく、思い出しながら読んだ。ボケ爺も、部下を持っていた時があった。毎日毎日、部下のことを思って過ごしていた。部下とのコミュニケーションが大切な事は言うまでもない。平等である事はさらに重要だ。ボケ爺、褒める事が苦手だったが、部下の未来について真剣に考えてきた事だけは事実だ。

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2011年7月 2日 (土)

大学もグローバル化?

 東大が秋入学を検討している、と言う。世界的には、秋入学は8割以上である。「政府を挙げてグローバル人材の育成に取り組んでいる。」「世界でトップクラスの人材を育成するという大学に求められる機能を発揮できる事を期待している。」「国際的にも9月入学の国は沢山ある。海外留学にも、日本の大学の受け入れも好ましい。」「大学の状況を見守りたい。」と言うことだ。

 ボケ爺としては、大いに賛同する。世界の制度と合わせることによって、変わった、新たな発想が生まれるからだ。特に重要な事は、日本人が、異国人と交流する事である。海外留学も良いが、留学生を受け入れる事も、もっと大切である。

 企業においても同じ事だ。7月卒業となれば、年度計画の人材で考えなければならないが多い。10月採用となれば、大学生活に悪い影響が少なくなるだろう。それに、海外からの人材の採用が加速されることを期待できる。

<読書>

「湖北の女」水上勉 集英社文庫

水上には、琵琶湖北部を舞台にした作品が多い。水上の作品は少々読んだ。女を描くことに、執念があるようだ。どこか三島とどこか似ているように思える。苦労した女性で、多感な女性、など、少々女性観に偏狂があるのではないだろうか?その点も三島の作に似ている。「五番町夕霧楼」や、「越前竹人形」「おきん」「紅花物語」等々。一方、渡辺淳一の描く女性は、プティブルジョアの苦労の無い多感なお嬢さんが多い。その点単純な展開が多い。「無影燈」毎日新聞社は自叙伝といわれているがその代表だ。

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2011年7月 1日 (金)

7月の始まり

 日本の企業では、7月は、年度の総会が終わって、人事が一新して新年が始まったようなものだが。今年はチョッと様子が違った始まりだ。それが節電による勤務の変化であろう。幾分、混乱が緩和された気がした。早めの勤務が増えたのだろう。

 休暇明け、ボケ爺も早々、挨拶や、様子の伺いに、出かけたのだが、時差ボケは少々きつい。脳出血の影響も調べたかったのだ。基本的には全く影響が無い。これで、ビジネスでの海外出張も大丈夫だ。安心をした。

 U17が勝利して、ベスト8に入ったとの元気なニュースが飛び込んだ。明るい話題だ。確か、今日の夜はなでしこサッカーがあるはずだ。頑張って欲しい。期待したい。

 一方、国会は「福祉と税制の一体改革法案」で、菅首相は、「日本の歴史に残る記念すべき日となる」と、御満悦だ。困った単純人物である。与謝野相も、「信念が実った」と、単純だ。基本は、「福祉と、財源のための税」のバランス、と言う単純な方程式ではない。もっと複雑な方程式を解かなければならない。つまり、議員、官庁の「歳出の経費の縮小(削減)」が先ず議論なされなければならない。が全く合理化は議論されない。この大震災でも、経費は全く削減されない。何故か?その次は、「経済の再興」が必須であるが、その経済刺激策は、企業任せで、戦略は無い。議論も無い。沢山の委員会を作っても、その提案は聞かない。格好だけだ。新しい大臣を作るが、機能面の検討がされなく名前だけだ。ボケ爺の愚痴が出た。

<読書>

「峠 慶次郎縁側日記シリーズ」北原亜以子 新潮文庫

市井の小さな事件を扱った、日常の中の生活の面白さが愉快である。少々、慶次郎の出番が少ないのが、不満である。

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