« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »

2011年3月27日 (日)

母の一周忌

 母が亡くなったのは4月2日で、93歳であった。それから一年、母のことが今になって、ボケ爺の人格形成に何らかの影響をもたらしている事が解るこのごろである。親子の絆と言えるものは無いのだが、良きに付け、悪しきに付け、似ているところがある。悲しき性である。

 東日本大震災で、親をなくした子供たちの放映があるたびに、涙が流れる。これからの人格形成に大きな痛みが伴うことだろう。社会のつながり、人との絆の大切さが深刻な時代になった。

 日本のグローバル化は、本当に幼稚である。今回の大災害の対応について、特に目立つ。主には2点である。1点目は、各国から、大変な応援を頂いている。義援金も頂いている。

これらに対して、新聞ニュース、TVニュースでの報道が、少なすぎる。ボケ爺、何度も繰り返すが、支援したい野党議員でよいから、各国の支援対応担当大臣と任命して、各国「支援大使」として、アテンドと、各国への感謝の意志を示すため、今、すぐに御礼に廻るべきである。

 もう一つは、福島原発の報道の仕方である。IAEAを中心として、各国の原子力専門家を招聘して(当然、日本の費用で)、安全性の議論に加わってもらう事と、各国語で、毎日の変化を各国へ報道してもらうべきだ。この原発の行く末は、世界の最大の関心事である。その為にも開けた報道と、各国への親切な対応で、日本の進化が問われる。信頼される民俗になるか?猜疑心で見られる民族になるか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月26日 (土)

白い太陽と人々の顔

 太陽光線がかなり白くなってきた。春を迎えている証拠である。東日本大震災から2週間目を迎えた。被害の大きさに、桜前線も遠慮をしているようだ。その分寒さが居座っている事になるのだが、北関東、東北の被害地は堪ったものではないだろう。

 白い太陽光は、この災害に、人々から生気を抜きとり、無機乾燥の無常観を与えているように思える。広島、長崎の原爆を受けた時の太陽光の白さと似ているのではないか、とボケ爺は想像できる。街の明かりも暗く、店員の呼び込みの声も小さく、活気が無い。人々の顔も冴えない。ターミナルの各地も、照明は半分ぐらいだ。欧米のターミナルから見て、今までが浮かれすぎていたのだろう。この程度が、いまの日本に相応しいのかも知れない。

 都内の電車の運行が安定してきた。その分、計画的な行動が取れるようになって、人々の苛立ちが収まってきて、険悪な雰囲気は無くなったようだ。一方、水道水や、野菜物の、放射線汚染(被爆)が、再び、苛立ちをもたらしてきている。

 ボケ爺、福島原発の発表するデータには嘘はないが、重大なデータの発表を隠しているのではないだろうか、と疑っている。原子力安全委員会を通しての発表だと、政府(菅首相)の説だ。つまり、東電も、保安院も原子力安全委員会の「査閲」を必要としている。混乱を招くという理由ではあるが。プルトニューム(福島原発はこれを使っていると初期では言っていたが)ウランなどの漏洩が無い事態可笑しい。

 牛乳がなぜ汚染されているのか?餌の多くは枯れ草で、汚染されているとは思えない。外気と、水だ。牛乳が汚染されて飲食禁止でありながら、人の乳が全く問題にならない、との発表は、牛と、人の消化メカニズムの説明が無い限り、納得できない。

 原発内で被爆者が出てしまった。ベータ線であるから不幸中の幸いだという。このベータ線がどの物質からの放射線か、は発表しない。可笑しい。

 なぜ、原子力安全委員会に、海外の専門家を聴講、或いは諮問させないのか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月24日 (木)

5ヶ月目

 脳出血を発症してから、5ヶ月目に入った。医者の話では、3ヶ月目、6ヶ月目、次は1年目の単位で、「神経系が回復する可能性はある。」との話であった。3ヶ月目の診断で、ここまでしか回復しないかもしれない。「覚悟をしておくように」、との話でした。次の診断が、6ヶ月目の4月である。それまでに、何所まで回復するか、疑問だが、多くの期待は出来ない。

 ここまで回復すれば、御の字だと、思っていたが、徐々に神経系は回復に向かってはいる。右足の接触感覚、温度感覚はほとんど無かったが、常温からの温度感覚の幅が広がっているように思う。が、その幅以上は「痛さ感覚」で温度を感じることは変わっていない。接触感覚も感じるように感じるようになってきたが、その感覚は「しびれ感覚」で伝わってくる。

 回復につれて、神経感覚が、左とは違うのは仕方ないとしても、雑感覚として色んな感覚が忙しく伝わってくる。その分、気分的に煩わしい。まめに忙しく働く感覚神経なのだが。動かさなければ静かで、欠陥人とは思えない。

 先ずは、こんな物だと諦めている。ここまで回復したのが奇跡なのだから。欠陥人ボケ爺は、欠陥を持った人の気持ちを理解できるようになったし、同情も深く理解出来るようになった。後は如何に人間らしい整理をしていくことだ。ボケ爺、ボケ切れない。これが難問だ。努力しよう。

<読書>

「回天の門」藤沢周平 文春文庫

天才的な頭脳を持った若者に訪れた幕末の変革の出来事は、優れた頭脳だけに、変化を読み違えて、不幸な道を歩む事になってしまった。不幸な若者の悲劇的生涯が描かれている。時には敏感でなければならないが、敏感すぎても悲劇が生まれる。生きるということの難しさを、巧く描いている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月21日 (月)

理解できない放射線報道

 各TVチャンネルの原子力研究家による福島原発の解説は、理解できないことが多い。本当に専門家だろうか?科学解説者も同じ事であるが。それともボケ爺の理解力が悪いのだろうか?

 ついに、食料品まで汚染されたという。その主成分が、「ヨウ素131」だという。今までの福島原発での解説で、放射能成分にヨウ素が含まれる、との発表はあっただろうか?不思議だ。しかも暫定値以上の数値である。今まではセシウム、セシウムと言っていた。「セシウム」は水素爆発の引き金になった、と。

 食料品の被爆や、福祉施設での160人被爆は、なぜ起きているのか?誰も教えてくれない。問題にもしない。可笑しいではないだろうか?今、発表されている放射線量は、一体何の単位であり、測量されている放射線の成分は何だろうか?ガンマー線のことに注力されていたのでは?専門家ははっきりさせて欲しい。

 マイクロシーベルト・パー時間がやや多くなったが、X線診断よりは安全だ?と言い続けて居るが、成分が違うのではないか?ある被爆の測定では、基準値を超える被爆が観測されている。消防庁の話では、80ミリシーベルト・パー時間を越さないように、作業時間を決めての作業であった、と。しかし、作業付近は70~90ミリほどあったと言う。何時間作業して何時間かけたのだろうか?はっきりと発表はしない。と言うことは1人・1時間ごととなるが?何か隠されている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月20日 (日)

不気味な東京

 金曜日の話である。八丁堀で、打ち合わせがあった。東京駅から歩いてその事務所まで、20分ほど歩いた。八重洲口の地下商店街は、今、大改造されている。節電もあり、店店はシャッターがしまっていたり改装中だったりで、7割の店が閉まっている。

 昼時に、少々大きな地震があった。余震としても大きめである。エレバーターが止まるまでには至っていなかった。急いで東京駅に戻る街は、ビルの新築ラッシュである。不気味に静かである。骨組みの上には、大型クレーンが何本も設置されている。余震にも拘らず、黙々と、工事は何も無かったように、続けられ、クレーンも忙しく働いている。乾いた工事の騒音だけが響く。地上では、わずかな人々は、静かで閑散とした街をビクビクしながら小走りに急いでいる。

 東京駅構内での通路は、人にぶつからないと歩けないようなほど混雑をしている。通勤族での混雑ではない。昼間だから、東京を避難しようとする人々のようだ。福島原発の事態は、放射線も増えて続け、決して予断を許さない。日増しに悪化して来ている。東海道新幹線の下りは混雑が続いていると言う。

 今日のニュースでは、福島産牛乳、ほうれん草に、基準以上の放射線が検出されたという。避難準備の30Km圏外からである。今は安全と言う放射線と、この食品からの放射線の関係については誰も解説できない。施設での被爆者と同じ現象だ。不気味である。

<読書>

「男と女、江戸しぐれ」時代小説ベスト・セレクション、市井小説 講談社

こんな時期に、時代小説でもないが、気が休む。ミステリー風のものあり、現代風もあり、多彩な作家の短編集である。それぞれ個性があって、物語の組み立てが楽しい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月18日 (金)

支援物資の海上輸送を!

 災害で避難されている人々をTVで観るに、いたたまれない。早く救わなければならない。この寒さでは、本当に厳しい。助かった人々も、二次災害に陥ってしまう。聞いていて歯がゆい。物資はかなり準備できているものと思われる。配送する手段が無いだけだ。

 つまり、ロジスティックスが確保できていない。陸路を考えると当然だ。地震で寸断していて、車輸送は困難だ。その復旧も、全国からの支援を依頼して直すことは重要だが、あまりにも、被害場所が広い。人材、機材が不足しているのかもしれない。

 そこで、ボケ爺は、前からお願いしているように、海上輸送を早く進めることだ。米軍にも手伝ってもらう。空母を沖に停泊させ、巡視船などで、物資を輸送して、空母からのヘリコプター輸送で、被災地に送れば良い。港を改善することなく、海上からの進入など、何とかボートで十分に人材(自衛隊、米軍)物資は、陸揚げできるはずだ。なぜ、この作戦を取らないのだろうか?繰り返し訴える!

 兎に角、集まって配送できない物資を、海上から運ぶ事を考えて欲しい。基本的には、陸路の機材の支援手配も、海上支援依頼も、米軍への依頼も、菅内閣(菅首相)の、一声のはずだが、それが発せられない。残念。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月16日 (水)

被爆

 被爆とはなんとも恐ろしい言葉だろう。日本人にとって最も神経質な言葉であり、避けたい言葉である。が、危険な事態になってきた。

 東日本大地震による災害に、副産物として、福島第一原子力発電所の事故が付いてきた。地震時点では、確かに発電が停止したので、止めるという第一次の「必要条件」の機能は働いた。しかし、その停止を守る「十分条件」は、地震により故障したのか?津波で、その機能が失われたかは、はっきりしない。センサー類が働かないことは、必要条件の制御できなくなっている。最大危険な局面だ。

 発表の内容は現象だけで、原因を推定できていない。解らないことばかりだ。解説者に説明などできるわけが無いが、偉そうに解説をする。この国のロジックセンスは、今更ではないが無能をさらけ出している。

 放射能の測定もイイカゲンだ、事故近くでの値の発表は無い。敷地内の最も遠く(正門)での値である。さらに風の方向を考慮されていない。その例が、3キロほど北の施設の160人が「被爆」した。この時、風の方向は連日、北から、西からであり、北方面には、放射能は拡散しないはずだ。可笑しい。さらに「被爆」した時の放射能強度は?誰も気にしない。今の量はX線、CTよりはるかに少ない、と言う。X線で、CTで、被爆したとは定義されていない。測定単位が違うのではないか?東沖を航行した米軍戦艦でも、東に迂回したが被爆者が出た。当然だろう、西風に乗った放射能は東の海に飛散しているからだ。「被爆」した、とは、今発表している放射力線量で言えばどのぐらいの値なのか?放射能とどんな関係があるのか?

 この事態に、未だに発表者が、東電、保安院、福島県、政府、と、別々だ。訳がわからない。危機管理の欠陥が露呈している。さらには世界中の原子力専門家、原子力発電関連が支援したいというにも拘らず、政府は支援を依頼しない。不思議な人達がいる。

 東電の発表では、「敷地内に入れないから」を強調する。確かだが、策はあるはずだ。米軍特別部隊を頼めば、移動戦車も、防護服も、フンダンにあるはずだ。なぜ要請しないのか?すれば、職員の交代、追加など簡単にできる。原発内の作業員に限界が来ているはずだ。それも、下請けの人達が苦しんでいる。東電の人達は、近づけない、と言う理由で遠隔操作しているだけだろう。

 兎に角「被爆」の定義を明確にすることが必要な時となった。ピーターの法則で、「予想できる最悪の事態は必ず訪れる。」だから、必ず最悪の事態に達するのは時間の問題だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月13日 (日)

救済とグローバル

 自衛隊の10万人の救出は当然である。特に、海上からのヘリコプターでの救済を急ぐべきだ。大型船は、津波でも海上でさまよえるはずだ。そんな事から、米軍の海軍の援助を早急に要請すべきだ。三陸沖に空母を何隻か浮かべ、ヘリでのピストン輸送が早い避難と、その救済のポイントだと思う。自衛隊は、ライフライン復興に力を入れるべきだ。

 これから、各国の救援隊がやってくる。大いに歓迎をして、協力を遠慮することなくお願いすることだ。友好を暖めるチャンスである。政府の中に、国ごとの対応責任者を設置してフルアテンドすべきだ。モタモタすることなく、被害地に連れて行けるようにしておくべきだ。この担当は、野党にお願いして、臨時大使大臣とすべきだ。

 ロシアについては、国後4島に、日本から逆に救済に出かけ、地元と交流できる道を作るべきだ。また、エネルギーでの協力依頼をして、両国間の関係をしたたかに、構築するきっかけを作るべきである。

 昨日もコメントしたが、原発については、IAEAや、事故経験の専門家をアメリカ、ロシアから早く要請して、漏洩の外部測定などで協力を仰ぐべきだ。

 これだけの規模の災害に、全世界で考えるためのモデルとなるべきだ。これかも自然は猛威をふるって人類に襲い掛かるだろう。その時に、各国が個別に解決するのではなく、世界が一致して救済、復興する事で、民族の友好を確立できるように心がける事がこれからの世界の在り方であろう。果たして、日本はリーダーになりえるだろうか?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

帰宅難民

 大都心は帰宅難民状態となった。9万人から15万人といわれている。都心から帰る人でこの位だが、都心を通過して帰る必要のある周辺勤務の人達も併せると、この倍程度となる。これは予想されていた事だ。

 夕方、食品の買い物に出かけた。つつじヶ丘でスーパーが2軒、仙川で4軒あるが、「納豆」「牛乳」「パン類」「コンフレーク」「カップラーメン類」「缶詰類」「電池類」など、すでに、売り切れである。あるスーパーは、入場制限までしていた。驚くべき現象だ。人間の行動には理屈はいらない。余震報道がパニック心理をあおった事になる。ズーと昔の、「トイレットペーパー騒動」を思い出す。生鮮食品は以外に整っていたが。

 仙川には、お寺が多い。古い墓がずれたり、崩れたりしているところがあった。ある寺の門塀が崩れていた。震度5の影響はあったのだ。上空にはヘリコプターが飛んでいる。飛ぶ場所が違うのではないか?

 太陽が沈んだ夕焼けで、皮肉にも、富士山のシルエットが美しい。平和は風景だ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月12日 (土)

福島原発の危機に対して

 福島第一原子力発電所の第一炉の爆発は、重大な日本の危機となるだろう。だけれども、この報道の正確さ敏速さは全く無い。爆発から3時間もたっても、5時間になっても、はっきりしたことを言えないことはなぜだろう。3時40分ごろ我が家に、大きな立て揺れがあったが、地震かと思ったが、原発での爆発だったのだろう。福島第二原発でも、何かが起こっているようだが、報道されない。情報統制も良いのだが、真実は早く報道すべきだ。東京電力のみの対策のように思える。政府は何をしているのか?と苛立つ。東京電力は「隠し家」では、有名で数々の実績がある。

 対策は、「逃げる事だけ」と、順次、避難距離を増やしているだけである。お粗末極まりない。根本対策の為に、プロジェクトを組まなければならないはずだが、原子力保安員に任せているだけだ。専門家は、TVなどに出席して、わずかな情報で、無理やり喋っている時だろうか。政府は、経験の在るアメリカ、ロシアの学識者の支援を一刻も早く要請すべきだ。そして、対策プロジェクトを組織して、放射能の拡散を如何に押させるか?の任務に当たって欲しい。放射洗脳量を、一箇所ではなく、10キロ、20キロに他点測定をすべきだ。

 被災地の救済はヘリコプターしか無い。TV各社は一社にして、報道の共有化して、米軍のヘリコプターの出動を要請すべきだ。それもしない。各国が支援に応じる用意があるといっているが、各国に具体的に支援要請をしたかどうかもわからない。政府は、危機対策でも、無能力を露呈している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月11日 (金)

大地震

 大阪に来ている。35階立てのビルの19階で会議中だった。長周期の揺れを感じた。感じた、と言うところではない。激しい揺れ、というべきだろう。長時間に及ぶ。舟に酔った感じがして、揺れが収まってからも、身体は揺れていて、気分が悪くなった。大阪は、震度3と言うことだが、実感とは違う。

 引き続きの会議で、お客さんがやってくる事になっていたが、お客さんはビルから脱出できないので、来られない、と言う。東北の地震が、大阪まで被害(エレベータが止まる)を及ぼすとは、すごいエネルギーだ。

 ボケ爺も、会議を中断して、自宅に連絡するが、電話は通じないことは当たり前といえば当たりまえだ。が、繰り返す。メールを出すが、当然返事は帰ってこない。3時間ほど待ったが、エレベータは回復しない。19階から歩いて降りる破目になった。

 ボケ爺の観察では、すでに自説を説明しているが、地下のマグマの活動が活発化で、噴火や、地震の誘発に繋がる。海水の温度を押し上げている。異常気象となる。太平洋海岸は、そんな活動周期に入っているようだ。気温全体は寒冷化に向かっているはずだ。それは黒点の活動で、説明できる。決してCO2が悪玉ではない。暗い未来となってしまっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月 6日 (日)

啓蟄(けいちつ)

 今日は「啓蟄」と言う日だそうだ。松の木に巻いたコモは、松の木に居る虫を集めるための物である。そのコモを外して虫ともども焼く催しが至る所で行われた様子。寒さが緩んで、虫殿が春を感じて、ゆっくりと出て来る時らしい。今日はその日に相応しく、3月末の気温となったようだ。ボケ爺は花粉症が気になったが、集めておいた椿の種を庭に植えた。さて何本が育つだろうか?しかし、土を掘り起こしても、虫は見当たらなかったのだが。

 今日の朝の血圧が、初めて、109/69と最低を記録した。その分、なんだか気力が失せている。何かしようとの元気が出ない。それに、花粉症により頭が重いように思える。或いは、先日の1時間ほど散歩に、歳のせいで、疲れたのかも知れず。なんとも、平和な時を過ごしている事か。

 図書館の帰りの森のテラスの坂から見える夕焼けは、くすんだ雲が富士山を7合目あたりから二分にしている。その右手の空高くに、二本の飛行機雲が白く光っている。まだ上空は冷えているのだろう。

<読書>

「冤罪:藤沢周平 士道小説編」青樹社

短編集だ。ミステリー的で、楽しめる。書き出しの妙が楽しい。気楽な休日の暇つぶしに最適だ。さすが周平と言える。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月 5日 (土)

静かな土曜日

 猫の叫び声で、目が覚めた。いつもの小鳥の鳴き声は聞こえない。今日一日、小鳥は騒がなかった。雲ひとつ無く良く晴れたが、寒かったせいか?不思議なぐらい静かな土曜日だ。ボケ爺、花粉症を避けるため、外に出ないと決めたのだが。少々退屈であった。

 昨日は、五反田から、渋谷まで歩いてみた。約1時間の散歩であった。目黒の裏通りは、気になることはなかった。恵比寿のウェスチンホテルから、明治通りに出るまでの裏通りには、イタリアン、フレンチのレストランが至る所に、ひそかに存在している。隠れ家レストランか?都会の華やかなマンション郡の裏は寂しい古びた家屋が多い。これが日本の実力だ。まだまだ、と思える。

 明治通りの渋谷東町はすっかり変わってしまっていた。スッポン料理で有名な居酒屋は、松屋に変わってしまっていた。実にラーメン屋が多い。そう言えば、目黒坂は、中華街と思えるほど、ラーメンを初めとする中華食堂が乱立している。

 静かな一日が暮れようとしている。西空のうす雲が赤く染まってきた。又、裏庭で猫の叫びが激しくなってきた。

<読書>

「池波正太郎の春夏秋冬」池波正太郎 文春文庫

前半は、映画の評論を集めている。実によく映画を見ている。それも、フランスものが多い。横文字の俳優の名前もよく知っている。劇作家を目出していた事から映画を良く見ていたようだ。それに、添え書き画家をも稼いだことがあるようで、実に巧い。年賀状は、自筆の絵だそうだ。

 後半の対談集には、含蓄の在る言葉が、散りばめられている。「時代小説を現在人に読んでもらえるには、筋書きを描いてから書き進めるのでは無く、題名と、出足の3行が決まれば、その後は、自分をその中に没頭させれば言い。」締め切りに遅れることは無い。と言う池波は、読書をして、日ごろからの勉強でネタを蓄積しているようだ。月に20冊は消化するらしい。一日に20ページ以上は書ける、と言う。春夏秋冬、こんな生活が出来る根気はどこから生まれるのだろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年2月 | トップページ | 2011年4月 »