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2010年12月29日 (水)

終務の日

 一年の仕事納めの日とする。所謂サラリーマンではなく、独立したコンサルティングを生業とした初年度であった。9月頃までは、顧客にとってのコンサルティンとは、アドバイザーとは、どうすれば良いのか手探りだった。ようやく解り始めた頃に、脳卒中(脳出血)を発症した。どうやら奇跡的に、五体満足に動けている。

 展示会を見たり、講演会に出席したり、多くの人と名刺を交換したりして、日々勉強をした。クライアントの悩みに、学ぶべき事が沢山あった。新社会人として良く駆け回った一年だった。ただし、クライアントにとって、満足してもらえたとは思えない。来年の課題である。

1)     中物の評価機は、納期を1ヶ月ほど遅れてしまった。顧客に迷惑をかけてしまった。

2)     大物の自動生産機の入札には失敗をしてしまった。設計協力先に迷惑をお掛けした。

3)     基礎技術のほうでは、5点ほど新しい現象を見つけることが出来たが、実用には、もう一段の熟慮が必要だ。

4)     新規事業のアイデアレベルの基礎調査が少し進んだかな?と言うところだ。大学、産業研究所の人々の協力に感謝したい。

5) 業界紙に辛口コラムを書かせていただいている。業界の課題を追求をしている。

 こんな反省をしながら、仕事納めとします。皆様御愛読有難うございました。来年がよき年でありますように、お祈りいたします。また、ボケ爺の脳卒中に励ましをいただきました。改めて御礼申し上げます。(元気で跳ね回っています)

晴天に 百舌が一言 残しおり

年の瀬に 百舌の叫び 歓高し

よき年か メジロの群れに そっと聞き

<読書>

「山本周五郎、テーマ・コレクション=無償」新潮社

無償とは、周五郎の生涯のテーマだったのではないだろうか?与える人、与えられた人の生き方に永遠の課題がある。無償とは、与えられた人が成り立ち、与えた人は報酬を求めず、陰に落ちる、と言うことではないだろうか。そうボケ爺は読み取れた。ボケ爺はもっと修行しなければならない。

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2010年12月27日 (月)

今年最後の駒ヶ根市

 

駒ヶ根市

のクライアントへの出張は今日が今年の年貢納めである。例によってバスによる通勤だ。3時間45分の道中だ。新宿のサラリーマンは、寒さ対策以外何も変わらず、後23日の師足に思い思いの急ぎ足だ。街路樹のイチョウはすっかり葉を落としてしまった。

 遠くの山々はすっかり深い雪を抱いている。諏訪湖の水はまだ凍るまでには至っていない。木曾谷と天竜川の間にある伊那山麓は、天竜川側から眺めると墨絵のような雪化粧に美しさと、寒々とした寂しさが織り成している。

駒ヶ根市

も先週の土曜、日曜日に雪が横殴りだったそうだ。昼だと言うに、道路の一部は凍結したままだ。 

サギ達も 寒いと言って 首すくめ

カモが丘 小春日和で 寒さ知る

カモの群れ 体寄せあい 天竜川

駒ケ岳 雪雲抱きて 寒かろう

雪雲の 吹き降ろし風 サギが舞い

<読書>

「山本周五郎テーマ・コレクション=下町」新潮社

縄田一男氏の責任編集となっている。短編集である。テーマごとに良くまとめられている。縄田の解説が、又良い。一度読んだはずだが、まるっきり忘れている。ボケ爺の馬鹿さ加減が良く解る。

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2010年12月26日 (日)

甘い観察

 実篤公園の中を散歩した。大木のモミジは裸だ。ボケ爺の背丈よりチョッと高い小木のモミジは、まだ美しい紅葉である。その枝の間をメジロがすばしこく飛び跳ねてじゃれあっている。

 今日の産経新聞の「古典個展」に、立命館大学「加地仲行」教授が「ピザのからくり」と言う論説を載せていた。「ピザ」とは、学習到達調査の事である。加地教授は、日本はまじめに実行した結果であり。中国,韓国はエリート学校だけの結論だから比べるに値しない、と言う。また、海外留学についても、中国,韓国は、個人の利益のために留学するのであって、日本人のように、「学んだ事を、友人、後輩に、惜しみなく伝える事はない」国民性から判断すべきである。心配は必要ない、と言われているようだ。

 今年、お会いした多くの、エリート大学のエリート先生方は、日本は世界の中で、勝る活力があり優秀であるという。政府の、「世界から見る技術力」のまとめでは、まとめた人たちは、その技術後退国の実態にがっかりした、と言っている。現実に世界で27位は当然だ、と。

 今年最後の日曜日である。今年は最後の最後まで日本の後退を嘆いている自分に、飽き飽きしている。ボケ爺は何で嘆いているのだろうか。ボケ爺は次世代に何が残せたのだろうか?職場の後輩に、何を繋いで来たのだろう?まだ何かやり残しているコトがあるのではないだろうか?と、未練がましい。それが問題だ。

<読書>

「山本周五郎テーマ・コレクション=晩年」新潮社

1995年転職の決断中に読んだ、このコレクションを読み返している。藤沢周平の少し韻を含ませた文体に比べ、周五郎は、きめ細かく描く丁寧だ。これから9巻、長い道のりだが、楽しみだ。

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2010年12月25日 (土)

国家予算の破局は目の前だ!

 朝の散歩以外は、今日は室内で寒さを凌いでいる。西の窓に夕暮れの弱い陽ざしがこぼれて来る。昨日の朝ズバ(TBS?)で、蓮舫行政刷新大臣の生出演があり、「来年予算は誠に巧く行っている、この点を、ジャーナリストも強調して欲しい。」と。期待をしていたのだが。

 蓋を開けてみれば、マニフェストの公約はことごとく後退。謝りすら無い、守れなかった理由も無い、中期の計画の見通しも論じられていない。期待していた蓮舫議員だっただけにがっかりだ。(やはりどの議員も腑抜けだ。)

 無駄使い「16.8兆円の財源を見直す」は何所に飛んでいってしまったのか?蓮舫仕分けセレモニーでの効果は、「3千億円」しか織り込まれていない。全く寄せ見せ興行だった。景気対策も、雇用対策も、福祉も、何もかも中途半端。中途半端と言うことは、全てが崩れてしまうと言う事だ。

 国債額が税収を超える。2年連続である。今の景気対策予算で景気回復が見込めない。つまり、中期的に、税収より国債発行額が上回る状態が続く、と言うことだ。要は、弁証法である。矛盾を断ち切らなければ、良い循環にはならない。政府、閣僚、議員もサラリーマンだ。「無責任」の一文字だ。長期債務残高「891兆円」はGDPの2倍、となっている。この現象は、ギリシャ、アイルランド以上である。借金先が国民だから大丈夫と言う、バカな経済学者がいる。何時か国民は疲れ、潰れてしまう。

 オバマ大統領は、共和党に助けを求め、クリントン元大統領が吠えている。「日本のような失敗を避けよ。」「超党派で危機を乗り越えよう。」と呼びかけている。片や日本の政治は分裂だ。本当のバカばかり。

<読書>

「地図にない道」須賀敦子 新潮社

ノンビリした一日に相応しい読み物である。美しい文体に酔いしれる幸せが、気持を和ませる。摂りとめのない物語なのか、エッセイなのか?リアルに見ているように風景や歴史が摂りとめなく伝わってくる。

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2010年12月23日 (木)

発症してから2ヶ月

 10月23日に、脳出血を発症してから、今日で2ヶ月が過ぎた。さて、変化は?歩く姿は、普通人とほぼ同じ姿であろうと思っている。歩く速度の元とほぼ同じである。通勤の雑踏の中でも、巧く泳げるようになっている。エレバーターを使わず、階段を出来るだけ使うようにしている。書く文字は、マズマズだが、昔の悪い癖が呼び起こされている。もっと書き方を練習しなければならない、と思っている。

 良い天気の今日は、午前中は仕事だった。午後は、3時ごろから図書館に。新聞には、「ホンダジェットの悲願の初飛行」との記事が目に飛び込んだ。美しいフォルムの小型ジェット機だ。ノースカロライナ州にあるホンダ航空機事業子会社(2006年に設立)は、量産機の初飛行が成功であった、と言う。FAA認定に向けて、これからテスト飛行が続く事だろう。すでに受注は100機以上に及んでいると言う。本田宗一郎の悲願であった。

 本田宗一郎の技術者魂は、ボケ爺の憧れだった。恩師の佐貫亦男先生はホンダの顧問をされていて、本田宗一郎の性格を良く話してくれた。ホンダジェットの成功を祈る。

 図書館から出ると美しい夕焼けである。仙川の尾根から見える富士山は、何時もより大きく、太陽が地平線に落ちた込んだ残照の輝きで、灰色の富士はくっきりと冴えていた。明日も晴れるだろう。

<読書>

「天女湯おれん」諸田玲子 ?

 図書館から借りてきて、半日で読んでしまった。結論、落ち?は無く、ここから「おれん」の人生が始まる、その助走であった。ボケ爺の新しい人生が、今までが助走であったのだ、と思わせる、不思議な仕立てである。

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2010年12月20日 (月)

無理をしちゃいけないよ!

 新幹線から見える富士山は美しい。今日は冬のような寒々とした冴えは無い。雨が降り出す前日の霞で柔らかい富士山である。今日は出張だ。

 「疲れすぎて眠れぬ夜のために」内田樹 角川文庫、内田と言う作家だから買った。ボケ爺、内田氏が気に入ったが、着いていけない。斉藤孝の作品数よりももっと、著書を出している。それも難しい哲学である。(日本辺境論で気に入った)ボケ爺、疲れすぎることは無い、眠れぬ夜も無い、が、この作品が気に入った。

「無理をしてはいけない、我慢してはいけない」と言いたいようだが、中身は、無理をして読まなければ理解できない。「疲れるのは健全な証拠、病気になるのは生きている証」とも言うが、「疲れるほど勉学をせよ、病気になるほど努力せよ」、と言っているのか。「真に利己主義になって欲しい」と言う。そのためには、「静かに聴くことだ。心耳を澄まして、無声の声を聴く事」から始めようと言う。

 制度や、人間には賞味期限がある。賞味期限が切れる頃には必ず、「毒を吐く」、と言う。今の時代、色んな制度の賞味期限の終焉に差し掛かっている、と言う。ボケ爺の賞味期限に毒を吐くほどになって見たい、がもう遅い?

 今日のイデオロギーは、明らかに資本主義である、とも言う。資本主義は「多量生産」「多量流通」「多量消費」であり、人はこの現象が好きである。「欲望の充足を生態系の安定より優先的に配慮する生物、それが人間だ。」大衆化、それが安定だから好きだ。皆が欲しがる物が欲しいのだ。人が無理なくリラックスしているとは、外部からやってくる声を聴いている時だ、と結ぶ。

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2010年12月19日 (日)

無駄に過ごす?

 日曜日の終わりに近づいて、何時も、土曜、日曜を無駄にすごしてしまった、と反省をするのだが、反省のみで、改善はされない。脳卒中以来、朝は9時に、近所の図書館に出かけ、各社の新聞を一通り眺めて、週刊誌の見出しを眺めている。そこから仙川商店街に出かける。古本屋で、3冊200円の書庫を眺めで、新本の本屋さんで、新刊物を眺め、街を一巡して甲州街道に出る。ケヤキの街路樹は、今は葉が無くなって、明るくなっている。この間、約1時間半から2時間ほどだ。

 土曜日は、午後は疲れを取るという理由から、昼寝をする事とした。起きると3時である。それから、何をしているか解らないまま、夕食となり、睡眠となってしまう。一体何をしているのか、無駄な時間を過ごしてしまったと思うのだが。

 「素朴な画家の一日」山口瞳 新潮社を読んでいたら、充実した日々を送っている山口瞳氏が羨ましくなってしまった。週の半分以上が、「旅」であるらしい。絵を描くための旅が3割、取材の旅が3割、仲間と会食が、2割、自宅での生活が2割、と大変に充実している。これでは、何時作品を仕上げるのだろうか?

 ボケ爺も、少し真似がしたくなった。スポンサーが居ないので遠出できないが、土曜日は、絵の勉強に出かけたい。日曜日は、独学の創作に時間を掛けたい。さらには、仕事を少なくしていって、その空いた時間に、勉強をしたいと、来年の計画のアウトラインが徐々に描けるようになってきた。

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2010年12月14日 (火)

上野、国立科学博物館にて

 今日は、上野の森に出かけた。平日の昼間は人が少なく、ゆったりした時間が流れている。晩秋の公園は美しいとはいえない。イチョウの銀杏を拾っている人が居る。何処かの教会が昼食を支援している。中央広場は大幅に改造するらしい。

 国立科学博物館は、30年ほど前に入ったことがあったが、新館が奥に出来ていて、会場が充実していた。そこで、「ネイチャー・テクノロジーとライフスタイル展」を、主催者の解説つきツアーに参加した。2030年には、今日の贅沢な生活は出来なくなる破綻が訪れると、と言う。ECO科学、技術を推し進めても破綻は見えている、と言う。

 その科学、技術の基礎は、まず、自然の仕組みから学ぶべきだと、昆虫の不思議さ、魚の不思議さ、人間の構造の不思議さ、などの研究の一端が展示されていた。不思議な現象の解剖に驚いた。一言で言えば、ミクロの世界、ナノの加工技術が必要だと言う事である。自然の現象はナノの中で起きている。その分省エネである。

 そのようなECO技術が発展と平行して、今の物質による「豊かさ」の欲望を、「心(精神的な)の豊かさ」に変換しなければならない、と言う。その中心に、日本文化が最も可能性がある、と言う。日本発の共生型の生活スタイルを全世界に提案する事が必要だ、と強調していた。その生活を江戸時代から学ぶべきだとも言う。「もったいない」の循環型の暮らし、「もてなし」の心の思いやりによる豊かさを提案する事だと言う。

 今ボケ爺が考えている次のアイデアは、結果は自然現象の活用になるだろうと、心強く思えた一日であった。

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2010年12月13日 (月)

イノベーションと日本の活力

 昨日の続きで、一橋大政策フォーラム「イノベーションと日本の活力」のパネルディスカッションについて、まとめてみたい。

第一番目:活力の低下の要因は「人間力か、制度か?」に行き着くのだが、指数で見るデーターからは、多方面から見ても明らかに日本の成長指数は開発途上国並だ。世界と差が広がっている。日本国の成長指数の下降から見れば、留まる所が無い。世界は成長している国と、現状維持に努めている国が多い中、先進国では日本だけが落ち込む、その減少の原因は何だろうか。制度からであり、その制度から起こる人間力の低下と、どちらも落ち込んでいるが結論だが。

第二は、日本のモノ作りとイノベーション」に置いては、モノ作りで、利益は得られないことは証明されている。価値(利益)を作る創造性が足りない。さて、その足りない原因は、

1)     変化に適合不全、機能不全だ、と言う。

2)     待ちの戦略で、自身からの行動が足りない。

3)     変化のスピード(クロック数が足らない)に付いていけない。

4)     全ての組織が劣化している。つまり麻痺して調整負荷に耐えられていない。

5)     情報のオープン化(平等化)が出来ていない。

6)     ネットワークが狭い。近所付き合いのみである。遠距離交際が出来ない。

等々、辛らつな批判は続いたのだが、しからば、どうすれば良いのかの具体策となると、曖昧だ。大学の研究も、変化の負荷に、課題の大きさに、回答負荷が大きすぎるように思え、不満が残る結果であった。この機能不全(対策提案力)も深刻だ、とボケ爺の責任も含め、悩む。

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2010年12月12日 (日)

国立の一橋大で。

 我が家から国立に出かけるには、京王線

の分倍河原駅

(25年間通った会社がある)(立ち食い蕎麦屋はなくなっていた)でJR南武線

に乗り換えて谷保駅

で降りるのが早いようだ。谷保駅から国立駅までは直線通りで、約30分の歩行行程だ。

 今日は、一橋大学政策フォーラム「イノベーションと日本の活力」の秋季公開講座が一橋大国立キャンパスの兼松講堂で開かれた。安藤忠雄の基調講演が楽しみだった。期待通りの講演内容だった。辛らつだが、愛嬌がある。

1)     日本は終わっている。死に体だ。内に篭っている。

2)     大阪に仕事は無い、東京に少しある。今は、大阪で住み海外で仕事をしている。

3)     1980年以降に生まれ人たちに期待は出来ない。

(1)           気概のある、情熱のある先生が居なくなった。

(2)           元気に働く人が居なくなった。

(3)           それは親の責任だ。子供を甘やかした。

4)     アジア(海外)から見た日本は最悪の国になっている自覚が必要。

(1)           情報を取ることに満足で、分析、判断をしなくなった。

(2)           日本はのんびりとしており、スピード感が違う。

(3)           東京都知事のような暴君が、日本には必要だ。(行動して、「なんぼ)、である)

5)     活力を少しでも取り戻すには、

(1)           好奇心を持つ事。そして実行してみる事。

(2)           不満の前に行動せよ。

(3)           困難だから立ち向かう精神力を育てる。(判断力に繋がる)

(4)           自律した個人として行動せよ。自己責任を負う事。突き放して愛情を持つ事。

(5)           お金はほどほどに、衣食住に贅沢しない事。

(6)           創造力を高める事(審美眼、鑑識眼を育てる事)、そのためには忍耐が必要。

(7)           活力を取り戻す課題の設定、と、行動を起こす事

この後も、パネルディスカッションがあったが、いずれも参加した効果は大きい。5時半まであっという間に過ぎた。

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2010年12月 9日 (木)

消えるグローバル人材

 長期停滞ではなく、「世界の変化に追従できていない日本」は、頑なに内向きで閉鎖的だ。イノベーションが期待されているが、日本の学者を始め、偉い人々は「モノ作り日本」だけしか言えない。モノ作りは手段であり、目的では無い。知識労働集約時代であり、その効率化の時代である。

 世界での日本の位置づけは、2009年で、17位、2010年で、27位まで下がってしまった。三十年間で、日本の存在は著しく下がってしまった。底が見えない。ハーバード大学への留学は1997年で、日韓中はほぼ同数であったが、2010年には、日本は半数に減る中、韓国は日本の3倍、中国は日本の5倍と伸びている。当然、世界で活躍できる人材は減ってしまう。世界の変化の要因も理解できない。

 「日本企業は自分で作ったものを、まず日本で売る。」「韓国企業は、世界の顧客が望む物を、自分で作る。」と、世界情勢の分析の違いが著しい。情報を収集する力は、日本も、他国も変わらない。しかし、変化の要因を分析をし、「何を目的、目標にすべきか?」の知恵の発揮に違いが出ている。

 日本IBMの北城最高顧問は、「技術革新の源は大学改革にある。」と豪語している。「イノベーションを生み出すには、大学が変わる」ことだ、と言う。学生の権限強化が必要だ、とも言う。相変わらず、教授会が権限を持ちすぎている、と忠告している。つまり、研究の評価が正しく行われていない、ことが最大の課題だとも言う。科学技術研究の評価は、難しいが、重要だ。

日本の権威のある大学は、海外からの留学生が増えることに、あからさまに抵抗をしている。日本からの脱出もしない。内向きだ。今年のスパコンは、中国が第一位、第三位と躍進著しい。使っている素子は、アメリカの「テスラ」GPUを活用している。この力は、アメリカで学んだ結果だ、と言う。

 ボケ爺は思う。日本には、イノベーションが必要で、そのためには、知識価値労働者の時代だ、と本当に自覚して、内外の人たちの労働体制、構造を正しく導かれなくてはならない。果たして本当に解る人がいるのだろうか?残念な時代で、国だ。

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2010年12月 8日 (水)

日本の科学技術は大丈夫?

 JST科学技術振興機構の講演会に出席した。なるほど、やや課題はあるものの、JSTの成果はすばらしい、と自己自賛である。投資額は、1000人に500億円、一人当たり5千円にも登り、研究者は恵まれているはずだ、と言う。続々と世界に誇れる人が出てきている、と言う。日本には、ノーベル候補者が40名は居るらしい。毎年、ノーベル賞がもらえるのではないだろうか?今年も受賞があり、明るいニュースとなっている。

 細野秀雄先生の発想力はすばらしい。世界的に有名な物性家曰く、日本は「出る杭を育ててきている」、事に、過去よりは良くなった、と言う。細野先生の発見の酸化物物質で、例えばLEDパネルのTFTを作るには、この酸化物トランジスターが良いらしいが、Samsungはすでに実用化した、と言う。ナノカーボンで、透明電極を作るのも、日本が苦戦しているが、すでに、Samsungが実用化に近い、と言う。ボケ爺から見れば、実用化で世界から画然と遅れている。

 山中伸弥先生のiPS細胞の苦労話にも感動したが、ボケ爺には気になる。現在、山中先生のグループは、280人となっているが、世界と比べて大丈夫か?特許の確保に苦戦していると言う。アメリカは、10倍の研究費が投入されて、すでに、ビジネスの段階に入っていると言う。やはり世界的には応用に遅れが出ている。

 白色有機ELの創出者、城戸淳二先生は、日本は「先進衰退国」であり、今や「低開発国」に分類される、と辛らつである。JSTも弁解しているのが、「問題可決型研究」では進歩したが、「事象追及型(創生型)研究」は少し遅れている。さらに、応用研究、技術開発がまだ十分ではない、とも言う。

 大学院生が、日本と比べ、韓国の3倍、アメリカイギリス、ドイツは5倍で、日本は若者の確保が大変だと嘆く。一方、ポスドクの職場が無い、と言う矛盾もある。これだけの課題があるに関わらず、政府は進んでいると分析する根拠はあるのだろうか?これで、日本の科学技術行政は大丈夫か?さらに日本の科学技術は世界で勝てるのだろうか?ボケ爺、何度もこの課題を持ち出して済みません。

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2010年12月 6日 (月)

政府に思う

 政治のことには触れたくないのだが、ぼやきたい。どの政党も、どの政治家にも、官僚にも、「国民を守る気概があるのか?」と聞いてみたい。国民とは、日本市民のことであり、他国人のことではない、と言う。当たり前の事だ。パスポートで規制されている。日本国の一国で生きられるものではない。個人生活と同じ事である。個人では生きられない。

 政治家や官僚は国民を守らなければならない、「守る気概」がいる、と思う。今の政治は、権力と自尊心だけで自分を守るための議論である。今必要な事は、1)日本の将来は?世界でどんな位置づけにするのか?政治を中心として。2)日本国民の生活基準は何所に位置づけるのか?経済を中心として。の個別課題を解りやすく、政党の壁を破って、国会で議論して欲しいが?

 「長期停滞から、学べ」と言う人が多い。20年も続いている。多分こんな状態なら10年はまだ続く。その内日本は破産して、やっと目覚める事となろう。政治家も官僚もガラバゴス状態だ。内向きの思考であり、閉鎖的である。そこに閉塞感が生まれている。政治も経済界も企業経営も同じだ。だから国民も志向も同じだ。

 長期停滞とは、経済面だけのように考えている、ようだが。ボケ爺は思う、「長期停滞」と言うから悪い。「世界情勢の変化を分析できなく、追従できていない。」と、改めて表現したい。ドラッガーも言っている、「日本は残念な国だ、世界の変化が読めないでいる。」と、10年も前に忠告してくれている。「世界の情勢、時代の流れが読めていない」から、内輪もめを楽しんでいるのだ。国民も同じで、「蝸牛の角の上の争い」を期待しているようで、残念なことだ、と思う。

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2010年12月 5日 (日)

美しい富士山

 実篤公園は、モミジの紅葉に朝日が降り注ぎ、並みの美しさではない。つつじヶ丘にも紅葉の季節となってきた。森のテラスは冬支度であり、富士の頂が美しい。ここから見える富士山は丹沢の峰々が邪魔をして、7合目からしか見えないが、雪山の富士がまぶしい。

 柿木は 葉を捨ててこそ 実が実る

と詠んでみた。人生これからだ、なんて、いまだに悟れない。何時までもがき続けるのだろうか?

今日の朝刊に、「小椋桂」の話が載っていた。ボケ爺とは出来は全く違うが、同じ歳だ。だから気になる人だ。東大法学部のエリートで、銀行員としてもエリートですばらしい働きをしながら、歌のほうにも才能が目覚め、すばらしい名曲をも残してきた。50歳で、銀行のエリートの道を捨て、もう一度、学部入学をして学び直しがら、音楽に注力していった。「組織内の人事に縛られての生き方は、僕には合わない。」と。

57歳で、胃がんになり、「死とは突然やってくる。」ことで、「人間とは?」と思いつめるようになったとか。「70歳で、全てを辞めたいが、それまでに、人間とは?を学びたい。」「人はどう生きるべきか、の哲学を学びたい。」と、大学に入学しそうだ。未だに学習意欲は衰えていない、と言う。

 ボケ爺も、小椋の足元までも及び出ないが、ボケ爺も、今回の脳出血で、全く同じ気持ちである。どこかの大学で学びたい。未だに勇気が無い。

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2010年12月 4日 (土)

お茶ノ水のマロニエ

 土曜日だが、公開講座があって学生の街、お茶の水に出かけた。明治大学のキャンパスは近代化されていて、その変化に驚いた。それに比べ、日本大学理工学部、中央大学(もっとも、主な拠点は移転しているが)は変化が乏しい。中央線沿いの西側の街も近代的なビル街に変わっている。ニコライ堂は、変化なく、歴史を守ってくれている。その周りの、日大歯学部、日大理工学部大学院など、古い、古いビルで、歴史的殿堂と、意固地である。

 明治大学の手前の、西側方面の通りは、変化が少ない。マロニエの街路樹で、落ち着いた並木道であった、今もそうだ。マロニエの落ち葉はあまりきれいではない。その分踏みつける音が、哲学を考える知的な道にふさわしい、素敵な通りである。この近くに、「マロニエ」という喫茶店があった。フランス的モダンな喫茶店であって、ボケ爺のような貧乏学生には、高嶺の花であった。それでも、年に一回ほどは、ブルジョアに誘われて断り切れず、利用した。その場所を探してみたが、見つからなかった。うろうろしていると、山の上ホテルまで来てしまった。学者や、作家、文化人がよく利用するホテルだそうだ。一度、恩師に天麩羅をごちそうになった。緊張と、雰囲気に負けて、味は全く覚えていない。「君、ゆっくり味わって、、、」など、言われた想いがある。田舎人丸出しで、ガツガツはしていたのだろう。

思い出の喫茶店は「レモン」である。画材店であって2階が喫茶店となっていた。音楽はかかっていない。しぼりたての酸っぱいレモンジュースが、確か、120~150円であった。格別高いのだ。(コーヒーの3程度であった、と思う。)ボケ爺はここが好きだった(ホルベインの油絵具の匂いを嗅ぎながら)。絵描きのたまり場で、今も存在している。

<読書>

「忍びの旗」池波正太郎 新潮文庫

壮大なスケールだ。武田信玄から、徳川家康時代までの、一人の忍びの人生感の一生が語られている。敵味方から、にらまれてアウトローの生き方を、疑心暗鬼の中で貫いた。現在のサラリーマン人生に相似と読むことも出来る。ボケ爺はここまで意志が固くは無かった。いい加減な人生だったと思う。

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2010年12月 2日 (木)

余生、さまざま

 目黒にあるクライアントから、五反田まで歩く。雅叙園の傍を流れるサクラの名所の目黒川は、今日も、流れる方向が定まらない。北に流れれば良いものか、南に流れれば良いものか?カモが沢山やって来ているが、流れを定めることは参画していない。

しがみ付く サクラの枯れ葉に 目黒川

秋風に 追い討ちかける 百舌が鳴き

怠慢と 百舌の鳴き声 腹が立つ

小春日に わが身に起きる ハプニング

小春日に 秋風の心が 駆け巡る

箸落とし 秋鮭にらむ 脳出血

脳卒中 バカヤローと 木枯らしに

人生の 濡れ落ち葉だよ 脳卒中

 余生を考えなければいけないのに、こんな愚痴を言っていても始まらない。そんなことは解っているが、ついつい愚痴が出る。人間って、今更にして弱いものである。

脳卒中 残る人生 衣更え

余生への 衣更えだよ 脳卒中

脳卒中 人生半ばの 喜劇かな

 と、今のハプニングをチャンスに捉え、余生の衣更えの時期と考えたい。さてどんな衣更えにすれば良いのかが課題で、考える事がいっぱいになってきた。焦りのボケ爺、すぐに決めてしまいたいけれど、暫くは、ゆっくりと考えて生きたい。

<読書>

「知的余生の方法」渡部昇一 新潮新書

34年前の「知的生活の方法」で有名な先生だ。ボケ爺も読んでいる。内容は忘れた。この先生の講演も何度か聴いている。「知的なことに興味を持って、知的に生きよ」と一口である。人生定年後大きく変えることは出来ない、「延長線上で、知的に展開せよ」、と言うことだが。そのためには「清貧に生きよ」、と戒める。今までが知的でない人は、どうする。

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2010年12月 1日 (水)

師走の入り

 暖かい師走の入りになった。今日も小春日和が続いている。有楽町駅を降りて、皇居前通りを一歩手前の通りを何と言う名前かは、ボケ爺は知らない。その通りに用事があったから行ったのだが。1時チョッと前だったが、丸の内界隈のオフィスの勤め人ためか、昼休みの間だけ開放されているらしい、急ぐ人々で落ち着きが無い。新丸の内ビルまでの整備された街である。有名ブランド店で埋め尽くされている。ほとんど人は入っていない。勝負は夜なのだろうか?街路樹(イチョウやメープル)が色づき美しい。夜はクリスマス用のランプで、美しいことだろう。

 三菱一番館の庭にも、小春日和を楽しんでいる人で一杯だ。東京の秋も、憩いの公園があって、遠くに行かなくても、近代ビルとのコラボで、モダンな晩秋を楽しめる。ここら当たりは三菱地所の丸の内街の戦略の一つである。東京駅の中央出入り口の工事現場から、皇居前まで、イチョウの紅葉で、これも絶景である。JR東日本は、日本の観光の玄関は、「ここが始まり」、とするために整備を頑張る、と言っていた。

 王子駅の先で、会合があったので、JR

王子駅

から、南北線

の王子駅

に乗換えだ。そのあたりは多少の広場があり、椅子が沢山置かれている。ポカポカ暖かいからだろう、ボケ爺よりはお年よりの人々で、占領されており、そのお年寄りに、立って話し掛けている人たちも一杯だ。老人のための良い憩いのロータリーとなっている。ボケ爺も、奇跡が起こっていなければ、このようなところでたむろしていた事だろう。と思うと、お年寄りに同情できる気持ちが芽生えて来ている。

<読書>

「黒船秘恋」諸田玲子 新潮文庫

黒船の騒ぎ時代の物語だ。地方の藩士が江戸で、黒船の攻撃を追い払うための砲弾作りの役目をおおせつかって夫と江戸で共に暮らしている。そこに、従兄弟がやってきて、夫と、その従兄弟との間で、二股の恋が起きてしまう。諸田の恋の駆け引きは定評がある。美しい文体で、きめ細かく描かれる。

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